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text by Nao Machida
photo by Frank Ockenfels/Lera Pen

フィービー・ブリジャーズ 『Punisher』 インタビュー/Interview with Phoebe Bridgers about “Punisher”




去年の今頃は誰も想像していなかったような年になってしまった2020年。家にいる時間が増えて、先の見えない毎日に鬱々とする中で、音楽をはじめとするアートに助けられる部分は大きい。リリースが延期された作品も少なくないが、コロナ禍においても新しいものは生み出されており、私たちのこの奇妙な日常に彩りや刺激を与えてくれる。ここでは、6月にニューアルバム『Punisher』をリリースしたシンガーソングライターのフィービー・ブリジャーズに電話インタビューを敢行。2017年にアルバムデビューした彼女が、2つのサイドプロジェクトを経て、満を持して完成したセカンドアルバムについて、自宅のあるロサンゼルスからたっぷりと語ってくれた。(→ in English



——ニューアルバム『Punisher』のリリースおめでとうございます。世界に向けて作品を発表した今、どのような気分ですか?


フィービー・ブリジャーズ「気分はいいけど、今はなんだか無職になったような気分というか。新作のためにたくさん準備してきて、本当は今ごろツアーに出ているはずだったわけだから、これまでの人生経験とは全然違うよね。携帯を置いたら、もうミュージシャンではなくなってしまう気分と言ったらわかるかな。だってみんなからの反応はインターネットでしか知ることができないから。だから早くライブをしたくてたまらないけれど、リリースできたことはうれしい」


——新型コロナウィルスの感染拡大の影響を受けてリリースを延期するアーティストもいる中で、『Punisher』は予定通りリリースされてうれしかったです。延期を考えたことはありましたか?


フィービー・ブリジャーズ「ほんの少しだけ。アメリカではみんなにちょっとびっくりされたのだけど、それって本当にバカみたいだよね。でも、私も日本に行く予定があったのだけど、それがキャンセルされたときはみんなちょっとビビってしまって。だからリリースの延期についても2秒くらい話したけど、私としては“あり得ない、延期はしたくない”って感じだった」


——収録曲の「Kyoto」は前回の来日中に書いたそうですね。

フィービー・ブリジャーズ「うん。日本はすごく楽しかったし、これまでに行った中でも本当に美しい場所だった。興味深かったのは、(日本滞在中に)うちで起きていたたくさんの事情に対応しなければならなかったこと。これ以上ないほど遠い場所にいながら対応するのは、すごく変な感じだった」





——目の前でとても良いことが起きているのに、心ここにあらずの気分になるときってありますよね。なぜそういった感情について曲に書こうと思ったのですか?


フィービー・ブリジャーズ「以前から書きたかったんだと思う。私はいつも良いことが起きているときに限って、心ここにあらずの状態に陥りがちだから。よくあるのは、ステージに立って大勢の前で歌っているのに、洗濯物や朝ご飯のことを考えてしまったり、ぼーっとしてしまって、後で話さなければならないことについて考えてしまったり。ずっとそういったフィーリングを明確に表現したいと思っていて。もしかしたらあと5曲くらい書く必要があるかもしれないけど、間違いなくこの曲でもトライしてみた」

——なぜアルバムのタイトルを『Punisher』にしたのですか?


フィービー・ブリジャーズ「それはある意味、私自身を表している言葉だと思う。私は緊張すると大人しくなる代わりにとてもうるさくなって、うざくなってしまうところがあって。自分でもしゃべり過ぎだなとか、バカみたいなこと言っているなと感じるんだけど…。当初はセルフタイトルアルバムにする予定だったんだけど、その代わりに自分を言い表すような言葉や、自分が気にしていることをタイトルにした方が面白いと思って。それにメタルっぽい語感も気に入ってる」


——音楽的には、本作で初めて試みたことはありますか?


フィービー・ブリジャーズ「昔から悲惨な曲をポップソングのように奏でるザ・キュアーみたいなバンドが大好きだったんだけど、モリッシーとかね。だから自分でもああいうことをしてみたかった。あとはどうしてもトランペットを入れたくて、ブライト・アイズのネイト・ウォルコットが奏でるトランペットの音色は美しいから、このアルバムの制作中には何度も連絡した。とにかく前作とは違ったものにしたかった」





——収録曲「Graceland」では、ボーイジーニアスとしてコラボレートしたルーシー・ダーカスとジュリアン・ベイカーと再びコラボしていますね。なぜ彼女たちに参加してもらったのですか?


フィービー・ブリジャーズ「すごくスイートだと思ったし、力強い3声ハーモニーが感じられたから。私たちはツアーでディクシー・チックスをカバーしたのだけど、あれをアルバムでも再現したくて。それで私がナッシュビルまで飛んで、みんながお互いのアルバムで歌ったわけ。ものすごく楽しかった」


——昨年はブライト・アイズのコナー・オバーストとベター・オブリヴィオン・コミュニティ・センターとしてアルバムをリリースされましたが、コナーも本作に参加していますね。彼と仕事をしてみていかがでしたか?


