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text by Junnosuke Amai
photo by Marisa Suda

Interview with Jockstrap about “I Love You Jennifer B”




この夏、フジ・ロックに出演のため来日したブラック・カントリー・ニュー・ロード。フロントマンの離脱を受けて新たな体制での再出発を踏み出したなか、一演奏者だった枠を超えてグループでの存在感を増しているひとりが、ヴァイオリニストのジョージア・エラリーである。そして彼女が、ブラック・カントリー・ニュー・ロードの活動と並行してメインに携わるプロジェクトが、このジョックストラップだ。ロンドンの名門アートスクールで出会ったプロデューサー、テイラー・スカイと結成されたデュオで、ハーシュな電子音と高級なクラシック楽器を組み合わせたようなその音楽は、盟友のブラック・ミディやスクイッドらひしめく近年のイギリスの新世代の間でも異彩を放ち、ビョークやデーモン・アルバーンも魅了するなど評判を集めてきた。このたびリリースされるデビュー・アルバム『I Love You Jennifer B』は、そんなジョックストラップのスタイルがより大きなスケールへと昇華された、最高にエクストリームでエレガントな一枚。と同時に、ジョージア・エラリーという「ヴォーカリスト/リリシスト」の魅力に迫った作品でもある。フジ・ロックのステージを終えた翌日、昼下がりの午後に都内で彼女に話を聞いた。(→ in English)


――今回はブラック・カントリー・ニュー・ロードとしての来日ということで、ヴォーカリストのアイザックが抜けて以降、いろいろと新しいことを試している段階だと思います。昨日のフジのステージ含め、この春スタートしたツアーではすべて新曲で組まれたセットで臨まれていますが、いろいろと難しさを感じるところもあるのではないでしょうか。


ジョージア「いえ、難しくはないです。ただ、これまでとまったく違う状況に適応しなければいけなかった。アルバム(『Ants from Up There』)をリリースして、けれどライヴで披露する機会がなくなり、“輪”が途切れてしまったような感覚があって。でも、そうしたなかで新しい曲を演奏できたのはとてもよかったと思います。昨日も素晴らしかったし、ステージの前ではカエルが鳴いていたらしいんだけど、静寂のなかでカエルの声が聞こえてきて、それがまたクールでした(笑)。観客もみんな曲を気に入ってくれて、踊ったり、手を動かしたり、笑ったりしていて」

――バンド自身も、変化を受け入れて、それを楽しんでいるというか?


ジョージア「そう。それで私たちは、フロントウーマンやフロントマンの役割をみんなで分担することにしたんです。誰かひとりが背負うのではなく、みんなで責任を共有していこうと。それは私たちにとって新しい試みで、みんなをサポートするために必要なことでした。そして、そうすることでたくさんのフェスティヴァルに出演し、私たちはまっすぐに突き進んできました。そう、だからそれは新しい旅のようなものですよね」





――ブラック・カントリー・ニュー・ロードとジョックストラップはほぼ同時期にデビューしていますが、前身のバンドも含めるとブラック・カントリー・ニュー・ロードとしての経歴の方が長いと思います。ただエラリーさんとしては、ジョックストラップの方がオープンで、自分のやりたいことを何でも挑戦できるといった感覚が大きかったりするのでしょうか。


ジョージア「そうですね。ジョックストラップの曲と歌詞は私が書いています。歌詞は自叙的なものなので、より本質的な意味で私らしいと思います。それに、ジョックストラップのヴィジュアル面ではミュージック・ビデオの制作に深く関わっていて、このプロジェクトにはかなりの時間を費やしています。ただ、ブラック・カントリー・ニュー・ロードでは、さまざまな人たちと一緒にいることで、たくさんのことを学んできたように思っていて。みんなそれぞれ違った音楽的背景を持っていて、そうしたなかで自分自身、道を切り開いてきた感覚がある。それに、あのバンドで演奏することによって、以前よりももっとギター・ミュージックが好きになりました(笑)。だから時々、ギター・ミュージックが作りたくなります。どちらも私にとっては糧になっていて、私の理想はどちらもずっと続けていくことなんです」

――ジョックストラップのもうひとり、スカイさんとは(ブラック・カントリー・ニュー・ロードのメンバーと同じく)ロンドンのギルドホール音楽演劇学校で出会ったそうですね。


