フランス独特の洗練(エスプリ)を保ちながらも、常に聴き手に爽快かつ意表をつくサウンドを展開。結成から25年以上経過した現在では、独自の存在感を確立しているバンド、フェニックス。5年ぶりのリリースとなるアルバム『Alpha Zulu』は、パンデミックそして彼らのサウンドを支えてきた盟友フィリップ・ズダール(カシアスとして知られる)の死を乗り越え、ルーヴル宮内のパリ装飾芸術美術館でレコーディングされたもの。元ダフト・パンクのトーマ・バンガルテル、ヴァンパイア・ウィークエンドのエズラ・クーニグなどが参加、ポップでキッチュなダンス・トラックから、人生に思いを巡らせるメロディアスな楽曲まで、どれも繊細なタッチの絵画のような雰囲気が漂う仕上がりに。その内容、また25年近くに渡りサポートを続ける日本のファンに対する思いを、トマとデックに聞いた。
ーー久々の日本ですが、何か変化を感じますか?
デック「僕は来日したばかりだから、よくわからないかなぁ」
トマ「僕は、数週間前から来ているけれど、特に変化を感じないかな。何かあった?」
ーーパンデミックの影響で少し変化はあったと思いますよ。
トマ「確かに、空きテナントが目立つようになってきたよね」
ーーアルバム『Alpha Zulu』は、パンデミックを経て5年ぶりとなる作品ですが、バンドを取り巻く環境に変化はありましたか?
トマ「僕らは、家族のような関係を築いているので、メンバー間で特に変化はなかったと思う。強いてあげるのならば、これまでの作品に関わってきたフィリップ・ズダールが亡くなったことは、大きな出来事だった。でも、彼の周囲にいる人々が献身的にサポートしてくれたおかげで、バンドの進化が止まることがなかったね」
ーーフィリップの死はとても大きな哀しみをもたらしましたね。
トマ「最初に聞いた瞬間は、とても驚いた。今でも現実をちゃんと受け止めきれていない状況にある。だけど、お葬式は彼の人柄や才能の素晴らしさが改めてわかるものだった。知り合いばかりが揃い、そこはまるでフランス文化の社交場のよう。どのようにして、現代のフランス・カルチャーが育っていったのかが、わかるものだったというか。フィリップがいかに、カルチャーに影響を与えてきた存在であったのかがわかった。その経験や思いを収録曲の“Identical”という楽曲で表現したんだ。フィリップがいない喪失感とともに、改めて音楽をやることの意味を考えることができた1曲」
ーーフィリップの代わりに、本作では元ダフト・パンクのメンバーとして知られるトーマ・バンガルテルが参加しています。
デック「フィリップは毎日僕らとともにスタジオに赴き、アイデアを交換しあいながら、曲を練り上げていくタイプだとすると、トーマは目的がはっきりしているタイプ。そのゴールのもとに僕らがある程度のアイデアをまとめてから、一緒に方向性を考えていく感じ。異なるタイプであるからこそ、とても刺激的な作業になった。また、トーマは音楽の知識が豊富。スーパーマーケットみたいに、あらゆる情報が頭のなかに陳列されて、それをすぐさまにアウトプットしてくれる」
トマ「例えるならば、フィリップが太陽のように全体を見渡して制作するタイプで、トーマはレーザー光線みたいなイメージ。当初から作りたい音にフォーカスして、そこに向かって突き進んでいく感じなのかも」
ーーまた、本作はルーヴル美術館でレコーディングされたそうですね。その環境はいかがでしたか?
トマ「とても素晴らしいインスピレーションになったことは確か。パンデミックの影響で、施設が使用できなくなっていた時期に制作していたんだけれど、誰もいない空間でさまざまな芸術作品にじっくり触れられたことで、得られたものは大きかったと思う」
ーーアルバムのアートワークも芸術的ですよね。
トマ「これは別の美術館に展示されていた作品の一部をクローズアップしたもの。アートは、長く作品に触れていると、自分なりの面白さや魅力が見えてくる。それを表現した感じ」
ーー登場する4人は、バンドのメンバーを象徴したもの?
トマ「そうだね。これは、ザ・キュアーの1979年発表アルバム『スリー・イマジナリー・ボーイズ』のジャケットからインスパイアを受けたものでもある。あそこでは冷蔵庫や掃除機をメンバーに見立てた構成になっているけれど、僕らはそれを絵画にした」
ーーちなみに、トマさんは現在アメリカ在住ですよね。今回はバラバラでレコーディングされたのですか?
