1978年生まれ、三軒茶屋育ちのラッパー:般若。90年代後半から活動をスタートさせ、00年代ちゅうよう半ばより本格的にソロ活動をスタート。これまでに12枚のアルバムをリリースし、その作品性はR-指定(Creepy Nuts)など、多くのラッパーに影響を与えてきた。また自身のレーベル「昭和レコード」を立ち上げ、SHINGO☆西成やZORN(現在は離脱)などの作品をリリース、そして「フリースタイルダンジョン」では初代のラスボスを務めるなど、自身の創作活動に加え、それに伴うさまざまなアプローチを通して、シーンのトップを走り続けてきた。
そこで彼を主眼に据えたドキュメント『その男、東京につき』が公開される。般若が2019年1月19日に行った武道館公演「おはよう武道館」を主軸に、般若のこれまでの歩みやバックグラウンド、そして彼に関わるアーティストたちの証言によって、彼の生き様が浮き彫りになり、活写される。そしてそれは般若の一代記であると同時に、ヒップホップシーンがいかに展開してきたかの一側面を証明する内容ともなっている。稀有なドキュメントだ。
――今回、般若さんをメインに据えたドキュメント映画の製作というプロジェクトはどのように始まったんでしょうか。
般若「昨年の武道館ライブのタイミングで、ヒストリーチャンネルが自分を追ったドキュメント番組を制作したんですね(「music Bean #001 般若」) 」。それを元にしつつ、それ以降の動きも含めて一本の映画にしないかっていう話が上がってきたんですよね。それがきっかけです」
――THA BLUE HERBも「TOTAL WORKS」などのドキュメントタッチのDVDを制作していますが、「劇場公開される形でのラッパーのドキュメント映画」というのは、ラッパーの小林勝行に密着したドキュメント『寛解の連続』など、本当に少数ですね。
般若「だから「何で俺なの?」って(笑)」
――そういった経緯説明は岡島⿓介監督やヒストリーチャンネル側からありましたか?
般若「あったと思うけど……あんまり覚えてない。まあ、そうなっちゃったんでというか。だから『俺で大丈夫なの?』ってのは未だに思ってます(笑)」
――では作品をご覧になっての感想は?
般若「僕の意見としては、当然だけど正直ちょっと恥ずかしい(笑)。ただ、やっぱり関わったみなさんの気持ちがしっかり出てくれているのは感じたし、それはすごくありがたいですね」
―― BAKUさんや、般若さんも所属した妄走族(現在は解散)の神(GAMI)さんといった盟友とも言える同世代のアーティストから、R-指定さんやT-Pablowさんといった影響を与えた世代、そしてZeebraさんやチッタワークス松井昭憲さんなどの古くから般若さんを知る世代まで、多くの方が証言を寄せていますが、般若さん側からこの人に出て欲しいというオーダーはされましたか?
般若「大きなところで言えば長渕剛さんですね。長渕さんにはコメントを寄せていただければ嬉しいなって。劇中の他のパートは、監督やスタッフのアイディアで進んで行く部分もありました」
――確かにドキュメントはその主体になる人があまりアイデアを出すとプロモーションビデオのようになってしまうから、第三者のアイデアというものが重要になってきてますね。
般若「そうですね。自分から入れたいと話したのは、親父の納骨されている寺に行くシーンですね。あの寺は北九州にあるんですけど、そのパートは入れて欲しいなって。でもそれぐらいですね」
――僕は般若さんと同い年ということもあって、劇中で登場したTokyo FM「Hip Hop Night Flight」でのフリースタイルも聴いていたし、これまでも折りに触れてインタビューさせて頂いて来てたから色々思い出すこともあって。その意味でも、90年代末から現在までのヒップホップシーンの動向を、般若というアーティストの背中越しから見るような印象もありました。その流れで言うと、般若さんがYOSHIとして、ラッパーのRUMIさんともに結成されていたグループ:般若のDJであるBAKUさんがグループ:般若やソロMCとしての般若さんについて映像で語るのは印象的でした。
般若「BAKUが喋る喋る(笑)。とはいえ、言うても般若は活動期間が短かったし、俺のやり方がめちゃくちゃで、RUMIが離れていったり。ただ、その後にBAKUとRUMIが結婚したときはちょっと待てよ!と思いましたけどね(笑)。その話の方が俺はしたかった(笑)」
――そこですか(笑)。
般若「だからどうしても『ある側面』にしかならないんですけどね。妄走族の話だって9割は話せないことばっかりで。アイツラのこと語ったら劇場公開できないですよ(笑)」
――ハハハ。でも神さんが般若さんのことを語るシーンはぐっとくるものがありましたね。