ジョージア「まずギルドホールに惹かれた理由は、多様なコースの選択肢があったこと。エレクトロニック・ミュージックのコースや演劇学科もあったし、とてもクールな建物で、(学校がある)ロンドンのバービカンはクリエイティブなことがたくさん行われている地域でした。ロンドンには、素晴らしいコンサートホールや映画館もあります。それに、ミカ・レヴィのような卒業生がいたのも惹かれた理由で、私たちはどうしてもそこに行かなくちゃいけなかった(笑)」



――おそらくはたくさんの優秀な、さまざまなバックグラウンドをもった生徒や同級生がギルドホールにはいたなかで、スカイさんと一緒に音楽を作りたいと思ったのはどんな理由からだったんですか。


ジョージア「ふたりが10代の頃に聴いていた音楽の趣味が似ていて、彼が作るプロダクションにその影響が感じられたからです。彼は自分が作ったエレクトロニック・ミュージックのトラックをネットにあげていたんだけど、映画の小さなクリップと並べてヴィジュアルと一緒に見せていて。私はそれがすごく好きで、とてもしっくりきたんです。それまで私はロンドンから6時間近くかかるところに住んでいて(※コーンウォール出身)、プロデューサーと呼ばれるような人に会ったことがなかったんです。なので彼を知って、自分のやりたいことをさらに推し進めてくれて、自分の言いたいことを補完してくれる、こういう人が必要だと思いました」



――じゃあ、ギルドホールに入学する前から、一演奏家というよりもソングライターになりたいと思っていた?


ジョージア「いや、当時の私は、自分が何になりたいのか、何をやりたいのかわかっていなかったと思います。ただ単に、何か新しいことを学びたい、というのがあっただけで。それで、それまでジャズを勉強したことがなかったので(※専攻はジャズ・ヴァイオリン)、これもいいスキルになるんじゃないかなって。イギリスではとにかく勉強することが奨励されていて、選択肢を広げておくことが大切。だから私もそうしたんですね。私は以前クラシックを学んでいたので、ジャズに挑戦し、そのときにこれ(ジョックストラップ)をやってみようって思った。以前、10代の頃に曲作りに挑戦したことがあるんですが、知識がなくてなかなかうまくいかなかったんです」



――学校で学んだことが今の糧になっているんですね。


ジョージア「まちがいなくそうですね。学校には、すでにレーベルと契約してクレイジーなプロダクションのために曲を書いているような、本当にクリエイティブな人たちが集まっていたんです。そういう人たちと一緒に作業をするなかで刺激を受けて、かれらがやっていることを見て『かっこいいな』って思ったんです。それで『これなら私にもできる』って」




――現時点で音楽リスナーの間では、あなたについて「ブラック・カントリー・ニュー・ロードのヴァイオリスト」として認識しているひとの方が多数だと思います。僕自身もそうだったのですが、今回のデビュー・アルバム『I Love You Jennifer B』を聴いて、あなたが魅力的で優れた歌声の持ち主であることにあらためて驚かされました。ちなみにヴォーカルのトレーニングを受けたりしたことはあるのでしょうか。


ジョージア「いえ、トレーニングはしていません。ただ、歌うことはずっと好きでした。何度かレッスンを受けたことはあるのですが、それ以上踏み込むことはなくて。でも、『声』というのは誰もがもっているもので、素晴らしいものですよね。たとえばミック・ジャガーだってけっして上手なシンガーとは思われていないかもしれないけど(笑)、彼はとても素晴らしいシンガーだと思う。たとえ歌唱力がなくても、声の個性やキャラクターが彼のヴォーカリストとしての魅力を完璧に伝えてくれる。だから、私は自分の歌をあまり大切にしていないというか、それほど重視していないんです」



――へえ。


ジョージア「実は、ギルドホールで歌のレッスンを受けようとしたことがあって。でも、そのためにはオーディションを受けなくちゃいけなくて、毎年オーディションを受けていたんですが、一度も合格することができなかった(笑)。それはもしかしたら、“何か違うことをやれ”というサインだったのかもしれません。だから私は、歌を特別うまく歌えるようになる必要はないと思っています。歌というのも、あくまで音楽におけるツールの一つなんだと」


