シンガーソングライターのエミー・ザ・グレイトことエマ・リー=モスが、4年半ぶり4作目となるアルバム『April/月音』をリリースした。イギリス人の父親と中国人の母親の間に香港で誕生したエマは、香港返還を機に12歳でイギリスへ移住。2009年に『First Love』でアルバムデビューを果たすと、UKのアンチフォークシーンを代表する存在として活躍してきた。本作はそんな彼女が数年間のアメリカ生活を経て、生まれ故郷の香港で書いたアルバムだ。レコーディングは2018年にニューヨークで行われたが、一年間の産休を挟んで、ようやく今年リリースされることとなった。2つの母国を持つアーティストが自身のアイデンティティに向き合うことで誕生した新作について、ニューヨークから香港へ移住し、母親になり、そして再びイギリスへと戻ったエマにメールで話を聞いた。(→ in English)
――新作『April/月音』は、数年間のニューヨーク生活を経て、2017年に香港で書いたアルバムだそうですね。なぜ香港でアルバムを書こうと思ったのですか?
エミー・ザ・グレイト「これまでに発表したすべてのアルバムのおかげで、私は自分自身について何かを発見することができました。そして4作目のアルバムについて考え始めたとき、故郷という概念に向き合う必要があると気づいたのです。当時はUKに帰国する計画を立てていたのですが、自分と香港の関係について確認する必要を感じている私がいました。それは子ども時代にまでさかのぼる、とても複雑なものなのです」
――長い年月を経て、再び子ども時代を過ごした香港で暮らすのはどんな感じでしたか?
エミー・ザ・グレイト「心理的なドラマがたくさんありました。子どものときから見たことがなかった、でもずっと潜在意識にはあった通りを歩いたりして、最初はすごく良かったんです。まるで夢の中を歩いているような気分でした。でも子どもを産んだら(註:2019年に第1子を出産)、自分が幼少期を過ごした場所にいることを、とても奇妙に感じるようになったんです。何度もフラッシュバックが起きました」
――香港に戻る前に数年間を過ごした、ニューヨークでの生活はいかがでしたか?
エミー・ザ・グレイト「ニューヨークのミュージシャンたちはとても仕事に熱心で、“大きい”ライブとか“小さい”ライブとかいうことは気にしません。 彼らはただ最高水準で音楽を奏でるだけなんです。ニューヨークでの暮らしからは、より良いアイデアを得るために努力することだけでなく、演奏に対して自由にアプローチすることを教わりました。私はニューヨークが大好きなので、今回の選挙があの美しい街やアメリカという国にリセットするチャンスをもたらしたことを、とてもうれしく思っています」
――自分も異なる2つの文化の中で暮らしてきた経験があるのですが、常に故郷と呼べる遠く離れた2つの場所があって、それぞれに想いを馳せてきたような気がします。今回のアルバム『Mid-Autumn/月音』は冒頭から腑に落ちるような感じがして、とても癒されました。このアルバムを書いた時のことで、一番の思い出は何ですか?
エミー・ザ・グレイト「それがどんな意味であれ、自分が何らかの形で“multiple(多様な、多数からなる)”だと感じている人たちに、このアルバムが語りかけてくれることを心から願っています。私は自分自身を定義しようとして、ものすごく苦労してきました。でも、このアルバムを書いているうちに、中には簡単に答えが出ないこともあって、そのままで大丈夫なのだと気付いたのです。そんな風に曲作りするのは本当に楽しかったです。時には『あ、コーラスを書き忘れたけど、まあいいや』なんていうこともありました」
――アルバムのタイトルを『April/月音』にした理由は? 本作ではどのようなことからインスピレーションを得ましたか?
エミー・ザ・グレイト「このアルバムは香港で中秋節(註:旧暦の8月15日、新暦の9月〜10月頃にあたる中国の伝統的な祝日で、月を祭る風習がある)に書き始め、1月まで書き続けました。その間に4つの重要な月があって、締めくくりはスーパームーンだったんです(もしかしたらブルームーンだったのかも?)。中国語で四月(April)は、“4つの月”と同じ字を使います。“月音”という言葉には、その過程に身を委ねた時の直感を反映しました」
――「Okinawa/Ubud」は、音楽的にも詩的にも本当に美しい楽曲ですね。あの曲にはどのようなストーリーがあるのですか?
