ドライ・クリーニングは、一味違う。ブラック・ミディやスクイッドなどを筆頭に、ポスト・ジャンル世代のギター・バンドが台頭を見せる英国のロック・シーン。しかし、その中にあってかれらのタイトでミニマルな演奏に貫かれたサウンドは、他と一線を画する存在感を放って聴こえる。そして、一際異彩に映る、フローレンス・ショウが抑揚を排したトーンで歌うスポークンワーズ・スタイルのヴォーカル。派手な要素は一切ないのに、聴き応えはしたたかで、圧倒的にユニーク。そんなかれらの個性は、ジョン・パリッシュ(PJハーヴェイ、オルダス・ハーディングetc)をプロデューサーに迎えた1stアルバム『New Long Leg』で存分に発揮されている。「僕らの音楽から聴こえてくるのは、何か定義できる影響よりも、僕たちのパーソナリティだと思う」(トム・ダウズ、G)。そんなかれらの音楽を形作る四者四様の成り立ち、関係性について話を聞いてみた。(→ in English)
――曲作りからレコーディング、そしてアルバムのリリースに至るまでにはパンデミックによる影響も少なからずあったと思いますが、今の心境はいかがですか?
Tom「アルバムを完成させて、またしっかり聴き直して、今は正直すごく誇りに思っているよ。頑張って作ったし、それが報われたと思う。今その作品を皆とシェアできることに興奮もしている。僕らの活動に興味を示してくれている人たちも増えてきたし、その音楽を皆に披露する時がきたって感じだね」
Nick「世界と共有できるっていうのがすごくエキサイティング」
Florence「同時に解放感も感じてる。卵を自分の元で温める期間が終わって、“さあみんな、この卵を持っていって!”って解き放った感じ(笑)」
――『New Long Leg』はデビュー・アルバムになるわけですが、その話を伺う前に、そもそもどんな流れでドライ・クリーニングは始まったのか、教えてもらっていいですか?
Nick「トムと僕とルイスの3人は、それぞれ他のバンドにいたりプロジェクトをやっていたんだけど、知り合いだった僕らはその合間で集まったりしていた。で、皆でカラオケをやっていた時、前々からやろうと話していたジャムを実行することになったんだ。それから次に会う時までに曲を沢山書いて――それは最初のEP(『Sweet Princess』、2018年)に入っている曲なんだけど、その後フローレンスに加入してくれと頼んで、彼女が既にあった曲にボーカルを乗せて曲を仕上げ、あのEPをレコーディングしたんだ。僕らの当時の共通点は、全員が同じ友人の輪にいたことかな」
Florence「そう。あと、音楽的意図に関して何か共通の目的があったわけではなくて、何か新しいこと、予測不可能なことをしたいという点で意気投合していたと思う。全員が、先が読めない何かを始めたがっていた。楽しみながら実験的なことをしたいという気持ちは皆が共通して持っていたと思うし、今もそれは変わらないんじゃないかな」
Tom「うん。皆、人生のどこかでそれをスタートさせたいと待っていたんだと思う。僕たちのうち今は誰も子供もいないし、家を買ってるわけでもないし、全員がそれに乗り気で、何か予測不能なことを始める準備が出来ていた。あとこのバンドは、友人たちが繋がった大きな輪でもあるんだ。僕はフローレンスを通じて今のガールフレンドに出会った。彼女とフローレンスは同じ学校に通ってたんだ」
Nick「僕に今のガールフレンドを紹介してくれたのもフローレンス」
Florence「みんなガールフレンドを探してたら私に言って!(笑)」
――へえ(笑)。
Nick「もともとバンドは親睦として始まったからね。皆で仕事として集まったわけじゃない。ただ集まって、どんな音楽を作るかを話し合って5時まで音楽を作ることが目的だったわけじゃないんだ。僕ら全員が、音楽プロジェクトというよりは、バンド活動の社会的側面を求め、恋しがっていたんだと思う。バンドを始める前は、大きな空白みたいなものを感じていたから」
