スコット・ハンセン率いるエレクトロニックミュージック・プロジェクト、TYCHO。インストゥルメンタルで無限に広がるような自然や心象風景を描くその音楽性が高く評価され、グラミー賞にもノミネートされたTYCHO待望の最新作『Weather』が7月にリリース。Ninja Tune移籍後初のアルバムとなった本作では、全曲にヴォーカルをフィーチャーした新たな章の始まりを告げる傑作。フジロックのホワイトステージにてその新作を披露し、観客を沸かせたTYCHOに改めて本作が完成するまでのプロセスを聞いた。(→ in English)
ーー最新作はNinja Tune への移籍後の初アルバムですね、おめでとうございます。
TYCHO「ありがとう! Ninja Tune の大ファンだったのでとても嬉しいです。私が影響を受けたたくさんのアーティストが所属しているレーベルですし、僕も最初にエレクトロミュージックのレコードに触れたのはNinja Tuneのコンピレーションなんです。友人もNinja Tuneを好きでCDをかけていたんですが、最初はそれがアーティスト名だと思っていて。後になってレーベルなんだとわかりました(笑)」
ーーいつくらいから好きだったんですか?
TYCHO「1995年くらいだから24、5年来のファンですね」
ーー自分がNinja Tuneのアーティストになってみての感想は?
TYCHO「とても感激しています。アメリカでは彼らとMom+Popという大きなチームと協力し、しっかりとしたリソースを確保してレコードを広めるという得難い体験ができました」
ーー『Weather』ではもう一つ、Hannahのボーカルが入ったということがすごく大きなトピックなんですが、今回そういう冒険をしてみようと思った背景には”Epoch”でこれまでの自分の音楽を突き詰めて、成し遂げたという思いがあったんでしょうか。
TYCHO「『Epoch』は終わりということではなく、節目という認識です。ここから新しいことにチャレンジしてみようということで、今後10年間は引き続き新しいことをしていきたいと思っています。今までずっとヴォーカルを取り入れて作品を作ってみたかったのですが、Hannahと彼女の歌に出会って、ぜひ彼女と一緒にやりたいという気持ちが湧き上がりました。多くの方に前作との違いが多くあると言われるのですが、トーンやストラクチャー自身は全く変わってないと僕は思っています。ただ楽器が変わったというか、シンセサイザーの代わりにヴォーカルや声が入った感じです」
ーーそうですね。核というものは変わらないけれども、いろんな冒険をしている中での一つの形という捉え方をしております。
TYCHO「ありがとうございます。そう、コアは変わっていません。新しいことへ挑戦しているだけです」
ーーHannahと会ったことがきっかけだということですが、おそらくご自身の心境的にもヴォーカルに対する興味が高まっていたタイミングだったのだと思います。
TYCHO「こういう機会と可能性に恵まれたのは初めてだったんです。2003年に”Sunrise Projector”を作っている時に、Zero 7やThe Cinematic Orchestraの作品を聴いていて、こんな風にヴォーカルを使った曲をずっと作りたいと思っていたんですがうまくいかなくて。当時はまだ技術を持っていなかったし、適切なヴォーカリストがいなかったのです。16年間インストルゥメンタルを研ぎ澄ましてきたのですが、Hannahに会って、その時に自分が作っていたインスト、楽器をメインに使った作品に欠けているように感じた何かがヴォーカルで埋まると思い、やれるかわからないけれど挑戦してみたくなって。それも当初考えていた数曲に入れるということじゃなく、全てをヴォーカルソングにして、同じヴォーカルで作るということをHannahの声ならできるし、やらなくてはと思ったんです」
ーーHannahに聴かせたトラックが1ダースくらいあり、その中で彼女がチョイスした曲がちょうど彼のお気に入りだったそうですね。元々のセンスもすごく近かったのではないかなと。
TYCHO「その通り、シナジーがあり、とても波長が合いました。長いこと自分の方法で音楽を作っていると細部にばかりこだわるようになって、音楽の美しさや自分がこういうことをやっている意義を見失ってしまうことがあるんです。でもHannahは若く、全てに対して刺激を受けていて、その様子を見ていることで自分が最初に音楽を作り始めたことを思い起こさせてくれました。そして私自身も再び音楽に熱中して興奮する感覚になりました。まるでファーストアルバムを作るような気持ちで、新しいスタートをきれたんです」
ーー核は変わってないということでしたが、相変わらずリズムを重視しているような作り方で、実はギターなども複雑であったり、楽器の部分にも相当求めるものが高かったんじゃないかなと思います。楽器のプレイヤーたちにはどういうディレクションをしていましたか。
TYCHO「ドラムのロリー(・オコナー)と基礎を作って、組み立てていきました。僕はドラムと作業するのが大好きなんです。そのドラムを切り貼りして基礎を作った上で、全体の楽器の構成を決めて曲を書き上げました。全ての曲においてドラムマシーンで作曲しているんですが、そこに思い切り生のドラムを重ねていくんです。ギターベースとシンセサイザーはザック(・ブラウン)が手伝ってくれて、アレンジとポストプロダクションを担当してくれました。これまで以上に楽しい経験でしたね。音楽を始めた頃に戻ったみたいで、これからの10年間くらいはこういう風にまた改めてコネクトしたり、再構築したりという感じでやっていきたいです」
ーーなるほど。その楽器で仕上がったトラックにヴォーカルを入れるというのは、それら一連の作業をした上でヴォーカルを入れて、もう一回全体を馴染ませることが必要なわけですよね。