エミー・ザ・グレイト「ありがとう! あの曲には幼なじみと彼の新しい家族に会うために、バリへ行った時に録音した音源が収録されています。旅の間、私たちはいろんな村をドライブしてまわり、ガムラン奏者が練習する様子を耳にしました。その時に幼なじみが、ガムランの音階は沖縄音階なのだと教えてくれたのです。私はあの旅で家族について深く考えていました。私や友人の親たちが若い頃、ヒッピートレイルの旅で訪れたであろうバリに、今度は私たちが彼の赤ちゃんと一緒に来ているんだな、と考えていました」
――本作を完成した後にお子さんを出産されて、産休を取ったそうですね。数年の時を経て、ようやくこのアルバムをリリースするのはどのようなお気持ちですか? 制作時と今とで作品への思いに変化はありましたか?
エミー・ザ・グレイト「アルバムのリリースが遅れたことについては、ストレスを感じないように心がけていました。なぜなら、このアルバムは物事をあるがままにしておくことに重きを置いているので、たとえ何が起きたとしても、それが正解なんだろうなと思ったからです。香港にとっての壮絶な時期とパンデミックによるクレイジーな時期を経て、今年になってリリースすることになったわけですが、私はこれが良いタイミングだったと思わずにはいられません。個人的には、それほど遠くない過去に作った曲を聴くことで、今よりも楽だった頃を思い出すことができたのは、とても大きな意味がありました。また、ジョン・レノンの80回目の誕生日にリリースできたことも、すごく幸せに思っています。私はかねてからジョンとヨーコのことを、自分の両親を思い出させる存在だと感じていたんです」
――昨年はお子さんを連れてUKツアーをまわったそうですが、いかがでしたか? 母親になったことによって、アーティストとしてクリエイティブな面でどのような影響があると思いますか?
エミー・ザ・グレイト「当時はまだ赤ちゃんだったので大丈夫でしたが、次はじっとしていない時期が終わるまで難しいと思います! 母親であることは、私が本質的に仕事をするように仕向けてくれた気がします。自分の時間がほとんどないのですが、それが生産性の向上に非常に役立っているんです。それに、私という人間や、自分が残りの人生に求めていることを反映した仕事を選ぶようになった気がします。仕事と家庭を両立するのは本当に大変です。でもロックダウンになってからは、プロとして成功したいという願望が以前ほど顕著ではなくなったことに気付きました。娘と一緒に過ごしていれば、いつでも幸せを感じられるんです」
――近年、香港では大変な状況が続いていて胸が痛みます。複数の異なる文化における生活を経て、再びロンドンに戻ってみていかがですか?
エミー・ザ・グレイト「イーストロンドンでの暮らしはとても心地よいですし、香港の喧騒から逃れられたことはラッキーだと感じています。そんな混乱の中にある香港を後に残して去るのは辛いことでした。でも、私とあの街の関係は複雑なので、私にとってはUKに居て香港のことを夢見ている方が、その逆よりも楽なのだと思います」
――今年は大変な年でしたが、あなたの音楽にとても助けられました。いわゆる“ニューノーマル” とされる状況にはどう対応していますか?
エミー・ザ・グレイト「私の音楽が今、誰かの力になれるなんて、ものすごくうれしいです! 最近は私も音楽を聴くことに本当に救われています。一回目のロックダウンでは、ただただ悲しかったり、すごく疲れたりした時もあって、なぜだかそういう日は世界がもっとカラフルで素晴らしい場所に見えたりしました。そして多くの場合、一番大変な時に大きな喜びがあったんです。あとは、おもちゃの食べ物を手芸で作ったり、バードウォッチングをしたりと、たくさんの変わった趣味を持つようになりました」
――パンデミックが終わったら、最初に何をしたいですか?
エミー・ザ・グレイト「友だちの家の中に入って、すべてのものを触りたいです」
――最後に日本のファンへメッセージはありますか?
エミー・ザ・グレイト「みんな、がんばって! 私たちはきっと乗り越えられるはずです」
text Nao Machida
EMMY THE GREAT(エミー・ザ・グレイト)
『APRIL / 月音(エイプリル / 月音)』
(Big Nothing/Ultra Vibe)
収録曲目:
1. Mid-Autumn
2. Writer
3. Dandelions/Liminal
4. Change-E
5. A Window/O’Keefe
6. Okinawa/Ubud
7. Your Hallucinations
8. Mary
9. Hollywood Road
10. Sutra