2021年にデビュー・アルバム『Collapsed in Sunbeams』を発表するや否やグラミー賞2部門にノミネート、マーキュリー・プライズとブリット・アワードを受賞したアーロ・パークス。幼少期より綴ってきた詩にビートを乗せたところから始まった音楽活動はビリー・アイリッシュやミシェル・オバマ、マッシヴ・アタック、ゼイディー・スミスら多くのファンを熱狂させるにとどまらず、そのパーソナルな歌詞からユニセフの史上最年少サポーターに選ばれ、イギリスのメンタルヘルス・チャリティであるCALMのアンバサダーも務めるに至っている。そうした大きな環境の変化を経て、ロンドンからLAへ移住したアーロ・パークスは、20代での経験と成長を綴った2nd『My Soft Machine』をリリース(2023年5月26日)。「このレコードは、私のレンズや体を通して、20代半ばの不安、周囲の友人の薬物乱用、初めての恋、PTSD/悲しみ/自己破壊/喜びの取り扱い、驚きと感性で世界を駆け巡ることなど、この特別な体内に閉じ込められている人生を描いたもの」と語る彼女が、改めて本作の制作過程を振り返りながらインタビューに応えてくれた。
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―2ndアルバムのリリースおめでとうございます。フィービー・ブリジャーズをフィーチャリングに迎えた曲”Pegasus”のMVが公開されたばかりですが、オーバーラップする歌声が魔法のように美しくて、多幸感と儚さに胸が締め付けられる、まさに初恋の曲ですね。フィービーとのコラボレ―ションのきっかけなど2人のエピソードがあれば教えてもらえますか?
アーロ「私たちが出会ったのは3年前。私は彼女のアルバム『Stranger in the Alps』が大好きで、特に”Funeral”と” Motion Sickness”にはとても感動したし、なんて美しいんだろうと思っていました。そんな中、(BBC RADIO1の企画として)ロンドンの美しい教会でレディオヘッドの“Fake Plastic Trees “をフィービーと一緒に歌う機会があったんです。ピアノを弾きながら彼女とハーモニーを奏で、その声にすっかり恋に落ちました。グストンベリーやコーチェラでも何回か一緒に歌ったんですが、私たちの声が合わさるとオーガニックな魔法が生まれるような気がしていて。特にメランコリーだったり、ほろ苦い雰囲気のラブソングにはその魔法が強く宿るなって。”Pegasus”は、柔らかな優しさと魔法のような輝きだけでなく、どこか切なさも感じさせますよね。こんなふうに音楽に別次元の深みをもたせるのは彼女以外に浮かびませんでした。つまり、このコラボレーションは私が彼女の長年のファンで、その作品を愛しているというところからスタートしてるんです(笑)」
―”Pegasus”のソングライティングはどんな風に進めたんですか。
アーロ「最初はインディー・ロックみたいな曲だったんです。アルバム内の“Dog Rose”にも似た、インストゥルメンタルのような曲。でももう少し柔らかくて広がりのある曲が欲しかったので、フランク・オーシャンの“White Ferrari”のように削ぎ落としていくことにしました。サビの柔らかな優しさや高揚感を表現したかったから、ブレイクやドラムの跳ねる部分を少し加えて、という風にちょっとずつピースが集まってきて。歌詞にしても、一旦離れたりまた何か考えてはエディットしたり、さらにまた手を加えたりしたんですけど、そういう感じで歌詞を書いたのも初めてだったんです。どうしたら愛をうまくカプセルみたいに閉じ込めた曲ができるか考えていました。そうして、ゆっくりと時間をかけてまとまっていったんです。アルバムの中でもお気に入りの曲の一つですね」
―ポール・エプワースとの作業でできた“Blades”は完璧なダンスミュージックですね。彼との仕事はどうでしたか。フィービーと似たプロセスだったのでしょうか。
アーロ「ポールとの作業はもっと迅速でした。ポールはプロフェッショナルで、ほんの数回試しただけで完璧なものを作り上げることができるんです。5日間で3曲を一緒に作ったんですけど、音楽に身を委ね、その流れのままに作ることができました。そして“Blades”, “Purple Phase” そして“Weightless”とどれも全く異なるテイストの曲が生まれたんです」
―確かに、様々な側面があり、しかも聴く度に違う面が見える万華鏡のようなアルバムだと思います。シンセが複雑に散りばめられた中毒性が高いトラックを何度聴き返したかわからないくらいです。今作で電子音楽にフォーカスしたのはなぜ?
