古くからフォークやブルーグラスが盛んな街、ニュージャージー州のモントクレアで結成されたパイングローヴ。名門〈Rough Trade〉から先ごろリリースされたフル・アルバム『Marigold』が各所で評判を呼んでいる。ソロ・パートとバンド・アンサンブルを巧みに織り交ぜ、楽器一つひとつの音を丁寧に響かせるように重ねられた演奏のテクスチャー。そんなミニマルな音作りが引き立てる素朴で美しいメロディ。そして、エヴァン・スティーヴンス・ホール(Vo/G)が紡ぎ出すインティメートで内省的な歌。「昨日に迷う以前の自分を信じることができるのか/君と出会う前の自分を心から」(“The Alarmist”)。前作『Skylight』の完成後、しばしの活動休止を余儀なくされたかれら。本作『Marigold』は、その間の日々への向き合いから生まれた作品であり、同時に、バンドが新たな一歩を踏み出すための作品でもある。ホールに電話インタヴューで話を訊いた。(→ in English)
ーーニュー・アルバム『Marigold』は、あなたの心の内が赤裸々に綴られたとてもインティメートな作品ですが、同時に、パイングローヴというバンドの新たな出発を誓うような力強さも感じさせる作品だと思いました。あなたにとってはどんな作品になりましたか。
ホール「自分自身とより向き合っている作品で、人がどう周りと繋がり作用しているか、人間が持つものや物事の二重性が表現されたアルバムだと思う。例えば、孤独でないものが存在するからこそ孤独というものが存在するわけだし、自分自身も内向的でもあり外向的でもあったり、元気な時もあれば一人きりになりたいときもある。そういった様々なもの、様々な側面の共存についてこのアルバムでは迫っているんだ」
ーー前作『Skylight』の完成からこの間には様々な出来事があったと思います。今作を作る上でモチヴェーションになったこと、インスピレーションを与えた出来事を教えてください。
ホール「インスピレーションは今回に限らず自分自身について。自分自身もそうだし、自分の周りで起きたこと、読んだ本、自分に関係している全てのものから影響を受けているよ」
ーー今作も引き続き、あなたと(ザック・)レヴィンの両父親らを含む8名が制作には参加しています。制作にあたってバンド内ではどんな話、言葉が交わされたのでしょうか。
ホール「僕らが自分たちの父親を招くのは、自分たちに近しい人、自分たちが愛し信用できる誰かと一緒に演奏することがどんなに楽しいことかがわかっているから。すごく演奏がしやすいんだよね。今回は、より一つに固まった、もっと明確でよりミニマルなサウンドにしようと話し合った。音に頼りすぎず、それぞれの曲をクリアに表現したくて」
ーー制作の過程を振り返って思い出される場面があったら教えてください。
ホール「振り返って思い出されるのは、夏に制作していたのに、ある日いきなりバスケットボールみたいな氷(ひょう)が降って来たこと(笑)。そこに自然の力を感じて、歌詞にもちょっと入れてみたりした。すごい塊がようしゃなく降って来て本当にびっくりだったよ(笑)」
ーー(笑)今も話に出ましたが、今作はよりクリアでミニマルな音作りが意識されたと聞きました。その理由、また具体的にソングライティングやプロダクション、演奏方法に関してアプローチを変えた点があれば教えてください。
ホール「自分がアーティストで、人々に曲を聴いてもらう立場なのであれば、よりクリアでミニマル、そしてダイレクトなサウンドを作るということは大切だと思う。他の人を巻き込むアートなのであれば、皆が聴きやすく、繋がりを感じ、作品の内容を理解できる表現を試みるべきだと思うんだ。変化は、さっきのサウンドについて話し合ったところくらいかな。説明するのは難しいけど、“Neighbor”なんかを聴いてもらえるとわかると思う。演奏方法に変化はないよ。僕とザックはもう20年も一緒に演奏しているから、進化は続けてもそれを今更変えることはない。僕らの演奏の仕方は、僕らの演奏の中で揺るがないものを作り出している要素の一つだと思う」
ーー浮遊感をたたえた演奏でスロウコア的な静謐さを演出する“Hairpin”が印象的です。この曲作りはどのようにして行われたのでしょうか。
ホール「これはカリフォルニアの叔母の家に行った時に、そこにあった叔母のギターを手にとって作った作品なんだ。いつも曲作りには時間がかかるほうなんだけど、この曲は自然の流れに任せてすごく早く出来た。普段は人に演奏することを意識するけど、これはそれをあまり意識せずに書いたと言えるかも。だからもっとフォークっぽいんだ。インスピレーションは叔母のギターを使ったから叔母や家族。曲を作っている間は、彼らのことが頭の中にあった。ちなみに“Alcove”も同じ時に作られたんだ」
ーーリリックに関して全体のテーマやコンセプトはありますか。今作はクリアでミニマルなサウンドであるぶん、リリックやあなたの歌声に込められた感情がよりダイレクトに、力強く伝わって来るように感じられます。
ホール「テーマの一つは忍耐。忍耐って、すごく難しいことだけど重要だと思うんだよね。忍耐がない人は、物事を早く判断し解決しようといて、時間を有効に使うことで物事をコントロール出来ていると思っている人が多い。でもそれは違うんじゃないかと思うようになったんだ。例えば交通事故。どうしてその交通事故が起こったのかと興味を持ち、冷静になりじっくりとそれを考えるか、それともその状況に怒るか。怒るというのが一般的だけど、忍耐があれば、それはただの最悪な状況としてだけ終わるのではなく、何かの糧や答えになるかもしれない。そんな感じで、今回のアルバムでは自分と忍耐との向き合い方をみつめなおしてみたんだ」
