短編映画『そうして私たちはプールに金魚を、』(2017)で、第33回サンダンス映画祭ショートフィルム部門のグランプリを日本人として初受賞した長久允監督が、待望の長編映画デビュー作を完成した。『WE ARE LITTLE ZOMBIES(ウィーアーリトルゾンビーズ)』と題された本作で描かれるのは、両親を亡くして感情を失った4人の少年少女の冒険物語。奇想天外なストーリーテリングと圧倒的なヴィジュアルセンスは前作からさらにパワーアップしており、すでにサンダンス映画祭の審査員特別賞を受賞したほか、ベルリン国際映画祭やブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭など、国境を越えて高く評価されている。大手広告代理店のCMプランナーから映画監督に転身した長久監督に、6月14日の公開を前にたっぷりと語ってもらった。
――メインキャストが両親を亡くした無感情な少年少女というショッキングな設定ながらも、奇想天外な展開とヴィジュアルに圧倒されて、4人の冒険物語を夢中になって拝見しました。この企画はどのようなところから着想を得たのですか?
長久監督「2年くらい前に育休を取っていたときに、ロシアの青い鯨というカルト集団が子どもたちをゲームで洗脳して、自殺に追いやるというニュースを見たんです。ティーンエイジャーたちが追い詰められて、ゲームの最後に“飛び降りろ”というような指令に従ってしまう事件で、それが世界中に広まっていました。そのときに、どんなにつらくて絶望的なときでも、それでも絶望しないという選択肢を持てる子どもたちの話や、観た人がそう思えるような映画を作るべきだと使命感を抱いたのです。親が死んでしまうという一番絶望的な状況にあっても、4人の子どもたちが常にユーモアを持っていたり、どこかニヒリスティックだったりする話を書こうと思いました。突然思いついて、1ヶ月ちょっとで書き上げました」
――本作が長編デビュー作ですが、前作の短編映画『そうして私たちはプールに金魚を、』を撮られた時点では、広告代理店の社員だったそうですね。
長久允監督「今もそうです。当時の僕は広告のプランナーで、セリフを書いたりコピーを書いたりしていました。会社に入る前に専門学校で映画を作ったりはしていたのですが、就職した時点で諦めたんです。サラリーマンとして真面目に10年以上働いていたのですが、すごくつらくなってしまって。やっぱり映画を作りたいと思って、3年前に有給休暇を取って作ったのがあの短編でした。誰の目も気にせず、自分が好きだと思える映画を撮るぞ、と思って作ったんです」
――CMプランナーとして働いている間も、常に撮りたい作品のイメージはあったのですか?
長久監督「そうですね。夢を諦めたものの、何かモチーフを見るたびに、こんな物語があったらいいかなと思うものを携帯にいっぱい書いていました。映画を作る予定はないのに、セリフをただただ無目的に書いていたんです」
――『そうして私たちはプールに金魚を、』では、サンダンス映画祭のショートフィルム部門のグランプリを受賞されています。それは映画制作を続ける上でのモチベーションになりましたか?
長久監督「(受賞は)びっくりしました。あの短編は自分が好きなものを作って評価されたので、評価されるためではなく自分がいいと思うものを作れば、長編でも評価してもらえるかもしれないなと思いました。やっぱり長編を作りたかったので。会社では広告の部署からコンテンツを作る部署に異動させてもらって、今は会社員として、監督という業務として映画を作っています」
――最近は漫画や小説など原作のある映画が多いですが、前作に引き続き本作も監督のオリジナル脚本だそうですね。
長久監督「僕はただ映画監督になりたいわけではなくて、自分の中にあるメッセージや物語をお伝えしたいんです。だから、原作ものをやることには全く意味を感じません。原作があるとそれを翻訳するという作業になるのですが、それは広告の仕事で10年以上やってきたので、そこをがんばる意味はないかなと思っています。本作はオリジナル脚本ですし、タレントさんが主役ではないので大変だったのですが、どうやってメディアへの露出を確保するかという話まで設計させてもらうことで、なんとか資金を集めて形にすることができました」
――棒読みながらも決して不自然ではない子どもたちの話し口調や、ゾンビというワードなど、前作から引き継がれた要素も含まれていたのが印象的でした。
長久監督「僕は映画作家のプロではないので、自分の中にあるテーマからしか紡げないんです。ずっと会社員として、つまらないな、ゾンビみたいだなと思いながら働いていたことや、あまり感情が読めないと言われて育ってきたことから、自分の人生でゾンビみたいなものがテーマにあって。だから作品を作るときに、素直に同じテーマが出てくるんだと思います。あとは演技に関しても、僕はすごくドライに生きてきたので、よくある映画の演技にリアリティーを感じないんです。そう思って素直に演出すると、ああいう朴訥とした演技になりました」
――劇中でLITTLE ZOMBIESというバンドを結成する4人の年齢を13歳にした理由は?
