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text by Yukiko Yamane
photo by Tereza Mundilová

14 Issue:Mark Reeder(Record producer, Remixer, Musician and Record label owner)



年齢は単なる数字であって、オトナになるという境界線は人ぞれぞれ。定義できないからこそ、誰もが答えを探している。多感で将来のことを考え始める14歳の頃、みんなは何を考えて過ごしたのか?そんなファイルを作りたいと始まった「14歳」特集。東京、NYに続くベルリン編には、年齢やバックグラウンド、仕事の異なる個性豊かな15名をピックアップ。
14本目はイギリス人音楽プロデューサー兼ミュージシャン、マーク・リーダー。1978年に生まれ育ったマンチェスターから西ベルリンへ移住、瞬く間に現地のコミュニティの一員となりこの街を見守ってきた。ベルリンをはじめ世界中の初期エレクトロミュージックシーンとDJカルチャーにおいて尽力してきたキーパーソンと言っても過言ではない。近年、70年代後半から80年代のベルリンを描いたドキュメンタリー映画『B-Movie: Lust & Sound in West-Berlin 1979–1989 (2015)』の顔として再びスポットライトを浴びている。そんなマークに故郷マンチェスターで過ごした音楽と情熱に溢れる10代について話を訊いた。(→ in English



ーー14歳のときはどんな子でしたか?


マーク「当時は1972年。グリッター(グラム・ロックの先駆け)の幕開けで、ロキシー・ミュージックやゲイリー・グリッター、デヴィッド・ボウイに夢中でしたね。プログレッシヴ・ロックもよく聴きました。とてもオルタナティヴな子どもでみんなと違っていたから、学校ではいじめられていたんです。みんなと違う”変わった”音楽を聴いていたり、制服が違ったりして(学校で決められた制服ではなく、陸軍の制服を合わせてました)。教室ではいろんな名前で呼ばれましたし、周りはいつもわたしに恥をかかせるようなことをしてきました。彼らは嫌がらせでわたしを学級委員にしましたが、そのおかげでより打たれ強くなって自信もついたんです。みんながサッカーをしている間、レコードショップへ出かけたり、本を読んだり、模型飛行機を作ったりしてました」


ーー14歳のときにどんな24時間を送っていたか、円グラフに書いてみてください。





ーーでは、14歳のときにどんなことを考えていましたか?





ーー当時の思い出でよく覚えていることがあれば教えてください。


マーク「初めてのライブですね。11月でたしか木曜日の夜、マンチェスターの『Hardrock』へロキシー・ミュージックのライヴをこっそり観に行きました。放課後会場へ行き、困っていたローディーを手伝ってフリーチケットを手にしたんです。母には友達の家でロキシー・ミュージックを聴いてくると伝えて、市内へ向かうバスに乗り込みました。会場では学校の制服の影に隠れて人間観察。この抽象的な大人の世界に10代の自分はとても場違いだと感じたんですよ。今まで全く見たことがない光景。みんな酔ってましたね。何人かのファンは完全なグリッター・ギア、プラットフォームシューズ、染めた髪にメイクアップやドレスアップとまるでパントマイマーのようでした。彼らはステージの正面で踊り、ブライアン・フェリーに叫ぶんです。当時はブライアン・イーノもメンバーだった頃。彼は色とりどりのヘアーにフェザーとファーを纏い、その姿はまるでエイリアン。わたしはすっかり魅了されました」


ーー14歳のときに抱いていた夢は何ですか?


マーク「イギリス空軍に入隊することを考えていたので、航空士官候補生の学校に参加したんです。そこで軍隊の規律や訓練、射撃と更新の仕方について学びました。一番よかったのは制服を手に入れたことですね。でもロキシー・ミュージックのライブを観た後、空軍には行かないと自覚しました。その代わりグラフィックデザイナーになってレコードのカバーや広告をデザインしたいと思ったんです」





ーー最初はレコードショップで働いていたそうですね。どういう経緯で始まったのですか?


マーク「土曜日は一日中マンチェスターのレコードショップをチェックして、古いレア作品を探しまわったり、新しい音楽を聴いたりしていました。その頃オープンした『ヴァージン・レコード』はわたしのお気に入りショップ。そこのスタッフたちはレコードを提案してくれるので、閉店までそこで過ごしましたよ。次第にショップを手伝ってほしいと頼まれるのですが、最初のうちはお金ではなくレコードが給料(必ずレコードを買うと知っていたので、お金よりもレコードをもらう方が価値があったんです)。1976年までフルタイム勤務でしたね。高校を卒業して芸術大学へ進学し、広告の心理学とグラフィック・デザイナーになる方法について学びました。短期間だけ広告代理店で働きましたが、それが嫌でレコードショップに戻ったんです。広告の世界は自分には合いませんでしたね」