――ニックとトム、そしてルイスは以前に別のバンドで活動していたという話ですが、フローレンスは今のバンドを始めるまで人前で音楽をやる経験はなかったと聞きます。そうしたなかでドライ・クリーニングの音楽スタイルがどのようにして形になっていったのか、興味があります。
Tom「何かシンプルなものを作りたいというアイデアは最初からあったね。あとは、聴くことによって充実感を得ることができる音楽かな。そしてもう一つはライブバンドでありたいということ。その3つが結成時のカギだった。最初の頃は、初期のガレージロック、ESGみたいなポスト・パンクっぽいサウンドから始まった。聴いていて楽しい音楽。でもそれがゴールというわけではなかったけどね。色々とアイディアを持ってきて、削ぎ取りながら音楽を作っていたんだ」
Nick「このバンドは、民主的なバンドとしてスタートした。全員が自分のアイデアを持ってきて、それを投げ入れ、そしてそれによって何が起こるか様子を見る。そしてそれを評価し、そこから学ぶ。その過程はすごくエキサイティング。アイデアの坩堝を経て、今のサウンドが作られていったんだ」
Tom「僕らの音楽から聴こえてくるのは、何か定義できる影響よりも、僕たちのパーソナリティだと思う。例えば僕の演奏から聴こえてくるのは僕自身の性格だし、ルイスのベースからも、僕は彼のパーソナリティを感じる。ニックのドラムとフローレンスのヴォーカルも同じ。そしてそれらが僕の頭の中で結合するんだよ」
――たとえば、そのサウンドの方向性や基盤が見えてくる過程において、青写真やインスピレーションとなったアーティストやバンドは具体的に誰かいましたか?
Nick「基盤となるインスピレーションは、バンドメンバー全員が好きなアーティストや作品ってことになるよね。個人的に好きなものや、3人は好きだけど一人は好きじゃないといったものは、メインの影響ではないな」
――レコード会社の資料には、フィーリーズやトーキング・ヘッズ、ディーヴォ、さらにザ・ネセサリーズ(アーサー・ラッセルも在籍した80年代のパワー・ポップ・バンド)の名前も挙げられていますが。
Tom「ははは(笑)」
Nick「僕は、個人的にはそのどれも違うと思う。でも、フローレンスが入る前は、ザ・ネセサリーズからはある意味影響を受けていたんじゃないかな。初期のREMのジャングルっぽい、アメリカーナっぽいポスト・パンク・サウンドを含んでいたしね」
Florence「聴こえてくる影響の中に、いつもちょっとした奇妙さが入ってると思う。それは、3人一致で影響を受けている何かがあっても一人は知らないとか、4人全員がよく聴くものがなかなかないからだと思う。例えば、もちろん3人がザ・ネセサリーズを沢山聴いてるからもちろんそれは出てくるんだけど、私は全然聴いたことない(笑)。人生で一度もない(笑)。私たちの影響って、多分ベン図みたいなもので、完全に一致ってことがないんじゃないかな。必ず誰か一人はそのアーティストやバンドを知らなかったり聴いていない人がいるから」
Tom「Yuzo Koshiro(古代祐三。ゲーム音楽の作曲家)もさ、僕たちが好きでも、多分ルイスは関心があるとは公言しないと思う(笑)」
Florence「興味ゼロ(笑)。でも、だからこそ私たちが影響を受けているサウンドは断定が難しいんだと思う。4人全員が大好きなものというのがあまりないよね。もちろん、私たち全員が好きなバンドもいる。私たち全員はB-52が好きだけど、それは彼らのサウンドというより、彼らの人柄やユーモアに魅力を感じているから。あとなぜか、私たち全員デフトーンズが大好きな時期があった(笑)。私たちが全員一致で好きなバンドって、ドライ・クリーニングのサウンドとはなぜかかけ離れているよね(笑)」
Nick「影響と参照もまた違うしね。影響というものは一つじゃなくて、人生全体を通して得てきた色々なもののコレクション。でも参照はもっと特定されていて、グループの中で伝達しやすいものだと思う」
――ドライ・クリーニングの地元はサウス・ロンドンですが、いわゆるウィンドミル周辺のバンド・シーンとはあまり縁がないと聞きました。逆に、あなた達にとって繋がりを感じるシーン、シンパシーを寄せるバンドやミュージシャンとなると、どのあたりになるのでしょうか?