アーロ「実は、エレクトロニック・ミュージックは私の人生において常に大きなパートを占めていたんです。最初に夢中になったジェイムス・ブレイクの『Overgrown』にはとても大きな影響を受けたし、ジョイ・オービソン、Bicepも浴びるほど聴いていました。ベルリンのテクノにシカゴ・ハウスもね。エレクトロニック・ミュージックはいつでも特別な存在だったけど、これまでは自分の音楽の中で心ゆくまで探究できる機会がなくて。でも今回はあらゆるアナログ機材に触れられるスタジオで多くの時間を過ごし、部屋中に置かれたシンセをプレイしたり、実験したりする時間を持てたんです。その中に身を投じていると10代の頃のような音楽への興奮が自然と湧き起こってきて夢中になっている中で、エレクトロニック・ミュージックとたくさんの音楽が溶け合って私の音になっていきました」
―音楽への愛を閉じ込めたようなアルバムになったんですね。
アーロ「まさにそう。もう一度音楽との恋に落ちたんです。ずっと作りたかったけど自信がなかった曲を作れたこと。自分自身に挑戦して驚かせることはすごくよい気持ちです」
―それはアーティストとしての大きな自信に繋がったと思います。バディ・ロスとアリエル・レヒトシェイドとの曲”Puppy“の緊張を孕んだ美しさも鮮烈でした。今回のアルバムでは様々なコラボレーターを迎えることを決めていたんですか。
アーロ「ええ。この2ndでは異なる音楽分野、クリエイティヴ・マインドのミュージシャンたちと仕事をしたかったんです。例えばブロックハンプトンのロミルはヒップホップのサンプルベースの感性が優れているし、ハイムやヴァンパイア・ウィークエンド、チャーリーXCX、M.I.A.と長く仕事をしているアリエルもいる。バディ・ロスは10年にわたってフランク・オーシャンのバンドの核の役割を担っていた。こうしたすべての異なる世界観を組み合わせて、カラフルなレコードを作りたかったのです。私の中にある異なるパートやテイストをそれぞれのコラボレーターがまとめあげてくれました。みんな優しくて、音楽を純粋に愛している人たちだから繋がりを持てて楽しかったし、それぞれが自分の仕事に絶対的な愛を持っていることが固い絆になっていました。たくさんの人が関わってくれたおかげで、アルバムに厚みが出たように思います」
―多様な側面を持つアーティストであるあなたですが、この経験を経てさらに自分についての発見や驚きがありましたか。
アーロ「確実にありましたね。アルバム制作のプロセスを通して発見したのは、センシャルなストーリーテリングは音楽だけにとどまらないということ。脚本を書いたり演技をしたり、あるいは直接語るということにも、アイデアを反映させることができるんです。だから今度は木工や彫刻など手を動かして何かを作ったり、より身体的な表現を突き詰めてみてもいいし、そういうことをもっと探究したいなと思っています。あなたが言ったように、私のクリエイティビティはたくさんの異なる分野に伸びています。自信を持って音楽に取り組んだら、この先に自分が作るかもしれない音楽は何百万もの異なるものになる可能性を持っているからオープンでいたい。自分でもこんなにいろんな側面があるんだなって驚くくらいにね」
―あなたが一番思い入れがある曲は? よければその理由も教えてください。
アーロ「“Puppy”が大好き。この曲は異なるたくさんのジャンルを壁を溶かしてくれるから。この曲の共感を誘うようなエンディングがお気に入りだし、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインを彷彿とさせるでしょう? ザラザラと歪んだサウンドと、そこに鳴るジェイムス・ブレイクのようなシンセ。ビートに合わせてかき混ぜていくと、すべてのピースがハマったような気がしました。あの曲を作ったときは確かに魔法がかかっていたと思います」
―前作についてインタビューさせてもらった際に「詩に根差したアルバム」とおっしゃっていました。今作にも詩は通底していると思いますが、何ヶ月も映画を観続けて構築したというヴィジュアルワールドが制作にどんな影響を与えたか教えてください。
アーロ「おっしゃるように私はいろんな国の映画を観ることに多くの時間を費やしていて、様々なカルチャーがどのように物語を作っているかということを学んでいたんです。特に写真家、ジャスティン・カーランドやヴォルフガング・ティルマンズのようなユース・カルチャーをドキュメントする人々からね。彼らは率直でニュートラルなドキュメンタリーのスタイルで世界を捉えています。そのようにインディペンデントな、限られた予算の中でどのように物語を構築しているかに強い関心がありました。インディペンデントで活躍する監督のクリエイティヴの旅路を記したものもたくさん読んでいます。 『グッド・ウィル・ハンティング』『マイ・プライベート・アイダホ』の監督であるガス・ヴァン・サントに関する本もその一つ。彼とその作品の写真、スケッチ、セットなどがすべて納めてあって、彼が時間の経過とともにどのようにアーティストとして成長したかを記録したものなんです。そんなヴィジュアルアートの媒体たちとその作り手たちからインスピレーションを受けて今作を手がけました」
