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『真実』 是枝裕和監督、ジュリエット・ビノシュ インタビュー




是枝裕和監督の新作『真実』が10月11日に全国公開された。『万引き家族』で第71回カンヌ国際映画祭パルムドールに輝き、国内外の映画ファンが注目する次回作となった本作の舞台は、フランス・パリ。監督は主演にフランスを代表する女優カトリーヌ・ドヌーヴとジュリエット・ビノシュ、さらにアメリカからイーサン・ホークを迎え、初の国際共同製作に挑戦した。


映画の主人公はフランスの国民的大女優ファビエンヌ(ドヌーヴ)。「真実」と題した自叙伝を発表した彼女のもとに、アメリカで暮らす娘のリュミール(ビノシュ)とテレビ俳優の夫ハンク(ホーク)、そして2人の愛娘シャルロット(クレモンティーヌ・グルニエ)がお祝いに駆けつける。だが、“出版祝い”とは口実で、リュミールは「真実」に何が書かれているのかを確かめるために帰省したのだったー。


是枝監督が海外で映画を撮ると聞いて、一体どんな作品になるのだろうと楽しみで仕方がなかった。そして彼が開いた新しい扉の向こうにあったのは、これまでよりも湿度が低く、明るくて軽やかなフランス映画。もちろん製作陣には大変な苦労もあったのだろうが、少なくとも観る側からすれば、言語や文化の違いは不自由よりも新たな自由を生み出したように感じられた。ここでは是枝監督とジャパンプレミアのために来日したジュリエット・ビノシュにインタビューを行い、『真実』が実現するまでの経緯や製作秘話などを聞いた。



――ジュリエット・ビノシュさんは、是枝監督と組むことが夢だったそうですね。監督の作品のどのようなところに一番魅力を感じたのでしょうか?


ジュリエット・ビノシュ:偉大な監督にめぐり会えること自体が珍しいですし、是枝さんには特別な感受性があると感じています。『誰も知らない』(2004)を観たときにすごく感銘を受けて、非常に人間的な作品で、私を惹きつける存在だと思いました。それに加えて、自由でリアルな人間関係を描く、彼の映画の撮り方にも魅了されました。ですので、これはもう“撮りたい”ということを表明しないと、まずは口に出して言わないと始まらないと思ったのです。もし言ってみて運命が導いてくれるのであれば、そして、彼に私と映画を撮りたいという欲求と時間があれば、それは私にとって素晴らしいプレゼントになるだろうと思い、“撮りたい”と伝えました。


――長い年月を費やして計画してきたビノシュさんとの作品がようやく完成したわけですが、監督にとってはどのような経験でしたか? たとえば10年後に『真実』について思ったときに、一番何を思い出すと考えますか?


是枝裕和監督:彼女の家です。二人きりじゃないですけど(笑)、彼女の家で過ごした、とても静かで豊かな時間。演技について…もちろん、この作品に向けてのヒアリングを兼ねてはいたけれども、ああいう時間を女優さんと監督が持てるというのは、なかなかありません。とてもいい時間でした。ストーブの薪が燃えていて、外にちょっと雪が降って、中庭の木に白い雪が積もっていて…。そういう風景。あれは忘れません。


ジュリエット・ビノシュ:ストーブと雪は憶えていないわ(笑)。でも、その時間を過ごしたことは憶えています。





――ビノシュさんは、念願かなっての是枝監督との撮影現場はいかがでしたか?


ジュリエット・ビノシュ:私は“こういう感じなんだろうな”という想像や先入観を持たずに、撮影に臨みました。なるべくニュートラルな状態で現場入りして、むしろその場で起こることに感嘆したり、感動したりしようと、そういう姿勢で参加したのです。監督とはできるだけ近しい協力関係を築いていきたいと思っていました。私自身はあまり経験したことがないのですが、撮影現場というのは、ときに対立が生まれる場所でもあります。本作ではそのようなことはなく、良い協力関係を作りたいと思って撮影に臨みました。


私にとって一番の心配事というか、頭から離れなかったのは、この役(リュミール)は母の娘であり、夫の妻であり、娘の母親で、それをリアルに演じなければならないということでした。決して相手役の人たちと長い時間を過ごしたわけではないのですが、すぐにリアルに演じなければならない。それが私の頭に唯一あったことです。


――監督はビノシュさんから、“ファビエンヌは母親という役作りのためにリュミールを産んだのではないか”と言われたそうですね。とても印象的なエピソードですが、そのことについて話し合ったり、脚本に反映したりしたことはありましたか?