Florence「確信は持てないけど、私たちが親しいバンドを挙げるとすれば、一緒にツアーをしたポジ(POZI)というバンド。あとはドッグ・チョコレート。あのバンドのメンバーの何人かと友達なんだけど、皆すごく面白いアーティストで、メンバーのマットはプロモーターとしても働いていて、レコードのレビューを書いたりもしてる。ドッグ・チョコレートは音楽じゃなくてアートを通じて知り合ったんだよね。2つのバンドは両方ロンドンのバンドで、メンバーのうち数人はサウス・ロンドンに住んでる。もしパンデミックがなかったら、今の時点でもっと沢山のサウス・ロンドンのバンドに出会っていたと思う。普通にギグをやってツアーをしていたら、出会いも沢山あるから。例えば、去年の暮れは本当はP.V.A.とショーをやる予定だった。彼らもすごくいい人たちだし、本当に楽しみにしてた。でもパンデミックで中止になっちゃって。サウス・ロンドンのミュージシャンやバンドと繋がりが出来始める前にパンデミックが起こってしまって、そのチャンスがなくなっちゃったんだよ。パンデミックがなかったら、話は全然違っていたと思う」
Tom「シーンというより、個人的な友情で繋がっている人たちも多い。友人の多くは僕と同じくらい前からバンドで演奏しているし、僕はそういう時代からの友人たちと連絡をとってる。だから、ピンポイントでどのバンドと繋がっているというよりは、これまでの音楽生活で出会ってきたミュージシャンたちとの自分自身のコミュニティがあるんだ。そういうコミュニティは繋がりが強いと思う」
――最近は皆様々な場所からの音楽がどこでも聴ける時代ということもあり、シーンや地域性というものが関係しなくなってきている部分もあるかもしれませんね。
Florence「ある意味そうだよね。インターネットが普及してから、シーンの重要性が薄くなったと思う。もしギグの数が少なくても、オンラインで私たちの音楽を聴いてくれている人たちが沢山いる。例えば、アメリカなんてまだツアーさえしたことないし、ロンドンでさえ少数のギグしが出来ていないのに、既に音楽を聴いてくれている人たちがいる。つまり今の時代、バンドはこれまでに比べて“シーン”という存在なしで発展できる可能性があるということだよね。面白い時代だと思う。シーンという存在自体は楽しそうだし、素晴らしいものだと思うけど」
Tom「シーンに属したい人たちが沢山いるのも理解できる。それはそれで情熱的なアイデアだと思うよ。でも特にロンドンみたいな街に住んでいると、この街でいったいどうやってシーンというものを促進していけるんだろうと思う。皆経済的に不安定だし、ロンドンに住むためには汗水垂らして働かなければいけない。娯楽の時間はほとんど取れなくて、大抵の場合は夜はクタクタ。知らないバンドのショーを見に行くこともあるかもしれないけど、疲れてるから帰ってネットフリックスを見ようってことも多いと思うんだ」
――イメージと実情は違う。
Tom「だから、積極的にシーンに属するってすごく難しいと思うんだよね。ワシントンDCやシアトルのシーンと比べるとそう思う。彼らが超裕福だからというわけではないけど、ああいった場所のシーンが繁栄した背景には、音楽以外の特別な環境があったんじゃないかな」
Florence「自由な時間と安価な空間(安い家賃やスタジオのレンタル料等)だね」
Nick「シーンって、やっぱり音楽業界の商品である部分もあると思う。シーンがあったほうが、市場性が高いからね。“サウス・ロンドン・シーン”というのは、確実に音楽業界のプレスによって実際よりも磨きがかけられたシーンだと思う。皆必ずしもそのシーンのことを話題にしているわけではないし、そのシーンから出てきているバンドの一部として活動しているわけでもない。例えば、もっと国際的な規模で、イギリスからスポークンワードっぽいヴォーカルを取り入れている若いバンドが沢山出てきている認識があると思う。僕らは確実に、その“若いポスト・パンクっぽくて、大人しくて特別なスタイルのヴォーカルをフィーチャーしたバンド”の一部だと思われているけど、僕ら自身は、それをやっているバンドをほとんど知らないんだ」