フィービー・ブリジャーズ「最高だった。彼は本当に優秀なエディターだと思う。私は物事の良い部分に気づくのに時間がかかるし、人からものの良し悪しについて言われても、なかなか相手を信用できない。彼はアイデアを出すのが得意で、私にとってものすごく重要な形に仕上げてくれる」


——ボーイジーニアスとベター・オブリヴィオン・コミュニティ・センターでの経験は、このアルバムを制作する上で影響したと思いますか?


フィービー・ブリジャーズ「プロデュースなどの面で以前よりも自信がついたと思う。他の人たちよりも彼らの前ではアイデアを出しやすいんだよね。他の人とコラボレートできないというわけではないけど、すごくいい意味で、もう一人の自分自身とコラボレートしているような気分になる」





——アルバムを締めくくる「I Know the End」の最後はみんなで叫んでいますが、あのアイデアはどうやって思いついたのですか?


フィービー・ブリジャーズ「前からずっとやってみたかったんだけど、実はコナーがよく叫んでいるのを聴いていて、クールだなと思って。自分が叫ぶとブリンク182のトム・デロングみたいで気にしていたんだけど、私はメタルっぽく叫びたかったんだよね。それでコナーに『どうやって叫ぶのか教えて』って言ったら、『ただ叫ぶんだよ』って言われて。彼の言う通りで、やってみたらできたし、最高だった」


——たくさんの人の叫び声が入っていますね。


フィービー・ブリジャーズ「いろんな人に叫んでもらって、すごく楽しかった。トムバーリンというバンドをやっている友だちのサラ・ベスや、ストアフロント・チャーチというバンドのメンバーで友だちのルーカス・フランク、そして私が大好きなモアというバンドをやっている2人のモデルの男の子。あとは自分のバンドのメンバーたちとコナーにも叫んでもらった。最高だったな」


——あの曲の中で「I’m not afraid to disappear(自分が消えることなど怖くない)/ The billboard says the end is near(広告看板には「終末は近い」)」と歌っています。今の世相にぴったりな歌詞だと感じたのですが、実際にはいつ書いた曲なのですか?


フィービー・ブリジャーズ「3年くらいかかったんだけど、ドラマーのマーシャルと一緒に書き始めた頃は全然違う曲で…2016年12月から2019年の夏の間かな」


——あなたにとってあの曲はどんな曲ですか?


フィービー・ブリジャーズ「ある意味、世界の終わりについての曲。私よりもレガシーについて考える人たちがいるのは知っているし、彼らは自分が死んだ後に人からどう思われるかを気にしてる。でも私としては、個人的にそんなに気にならなくて。それは誇りに思うようなことでもないし、ただ単に本当に考えたことがないというだけなんだよね。私はただ、できるだけ人生を楽しもうと努力していて、先のことは心配しないようにしている。それは世界の終わりまでにやりたかったことをすべてやるということと、世界の終わりまでに完全に諦めることの間の妥協点なのかも」


——ようやく「I Know the End」をリリースした今年は、偶然にも世界の終わりのようなムードですね。


フィービー・ブリジャーズ「すごく奇妙だよね。もし今、ファーストアルバムをリリースしていたら、こんなに時事的には感じなかったのかも。でも、世界が終わろうとしているときに世界の終わりについての曲を出すって、ちょっと楽しいよね」


——「Moon Song」では、エリック・クラプトンの「Tears in Heaven」とジョン・レノンについて触れていますね。


フィービー・ブリジャーズ「私はエリック・クラプトンが嫌いなんだよね(笑)。昔からずっと。ジョン・レノンのことは大好きだけど、彼はある意味ろくでなしだったことで有名だから、私はいつも同じような口論に陥りがちな気がして。素晴らしいアーティストだというだけで、その行動まで擁護する人が多いから、アートとアーティストは分けて考えるべきだという論争に陥ってしまうわけ。でも私はみんなに伝えたかったんだと思う。彼らが素晴らしいのはわかっているけど、ろくでなしが必ずしもくだらないアートを作るとは限らないし、ろくでなしでも素晴らしいアートを作ることがあり得るという事実について、私たちは話すべきだと。たとえばピカソなんて、とんでもないろくでなしだった。私たちは話すべきだよ」


——なるほど。確かにアーティストとして素晴らしくても嫌なヤツはいますよね(笑)


フィービー・ブリジャーズ「本当にそう。まるでミレニアルのラブソングみたいだね。なぜ自分が感じている気持ちが理解できないのか、誰かに説明しようとしているような(笑)。私はよくインターネットやキャンセルカルチャーの大使のような気分にさせられる。でも自分ではその大部分に共感していないから、迷惑な話なんだけどね」





——あなたのTwitterも大好きなのですが、すごく悲しい曲を書くのにTwitterではとても面白いですよね。


フィービー・ブリジャーズ「ありがとう!最高のほめ言葉だよ」


——それから、The 1975 の最新作『Notes on a Conditional Form』にも参加されていますね。彼らとのコラボレーションはどのような経緯で実現したのですか?