TYCHO「最初はインストとして作っていたものはシンプルで、まだほぼアレンジがなされていないものでした。それをHannahに送ったのですが、ヴォーカルを核とした構造にするためにトラックに多くの変更が必要になるだろうことはわかっていました。彼女が歌った時、そのヴォーカルに沿ったアレンジにすべきだとすぐにピンときたので、多くの箇所を再構築しました。つまりこれらの曲には2つのフェーズがあるんですよ、すごくクールですよね。彼女が歌ったら、書き上げた曲のどこを変えるべきか、どういう風に変化を遂げるかというアイデアが浮かんだんです。この何ヶ月かのうちに、”Pink & Blue”や”Japan”のように、全曲インストでもリリースしたいと思っています」
ーーTYCHOというのは自分の内面のスペースにみんなを引き入れるような、音楽を通して自分の内側を外へ伝える翻訳作業をしているような感じで音楽を作っていますが、今回は自分の内面のスペースにこれまで以上の要素が入ることになったと思います。そのことによって、その翻訳作業自体にも変化は起きましたか。
TYCHO「ヴォーカルの美しさ、それがこのアルバムにおけるある種のゴールでした。インストルゥメンタルは僕が自然界で体験したことの翻訳で、それが僕にとってのTYCHOであり、曲を作り続ける源泉です。でも今作ではヴォーカルが入ることで言語的解釈が加えられ、聴き手が歌詞から作り手の感情をその言葉のままに受け取るということになります。それは聴き手次第で受け取り方が変わるインストとは違って制限を設けるということなんですよね。僕は制限のないインストをもちろん愛していますが、今作ではHannahのヴォーカルでの限定的な表現をすることが大切でした。Hannahは僕が音楽を用いて伝えたいことを完璧に理解してくれていましたしね」
ーーヴォーカルが入ることでライヴも大きく変わると思います。すでにいくつかのライブを経てのフジロックでのライヴになりますが、これまでのライヴの手応えはどうですか?
TYCHO「ええ、ライヴは全く違うものになっています。フルバンドでやっているんですが、ヴォーカル曲にオーディエンスがどう反応するかがとても興味深いんです。最前列で歌詞を一緒に歌ってくれていた観客もいて、とても美しい光景だと思いました。自分がシンガーソングライターの曲を聴いて感じていたように、音楽によって人々と繋がり、満たされた気持ちになって、これが僕が長いことやりたかったことなんだと実感したんです」
ーーこの後はアメリカツアーが控えていますが、アメリカツアーでも同じセットで回る感じですか?
TYCHO「少しずつ変わる予定です。最近あまりやっていなかった昔の曲もやろうと準備しているところで、新作からももちろん、旧作からも面白そうな曲を引っ張り出してきて、アレンジを加えたりしようかと思っています。最初はなるべくレコード通りにやって、みんながそれを覚えてくれてきたら、少しずつ手を加えるつもりです」
ーーTYCHOは毎回アートワークも素晴らしくて、今回のジャケットも最高ですね。
TYCHO「ありがとう。いつも自分でデザインをしていますが写真は撮らないので、今回のようなジャケットにするのは初の試みなんです。Hannahとコラボレーションしたように、アートワークでも開かれたアイデアにしたくて、このアルバムのパーソナルで穏やかな内なる世界を浮き彫りにするためにこの表現にしました。部屋の中に座っている、顔が見えないがゆえに親密さを感じさせる女性。僕がレコードに求めているのはまさにこういうものです。普段は自然の偉大さ、美しさ、広大さがクリエイションのイメージソースになりますが、これはもっと限定的で内なるエモーショナルな空間を描いています」
ーー今回のヴォーカルにしても、ジャケットにしてもですが、ある意味受け手に解釈を任せた方が楽な部分もあるので、具象に向かったのはとても勇気があると思いました。
TYCHO「そうですね。僕はグラフィックデザイナーですから、外部からの体験で得られる抽象的な表現の方が得意で、感情的なものからは距離を置きがちなんですが、今回はパーソナルで親密なものにしたかったんです」
photography Yosuke Torii
text&edit Ryoko Kuwahara
TYCHO
『Weather』
(Ninja Tune/Beat Records)
BEATINK.COM:
http://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=10274
Tower Records: https://tower.jp/item/4906560
HMV: http://www.hmv.co.jp/product/detail/9854654
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/B07RSTQVH7
iTunes: https://apple.co/2VE4JNt
Apple Music: https://apple.co/2LFVWWT
TYCHO
スコット・ハンセン率いるエレクトロニックミュージック・プロジェクト。2002年にセルフ・リリースされた『The Science of Patterns EP』でデビュー。レトロでローファイなエレクトロニカ〜アンビエント〜ドリームポップ〜ポストロックまでを股にかけるサウンドは多岐に渡るリスナーに支持されており、これまでにリリースされた『Dive』(2011)、『Awake』(2014)、米ビルボードのエレクトロニックチャートで堂々の1位に輝いた『Epoch』(2016)といったアルバム作品を通じて幅広いファンを獲得し、グラミー賞にもノミネート。2019年にはThe Cinematic OrchestraやBonobo擁する〈Ninja Tune〉へと移籍、様々な点において今までのキャリアの集大成となった待望の最新アルバム『Weather』を7月19日にリリース。
https://tychomusic.com
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