般若「そうだと嬉しいですね」
――劇中でもNORIKIYOさんが日比谷野音でのイベント「ヒップホップロワイヤル」で、バイクに乗って登場した妄走族のパフォーマンスの話をしてましたが、僕もそのシーンを現場で見てたので、あのハチャメチャな登場がフラッシュバックしましたね。
般若「あれを発案したのは俺じゃない(笑)。そして、やっぱり問題視されましたよ、あの登場は。でもそういう風に単純に印象に残ったと思うし、俺らとしても『いかに風穴を開けるか』『いかに目立つか』『まくるか』っていうことしか考えてなかったですよ、当時は」
――当時のヒップシーンはその空気が強かったし、ピリピリしていましたね。
般若「すごく分かります。そういうのを経てやってきたんで。そこでいろんなものを見られたのは、今になれば良かったなとは思いますね」
―他のアーティストのライヴに乗り込んでマイクジャックをするとか、ラジオに登場して非常に攻撃的なフリースタイルをするっていうのも、名をあげるための手段でしたよね。今ならYouTubeやSNSで自己発信できるけど、当時はその機会が全くなかったわけで。
般若「ほんとっすよ。『羨ましいよ!お前ら』って(笑)。俺たちは手段がなかったし、やる術が身体張って実力行使するしかなかった。それに、思いが強かったですよね。それはヒップホップに対してもそうだし、自分の表現を誰かに伝えたいっていう思いも。人より頭一つ出たいっていう気持ちはいまも変わらないけど、その思いは当時はとにかく強かったし、シーンの空気としてもそうだったと思いますね。あと、特に俺の場合はソロになるのが遅かったっていうのがあるんですよね。人よりもくすぶってる時間が長かったから、その期間を取り戻そうとするために、よりピリピリしてたかも知れない」
――劇中でも語られている通り、妄走族としてのキャリアはありましたが、『おはよう日本』(2004年)でのソロへの本格的な転向は25歳でしたね。でも、そこからでも巻き返したり、シーンの第一線にずっと居続けることは可能なんだということを、般若さんは証明してるとも思って。
般若「焦っちゃダメだと思うんですよ。ただ急いだ方がいいよって。それは自分にも言うし、人にも言うときがありますね。それから、人がやってる方法論が、果たして自分にとって正しいのかっていうのは考えますね。結局それはやってみないと分からないし、分からないんだったら、落ち着いて考えて、自分のペースでやっていくべきだと」
――その意味では、般若さんが自分のペースに気づいたときは?
般若「3枚目までは正直必死でした。それで色々あって立ち止まって、自分で昭和レコードを立ち上げて、そこからは一年に一枚ぐらいのペースでリリースを展開するようになって、そこでペースを掴んだのかなって」
――その先にあった武道館公演が今回の映画のキーになっていますね。その武道館公演は非常にシンプルで、研ぎ澄まされた内容だと感じました。
般若「演出が演者以上に目立っちゃうとダメだと思うんで。アーティストが一番パワーがあるっていうことを表現したいし、舞台に立つのは自分なんで」
――そこには映画で証言を寄せているR-指定さんもゲストとして登場し、奇しくも今年の11月に彼らのグループ:Creepy Nutsも武道館公演を行いました。
般若「僕も彼らの武道館公演に行きましたけど、こんな状況でちゃんとお客さんを満員にして、熱量もすごいっていうのは、良い状況だと思いましたね」
――彼やCHICO CARLITOなど、般若さんからの影響を語るアーティストも少なくないですね。
般若「そう言って貰える機会も多くて、それは素直に嬉しいのと同時に、深く考えると複雑な気持ちにもなるんですよね」
――複雑というのは?
般若「『なんで俺に影響を受けたの?』って(笑)。俺もそんなに人と関わってるわけでもないし」
――確かに、クルーを作って、後輩を作ってということは全く無いですね。
般若「だって嫌じゃないですか。面倒くさいし(笑)。でも逆に今からクルー作るのも面白いかなと思いましたけどね」
――それは裏笑いとしてじゃないですか(笑)。
般若「確かに。それに一人でやるのが性に合ってるし」
――武道館公演にはどういった思いがありましたか?
般若「たどり着くまでに時間はかかったし、直前でもトラブルばっかりで。前日までゲスト席の振り分けやったの俺ですからね(笑)。それぐらいの手作りな感じでしたよ、正直。ただ、ステージに立ってる最中の時間は、すごく短かったですね。冷静だったし、このパートとこのパートを乗り越えれば大丈夫だって客観的に見えていたのは、トレーニングの賜物だったと思います。ただ、もう過去の話っていう感じですね。自分としてはもう先のことを見てるんで」
――では、「先」はどのように考えていますか?
