「当選しました」という声で、死んだはずの“ボク”の魂は意識を取り戻し、自殺した高校生ミンの肉体に“ホームステイ”することになった。タイムリミットは100日間。それまでにミンの自殺の原因を突き止めなければ、“ボク”の魂は二度と再生することができないー。
森絵都の小説「カラフル」を原作に、舞台をバンコクに移したタイ映画『ホームステイ ボクと僕の100日間』が10月5日より全国順次公開される。タイ国内外でヒットを記録した『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』の制作会社GDHが、ホラー監督として定評のあるパークプム・ウォンプムとタッグを組んで手がけた話題作だ。原作の主軸にあるテーマを大切にしつつ、タイ特有の文化や、CGを駆使したファンタジックな映像が織り込まれ、新たな魅力あふれる作品に仕上がっている。
主人公の“ボク”/ミン役をオーディションで勝ち取ったのは、前出の『バッド・ジーニアス』をはじめとする映画やドラマで活躍するティーラドン・スパパンピンヨー(ニックネームはジェームズ)。ミンが恋に落ちる先輩のパイ役には、人気アイドルグループBNK48のキャプテンとして活動しながら、プライベートではタイ最難関の国立大学を卒業したチャープラン・アーリーンが抜擢された。ここでは、映画の公開を前に来日した監督とキャストの2人にインタビュー。終始笑いの絶えない仲の良い3人が、本作に込められたメッセージやタイでの反響について語ってくれた。
――映画素晴らしかったです。とても楽しませていただきました。
チャープラン・アーリークン(パイ役)「(日本語で)ありがとうございます!」
――原作の「カラフル」は森絵都さんによるベストセラーですが、日本の小説を文化の異なるタイで映画化する上で、アレンジしたことはありますか?
パークプム・ウォンプム監督「『カラフル』はタイ語にも翻訳されていて、10版ほど印刷されており、タイ人にはとてもよく知られています。私も本を読んで非常に気に入っていたので、映画の脚本にできることをとても幸せに思いました。ただ、小説にある核となる部分を映画の中で損なわないようにすること、そして、タイの文化に合うようにアレンジすることは、とても難しかったです。そのため、脚本が完成するまでに一年半の月日を要しました。物語の構造自体はしっかりしているので、そこに私らしいスリラーなどの要素を付け足して、さらにワクワクするように仕上げました。それから、『主人公の“ボク”の魂が100日以内に少年ミンの自殺の原因を突き止められなかったら、この肉体では生きられない』というテーマを明確にするような演出を心がけました」
――ジェームズさんとチャープランさんは、原作や脚本を読んでどう思われましたか?
ティーラドン・“ジェームズ”・スパパンピンヨー(“ボク”/ミン役)「観客に対するメッセージがはっきりしていたので、すごく良い脚本だなと思いました。ただ、すべてのシーンを想像したときに、役者としてかなりの演技力が必要とされるだろうとも思いました。でも脚本にすごく入り込めたので、とても気に入っています」
チャープラン(パイ役)「初めて脚本を読んだときは、何よりも監督に選んでもらえたことがとてもうれしかったです。自分が演技をするなんて想像したこともなかったのですが、パイは感情表現がすごく必要とされる役なので、がんばって演じました。とてもワクワクしました」
――劇中では死んだはずの“ボク”の魂が、自殺した高校生ミンの肉体に“ホームステイ”をします。人生を魂の“ホームステイ”と捉えるアイデアがとても興味深かったのですが、本作を手がけたこと、また本作に出演したことで、ご自身の人生観や死生観に変化はありましたか?
ウォンプム監督「私はもともと死に興味があって、常に死について考えているんです。原作の『カラフル』は死に関係する小説だと聞いて、何か意味を感じ取れるかなと期待して読みました。本作を撮り終えて、自分の死生観がはっきりしたように思います。人間というのは無になるものであるということ。いつも主観的に自分を見ていて、客観的には見ていないということ。でも、他人の視点から自分の人生を見つめることで、その価値が見出せる。見慣れてしまって見落としていたものに気づくことができるのです。本作ではそのような視点をはっきりと描きたいと思いました」
ティーラドン「僕の死生観は特に変わらないのですが、本作からはいろいろなことを教えられました。たとえば主人公の“ボク”の魂は、ミンの肉体への“ホームステイ”に短い期間しか与えられないのですが、家族に対して様々な思いを抱いていきます。ですので、僕らにチャンスがあるのだったら、今からでもいいから後悔しないように何でもやろうと思いました。“ボク”だって、限られた時間の中でやりたいことがたくさんあったわけですから」
チャープラン「私も特に死生観は変わりませんでした。ただ、さっき監督がおっしゃったように、別の人の視点で自分の人生を見つめることによって、その苦しみや問題を解決できるのだなと思いました。一人の人間の魂に特別なチャンスが与えられるという本作の設定は、普通ではない状況ですが、限られた時間の中でもできることはあるのだと思いました」
――お二人はオーディションで“ボク”/ミン役とパイ役に選ばれたそうですね。監督も含め、初めて会ったときのお互いに対する印象はいかがでしたか?