ーー当時はいくつかのバンドにも所属していましたよね。


マーク「ジョー・スターリンズ・レッド・スター・レディオ・バンドに所属していました。友達の家のリビングで練習してましたよ。メンバーはレッド・ツェッペリンの”Free Bird”や“Stairway to Heaven”のカバー曲を演奏したいだけだったので、わたしは抜けることに。それから芸大の友達ミック・ハックネルからパンクバンドを組まないかと声をかけられたんです。バンド名はフランティック・エレヴェイターズ。何度かライブをしたのですが、1978年にわたしはバンドを抜けてしばらくヨーロッパを旅行すると決めたんです。最終的にベルリンへたどり着き、それ以来ずっとここにいますね」






“B-Movie: Lust & Sound in West-Berlin 1979–1989 (2015)”



ーーこの仕事を始めてよかったこと、大変なことはありますか?


マーク「人生には浮き沈みがあります。それはわたしたちを定義するものだから、誰もが人生で経験すべきシチュエーションです。わたしにもよかったこと辛かったことがたくさんありました。リスクなしでは、楽しみも冒険もありません。たしかに他の人よりも気がめいることを上手く処理できる人はいますし、誰もがわくわくすることと向き合えますよね。要は辛いことが起きたときにどう対処するかです。辛い経験はあなたが受けてきたよかった経験について気付かせてくれるし、そうあるべき。わたしにとって成功とはどれだけお金を稼ぐか、どんな車に乗るかではなく、人生の障害をどう乗り越えていくかということなんです。改めて浮き沈みの多い冒険のような人生を送ってきたと思います。60年代から今日までその時代の音楽とともに生きてきたこと、世界中の素晴らしい音楽をまだ発掘できることは大変光栄ですね。中国のストールン(STOLEN)、マンチェスターのマックス・モリソン、ニューヨークのザック・スターキー、日本のアービー(A-Bee)とか」


ーーどんな音楽を聴いていましたか?


マーク「ロキシー・ミュージックの1stアルバム『Roxy Music (1972)』、ホークウインドの『宇宙の探求 (In Search Of Space, 1971)』と”Silver Machine (1972)”、デヴィッド・ボウイの『Hunky Dory (1971)』、イギー・アンド・ザ・ストゥージズの『淫力魔人 (Raw Power, 1973)』、MC5の『Kick Out the Jams (1969)』、ルー・リードの『Transformer (1972)』、ブラック・サバスの”Children of the Grave (1971)”、ディープ・パープルの『Deep Purple in Rock (1970)』。レッド・ツェッペリン、ジミ・ヘンドリックス、ピンク・フロイド、ゴングの全作品。あとはゲイリー・グリッターやT・レックス、ノーザン・ソウル系やテンプテーションズのようなポップ系も聴いてましたね。コズミック・ジョーカーズ、タンジェリン・ドリーム、クラウス・シュルツェ、クラフトワーク、カン、ポポル・ヴー、ファウストといったクラウトロックにも出会いました」





ーー14歳のときに影響を受けた、大好きだったものはありますか?


マーク「ジョージ・オーウェルの『1984年 (1949)』、ジャージ・コジンスキーの『異端の鳥 (The Painted Bird, 1965)』、オルダス・ハクスリーの『すばらしい新世界 (Brave New World, 1932)』ですね。エジプト学や科学的事実に関する本、『失われた世界 (The Lost World, 1912)』のようなファンタジー、『衝突する宇宙 (Worlds in Collision, 1950)』のようなSF、『未来の記憶 (Chariots of the Gods?, 1968)』、ノストラダムスの四行詩も読みました。
映画を観に行くお金はなかったのですが、『アギーレ/神の怒り (Aguirre, the Wrath of God, 1972)』や『スローターハウス5 (Slaughterhouse-Five, 1972)』、『猿の惑星・征服 (Conquest of the Planet of the Apes, 1972)』やトラッシーなホラー映画を観ましたよ」


ーーいま14歳を生きている人たちにお勧めしたい作品はありますか?


マーク「そうですね。『1984年』や『すばらしい新世界』、あるいは『レンヌ=ル=シャトーの謎 – イエスの血脈と聖杯 (The Holy Blood and the Holy Grail, 1982)』『The Hiram Key』から読み始めてはどうかな」


ーー最後に何かお知らせがあればどうぞ。


マーク「10月にニューオーダーのヨーロッパツアーがあります。オープニングアクトはわたしがプロデューサー兼マネージャーを担当するチャイニーズバンド、ストールンです。彼らのデビューアルバム『Fragment』が国内レーベルU/M/A/Aよりリリースされています。石野卓球が”Chaos”の素晴らしいリミックスを手掛けてくれました。アービーのリミックスも最高ですよ。自分の作品については、新作アルバムのリミックスとトラックを制作中です」











Mark Reeder
www.mfsberlin.com
@markreeder.mfs:https://www.instagram.com/markreeder.mfs/


photography Tereza Mundilová
text Yukiko Yamane





This interview is available in English

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