――「2019年のベスト・バンドが歌うのではなく話す理由」と題したガーディアン紙の記事もありましたね。
Nick「僕らにとっては、それはすごくユニークなことなんだよね。もしかしたら、音楽業界が無意識に僕らをそのトレンドに乗せてくれたのかもしれない。ある意味、僕らがその恩恵を受けているとも言えると思うよ。それを取り入れたバンドが沢山いるからこそ、僕らもトレンドの一部になれていて、だからこそ素晴らしいレーベルと契約できたというのもあるかもしれない」
Tom「確かに。あと僕が思うのは、ロンドンは過去のシーンを支持しているという認識があって、それが新しいシーンを不意に生み出しているのかもしれない。でも昔のセックス・ピストルズやレインコーツみたいなバンドのほとんどは、ウエスト・ロンドンでスクワット(※放棄された住居に住んだり、放棄された土地や場所を占拠すること)ができていたから、全くお金を使う必要がなかった。でも昔のそういったスクワット・シーンは、ロンドンにはもう殆ど存在していない。トッテナムやニュー・リバーならそのコミュニティがあるかもしれないけど、サウス・ロンドンでスクワットが機能していて、そういった場所でギグをやってるとは聞かないね」
Nick「10年ほど前、メディアの力が大きく影響して、スクワッターたちは排除された。ロンドンでは、以前スクワッター・ムーブメントというものがあったんだ。税金なんかの問題で誰も住めず、空き家になってしまっている綺麗で壮大な建物が街の中心に沢山あって、ロンドンの物価や不動産価格の高騰に反対していた人たちがそこに違法で住み始めた。それがスクワッターたち。あれは政治的ムーヴメントの一つで、それに反対するメディアのキャンペーンが大々的に行われていたんだ。今となっては、あのムーヴメントはだいぶ冷めたと思う」
――それは日本ではあまり知られていないと思います。
Tom「ロンドンがそこまでアグレッシヴだったことを皆が知るのは大切だと思う。不動産開発業者が全てを買い取ったんだけど、とくにカムデンはひどかった。買えるだけの建物を買い取って、彼らを“駆除”したんだ。その中には、音楽シーンにとって面白い場所も沢山あった。ライヴ会場とかね。生活が厳しかった面白いアーティストたちが、そういう場所に住み、ライヴをしていた。それがシーンを作っていたけど、一掃されてしまったんだよ。興味深いよね」
Nick「それは現在のロンドンのライブ会場の問題にも関連している。何年もそこにあるのに、景気が悪くて営業できていない場所が沢山あるんだ。それに、皆働きすぎて疲れているから休むことが優先になるから、ヴェニューに来る人も減っているしね」
――なるほど……。ちなみに、フローレンスは今のバンドを始める前は、大学で美術を教える傍ら、ヴィジュアル・アートの作家として活動されていたそうですね。具体的にどんな活動をしていて、またどんな作品を制作されていたのか興味があります。
Florence「そう。まず学校でイラストレーションを勉強してから、その後大学でそれを教えるようになった。もともとはアーティストとして活動していたんだけど、他にもそれとは関係ない仕事をしながらアートをやってた。当時はペッカムにアトリエを持っていて、今はキャンバーウェルに持ってる。そこで絵を描いたり、版画をしたり、流し染をしたり、モノプリントをしたりしてるよ。たまに展示会をやることもあるし、他のアーティストとコラボしてショーをやる時もある。さっき話したドッグ・チョコレートのドラマー、ジョナサン・アレンとは、未だにコラボして一緒にショーや展示会をやってるんだよ。アートの活動は、初めてもう10年くらいになるかな。そして今はもちろん、それにドライ・クリーニングのプロジェクトが加わったんだ」
――ドライ・クリーニングといえば、先ほど話にも出たように、フローレンスのスポークンワードのようなヴォーカル・スタイルにスポットが当てられることが多いと思います。そこには、ヴィジュアル・アーティストとしての活動が反映されている部分もあったりするのでしょうか?