――エラリーさんは、歌うのは楽しいですか。歌うことのどんなところに楽しさや喜びを感じますか。


ジョージア「とても楽しいです。歌うのが嫌いなひともいるけど、歌うのは誰でもできることだと思うし、私は喜びを感じます。みんなと一緒に歌っているときはとくに。ワークショップもやったし、カラオケも好きです。若い頃、妹や友達と一緒にデスティニーズ・チャイルドの歌詞を上から下まで、全アルバムを丸暗記したり。ラップすると、最高の気分になるんです(笑)。音楽で何かを表現することは、自己表現としてとてもよいことだと思う。それに、音楽に言葉を乗せるというのは、とても素晴らしいアイデアだと思います」




――ヴォーカル/ヴォーカリストという部分に関していうと、今回のアルバムではとくに、“What’s It All About”、“Glasgow”、そして“Lancaster Court”の3曲が傑出していると思います。


ジョージア「その3曲に関してはギターがポイントだったんだと思います。これまでギターを習ったことはなかったのですが、ギターで曲を書くとヴォーカルやメロディがより必要になるのかもしれないですね」


――ギタリストと一緒に作曲したんですか。


ジョージア「はい、これらの曲ではそうです(※ブラック・カントリー・ニュー・ロードのギタリストのルーク・マークがサポートを務めている)」


――歌詞のアプローチに関してはどうでしょう?


ジョージア「私の場合、曲を作るときは歌詞を先に書くんです。みんなと同じようにスマホのメモアプリを使って。自分の気持ちやインスピレーションを詩にすることもあるし、突然何かを感じて、それを詩のような短い形式で書きたいと思うこともある。私は想像力を働かせてイメージを膨らませるのが好きなので、自分のなかで解決しなければならない感情を表現するメディアとして、詩はとても有効なんです。とくにシュールレアリスム的なイメージを使うのが好きで、最悪な気分のときにその気持ちを表現するのに適しています(笑)」




――以前「個人的な経験について曲を書くことはとても癒しになる」と話されていたこともありましたが。


ジョージア「でも、今回のアルバムでは歌詞は二の次で、まずテイラーのプロダクションがあって、それに呼応して書くやり方を試していて。そうすることで肩の荷が下りたというか、歌詞が言葉の意味から離れて気楽になり、もっと自由でオープンになったと思います。自分が何を言っているかより、音としてどう聞こえるかかが重要でした」



――一方、“Angst”という曲では、恐怖や不安の状況を描くために「出産」というメタファーが用いられています。


ジョージア「そう、この詩はかなり古いもので、『Wicked City』(2020年)というEPの後に書かれたものです。その詩は激しい怒りに満ちたもので、精神的な崩壊をへて再び立ち上がるというものでした。この曲ではそれを使っています。なぜその詩を選んだのかよくわからないんですが、このアルバムは『Wicked City』よりもずっとポジティヴな内容だったので、いい息抜きになりました(笑)。この曲は一般的な不安について書かれたもので、不安というのは“自分のなかに何かを抱えている”ような感覚だと思うんです。なのでこの比喩(=赤ん坊)を使いました。私にとっての不安という感覚はとても身体的なもので、密室(=バスルーム)のなかでそれに支配され、克服する瞬間をこの曲では描いています」

――デビュー・アルバムのリリースを控えたジョックストラップも、新しいラインアップで船出を切ったブラック・カントリー・ニュー・ロードも、これからに向けて今はとても大事な時期だと思います。ただそんな状況下で、もし仮に両方のライヴが同じ日にブッキングされたとしたら、どちらを選びますか。



ジョージア「(笑)そうですね、私がいないときにブラック・カントリー・ニュー・ロードではヴァイオリンを弾いてくれるひとがいるけど、ジョックストラップのライヴは私がいなければ成立しません。でも、もし選べるとしたら両方のライヴに出ます(笑)」



photography Marisa Suda(https://www.instagram.com/marisatakesokphotos/
text Junnosuke Amai(https://twitter.com/junnosukeamai



Jockstrap
『I Love You Jennifer B』
Release : 2022年9月9日
(Rough Trade / Beat Records)
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=12869
※日本盤CD (解説・歌詞対訳 DL コード付き、ボーナス・トラック追加収録)
輸入盤には通常LPに加え、数量限定グリーン・ヴァイナルあり。
1.Neon 2 Jennifer B 3.Greatest Hits 4.What’s It All About? 5.Concrete Over Water 6.Angst 7.Debra 8.Glasgow’ 9.Lancaster Court 10.50/50 (Extended) 11. Jockstrap 1 & 2
*Bonus Track for Japan

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