ウォンプム監督「チャープランはアイドルですので、会う前は私に対して壁を作ってしまうのではないかな、普通に話してくれるのかな、本当に親しくなれるのかな…と、ちょっと心配していたんです。だけど実際に会ってみたらすごくフレンドリーだし、考え方も少し似ているところがあったので、たくさん話すようになりました」
チャープラン「私は2度目のオーディションのときに、『あ、この人が監督なんだ』と認識しました(笑)。そのときはものすごく静かにたたずんでいたのですが、後になってからすごく楽しく付き合えるようになりました。ジェームズについては、彼が『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』で演じたパット(主人公にカンニングビジネスをもちかける裕福な高校生)のイメージが強かったです。初対面のときはあまり話さなかったので、話が合うかな…と思っていたのですが、演技のワークショップのときに『俺、演技めっちゃ真剣だから』と言われて、脅された感じがありました(笑)。すごいプレッシャーだったのですが、『私だって真剣だから』と伝えました。ジェームズは今までもいくつかの作品に出演されてきたプロの俳優なので、私もがんばろうと刺激を受けましたし、仕事に対するスタンスも同じだったのでよかったです」
ジェームズ「当時の僕はちょっと悩んでいたので…」
――どんな悩みがあったのですか?
ジェームズ「当時は歌手デビューなど複数のプロジェクトが同時進行していたのですが、芝居ではすごく感情表現をしなければならないので、大変だったんです。でもまあ、今は見ての通りの感じになりました(笑)。監督の印象ですが、すごく優しいけれど、静かでちょっと威厳のある感じの方だったので緊張しました。『それでもいいけど、だけど…』って必ず付くのが怖いです(笑)」
ウォンプム監督「初対面のときのジェームズは髪がとても短くて子どもっぽかったので、『この人にできるの?』と聞きました(笑)。『バッド・ジーニアス』での悪役のイメージも強かったので、彼に主役ができるとは思えなかったのです。それでもっと主役っぽい雰囲気のある俳優を探したのですが、見つかりませんでした。でもジェームズにオーディションに来てもらって、演技を見せてもらったときに、この人の演技のスキルはすごいと確信しました。いろいろな演技を見せてくれるだろうと期待できましたし、演技の能力が高くないと3ヶ月間の撮影はもたないので、主演は彼にしようと決めました」
――チャープランさんは本作が演技初挑戦だったそうですね。
ウォンプム監督「当時のチャープランはBNK48で有名になり始めていた頃だったらしいのですが、私はまったく興味がなくて知らなかったんです。たまたまFacebookで彼女の写真を見て、キャスティングの担当に『この子も連れてきて』と言ったのですが、連れてこられたときに自分が頼んだことを忘れていたくらいでした(笑)。でも初めて会ったときに、この子はカメラ映えするなと思いました。まだ演技はできなかったのですが、すごく魅力的でキャラクターがパイ役にぴったりだったのです。それから3ヶ月間のワークショップで演技を鍛えて、最終的には完璧なパイになってくれました」
――優等生のパイが感情を爆発させるシーンが印象的でした。
ウォンプム監督「ジェームズはすごくセンシティブな人なので、ちょっと感情移入するとすぐに泣けるんです。でもチャープランは全然泣きませんでした。演技指導のコーチに泣くように促されても、たとえば私自身はすぐに泣けるのに、彼女を見ると何も感じていないようなのです。どうしてかな…と思ったのですが、彼女はグループのキャプテンとして心がすごく強くてしっかりしているので、それですぐに泣けないのだとわかりました。ワークショップではその壁を壊すように努力して、最終的には泣けるようになりました」
チャープラン「大変でした。おかげで今ではネットの動画を観るだけでも、すぐに泣けるようになりました(笑)」
――タイではお二人のキスシーンにファンが騒然となったと聞きました。監督はあのキスシーンにどのようなこだわりを持って撮影したのですか?