Florence「反映していると思う。インタビューで質問に答えていると、それについて考えさせられるの。ヴィジュアル・アートに関する質問をよくされるうちに、気がついたんだよね。ドライ・クリーニングは、私にとって新しい媒介物。絵や版画、彫刻、短編動画なんかで私が夢中になっているテーマを、言葉を発することで探り表現している。つまりは同じ作品のような気がするんだ。それを表現したければ、絵を描くことだけにこだわらなくてもいい。スポークンワードや詩を描くことでも同じことができるんだ、ということに気づいた。あと大学でレクチャーをやってアートを教えていたから、大勢の前に立って彼らに向かって話すというのが日常だったんだよね。仕事でそれをたくさん経験していた。だから、あのスタイルは私にとって全くの新しい挑戦ではなかったし、大勢の前で話しても私は緊張しないよ。歌を歌うということのほうが、私にとってはよほど怖い(笑)」
Tom「僕もフローレンスと一緒にヴィジュアル・アートを勉強していたんだけど、ヴィジュアル・アートは、ミュージシャンにとって役に立つものだと思う。僕が音楽に魅力を感じたのは、それが自分が絵を描くことで表現しているセオリーと同じものを作らせる手段だと思ったから。僕の場合、何か音楽のアイデアを思いつくときは、それが頭の中にあるイメージを作り出す。共感覚っていうのかな。サウンドが引き金になって、ヴィジュアルのテーマが思い浮かぶ。僕のアートを見た後で僕のギターを聴くと、すごく似ていることに気づくと思うよ。そのどちらにも僕のパーソナリティが映し出されているし、僕の感情や特徴を見ることが出来る。僕の音楽の作り方、パフォーマンスの仕方は、絵を描くのを似ているんだ」
――興味深いお話です。今回のアルバムを制作するにあたって考えていたことや、バンド内で共有していたアイデアについて教えてください。
Florence「アルバム独特の世界観を作り出したい、というのはあった」
Tom「作っていくうちに、音が自然に旅のようになっていたんだ。もっとストレートだったけど、それが特異になっていった。もっと聴いてみたくなるような音に仕上がったと思うね。演奏の仕方を少しづつ調整しながら曲を作っていったんだ。例えば、ルイスはこれまでよりも指を使ってる。それが、より穏やかでダブっぽいサウンドを生み出した。もっと優しい感じの、ガツガツしすぎてないサウンドになったと思う。ギターに関しては、僕はもっと変わった質感を取り入れ始めたんだ。僕はSFに強く影響を受けているから、そういったぐらつくような不安定で奇妙なサウンドをサウンドで使いたかったんだよね。あとはドラムマシーンも使い始めて、それとサウンドにシンセっぽい音のレイヤーを加えた。様々な異なる質感を取り入れたのがは、新しい挑戦だったかもしれないね」
――ジョン・パリッシュがプロデュースをすることになったのは、どんな経緯からだったのでしょうか?
