主人公の崇史は、ある日突然2つの世界に迷い込んでしまう。1つの世界では愛する麻由子と恋人同士、しかしもう1つの世界では親友の智彦と麻由子が恋人同士にーーそんな奇妙な物語を描いた東野圭吾のベストセラー小説『パラレルワールド・ラブストーリー』が、映画化された。メガフォンを執ったのは、ドキュメンタリーのディレクターからキャリアをスタートし、映画監督として『宇宙兄弟』(2012)や『聖の青春』(2016)などで高い評価を得る森義隆。Kis-My-Ft2のメンバーとして幅広く活躍する玉森裕太を中心に、今最も勢いのある女優の一人である吉岡里帆や、作品ごとに多彩な表情を見せる実力派の染谷将太をキャストに迎え、映像化不可能と言われ続けた小説を見事に映画化した。5月31日の公開を前に、映画化までの道のりやキャスティングに込めた思いなど、森監督に制作秘話を聞いた。
――東野圭吾さんによる原作小説は、映画の話が決まる前からご存知でしたか?
森義隆監督「大学生の頃に文庫の初版を読みました。当時の東野さんは新進気鋭の作家というイメージで、僕が初めて読んだ著作が『パラレルワールド・ラブストーリー』でした。新宿の本屋で買って、喫茶店にふらっと入って、なんとなくパラパラとめくっていたらグングンのめり込んで、そのまま3時間くらいで一気に読み終えたことを覚えています」
――映画化はいつ頃決まったのですか?
森監督「映画化のオファーが来たのは、今から4、5年前のことです。自宅では大きめの本棚2つに500冊くらいの本を置いて、それ以上は増やさないようにしています。毎年要らなくなった本は捨てて、今の自分が何に興味を持っているかを考えるときに本棚を使います。『パラレルワールド・ラブストーリー』については、実はときどき「ラブストーリーを撮るならこういうものを撮ってみたいな」とか「これは誰が映像化するのかな?」と、どこかで常に気にしていたので、20年経っても本棚に残っていました。映画化のオファーをいただいて、ずっと本棚に置いてあったことには何かの意味があると思い、引き受けました」
――主人公の崇史を演じた玉森裕太さんは、キラキラしたアイドルとしての印象が強かったのですが、本作では独特の憂いや悲哀が感じられて、見事に役を演じられていました。
森監督「以前にKis-My-Ft2のショートムービーを撮ったことがあるのですが、ふとしたときに役から離れてたたずんでいる玉森くんを見て、映画俳優としての素養を感じました。ちょうど同じ頃、本作のプロデューサーから崇史役として玉森くんの名前が挙がってすごくピンと来ました」
――崇史役に玉森さんをキャスティングした一番の理由は?
森監督「アイドルであるからこそ、この崇史という役が合っている気がしました。崇史は玉森くんのような王子様的なルックスでありながら、どこか奥に暗いものを秘めている。玉森くんにはそういった部分を隠さない素直さがあると感じたので、このおもしろい崇史を作れるかもしれないと思いました。また、男性からも女性からもモテる人物でありながら、自身のアイデンティティーと向き合わなければならなくなったときに崩壊していく姿が、彼だったら色っぽく映るのではないかと考えました」
――非常に難しい役どころですが、実際に玉森さんにオファーをしたときはどのような反応でしたか?
森監督「不安でいっぱいだったと思います。僕はそこにあえてプレッシャーをかけることで、2つの世界に迷い込んでしまった崇史の不安を彼の中から引き出そうとしました。たとえば初対面のときに、『スタッフとキャストの全員が君と監督の背中を見ている。そうやって映画ができ上がるんだよ』、『この映画を背負ってくれ。主演という自覚を持ってくれ』と強く求めたり」
――智彦役の染谷将太さんの怪演も素晴らしかったです。
森監督「玉森くんと吉岡(里帆/麻由子役)さんは、映画界にとってはフレッシュな存在だと思うんです。演出するにあたって、そこに百戦錬磨の役者を1人入れたいと思いました。染谷くんとは『聖の青春』(2016)で初めてお仕事したのですが、世代でナンバーワンと評価されるだけあって、素晴らしい力の持ち主。今度はもっと難役で一緒にものを作ってみたいと、ずっと思っていました。また、玉森くんと染谷くんが演じる役柄は親友という設定だけど、優越感という条件付き親友でありとても難しい関係だと思っていたので、その微妙な違和感が2人だったら成立する。そこに吉岡さんが入ることで、さらに危ういバランスが生まれた。3人のキャスティングはすごく気に入っています」
――パラレルワールドを描いた映画というと、もっとSFっぽかったり、もしくは『オズの魔法使い』のように、2つの世界をセピアとカラーで描き分けたりというイメージがあります。本作は派手な仕掛けはなしに、絶妙に異なる世界を描かれていますが、映像による演出でこだわったことはありますか?