長久監督「14歳だと中二病と言われたりしますが、それよりもうちょっと手前の時期がいいなと思いました。彼らが社会問題とかに対して、すごくフラットな眼差しであるべきだと思ったんです。ジェンダーの壁が発生する前の方が、物事に対して『それおかしくない?』と偏見なくジャッジできる子たちを描けるんじゃないかな、と。真っすぐさを描くときに、14よりやっぱり13であるべきだなと思ってそうしました」
――絶妙なコンビネーションの4人が出演されていますが、キャスティングはオーディションで決められたのですか?
長久監督「主人公のヒカリ役を演じた『そして父になる』の二宮慶多くんには、オーディションで早めに出会うことができました。会ってすぐにちょっと散歩して、おしゃべりしただけで、ナイーブさと強さがすごくいいなと思ったので、すぐに決めました。イシ役の水野哲志くんも、こんな子はなかなか見つからないので、すぐに決めました」
――そうだったんですね。
長久監督「あとの2人は、100人とか200人とかオーディションをしても見つからなかったんです。実はこの2人には全く演技経験がなくて、タケムラ役の奥村門土君は九州で似顔絵師をやっています。たまたま知り合いの子だったので、セリフを送って呼んでもらったら、普通の子役の嘘みたいな演技とは違った朴訥とした真っすぐさがありました。イクコ役の中島セナちゃんもオーディションでは出会えなくて、すごい探して、この子に会いたいと言って交渉しました。2、3ヶ月は交渉したかな。全然出たくないと言われて(笑)」
――中島セナさんは雑誌などで拝見して、とても魅力的だと思っていたので、本作で彼女の演技が見られてうれしかったです。
長久監督「すごく良い目つきをしますよね。わからないですけど、本当に僕のことが嫌いかもしれないと思いながら撮影しました(笑)。会った瞬間、『イクコいたー!』みたいな感じだったんですよ。ディレクションもほぼしていなくて、『もっと大人が嫌いだと思って言って』くらいのことしか言っていません。セナちゃんに出会えていなかったらこの映画は成立していなかったと思うので、本当に出会えてよかったなと思っています」
――現場の雰囲気はいかがでしたか?
長久監督「みんな超仲良くなっていて、ずっとゲームばかりやっていました。『本番だよ!』って言っても、『ちょっと待って!』とか言って来ないから、僕は毎日怒っていました(笑)」
――主人公の父親を佐々木蔵之介さんが演じていたり、LITTLE ZOMBIESのマネージャーを池松壮亮さんが演じていたりと、脇を固めるキャストがとても豪華で驚きました。
長久監督「最初の長編作品なのでベストの方々に出ていただきたくて、シナリオを書き終わったあとに、それぞれの役を演じてほしい方にオファーしました。『もし気に入っていただけたら、でいいので』と脚本を読んでいただいたのですが、皆さんに気に入っていただけて、出演してもらえました」
――菊地成孔さんも出演されていて、びっくりしました。
長久監督「僕は昔ジャズをやっていて、コピーバンドをやっていたくらい菊地さんが大好きなので、『すごく好きです』という思いを伝えさせてもらって出ていただきました。好きな人しか出ていないので、とてもうれしかったです」
――すべてのカットを切り取って写真集にしたいくらい、スクリーンに広がる映像が素晴らしかったです。視覚的な情報量の多さに圧倒されたのですが、どのように各シーンを作り上げていったのですか?
長久監督「僕は最初にセリフを書いて、まずは全部自分で読むんです。そこに音も入れて、その段階でテンポ感やせりふを言うときのテンション、SEなども決めて、音だけの2時間のビデオを作ります。その次にすべてのカット割を絵に描いて、音だけのビデオにそのカットをはめたパラパラ漫画みたいなものを作るんです。それからロケハンをして、自分たちで演技をしてみて、それを埋めるように役者さんたちと撮っていくという工程です。実は画より音が中心にあるんです」
――劇中の音楽もとてもユニークですよね。一度聴いたら頭から離れない8ビットのサウンドからオペラの名曲まで、多彩な音楽が不思議と違和感なく共存していて。
長久監督「『普通の監督はやんないっすよ…』と言われるくらい、5.1chサラウンドチェックの『ちょっと右、この音1デシ上げる』みたいなことを延々とやったので、超迷惑な監督だったと思います。スタジオでも普通は監督が一日しか立ち会わないところを、2〜3週間かけてずっと細かくやっていました。スタッフからしたらすごく迷惑だし規格外の監督だったと思うので、やりづらかったかもしれないですね(笑)」
――どこか一部分だけが光っているのではなく、映像はもちろん音響から衣装まで、各部が本当に全力を出して完成した作品なんだろうなと感じました。前作に引き続き、本作でもサンダンス映画祭で審査員特別賞を受賞されて、ベルリン国際映画祭でも受賞されたそうですね。
長久監督「賞がすべてではないですけど、この作品で賞を受賞できたときは皆さんにちゃんと喜んでもらって、大変だった分、達成感を持ってもらえたからよかったです。僕は手を抜くとわかっちゃうんじゃないかなと思っているので、自分たちが最高だと思っているものを集結させようと思いましたし、『本当に新しい映画を作ろう』と全員で言いながら作りました」
――独特の世界観をお持ちですが、どのような映画に影響を受けてきましたか?