是枝監督:ストレートに台詞に反映しているわけではないですが、それも多分、ご自宅でやりとりしている中で彼女から出てきた言葉で、僕も聞いたときにちょっとゾクッとしました。でもあの母親ならありうるかもしれない、少なくとも娘の側はきっとそう思うんだろうな、と。それはきっと(リュミールが)アメリカに逃げた理由にもなってくるし、彼女という人物の表に見えていない部分を作る上で、すごく大事でした。





――俳優から具体的に「なぜここの台詞はこう言わないといけないのか」とか、「なぜこういうことになっているのか」と聞かれるという経験は、監督にとってどのようなものでしたか?


是枝監督:役者によってはそういうコミュニケーションを求める人もいるから、初めてではないです。でも、そういう対話は自分にとってすごく大事。より深くその役を考えていくために、彼女のようなアプローチをしてくれる役者がいるというのは、とてもプラスになります。


――それによって脚本が変わっていくこともあるのですか?


是枝監督:はい。


――リュミールの娘のシャルロットが登場したときに、とても自由な子どもの姿が見られたので、これはフランス映画だけど、やっぱり是枝監督の作品なのだと感動しました。イーサン・ホークが演じるリュミールの夫ハンクも含め、登場人物たちの間に漂う家族感がとてもリアルでしたが、どうやってあのような演技を引き出したのですか?


是枝監督:本当に通常通りなんだけど、事前に3人(ジュリエット・ビノシュ、イーサン・ホーク、シャルロット役のクレモンティーヌ・グルニエ)と遊園地に行って…。


ジュリエット・ビノシュ:行きましたね。


是枝監督:もう暑くてさ!あの子は楽しかっただろうけど、大人はそれに一日付き合うのは相当大変だったんだけど。


ジュリエット・ビノシュ:(笑)


是枝監督:(娘役のクレモンティーヌに)日焼け止めを塗ってあげることになったときに、“どういう距離感で父と母は接するんだろう”みたいなことを観察していくし、今回は(劇中で)髪の毛は自分でとかしているからね。母と娘の距離はちょっと遠目にして、そこは父親がむしろ…というベースがあった。そのときも、じゃあ日焼け止めは最初にイーサンが塗ってあげる。そういうのを見ながら、“ああそうだよな、そうだよな、こういう距離感でこの3人というのは成り立つんだな”と、観察しながら落とし込んでいく作業でした。本当に僕もそれができたし、3人もきっと、そういう時間の中で探っていくのがよかったんじゃないかな。





――カトリーヌ・ドヌーヴさんが演じるファビエンヌとビノシュさんが演じるリュミールの母娘関係も、とてもリアルに感じました。特にファビエンヌが毒を吐いている隣で、リュミールが深いため息をつくシーンが本当にリアルで。


是枝監督:(ビノシュさんのため息を真似して)あれね、大好き。“たまらない。この人、本当に我慢できないんだな”っていう(笑)


――ビノシュさんはドヌーヴさんと母娘を演じていく上で、どのように距離感をつかんでいったのですか?


ジュリエット・ビノシュ:母娘関係を構築していったというよりも、“どうやって彼女とつながりを持っていくか”という性質の問題だったと思います。本作のシナリオには私の家族関係や幼い頃の記憶が反映されているので、それを元にして考えていきました。この娘はお母さんに対して、ちょっと乱暴に接することもあります。相手はカトリーヌ・ドヌーヴのような大スターで、私は子どもの頃から彼女の映画を観ていたわけですから、それは大きな壁を押すような、挑むような経験でした。でも、やっぱりそこで自分がやるべきこと、言うべきことというのを、思い切って出すことができました。それがこの役には必要だったからです。


リュミールが感じている“見捨てられた”という感情は、誰にでもあると思うんですよね。人生において、誰にでもありうる大きなテーマだと思います。だから、その感情に接続して演技をする必要がありました。母親に乱暴に接するといっても、リュミールは単に攻撃するために攻撃的になっているわけではなく、その根幹には彼女の傷ついた心があります。だからこそ、彼女が母親に問いかけたり、言ったりすることはリアルなのです。それは私たちの深いところから出る質問であり、言葉です。


