オランダのクリエティヴ業界を盛り上げているアーティスト11人を取り上げる「.nl Issue」特集。近年、多くの国が国境を閉鎖しナショナリズムが高まり、世界共通の言語でもあるアートを通して団結することが以前よりも重要となってきている。NeoLでは、現在の状況と予測不可能な未来のために、議論ができる空間を様々な形で人々に提供するアーティストやアクティビストへのインタビューに取り組み続けている。本特集では、限界に挑み続け、フロントランナーとして走るオランダに在住するアーティストを紹介し、国の魅力についてはもちろん、今現在の環境、社会構成、政治などの問題を乗り越えるために必要とされる緊急性と行動力を喚起したい。
オランダのアンダーグラウンド音楽シーンのフロントランナーとして注目を浴びているロッテルダム出身のエレクトロデュオAnimsitic Beliefs。昨年リリースされたニューアルバム『Mindset:Reset』の前にEPを2枚リリースし、カルト的人気を得た彼らは、GUCCIがホストしたシークレットレイブに招待されるなど様々な規模の会場で演奏を行ってきた。当初はテンポが強く、パンチの効いたピートが特徴的とされるデトロイト出身Drexiyaやオランダのエレクトロシーンを引っ張ってきたLegoweltに比べられてきた二人。リスナーに過去にリリースされた音楽を忘れて精神をリセットして欲しい考えから生まれたのが『Mindset:Reset』である。今回は、新しいアルバムやロッテルダムの常に生まれ変わるクラブシーンに対する意見、また活躍当初の思い出などについて振り返ってもらった。(→ in English)
ーー多くの人に期待されているニューアルバム『Mindset:Reset』ですが、インスピレーション源を教えてください。
マーヴィン「主なインスピレーション源は夢でした。日本(青木ケ原樹海)を題材とした『The Forest』という映画にも影響を受けましたね。あとはAIや顔認識プログラムなどの技術にも刺激されました。特定の何かというよりは、パーソナルな経験談と様々なトピックを組み合わせた感じです」
ーー新しいアルバムのMVはディストピア風の冥界を描いたものが多いと感じました。MVのビジュアルというのは、曲の制作中、既に想像されていたのでしょうか。それとも音をビジュアルに変換するプロセスは曲を作り終えた後に行ったのですか。
マーヴィン「『Mindset:Reset』のMVで は、アニミズムなどの神話的なトピックにも影響されています。そのプロセスは、曲によりけりという感じです。制作中にはっきりとしたアイディアが浮かんでいる時もありますが、ほとんどの場合、それがプロセス中に自然と変わってしまいます。また新たな目で自分の作品を見返し、曲の裏に隠れている本当の意味は何なのかと問い直す時もありますね」
リン「同じく、プロセス中に変わっていくことが多いですね。直感を信じることが大切だと思います」
ーー『Mindset:Reset』はアルバムのタイトルと共に曲の名前でもあります。二人にとって“Mindset:Reset”の言葉はどのような意味を持つのでしょうか。また、アルバムのタイトルにしたきっかけも教えてください。
マーヴィン「個人的には、新しいアルバムの曲と過去の自分たちの音楽を比べて欲しくなかったからです。私たちはただその瞬間に、直感で良いと思った作品を集めアルバムの形としてリリースしただけなので、聴いてくれる人にもその音楽の流れに乗って欲しかったんです」
リン「あとは自分のためにも。新しいことを始める前に毎回思考回路をリセットすることは大切ですから」
ーー新しいトラック“Reflections of a language”は他の曲とは違って歌詞があります。ヴォーカルなど新しい要素を加えたいと思ったきっかけは何かありますか。
リン「実は、こっそりと前からいくつかのトラックでヴォーカルをしていました。サンプルと勘違いする人もいますが、実は昔から歌っているのは自分なんです(笑)」
マーヴィン「だけど、歌詞付きの曲をリリースしたのは今回が初めて。ちょっと変わったことをしたくて、本からいくつかの文章を抜き出し、それを元に新しくアレンジしたりしました。実は昔、電気工学を専攻していたのですが、そのとき使っていた回路などについての教科書の何ページかを印刷し、それを元にリンが全く工学とは関係ない文章を作り出したり」
ーー新アルバムはレコードレーベルSolar Music Oneからリリースされましたが、レーベルの設立者はお二人が影響を受けたアーティストのThe Exalticsでもあります。音楽的にずっと尊敬してきた人の下でアルバムをリリースできたのはどんなお気持ちですか?また、彼らとはどのようにして出会ったのですか?
リン「実はとても今風な方法で、Facebookでアプローチしただけでした。ロッテルダム出身のミュージシャンであることを明記し、デモを送っても良いかと許可を得ようとメッセージしたら、次の日にサブレーベルを立ち上げるからこのメールアドレスにデモを送ってくれと返信がきたのです。デモをその後送り、また返信が返ってきた感じ。とてもスムースでしたね」
マーヴィン「お互いのタイミングが合ったので、非常に運が良かったのだと思います。彼らがサブレーベルを立ち上げる直前にアプローチしたから」
リン「そう、彼らは新しいアーティストを探していた最中でした。初めてのリリースにしてはかなり私たちは甘やかされた環境にいたかもしれません。どのレーベルも待機リストがあるためリリースまで一年以上かかるのが普通ですから。最初のEPリリース直後にThe Exalticsのロブに、『アルバムをリリースして欲しい』と頼まれのですが、当時は楽しみと不安の気持ち半々でした」
ーーロブが少し二人にプレッシャーを与えたのですね。
リン「少し感じましたけど、ロブのことは大好きです。彼らはとても協力的で私達の意見をちゃんと聞いてくれます。もちろん、レーベルの雰囲気やテイストの条件を満たしていればですが、大抵最終決断権を握っているのは私たちです。ビジョンとサウンドを尊重してくれているので、その点では自由な環境でした」
ーーアルバムアートを手がけたのは、Marvinですか?