長久監督「大学ではフランス文学科でシュルレアリスムを専攻していたので、ルイス・ブニュエルなどシュルレアリスム映画が好きで、その要素は本作にも少し入っていると思います。急に吊るされたピアノが出てきたり、目のクローズアップがあったりしても、逆にイマジネーションはついていけるんじゃないか、という部分はその辺にベースがあるんです。ハリウッド映画はあまり観ていないくらい苦手です。アメリカだと、常に実験的なことをやりながらエンタメに昇華していく、リチャード・リンクレイター監督のスタイルがすごく好きですね。あとは日本の古い映画も好きで、大島渚さんとか新藤兼人さんとか、当時のアート・シアター・ギルドのような、『常に衝動を伝えなければ映画としてはダメだ』みたいな時代の映画がすごく好きです」
――初の長編映画の公開を目前にした今の心境は?
長久監督「自分がいいと思うものを作るときは、あまり客観的な視点を入れずに作っています。それをすごい大きな規模で展開して観ていただくことはドキドキしますし、不安ばかりです。でも本作を作ったきっかけは、たとえばクラスで孤立している子に観てもらって、何か心を動かしてもらえないかな、という動機だったりします。たくさん露出してそういう子と出会って接触することが、この映画として一番求めている機能なので、そういう子と出会ってほしいなと思っています。それに、その頃の気持ちを失ったおじさんになった自分が観ても、『失っちゃった!』と思えるので、それもいいかなと思います。たくさんの人に観てほしいです」
――国内に限らず、海外でもご自身の作品が評価されていることについては、どのように受け止められていますか?
長久監督「僕の作品はシティボーイズ的なユーモアというか、ニヒリスティックなせりふを心の中でニヤッとしながら書いているのですが、アメリカに持っていくと声に出してゲラゲラ笑われるんです。前作もそうだったし、今作でもそれが色濃く出ていて、アメリカでは新しいジャンルのブラックユーモアのコメディとして評価してもらっています。それはやっぱりうれしいですね。ハリウッドでもこのスタイルが唯一無二のものとして観てもらえているので、今後も世界で評価されるものを無理せずに作りたいなと思っています」
――今後はどのような作品を手がけていきたいですか?
長久監督「アイデアはいっぱいあるんですけど、ラブストーリーだったり、SFだったり、いろんな映画を作りたいですね」
text Nao Machida
edit Ryoko Kuwahara
『WE ARE LITTLE ZOMBIES(ウィーアーリトルゾンビーズ)』
【映画公式サイト】 https://littlezombies.jp <Twitter> @littlezombies_m <instagram>@little.zombies.movie
2017年、第33回サンダンス映画祭(ショートフィルム部門)にて、監督・長久允が日本映画初のグランプリを獲得。そんな長久允監督が長編作品に初挑戦した『WE ARE LITTLE ZOMBIES(ウィーアーリトルゾンビーズ)』で、主人公の少年少女が劇中で歌う主題歌「WE ARE LITTLE ZOMBIES」のMVがフル尺でついに初解禁となった!
本作は、本年度のサンダンス映画祭からの招待を受け、ワールドプレミア上映をした結果、日本映画初となる審査員特別賞オリジナリティ賞を受賞!さらに先日行われたベルリン国際映画祭にて、ジェネレーション14plus部門のオープニング作品として選出され、準グランプリにあたるスペシャル・メンション賞を日本映画で初めて受賞する快挙を果たした。北米・サンダンス、ヨーロッパ・ベルリンからアジア大陸まで世界から熱視線を浴びる本作の快進撃が続いている。
脚本・監督:長久 允 (サンダンス映画祭短編部門グランプリ 『そうして私たちはプールに金魚を、』)
出演:二宮慶多 水野哲志 奥村門土 中島セナ
佐々木蔵之介 工藤夕貴 池松壮亮 初音映莉子