森監督「2つの世界を映像で描き分ける場合、一番簡単なのは色を変えることなのですが、それだけはやってはいけないという禁じ手にしました。それよりも、撮影、照明、衣装、美術など、各部に色分けではない描き分けをしてもらいました。さらに俳優部がそれぞれの演技を追求することで、ほんの少しだけの感性としての描き分けが積み重なって、2つの世界が描き分けられると思いました。実はカメラマンも2つの世界でオペレーターを変えています」
――カメラマンが違うんですか?
森監督「(カメラを)のぞいているスタッフが違います。それで何が起こるかというと、やはり性質が違うんですよね。どこのカメラアングルに入るか、被写体にどれくらい寄ろうとするか、距離の詰め方やレンズのチョイスなどに性質が出てきます。観客はすぐには気づかないけれど、感覚的には積み重ねられていく。そんな効果があるか否かもわからない努力をした中で、感性として観客にそれぞれの世界の変わり目が伝われば成功だと思いました」
――監督は過去にはドキュメンタリーを手がけていたそうですが、当時の経験がフィクションを撮る上で生かされることはありますか?
森監督「もし生きているとしたら、人物の見つめ方ですかね。そういう意味では、今回は劇中の3人がお互いをどう思っているかということに関して、僕がその答えを決めないで撮りました。俳優にも答えを聞いていない。だから演じた本人たちしか、その時点での気持ちを知らないのです」
――これから作品を観る人に向けて、ここだけは見逃すなというポイントを教えてください。
森監督「一秒たりとも見逃すな、です(笑)。1回目は頭フル回転で観ていただいて、2回目でそれぞれの見方をしてもらえると、いろんなものが見えてきて面白いと思います。でも、決して伏線を仕込んだわけではなく、2本の映画を作るつもりで撮り、それを緻密にドッキングしていったら、すべてが伏線と取れる映画になりました。だから、楽しみ方は無限にあると思います」
text Nao Machida
edit Ryoko Kuwahara
『パラレルワールド・ラブストーリー』
5月31日(金)全国ロードショー
公式サイト:parallelworld-lovestory.jp 公式Twitter: @paralove_movie
【STORY】
ある日突然、崇史(玉森裕太)が迷い込んでしまった2つの世界。1つの世界は、愛する麻由子(吉岡里帆)と自分が恋人同士。しかし、もう1つの世界では麻由子が親友の智彦(染谷将太)の恋人に・・・。混乱する崇史の前に現れる、2つの世界をつなぐ【謎】の暗号。目が覚めるたびに変わる世界で、真実にたどり着けるのか?
出演:玉森裕太 吉岡里帆 染谷将太
筒井道隆 美村里江 清水尋也 水間ロン 石田ニコル / 田口トモロヲ
原作:東野圭吾「パラレルワールド・ラブストーリー」(講談社文庫)
監督:森義隆 脚本:一雫ライオン 音楽:安川午朗
主題歌:「嫉妬されるべき人生」宇多田ヒカル(Epic Records Japan)
製作幹事:松竹・日本テレビ 企画・配給:松竹
©2019「パラレルワールド・ラブストーリー」製作委員会 ©東野圭吾/講談社
監督:森義隆
1979年生まれ。埼玉県出身。早稲田大学政経学部卒業後、2001年 番組制作会社テレビマンユニオンに参加し、テレビドキュメンタリーを中心にディレクターを務める。08年『ひゃくはち』で映画監督デビュー。同作が、第13回新藤兼人賞銀賞、第30回ヨコハマ映画祭新人監督賞を受賞。12年『宇宙兄弟』で第16回プチョン国際ファンタスティック映画祭グランプリ、観客賞をダブル受賞。同年、テレビマンユニオンを退会し、映画、テレビ、舞台、CMと活躍の幅を広げる。29才で早逝した実在の将棋棋士・村山聖を描いた『聖の青春』(16)では第31回高崎映画祭最優秀監督賞ほか映画賞を多数受賞。