1994年に公開されたアニメーション映画『ライオン・キング』の“超実写版”が、8月9日に日本公開される。『美女と野獣』や『アラジン』など名作アニメーションの実写化を模索し続けるディズニーが、アフリカの大地を舞台にした動物たちの物語『ライオン・キング』を新たに制作すると聞いて、驚いたファンは少なくないだろう。メガフォンを執ったのは、大ヒットを記録した『アイアンマン』シリーズ(監督・製作総指揮)をはじめ、多くの映画ファンに愛される『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』(製作・脚本・主演)や、最近ではNetflixの料理番組も手がけるヒットメーカー、ジョン・ファヴロー。キャストにチャイルディッシュ・ガンビーノことドナルド・グローヴァーやビヨンセらを迎え、美しく緻密な映像で誰にも想像できなかった新しい名作を完成させた。いかにして超実写版が実現したのか、そして、“自然界の命は大きな環でつながっている”という命あるものへの敬意に満ちた作品のテーマ「サークル・オブ・ライフ(生命の環)」が今の時代に意味することは何なのか、公開を前に来日した監督に話を聞いた。(→ in English)
――なぜ今この時代に『ライオン・キング』を制作しようと思ったのですか? 美しい作品として既に知られている物語を再び伝えることに、どのような意味を感じましたか?
ジョン・ファヴロー監督「確かに25年前のオリジナル版は美しい作品だと思う。でもディズニーは近年、自社の名作アニメーションの実写化を模索しており、特にここ日本ではとても人気があるんだ。観客にも大好きな物語を新たなメディアで楽しみたいという好奇心があるようだね。もちろん、本作は新たなメディアではなくアニメーションなわけだが、アニメーション作品でありながらも、他の実写映画と並べても違和感がないような作品を作ることを試みたんだ。非常にうまくいったので、しばし“実写版”と呼ばれているほどだよ。でも実際には、観客が観ているものの中に実写はまったくない。撮影したものは一切ないんだ」
(註:この取材の数日後、監督はインスタグラム(https://www.instagram.com/p/B0ZE0wFFxxd/)で実際に撮影したカットを1つだけ忍び込ませていたことを公表した)
――本当に美しい映像でした。
ジョン・ファヴロー監督「同じ物語を繰り返し伝えるという概念については、実は映画の初期の時代から存在していたんだ。ただ『ライオン・キング』の場合は、今もなお人々の心に深く響いている作品であるだけに難しかった。オリジナル版を繰り返し観て育った人たちは、そのすべてを熟知しているからね。隅々まで知り尽くしている彼らを怒らせないためには、本作で変更できることは非常に限られていた。そこで僕らはストーリーに劇的な変更を加える代わりに、技術やキャスト、作品のトーンなどを変えたんだ。舞台版やアニメーション版の代わりとしてではなく、異なる手法で『ライオン・キング』を制作するという任務を遂行できていたらうれしいよ」
――監督が手がけた実写版の『ジャングル・ブック』(2016)と今回の超実写版の『ライオン・キング』では、制作する上でどのような違いがありましたか?
ジョン・ファヴロー監督「違いは大きかった。オリジナル版の『ジャングル・ブック』について僕が記憶していたのは、素晴らしい映画だったということだけ。でも見直してみると、オリジナル版には改善の余地があったんだ。僕らの世代は映画をビデオで繰り返し観て育ったわけではない。数回観ただけなので、曲やキャラクターは覚えていても、ストーリーの細部まで熟知しているわけではないんだ。一方の『ライオン・キング』は、ミレニアル世代が何百回も観て育った作品だからね。彼らはすべての台詞を覚えているし、物語も素晴らしいので、改善の余地はない。だから、本作では変更を加える自由があまりなかったんだ」
――ドナルド・グローヴァーとビヨンセがシンバとナラの声を演じると知って、とても楽しみにしていました。プンバァ役のセス・ローゲンやティモン役のビリー・アイクナーの声の演技も素晴らしかったです。彼らをキャスティングした理由は?