トマ「“Winter Solstice”という楽曲だけ、バラバラで制作したものになるのだけれど、ほかは全員が集まって完成させたものになる。とても濃密な環境で、1年近くかけて出来上がったアルバムになるんだ」
ーーじっくり音に向き合えた環境にあったからか、どこか宗教的な崇高さと、思慮深さを感じる楽曲が多く収録されているような?
トマ「逆にパンデミックの頃、僕らは神様的な上から目線で物事をとらえるのではなく、より謙虚にいなくてはいけないと心がけていた。フラットな視点であらゆる考えを、アンテナのように張り巡らせてキャッチしていたんだ」
ーーそうだったのですね。
トマ「僕らが育ったベルサイユという地域は、とても宗教的な考えが根深くて、それを退屈だと感じていたんだ。もちろん宗教と文化に密接なつながりがあることはわかっているのだけれども、僕らはそれとは異なる、自分たちの神話を探している。また、そことつながることにちょっと恐れも感じているんだ。だから、できるだけ宗教的なものとはかけ離れた音楽を作りたいと思っている」
ーーまた、今回は日本製のシンセサイザーを使用しているそうですが、楽曲にオリエンタル(東洋)な雰囲気を感じたのですが。
デック「自分たちでは意識はしていないけれど、そうなのかもしれないね」
ーー日本といえば「After Midnight」のミュージック・ヴィデオでは、Pennacky(ペンナッキー)さんがディレクションをされていますね。
デック「今回の来日公演のサポート・アクトをしてくれたバンド、Gliiicoのミュージック・ヴィデオを観て、ぜひお願いしたいと思った。残念ながら撮影に参加することはできなかったのけど、とてもタイトな時間のなかで、僕らが望むことをすべて叶えてくれたクールな仕上がりに。毎回、ディレクター選びは苦労するけれども、今回は素晴らしいクリエイターに巡り会えた気分」
ーーさて、バンドは結成して25年が経過しました。
トマ「そうだっけ? 僕らは10歳くらいの頃からの友人だから、それ以上は確実に経過しているんだけどね」
ーーその間、日本でもたくさんのリスナーにサポートされています。日本のファンとの思い出はありますか?
デック「2回目の来日公演で札幌に行ったのを覚えている」
トマ「最初の来日は確か小さいライヴハウスだったような気がするけど(2003年・原宿アストロホール)、それからたくさんの人々にサポートしてもらった。今回も、以前のツアーTシャツを着用していた人や、それぞれのお気に入りの僕らのレコードを掲げてくれる人もいたりして、本当に感動したよ。また、デビュー当時からだけではなく、それ以降に僕らのことを知ってくれた若い世代の人の顔もたくさん見かけた」
ーー新陳代謝が起こっているって素晴らしいことだと思いますよ。
トマ「みんなが、きちんと次の世代に音楽を繋いでくれている証拠なんだと思う」
ーーこれからファンやリスナーとはどんな関係を築いていきたい?
デック「日本のみんなが僕らとずっと繋がってくれようとしていることは、本当に幸せだと思っている。そこは自分たちでコントロールできない部分。とにかくありがとうという思いを持ち続けて活動していけたら」
トマ「僕らは、とても自己中心的なバンド。作りたい音楽だけを追求しているんだ。それを聴いて楽しんでくれるみんなの姿を見ていると、報われた気持ちになるというか。好きなことを追求していいという推進力を与えてくれる。僕らは、グレイテスト・ヒットを作るために活動しているバンドではない。そうなると、特定の楽曲にしか興味を持たれなくなってしまうから。過去にリリースしたものも、最新のものも対等に楽しんでもらえるような作品を届けていきたいんだ。だから、どんな楽曲も楽しんで受けとめてくれるみんなに出会えると、ますます創作意欲が沸いてくる。これからも、そういう素敵な関係を続けていけたらと思う」
Photography Satomi Yamauchi(IG)
text Takahisa Matsunaga
Phoenix (フェニックス)
アルバム『Alpha Zulu』
Glassnote Musicより配信中
https://wearephoenix.lnk.to/Alpha-Zulu
メンバーは、トマ・マーズ (Vo)、 デック・ダーシー(B)、 ローラン・ブランコウィッツ(G)、クリスチャン・マザライ (G)。仏パリ近郊ヴェルサイユにて結成、2000年のアルバム『UNITED』でデビュー。09年に発表された4作目『WOLFGANG AMADEUS PHOENIX』は、第52回グラミー賞では「最優秀オルタナティヴ・ロック・アルバム」を獲得した。23年3月には来日公演を敢行、多くのオーディエンスを熱狂させたばかり。