Florence「彼の名前は、プロデューサーを誰にするかを考え始めた時に、結構早い段階で出てきた。選考基準の中でも一番大きかったのは、イギリスにいるのは誰かということ。以前だったら海外にも行けたけど、私たちはまたそれが出来るようになるまで待ちたくなかったし、去年の夏のうちに作業をしたかったから。彼はオファーにすごく乗り気になってくれて、彼が興味を持ってくれたというだけで私たちはすごく興奮した。それで電話をしたんだけど、その会話は軽い内容ではなく、すぐさまデモに関する具体的な音の話になったんだ。それが私たちを興奮させてくれたし、複雑なこともなく、すごくスムーズに作業をすることができた」
――アルバムの中では特に、ラストに置かれた “Every Day Carry”が衝撃でした。これまでのドライ・クリーニングのミニマルなサウンドのイメージとは異なる、7分を超える長尺のサイケデリックな楽曲で。
Tom「あの曲は、自分たちにとっても面白い作品。スタジオに入る前に書き終えてはいたんだけど、その時点では気に入ってなかったんだ。今皆が聴いている“Every Day Carry”で、そのデモの中から実際に使われたのは最後のセクションだけ。それより前の部分は、コードも何もかもが全然違うものだった。たぶん同じもののバージョンを3つくらい作ったと思う。楽譜は同じだったんだけど、そこからサウンドを変えて、同じ音符の3つの解釈を作ったんだ」
Nick「あの曲の作られ方は、普段の僕たちの曲の作り方とはちょっと違った。いつもだったらスタジオの外で曲を作って、それをスタジオでレコーディングする。でもあの時は、スタジオの中で作業をする時間があった。スタジオでの時間がなかったら、あの仕上がりは実現してなかったと思う。出来上がっていたものを一度ぶち壊して、全く違うものを作っていったからね。色々な質感を試して、より価値のあるものを作り出すことができたんだ。一つの作品が、あるアイディアをどこまで進化させられるかというのを学んだ作品だったと思うね」
――あの7分を超える長さは、表現したいものを表現する上で必要な時間だったのでしょうか?
Tom「自然の流れに任せたらそうなったんだ。曲作りにおいて、僕にとって一番重要なのは、その音に耳をかたむけること。そうすれば、曲が自分を導いてくれる。考えすぎたり、何か手を施しすぎるよりも、音が導くものに身を委ねる方がいい。だから、もし曲が自然とその長さになるなら、それを短くしようとはしない方がいいんだよ。第一セクションは『出発』で、第二セクションは『危機』で……って感じで、一つの流れができているからね」
Florence「RPGゲームみたいなものなんじゃないかな(笑)。イエスかノーを選んでいくでしょ? ゼルダをやってるあの感じ(笑)。ナップサックをしょって、冒険に出ようとしてる。何か起こる予感はするんだけど、まだ何も起こってない。それから旅に出て、敵にあったり怖い何かに直面する。それとちょっと似てると思うんだよね(笑)」
Tom「そして最後のセクションは『解決』。その出発から最後までを自然に表現していく上でそうなったんだ」
――歌詞のテーマについては、どういったところからアイデアやインスピレーションが得られたのでしょうか? “Strong Feelings”はブレグジットをモチーフとしたラヴソングといえますが、歌詞を書く際は個人的な感情を掘り下げていくというよりも、社会や世の中の出来事を観察する過程でテーマが浮かび上がってくる、という感じなのでしょうか。
Florence「その時の世界や、その時の私のムードや私の周りで起こっていることかな。私自身の心配事とか、恐れとか、そういったことが自分が何を書くかに影響する。時々、それが全然影響してないように思うこともあるんだけど、あとから歌詞を読んで、思っていた以上に感情がさらけ出されているなと気づくこともある。制作期間中、バンドはすごく忙しかった。最初のEPの時も他のいくつかの仕事を両立していたし、このアルバムもその時とそんなに違いはないね。バスや電車の中で、空いた時間にサッと書いていた。落ち着いて書くための時間を作るってことはなかったんだ。でも歌詞の中には、ロックダウン中に書いたものもある。レコーディングをする前の月くらいかな。ロック・フィールド・スタジオで、レコーディングの前や後に書いたものもある。だから、ロックダウンやパンデミックは確実に影響の一つになっていると思う。閉所に閉じ込められたような不安というか。奇妙な国内のバブルの中から出られない感情。そのアイデアは、アルバムの中で表現されているテーマの一つね。それ以前に書かれたものもあるけど、今のシチュエーションと調和してる。パンデミックやロックダウンに関して書いたものじゃないんだけど、偶然にもそのテーマと馴染んでるんだよね」