ジョン・ファヴロー「僕はあらゆるタイプの映画を手がけてきた。小規模の作品もあれば大作やスーパーヒーロー映画もあり、ディズニー映画もあって… でも一つだけ言えるのは、僕はすべての作品のキャスティングにおいて、とても良い目を光らせてきたつもりだ。自分が役者としてスタートしたからかもしれないが、僕は俳優の中にある才能や、役を上手く演じられる可能性について、とても敏感なんだ。主演のチャイルディッシュ・ガンビーノことドナルド・グローヴァーとビヨンセのことは、我が家の子どもたちが彼らのファンだったので知っていたんだよ」
――本作でパパの株が上がりましたね。
ジョン・ファヴロー「そうだね(笑)。息子は部屋にドナルドの写真を貼っているし、よく車で送り迎えするときに彼の曲を聴いているんだ。娘たちと妻はビヨンセが大好き。だから僕も彼らの音楽にどっぷりと浸かっていた。僕は52歳だから、(子どもたちがいなければ)彼らの魅力に触れる機会はなかっただろう。若者や子どもたちの目を通して世界を見ることで、若さを保ち、最新情報に敏感でいられるし、オープンな心を持つことができる。そのおかげで、本作では我々の文化にふさわしい、才能あふれる役者たちと仕事をすることができたんだ」
――素晴らしかったです。特に本作におけるナラの描写が気に入りました。
ジョン・ファヴロー監督「わかるよ。あの役は(オリジナル版よりも)大きな存在にしたんだ」
――人間が出てこない映画については、どのように思われますか?
ジョン・ファヴロー監督「もし人間の表情をコンピューターで表現しようというのであれば、その必要はないだろう。しかしながら、アニメーション作品においては、人間の演技をキャプチャーするという本作の手法は最適だと思うんだ。通常は役者がマイクに向かって台詞を話し、アニメーターが自分の顔を鏡で見ながら表情を決めていく。アニメーターは漫画っぽい表現をしがちなので、結果的に大げさな演技が増えるんだ。でも、本作のビリー・アイクナーとセス・ローゲンとドナルド・グローヴァーのシーンは、彼らが実際に演技する様子を撮影して、その映像をインスピレーションにしてアニメーションが作られた。モーションキャプチャーと同じような方法だから、役者は自分の演じる役の表情をもっとコントロールすることができるんだ」
――俳優として、人間が出てこない作品に脅威は感じませんか?
ジョン・ファヴロー監督「感じないよ。脅威を感じることは他にあるからね(笑)」
――劇中の音楽も素晴らしかったです。ビヨンセとチャイルディッシュ・ガンビーノのデュエットを聴いて感動しました。ファレル・ウィリアムズも5曲をプロデュースしたそうですね。
ジョン・ファヴロー監督「彼は常に作曲家のハンス・ジマーと一緒にいたんだ。ハンスの相棒のようだったよ」
――さらにビヨンセとエルトン・ジョンが新曲を提供したほか、チャンス・ザ・ラッパーも参加したと聞きました。
ジョン・ファヴロー監督「チャンス・ザ・ラッパーは”The Lion Sleeps Tonight”で歌っているし、他にもちょこちょこと声の出演をしているんだ。彼は『ライオン・キング』が大好きだから、ドナルドを通して協力してくれることになった」
――本作の音楽を作る上でのこだわりは?
ジョン・ファヴロー監督「音楽もまた、僕からすれば(オリジナル版のものが)完璧だった。でもハンス・ジマーいわく、オリジナル版を制作した当時は時間も予算も限られていて、多くの楽器はデジタルの音源が使用されていたそうだ。だから本作は彼にとって、フルオーケストラで劇伴を録音し直す機会となった」
――そうだったんですね。
ジョン・ファヴロー監督「ファレルと僕は音楽について何一つ変更したくなかったんだけど、オリジナル版を手がけたハンスは変化も受け入れていた。ビヨンセの新曲”Spirit”については、曲を聴いた彼の方から『この曲は劇中に入れよう』と言われたんだ。僕らはオリジナル版に忠実に描こうと思いがちだったのだが、実際にオリジナル版に携わった人がいたおかげで、自分たちにどれだけの自由があるのか気づくことができた。ハンスはオリジナル版のときも制作プロセスが場当たり的だったことを覚えていたんだ。僕らからすると完璧な映画に思えるけれど、当時のスタッフは何も予測できていなかった。とても難しくて奇妙なプロセスを経た結果、あの美しい映画が完成したんだ」
――監督がビヨンセに新曲の制作を依頼したのですか?