ーー“Hairpin”では、死者の花といわれるアスフォデルが登場します。ある種の宗教観や死生観のようなものがほのめかされた曲ですが、この曲はどんな風にして生まれたのでしょうか。
ホール「あの花の意味は、永遠の死ではなく、一時的な死を表しているんだ。なにか新しいものが生まれる前の死。今回のアルバムではマリーゴールドもそうだし、花がでてくる。美しく咲く時もあれば枯れてしまうときもある。その二重性の象徴の一つが花なんだ。枯れるからこそ咲いている時が美しく、美しく咲くからこそ枯れた状態の時に新たに生まれることを願う。死と生、枯れることと美しさは共存しているんだ。でも、この曲の歌詞にはあまり大きな意味はない。そこまで考えずにこの歌詞は出てくるがままに描いたからね(笑)。ここで触れている死は、一時的な死で、それを経験することで生を感じるための死。ここでも二重性が表現されているんだ」
ーー“The Alarmist”では「昨日に迷う以前の自分を信じることができるのか/君と出会う前の自分を心から」というラインが深い印象を残します。この曲が書かれた時のことを教えてもらえますか。
ホール「この曲は、完成までにすごく時間がかかった。2012年くらいからずっと書いていたんだよ。歌詞が違う、今度はコードが違う、といった感じで色々なものがしっくりこなくて、全てに納得出来るようになるまでじっくり待ったんだ。ここでもやはり忍耐が関係している。この曲を書きながら、忍耐と向き合っていた。長い時間の中で色々なことを振り返り、それをしっかり理解して自分が納得のいく表現ができるまでの忍耐が形になった曲なんだ」
ーーあなたの歌詞は、ジェイムズ・ジョイスやウィリアム・フォークナー、ヴァージニア・ウルフらの文学作品に深い影響を受けていると聞きました。彼らの作品のどんなところがあなたを惹きつけるのでしょうか。またその上で、あなたが歌詞を書く際に大事にしていることを教えてください。
ホール「僕は、彼らの考え方、ヴィジョンからインスピレーションを受けている。彼らは様々なキャラクターであり、本を読むことで自分が持っている以外の様々な考え方に触れることができるんだ。歌詞を書く上で大切なのは、メロディに合ったリズムで語るような言葉で歌うこと。楽器のメロディやリズムに合わせて音をのせること。話し言葉にはメロディやリズムがある。それは自分の中から自然に出てくるものだし、よりリアルなんだ。それをうまく音に合わせることが大事だと思う」
ーーところで、パイングローヴは音楽ジャンル的に「emo」に分類されることが多く、世代区分としては“第四の潮流(forth wave)”に位置付ける向きも見かけます。実際のところ、当の本人として「emo」は音楽的・カルチャー的に共感を覚えたり繋がりを感じる対象だったりするのでしょうか。
ホール「一般的にジャンルとして言われている「emo」に関しては、それは僕たちがよく聴いたり、親しみのある音楽ではない。でも、emoが意味する“emotional”であるという面では、僕たちの音楽は感情的だと思う。自分自身が音楽を作ることによってemotionalになるしね。でもサウンド的なemoに関しては、僕自身は自分たちの音楽がemoだという認識はない。でも、どんな形であれ人々が自分の音楽を話題にしてくれているのなら、emoという言葉が出てきたとしてもそれは良いことだととらえるよ(笑)」
ーー昨年、女優のクリステン・スチュワートがアルバム『Cardinal』(2016年)のジャケットのロゴマークのタトゥーを入れていることを明かして話題になりましたよね。スチュワートは以前にもパイングローヴのバンドTシャツを着ている姿がパパラッチされたことがありましたが、彼女との出会いはどういったものだったのでしょうか。彼女について何か印象に残っているエピソードがあったら教えてください。
ホール「彼女がスポティファイで音楽を聴いて気に入ってくれたらしく、ショーを見に行きたいと僕らにコンタクトをとってきたんだ。そしてショーに来てくれた。彼女と会ったのはその時だけ。彼女も彼女の友達もすごく良い人だった。ビッグな人が向こうから自分たちの音楽を聴いてそれに影響されているなんて光栄だったし、不思議な感じがしたよ」
ーー前作『Skylight』から今作の完成に至るまでには、バンドにとってもメンバーそれぞれにとっても本当に様々な葛藤や逡巡があったと思います。本作が感動的なのは、そうしたこの間の時間や出来事を踏まえた上で、バンドが再び前に踏み出そうとする力強さが感じられるからだと思います。もしも今の自分が3年前の自分に言葉をかけてあげることができるとしたら、どんなことを伝えたいですか。
ホール「むずかしいな……ないね。今知っていることをもう少し早く知っておけばよかったなんて思うこともあるけど、それを理解するまでの期間で“忍耐”が養われるし、今の自分であるためにはその期間が必要だと思うから、その時の自分にはその時の自分にしか経験できないことがあると思う。時間をかけるからこそわかることもあるだろうし、僕自身は常にベストをつくそうとしているから、それ以上にその時できることはないと思うんだよね。だから、3年前の自分は3年前の自分のままでいいんじゃないかなと思う」
ーーありがとうございました!
ホール「ありがとう、日本に行けたらいいな。その時を楽しみにしているよ」
text Junnosuke Amai
Pinegrove
『Marigold』
(BEAT RECORDS / ROUGH TRADE)
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