ウォンプム監督「私はこれまでホラーやスリラー映画を撮ってきたので、こんなにラブラブなシーンは一度も撮ったことがなくて、本作で初めてキスシーンを演出しました。脚本に書いたものの、『本当にいいのかな?』と思ったのですが、やっぱりミンとパイの関係が深まっていくのはあのキスシーンなので、『まあいいや、やってみて』ということになったんです。撮影中は本人たちよりも自分の方が照れてしまって、モニターを観ながら何回もテイクを重ねて、その度に照れていました(笑)。実は完成披露試写会のときに、チャープランのお母さんが隣の席で観ていたんです…」
――気まずいですね(笑)
ジェームズ「僕も『どうしよう、チャープランのお母さんがいる』と緊張していました(笑)」
――お二人はキスシーンに対するファンの反応を知ってどう思いましたか?
ジェームズ「そこまで反響がある、つまり演技に入り込んでくれるということは、すごくうれしいです。ファンの声やリアクションも楽しいなと思います。僕はいろんな映画館に潜入して観客の様子を観察していたのですが、悲鳴が上がるときもあれば、息が止まったようにシーンとしているときもあって、いろいろな反応がありました」
チャープラン「リアクションがはっきりしているのはすごく良かったです。私とファンクラブの絆が深まったような気がしました。そこまで役に入り込んで反応してくれたのはうれしかったですし、私の演技がもたらした結果なのかなと思います。そして最終的には、ファンのみんなに作品を気に入ってもらえたのでよかったです」
――日本では近年、未成年の自殺率が上がっており、特に夏休み明けはその数が増えると言われています。この作品を観て、悩んでいる人たちも何か感じてくれたらいいなと思いました。タイではどのような反応がありましたか?
ウォンプム監督「日本ほどではないのですが、タイでも同じ問題が増えています。ただ、本作は特に自殺を考える人たちに向けて制作したわけではなく、すべての観客に何か伝えられるものがあると思って手がけました。実際に反響としては、『この映画を観て人生の良い面が見えるようになりました』とか『人生をやり直したいと思いました、ありがとう』といったメッセージが、制作会社や私のSNSを通じて伝わってきました。スタッフへの感謝の言葉が届いたので、そのような見方をしてもらえたんだなと思います。それは興行収入を上げるよりも、もっとずっとうれしいことです。でも脚本を書き始めたときは、『このアイデアをシェアして、人生に苦しんでいる人を応援できたらな』と思ったくらいで、世界を啓蒙しようという意図はまったくありませんでした」
ジェームズ「問題に感情移入しすぎるのが良くないと思うんですよね。第三者の視点で、もっと広い視野を持って人生を見つめることによって、問題は解決できるのではないかと思います。感情を使うよりも頭を使った方が、良い解決方法が見つかるのではないでしょうか」
チャープラン「自分だけが悪いと思い込まないで。一歩引いて考えた方が、解決策が見つかるのではないかと思います」
ウォンプム監督「問題にのめり込み過ぎず、他人の視点から人生について考えるのは、すごく大切なことだと思うんです。人生は一時的なもので、もしもの連続。そういう解釈をすることによって、きっと問題の解決方法は見つかると思います」
photography Yosuke Torii
text Nao Machida
edit Ryoko Kuwahara
『ホームステイ ボクと僕の100日間』
10/5(土)より新宿武蔵野館ほかにて全国順次ロードショー!
http://homestay-movie.com
監督・脚本:パークプム・ウォンプム
出演:ティーラドン・スパパンピンヨー、チャープラン・アーリークン(BNK48)
2018/136分/タイ/タイ語/シネスコ/5.1ch 原題:HOMESTAY 原作:森絵都「カラフル」(文春文庫刊)日本語字幕:高橋彩 字幕監修:高杉美和
配給:ツイン 後援:タイ王国大使館 タイ国政府観光庁
(C)2018 GDH 559 CO.,LTD.ALL RIGHTS RESERVED
僕は死んだ。天国からのプレゼントは、タイムリミット100日間の新しい人生。
「当選しました」その声で、死んだはずの“ボク”の魂が、自殺した高校生ミンの肉体に“ホームステイ”することになった。ミンの自殺の原因を100日間で見つけ出さないと、“ボク”の魂は永遠に消えると告げられ、新生“ミン”としてもう一度人生をスタートさせる。初めて訪れた街で見知らぬ家族や同級生に囲まれ、違和感だらけの学校生活を送る “ミン”。誰にも気づかれないように謎解きを始めるうちに、秀才の美少女パイと出会い一瞬で恋に落ちる。ある日、1台のパソコンの存在を知り、自殺したミンを苦しめた残酷な現実と対峙していく・・・。