ジョン・ファヴロー監督「そうではなくて、ビヨンセは『ライオン・キング』の物語が本当に大好きなんだよ。双子を産んだばかりで、(長女の)ブルー・アイヴィもいて、彼女は母親として、そして妻として、人生の今の時点で本作のテーマとのつながりを求めていた。そこで本作にインスパイアされた楽曲からなる『The Lion King: The Gift』というアルバムを発表したんだ。僕からは劇中の会話部分を提供したのだけど、彼女はそれをアルバムに組み込んでくれた。僕とハンスはアルバムを聴かせてもらって、収録曲の”Spirit”を劇中に入れることになった。僕らはあの曲をエンドロールではなく、本編に入れたかったんだ」
――劇中には『美女と野獣』を思わせるシーンもありますね。あれは監督のアイデアですか?
ジョン・ファヴロー監督「そうだよ(笑)」
――オリジナル版が制作された25年前とは多くのことが変わりました。SNSなどの登場で世界は小さくなったようでいて、同時に、これまでになく分断されています。本作はいろんな意味でたくさんの人をインスパイアするのではないかと思いますが、監督自身が本作を通して伝えたかったことは何ですか?
ジョン・ファヴロー監督「おとぎ話の良いところは、各世代の人たちが隠喩的なストーリーから違ったものを見出せること。それが良質な神話であれば、世代によってさまざまな響き方をするだろうけれど、そこには一つの真実があるはずだ。過去25年の間に多くのことが変わった。確かにテクノロジーは僕らを分断し兼ねないが、同時に人々を一つにもしてくれるだろう?そして、SNSによってみんなとつながることができる一方で、確執や個々の違いが誇張されてしまうこともある。SNSはまだ新しいものだから、ネガティブなことほどすごい速さで広まるんだ」
――その通りですね。
ジョン・ファヴロー監督「まだ新しい存在だからこそ、僕らはそれをうまくコントロールしていく必要がある。でも君が言う通り、本作のような映画を一緒に体験することで、テクノロジーによって感動したり、周りの人との絆を感じたりできるはずだ」
――監督にとって、本作のテーマである“サークル・オブ・ライフ(生命の環)”が意味することは?
ジョン・ファヴロー監督「サークル・オブ・ライフとは、人がお互いに対して感じる責任のことでもあり、環境的なものを含め、次なる世代に何を残せるかということでもあるんだ。そして、自分たちが前の世代から何を受け継ぎ、自分たちに代わって生きていく子どもたちに何をつないでいくかということもまた、サークル・オブ・ライフだと思う。『ライオン・キング』の舞台は動物の王国だから、一つの文化に限定せず、人類が共有できる普遍的な価値観を示すことができるんだよ」
text Nao Machida
『ライオン・キング』
8月9日(金)全国公開
Disney.jp/LionKing2019
映画、演劇、音楽と頂点を極めた「ライオン・キング」が、 世界最高峰の“キング・オブ・エンターテイメント”へと進化する。それは圧巻の名曲の数々と、実写もアニメーションも超えた“超実写版”映像による、映画の世界に入り込むような未知の映像体験!父を失い、王国を追放された子ライオン<シンバ>は、新たな世界で仲間と出会い、“自分が生まれてきた意味、使命とは何か”を知っていく。王となる自分の運命に立ち向かうために…。すべての人に“生きる意味”があると気づかせてくれる壮大な物語が、この夏、全人類の心をふるわせる──。
監督:ジョン・ファヴロー オリジナル・ソング:エルトン・ジョン、ティム・ライス 声の出演:ドナルド・グローヴァー、ビヨンセ
原題:Lion King 全米公開:2019年7月19日 配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
© 2019 Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved.
(This interview is available in English)