般若「まず自分の曲を広げなくちゃいけないってことですかね。ライブに関して言えば、コロナっていう自分の力ではどうしようもない力が働いてるので、いろいろ難しい部分はあります。ただ、年末には色々アナウンスが出来ると思うし、早くライブがしたいですね。3月からライブやってないですからね。こんなにライブやってないのは自分でも初めてで」
――コロナ禍の中で、自分のアーティストイメージや意識に変化はありましたか?
般若「変化せざるを得ないっていうところはあると思いますね。この状況で意識や考えが変わらないってことは誰しもないと思うし、みんなが壁にぶち当たったと思うんですよね。それにもっとしんどいのはこれからかも知れないし、その可能性も少なくはないと思う。でも、じゃあそれに負けるのか?って。経済的も精神的にも、上がってる人間はいないと思うけど、でもそれに負けるのは違うなって。そもそもウィルスに人間は勝てないんだし、その状況下で更にSNSで誹謗中傷したりされたりして、心や身体を傷つけるなんて余計におかしいだろ、って」
――負の側面を押し出してる場合じゃないと。
般若「そうですね。それは違うじゃん、って。作品に関していっても、俺も作る曲やリリックの内容は変わっていくと思いますね。でも変わらないのは自分の本音や意見を曲にしたい、ってことで。例えば炎上商法みたいに、刺激的で、バズって、みたいなことって誰でも出来ると思うんですよ。でもそこに俺は全く興味がないし、自分は本音や意見をリリックにして、リスナーを刺激したい。それは変わらないと思いますね。だから『本音』を言いたいからこそ、『責任』という部分に関しては、曲を制作する上では一度放棄してますね」
――ポリティカル・コレクトネスや忖度、「社会的な責任」という部分ですか。
般若「そう。それを無視して、人であることを辞めてる瞬間がある。そういう部分を気にかけるよりも、それよりも自分自身をそのまま出すっていう方が自分にとっては大事なので」
――そこで歌った言葉やラップが評価されればいいし、そこにしか興味がないというか。
般若「全然それでいいんですよ。人間として何を言われようが俺は構わないし、昔からそこは変わらないですね、いい人である必要は全くないし。だから『自分の中の普通』でずっと生きてる感じですね」
――その意味では、自分がメッセージしたりラップする理由はなんですか?
般若「日頃から考えてますよ、『なぜゆえにラップをするのか』って。それは結構な頻度で考えるし、分からなくなるときも正直あるんですよ。もちろん、ラップをするのが好きだからっていう単純な気持ちもあるし、受け取ってくれる人がいるっていう嬉しさもある。だけどそれだけが理由じゃないし、分からないなら分からないなりにやり続けて、理由を探すしかないのかなって。自分の中で言うことが全くなくなったり、自分でも驚くような曲が出来て、もうこれ以上なにも言うとこがない、全部言い尽くしたと思ったら、ラッパーを辞めると思います。でも、そこにまだ到達できてないから、ラップを続けてるんじゃないかなって」
――目標に到達できてないから続けるし、到達した先に惰性で続けることは無いと。
般若「負けが込んでるのに、現役だけ続けるような選手にはなりたくないんで」
――その意味でも、クリンチで判定勝ちするんじゃなくて、相手をノックダウンできるパンチをしっかりと打ち続けたいと。
般若「ちゃんと相手に届くパンチっていうのが、リスナーの胸に響くっていうことじゃないですか。それが出来なくなったら駄目だと思います」
――そのパンチが打てなくなるときは想像できますか?
般若「想像しますよ、それはいつも。不可能になった時、ラップができなくなった時の想像はします。それは例えば病気だったり、いろんな要因に依るだろうし。ただ42歳で初めて健康診断を受けたら、視力は2.0だし、どこにも何の異常もなかったんですよ。問題なさすぎて医者が驚いてた(笑)。だからまだ続けられるし、俺は健康です(笑)」
photography Yudai Kusano
text Shinichiro JET Takagi
edit Ryoko Kuwahara
『その男、東京につき』
12/25(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開
http://hannyamovie.jp/
出演:般若
Zeebra、AI、t-Ace、R-指定(Creepy Nuts)、T-Pablow (BAD HOP)、BAKU/長渕 剛(特別友情出演)
監督・編集:岡島龍介 エグゼプティブプロデューサー:福井靖典、松本俊一郎 撮影監督:手嶋悠貴
製作:A+E Networks Japan 制作:A+E Creative Partners 協力:昭和レコード
配給:REGENTS 配給協力:エイベックス・ピクチャーズ
2020|日本|114min|16:9|color
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