―確かに“Pegasus”のMVは『マイプライベートアイダホ』に通じるものがありますね。
アーロ「まさにその作品と『パリ、テキサス』からは多くのインスピレーションを受けています」
―体験や考えを詩にすることは幼少期からやられていることですが、「このアルバムは私のレンズごしに、もしくは中身の肉体を通して経験した人生が描かれています」と明言し、タイトルにもされています。これは今作ではシェアすることを前提に、より自覚的もしくは客観的に体験を歌詞に綴ったということなのでしょうか。もしそうであれば、そうした自覚がもたらした変化などありましたか。
アーロ「私はいつも自分のために歌詞を書いていて、自分が何かを作り出しているんだという微かな手応えのために一生懸命努力しているんです。だから、その自覚はそれほど影響を与えなかったと思います。それに歌詞を書いているときは、友達といたり、ノートや記録を綴ったものがある空間にいるから、スタジオから出てくるまで自分の曲を誰かが聴いていることも忘れているくらい。私は今は体験を共有することに関してOKな状態だと思うけど、これは私だけじゃなく誰しもが抱える問題ですよね。とにかく、私はもの作りをする時にはそういうスペースを維持するようにしています」
―7月の日本公演はあまりの人気でチケットを取るのが本当に大変でした!ライヴに行くのが今から楽しみですが、最後に、ライヴを待ちわびている日本のファンにメッセージをお願いします。
アーロ「すごく興奮してます! 日本はアルバムリリース後初のヘッドラインショーになるんです。新しいライヴショーとステージデザイン、そして新しい音楽を初めて味わうのが日本のファンになる。これまで以上にパフォーマンスや音楽との繋がりを感じてるから、ファンのみんなもショーを楽しんでくれるといいな。たくさんのエネルギー、情熱、喜びで満たしたい。みんなと会って、会話を交わして、街を楽しむことをとても楽しみにしてます」
photography Alex Waespi / Clare Gillen
text Ryoko Kuwahara(IG)
Arlo Parks
『My Soft Machine』
2023.5.26 Release
(Big Nothing / Ultra Vibe)
界同時発売、解説/トラック・バイ・トラック/歌詞/対訳付、日本盤ボーナス・トラック3曲収録
収録曲目:
1. Bruiseless
2. Impurities
3. Devotion
4. Blades
5. Purple Phase
6. Weightless
7. Pegasus ft. Phoebe Bridgers
8. Dog Rose
9. Puppy
10. I’m Sorry
11. Room (red wings)
12. Ghost
13. Devotion (acoustic)*
14. Pegasus (acoustic)*
15. Jasmine (Jai Paul cover)*
*日本盤ボーナス・トラック
プロフィール – ARLO PARKS – アーロ・パークス】
Arlo Parksは2021年1月、デビュー・アルバム『Collapsed in Sunbeams』をリリース。ブリット・アワード「最優秀新人賞」、マーキュリー・プライズ、BBC「Introducing Artist Of The Year」を獲得し、グラミー賞でも「最優秀新人賞」と「最優秀オルタナティブ・ミュージック・アルバム」にノミネート。アルバムは全英チャートでトップ3に入り、AIMアワードの「ベスト・インディペンデント・アルバム」と「UKインディペンデント・ブレイクスルー」を受賞。ほぼ全ての「2021年のベスト・アルバム」リストに含まれ、多くのメディアが絶賛。そのソングライティングはBillie Eilish、Florence Welch、Michelle Obama、Angel Olsen、Phoebe Bridgers、Massive Attack、Zadie Smith等、ミュージシャン、作家、著名人から幅広く支持されている。
Official Site : https://www.arloparksofficial.com/
Label Site : http://bignothing.net/arloparks.html