そういえば、(母と娘が口論する)ディナーのシーンの撮影前に、是枝さんが私に言ったことを思い出しました。“ここでは、カトリーヌ・ドヌーヴに揺さぶりをかけなければいけない。君がやってくれると思っているから、よろしくね』というようなことを言われたんです(笑)


是枝監督:丸投げしてるな(笑)


ジュリエット・ビノシュ:お見通しよ。役者への指導とかではなく、怖かったんでしょう?(笑) “揺さぶり”とはどういう意味かというと、パブリックイメージのような固定観念から彼女を引き出すため、そしてそれを壊すために、ちょっと揺さぶりをかけることが必要だったのです。そのため、ディナーのシーンでは1テイク目からかなり攻撃的に台詞を言ったのですが、カトリーヌ・ドヌーヴさんはちょっと驚いたというか、呆然としていました。まさに揺さぶりをかけられた状態で、“あなたには、ちょっとヘビみたいなところがあるのね”と言われました。


――あるシーンがカットになるかならないか、ドヌーヴさんとビノシュさんで賭けたそうですね。


ジュリエット・ビノシュ:忘れていたけれど、何かやったかも。確かにそういう賭けをした気がするわ。


是枝監督:賭けの話は、ちょっと本(『こんな雨の日に 映画「真実」をめぐるいくつかのこと』)にも書いたんだけど、(母娘が)テラスで話すシーンの後に、“私を産んだことを後悔していないか?”というやりとりをするシーンを撮ったんです。話が終わった後にドヌーヴさんが僕のところにこっそり来て、“ここでこの話をするのは早いんじゃないか”と。“使わない方がいいんじゃないの?”と言われて、“確かに僕もちょっとそうかなと思っているので、撮ったんですけど残るか残らないか(はわからない)”みたいな話をしたんです。そしたら、“多分ない方がいいわ”と言って、去って行きました。その後にジュリエットさんから“賭けをしたんだ”って聞いて、すごいことするなと思って(笑)。(シーンが)残らないことを僕に確認した後で、“賭けをしましょうよ”って言っているんです。だから僕は正直、彼女(ジュリエット)に“いや、それについては僕はもう話したよ”とは言えなくて。そういうところがちょっとチャーミングというか、なんだろうね。面白い人だよね。





――ビノシュさんとドヌーヴさんは、女優としての生き方や考え方をお話しされたりはしましたか?


ジュリエット・ビノシュ:是枝さんとはそういう話をしました。カトリーヌさんとは一度だけ、“この作品のために何か準備した?”と聞かれて、“特に準備はしていません”と話したことはありました。準備していないと答えたら、彼女は安心していました(笑)


――監督がビノシュさんと女優論やお芝居について話した中で、特に印象に残っていることは?


是枝監督:もう全部、本当に僕がいろいろ質問して、勉強になって…。演じるときに、その人が何を求めているかと、本当に何を必要としているかー“want”と“need”が大体ずれていて、演じるときにはそれを意識していると言われました。それはすごく面白いし、僕が役者の芝居を見ていて、演出するときにもすごくヒントになった言葉。今後もこれは使えると思って、しっかりメモしています。


――長年にわたって映画を制作されていますが、監督が活動する上での原動力やインスピレーション源は何ですか?


是枝監督 : 原動力か…あまり考えて日々暮らしていないな……。


――なぜ作品を作り続けるのですか?


是枝監督 : 楽しいから。こんな大変な仕事、楽しくなかったらやらない(笑)。そういう意味では、作ること自体が原動力なんじゃないですか。作っていることが楽しいから。いろんなものをもらえるし、学べるし。


――ビノシュさんも精力的に多彩な作品に出演されていますが、その原動力は?


ジュリエット・ビノシュ : 真実、ね……Good answer!(笑)





text Nao Machida





『真実』
gaga.ne.jp/shinjitsu/
10月11日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国公開



原案・監督・脚本・編集:是枝裕和 
出演:カトリーヌ・ドヌーヴ『シェルブールの雨傘』/ジュリエット・ビノシュ『ポンヌフの恋人』/
イーサン・ホーク『6才のボクが、大人になるまで。』/リュディヴィーヌ・サニエ『8人の女たち』  
撮影:エリック・ゴーティエ『クリスマス・ストーリー』『夏時間の庭』『モーターサイクル・ダイアリーズ』
配給:ギャガ ©2019 3B-分福-MI MOVIES-FRANCE 3 CINEMA photo L. Champoussin ©3B-分福-Mi Movies-FR3

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