マーヴィン「写真撮影は女性カメラマンに任せましたが、アルバムに含まれるステッカーとカバーに貼ってあるラベルなどクリエティブディレクションは全て僕が手がけました。何か必ず記号を取り入れたいなと思っていましたが、それ以外は色やカラーパレットなどで遊んで、楽しく制作して行った感じです。あと、ラベルにリスナーに向けて『聴いてくれてありがとう』とか『どんな夢みた?』といったランダムな文章を書きました」
リン「本当にみんな読んでくれたのかな」
ーーGUCCIがホストしたシークレットレイブからアムステルダムやリトアニアでのフェスまで、Animisitc Beliefsは様々な規模の会場で演奏されてきましたが、二人にとっては大規模な会場と小さいクラブ、どちらの方が心地いいのでしょうか?
リン「雰囲気によると思います。天井が低いと心地よさが増しますし、逆に大きな地下室で演奏するのも好きですね」
マーヴィン「自分が注目されていなくて、人混みに溶け込める時の方が個人的に好きです」
リン「それ分かる、汗だくな地下室とかね(笑)。広すぎると注目されやすいので、みんなが自分自身のことに集中している時の方がやっぱりいいですね。小さい会場ではそういう状況が起こりやすいと思います」
ーーレイブはGUCCIからアプローチしてきたのですか?
マーヴィン「そうですね。GUCCIが企画していたシークレットレイブでは、それぞれの都市で、GUCCIと現地の主催者がタッグを組んで、次に来そうなクールなアーティストを選出していたんです。で、スイスでのレイブの出演オファーが僕たちに来たのです」
リン「パーティー自体もカッコよかったですね。最初、ものすごく豪華でGUCCIのロゴだらけのイベントだと想像していましたが、実際演奏していた時はGUCCIがホストしているパーティだと全く分かりませんでした。誰かの地下室で行われていたことも後で聞いたけど(笑)」
マーヴィン「黒いカーテンが窓から垂れ下がっていて、セットはストロボだけが設置されていました。招待されてた人の服はみんなオシャレで、演奏者はみんなGUCCIを着るのが義務付けられていたからそれがヒントでもあって」
リン「私達は普段黒を着ることが多いのに、その日たまたま明るい色の服装を選んだら他の演奏者はみんな黒や肌色の服を着ていてものすごく目立ちました。車から降りた瞬間、周りの視線を感じてちょっと恥ずかしかったけど、いい思い出になりました」
ーーお二人は昨年、ハーグ出身のエレクトロアーティストLegoweltとカセットテープを制作されたということですが、25年以上も音楽シーンでの経験がある彼から、クリエイティヴ面において刺激された点はありましたか? どのような制作プロセスだったのでしょうか。
リン「ものすごく自然でした。『君たちはこれを弾いて。自分はこれを弾くから』などと決めつけることもなく、それぞれみんなが好きな楽器を弾き始め、彼が良いと言ったものを録音した感じです。制作前もあまり会話はしませんでした」
マーヴィン「他のアーティストの方が自分より制作プロセスに関して知識があると思い込み、コラボする時はいつも緊張気味でした。だけど、みんなもかなり直感を信じながら音楽を作っていることに最近気づいて安心しました」
ーーLegoweltもオランダの西に位置するハーグ市出身です。フレッシュで実験的なエレクトロアーティストは西側から生まれる理由はなぜなのでしょうか。
マーヴィン「ハーグ市とロッテルダムの歴史に基づくと思います。逆にアムステルダムやヒルバーサムなどではより商業的なものの発祥地でもありますし。昔、自分がロッテルダムに住んでいると人に言うと、いつもびっくりされました。当時はまだ犯罪が多い危険な場所だと認識されていたからです。アートシーンもそのせいで他の地区とは違った特徴があります」
リン「もっと生々しくて、工業的な面があるように感じます」
マーヴィン「ロッテルダム発祥の音楽でもそれを感じられると思います。ロッテルダムのアーティストは大衆の目を気にせず実験的な音楽を作りがちですからね」
リン「その点ではかなりパンクだと思います。予算なしで安いシンセサイザーなどを利用し音楽を作っているのですから」
ーーロッテルダムに、アンダーグランド的な音楽シーンはまだ生き残っていると思いますか?
マーヴィン「まだシーン自体は強く残っていると思います。最近は、新しいギャラリーやクラブが立ち上がってきました。観光客が増え、高級化されていますが小さなコミュニティがまだアートや音楽シーンを支えています。アンダーグラウンドシーンというのは、ロッテルダムの中でも移動しているんです」
リン「反体制の文化というものは常に生まれるものでもあると思います」
ーー常に動き、生まれ変わっている感じですね。
マーヴィン「そうです。クラブシーンに関与し始めた当初からロッテルダムはそんな都市だと思っていました。カッコいいクラブが立ち上がったと思ったら数年後に壊され、また新しい革新的なものがそこに立ち上がるというサイクルの繰り返しです」
リン「何かがある位置から動かずにいることは不可能だと思います。常に変わっていくことが必要」
text Ayana Waki