フィービー・ブリジャーズ「正直なところ、きっかけはDMだった。マティ(ボーカルのマシュー・ヒーリー)がすごく笑えるミームを送ってきて、それからメッセージのやり取りが始まって。そしたら“君はこの曲で歌うべきだ”と言われて、私は“いちかばちかの状況でこんなに無頓着になれるなんて信じられない!”と思った。彼は私が作品に何をもたらすかわかっていなかったわけだから。そこまで自分を信用してくれる人がいるなんて、とてもうれしかった。彼は偉そうに命令するようなことがまったくなくて、“好きなように歌うべきだよ”と言ってくれた。本当に良い人だと思う。“待って、ハンサムなロックスターなのに、こんなに良い人たちでさらに面白いって…どういうこと?”って感じで、いつもびっくりしてしまうんだけど。でもそれは彼らの音楽に現れているよね」


——2020年は大変な年になってしまいましたが、アーティストとして興味深い部分はありますか?


フィービー・ブリジャーズ「そうだね、自分の人生に対する期待を再調整する必要はあったし、その一環としてライブを収録したり、生配信をしたり、今まで経験してこなかったことをやってみた」


——バーチャルツアーを開催されていましたね。


フィービー・ブリジャーズ「うん。ああいうことは今までやったことがなかったから楽しかった。あとは曲を2つ書いた。あれは私にとっては大きな成果だな(笑)」


——自粛期間中のサウンドトラックは?


フィービー・ブリジャーズ「たくさんあるよ。パフューム・ジーニアスの新作(『Set My Heart On Fire Immediately』)はすごく気に入ってる。フィオナ・アップルのアルバム(『Fetch the Bolt Cutters』)にはいまだに打ちのめされているし、大好きな作品。それから最近はアーロ・パークスという女性アーティストにはまっているんだけど、すごくクールなんだ。とてもヒップなギターミュージックで、リリックが本当に素晴らしくて…。あとはブリタニー・ハワードのアルバム(『Jaime』)も素晴らしいよね」





——いつまでこの状況が続くのかわからないですが、もし今どんなことでもできるとしたら何をしたいですか?


フィービー・ブリジャーズ「24時間営業のダイナーで24時間過ごしたい。以前は友だちとそうやって過ごしていたから。24時間とまではいかなくても、12時間くらい友だちとダラダラ過ごしてた。あとは絶対にライブに行きたい」


——来日のキャンセルもすごく残念です。


フィービー・ブリジャーズ「本当に!」


——日本のファンに伝えたいことはありますか?NeoLの読者にはあなたと同世代の女性も多いです。


フィービー・ブリジャーズ「女の子たちへ、あなたたちは正しいし、クールなんだよ。もし私が若い頃の自分自身に伝えられるとしたら、“あなたが賢くないと感じさせようとする人は、その誰もが、彼ら自身が賢くないからおじけづいているだけ”ということを教えてあげたい。特にクールな若者と遊んでいる年上のミュージシャンなんかは、自分が若者をいい感じに高めてあげていると思っているかもしれない。でも実際には、そのシチュエーションがクールなのはあなたのおかげだから。わかる?あなたが彼らを必要としているよりも、彼らの方があなたのことを必要としているわけ。だから、うん、それが私からのアドバイスかな(笑)」



photography Fank Ockenfels
text Nao Machida



Phoebe Bridgers
『Punisher』
発売中
(ビッグ・ナッシング / ウルトラ・ヴァイヴ)
解説[Carmen Maria Machado]/歌詞/対訳付、初回盤のみボーナス・トラック「Chinese Satellite (voice memo)」のダウンロード・カード封入(日本盤のみ)
■収録曲目:
1. DVD Menu  2. Garden Song  3. Kyoto  4. Punisher 5. Halloween  6. Chinese Satellite 7. Moon Song 8. Savior Complex 9. ICU 10. Graceland Too 11. I Know The End
Apple Music
Spotify


PHOEBE BRIDGERS / フィービー・ブリジャーズ
1994年生まれ、LA出身の女性シンガーソングライター。11歳でソングライティングを始める。2014年にiPhone 5sのCMに抜擢され、本人出演でピクシーズ「Gigantic」をカヴァーし注目を集めた。地元LAでライブ活動を続けていたところ、米SSWのRyan Adamsの目に留まり、2015年に彼のレーベルからデビューEP『Killer』をリリース。2017年にはDead Oceansからデビュー・アルバム『Stranger In The Alps』をリリース。本作はJohn Mayerを始め多くのアーティストから絶賛され、その年の年間ベストアルバムリストを総なめにした。発表されるツアーも完売が続出するなど世界中を虜にし、2019年2月の初来日公演も瞬く間にソールドアウト。これまでにCat Power、Mitski、Julian Baker等とのツアーを経験し、2018年からはJulian Baker、Lucy Dacusとタッグを組みboygeniusとしても活動している。また2019年にはBright Eyesの中心人物、Conor Oberstとのプロジェクト、BetterOblivion Community Centerでアルバム『Better Oblivion Community Center』をサプライズ・リリースし、The NationalのMatt Bernigerとの共作曲「Walking on a Strings」を発表したりとUSインディー・シーンで共演へのラブコールも絶えない。
More info: http://bignothing.net/phoebebridgers.html

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