――「New Long Leg」というタイトルは曲名から取られたものだと思いますが、字面が意味深で面白いですね。
Florence「前は『Long Leg』って呼んでたんだけど、その新しいバージョンを作ったから“New”をつけて『New Long Leg』になった。あの言葉の頭韻法が好きだったし、サウンドが好きだったから。それに、テーマとして面白い部分もあった。“新しい長い足”って生物学的ホラーでもあるし、朝起きたら自分がゴキブリになってたっていう(フランツ・)カフカのストーリーみたいでしょ」
Nick「『変身』だね」
Florence「そう。朝起きたら新しい身体のパーツがついてる、みたいな(笑)動揺を感じさせたりやショッキングな何かを思わせるアイデアでもあるし、同時にばかばかしくて面白いアイデアでもある。それに面白いと思ったのは、足ってありふれた言葉なのに、人口装具の足かもしれないし、テーブルの脚かもしれないし、一つの何かに断定できない言葉でもあるよね。あのタイトルのそういう部分が気に入ったんだ」
――ちなみに、過去に発表された“Magic of Meghan”という曲では、王室のメーガン妃を題材にして、社会に置かれた女性の立場――当時のあなたの言葉を借りれば、「女性が批判的に語られることに慣れ過ぎてしまっている現状」についての問題定義がなされていました。ここ最近のメーガン妃を巡る報道は、そうした状況を改めて浮き彫りにしたものだと言えますが、あなたの目にはどのように映っていますか?
Florence「イギリスには、彼女の勇気を気に入らない人たちが存在するよね。私はそれが理解できない。まずここまでニュースとして取り上げられなくていいと思う。今世界で、他に取り上げるべきもっと重要なことが沢山起きているんだから。この注目度自体がおかしいと思う。もう一つは、あのネガティブな注目の仕方。あのオプラ(・ウィンフリー。米CBSで放送された特番のインタヴュアー)とのインタビューをこの前少し観たけど、彼女が物議を醸すようなことを言っているとは思わなかった。ハリーがアーチーの肌の色を聞かれた話だって、理解しがたいかもしれないけど、私は同時に驚きもしない。別に記事にするほどのことでもないと思うんだよね。あのインタビューに衝撃を受ける人たちは、皆世間を知らなすぎると思う」
Tom「あれは、複雑な価値観の象徴だと思う。イギリスらしさや階級、特権、地位、それがまだ存在するのがイギリスで、自分たちが不利にならないよう、その価値観を守ろうとする人たちがまだまだいるんだよ。メーガンみたいな人の登場を見てみると、彼女がそれに挑戦しているのがわかる。それがたとえ些細なことでも、彼らは気に入らず、それに攻撃的に反応してくるんだ。そんなの大ごとではないんだから、いちいちそんなことが起こるのは、ただただ悲しいことだと思う。二人は愛し合っているカップルであり、それが一番の事実で、結論なんだ。家庭を築こうとしている、興味深い人たちなわけだよね。この国で、変化できる範囲がこんなに限られているのは悲しいよ」
Florence「自分の感情を押し殺して、“イギリスさしさ”というアイデアを守ろうとする行為にがっかりした。それって緊張感が生まれる兆候でしょ。それが過去に置いてくるべきアイデアってことを、皆が認識できていないことがショック。自分の感情は関係なく、それがイギリスだから守らないといけないと皆耐えているってことだから」
Tom「皆、見て見ないふりをしてればいいと思ってる」
Nick「今は、皆が人種差別、国家主義、植民地主義という大きな問題に立ち向かおうとしている時なのに、イギリスのそういう状態を見ていると、それに立ち向かうのとは逆で、すごく野蛮なやり方で、それを避けようとしているかのように見えるね。すごく残念だよ」
Florence「がっかりだよね」
text Junnosuke Amai(TW)
edit Ryoko Kuwahara(TW/IG)
editorial assistant Maya Lee(IG)
Dry Cleaning
『New Long Leg』
(BEAT RECORDS / 4AD0
NOW ON SALE
国内盤特典: ボーナス・トラック追加収録/ 解説書・歌詞対訳封入
BEATINK.COM:
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=11710
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