『Skaterdater』
1965年のカリフォルニアをスケートボードで駆け巡る少年たちによる友情や恋愛を描いたこの短編作品は、スケーターを題材とした世界で初めての映画として知られる。当時カリフォルニアのサーファーの間で波のない日の遊び道具、また街中の足として利用され始めたスケートボードは、一般的には不良少年の遊びという認識すらもされていなかった。しかしストリートでは既にスケーターによる集まりというものが存在しており、ローカルコミュニティが持つ独自の文化性に着目した映画監督ノエル・ブラックは本作のプロットに着手した。地元スケートボードクラブのメンバーから選ばれた12~15歳の出演者たちは演技未経験、わずか製作費9000ドルというこの作品のストーリーは極めてシンプルで、セリフも無い。しかしサーフロックのサウンドトラックをバックに、スケーターたちの足元や正面、真横から捉えたカットを連続して見せることでスケーターたちの疾走感を演出するモンタージュ技法は、その後のスケートビデオの原点となって現在でも受け継がれるものになっている。そして日常的にその地を駆け巡っている地元の少年たちが築くリアルで新しい文化の光景は、ストリートだけでなく60年代のアートシーンに大きな衝撃をもたらした。「カリフォルニア少年にとってスケートボードは男らしさの象徴だった。そこに引き寄せられた者たちによって作られるコミュニティ、そしてカルチャーの面白さを切り取ったんだ」とブラック監督は語っている。
世界初のスケーター映画は当時大きな注目を集め、その年のカンヌ国際映画祭短編部門でパルムドールを獲得、アカデミー短編実写賞にもノミネートされ、カリフォルニアだけの文化であったスケートボードを世界に届けるきっかけとなった。当時のタイム誌は本作を「独自のやり方を恐れず遂行する映画作家による素晴らしい作品だ。スケートボードというマイナーなテーマに取り組んだにもかかわらず、小さなコミュニティから見える普遍性がまるで春の新緑のごとく詩的な映像によって繊細に描かれている」と称賛している。
フリップなどといったトリックもなく、4つの車輪がついただけの板の上に裸足で乗りひたすらに街中を駆け巡る少年たちの原始的ともいえるライディングに、ストリートカルチャーの萌芽を見ることができる。
『DOGTOWN&Z-BOYS』
カリフォルニアのサーファーたちによって発祥、ストリートの少年たちの間に流行したスケートボードの文化は、70年代に急伸的なマッシュアップが遂げられた。本作は、当時のカリフォルニア・ベニスビーチにある通称“ドッグタウン”と呼ばれる街に結成され斬新なスタイルで後のスケート文化を大きく変えた伝説的スケータークルーZ-BOYSを、その一員でもあったスケーター兼スケートフィルマー、ステイシー・ぺラルタのディレクションによって回想するドキュメンタリー作品である。
70年代後期、カリフォルニアおいて深刻な干ばつが発生し水不足に陥ったことで、地元のスケーターたちは干上がったプライベートプールをスケートパークとして利用しはじめた。それまで坂道やフラットな地面を滑っていたスケーターたちのフリースタイルスケーティングは、垂直の姿勢に型通りの技を繰り出していくフィギュアスケートのような形をとっていた。そこへ、元々サーファーであったZ-BOYSはプールの立体的な空間を利用し、サーフィンのテクニックをスケートボードに応用させた型破りで攻撃的なスケーティングを編み出すことで、それまでのスケートボードの世界にはなかった“スタイル”という概念を築き上げた。本作にはスケートボードの世界における革新をもたらした彼らの歴史的瞬間がおさめられている。
Z-BOYSが開発したスタイルによって新たな可能性を拡げたスケートボード文化はZ-BOYS解散後の80年代に本作の監督であるぺラルタの手によって世界中へ旋風をもたらす。自身が結成したスケータークルーのレジェンド“ボーンズ・ブリゲード”(トニー・ホークやスティーブ・キャバレロ、ロドニー・ミューレン、トミー・ゲレロが在籍した)によるトリックの数々を、当時爆発的に普及したVHSにおさめ流通することで世界中のスケーターに最先端のスタイルの模倣させ、大規模でのスケートムーブメントが確立する結果に導いた。ぺラルタの考案による魚眼レンズでの撮影や、撮影者自身がボードに乗りながらスケーターの軌道を追う映像をモンタージュとして使用するトリックはその後のスケータービデオにおける撮影手法の礎となり、当時使われていた8ミリビデオからHi8(ハイエイト、ソニー社製品の家庭用ビデオ)、DCR-VX1000(同じくソニー社製品のデジタルビデオカメラ第一号機)、HVX200(パナソニック社製品のHDビデオカメラ)そして1200万画素数を超えるiPhoneへと撮影機器の発展を遂げた現在においても未だメインストリームで活躍している。
『ワサップ!』
スケート文化が発祥したころのLAは白人が人口の70%以上を占めアメリカ主要都市では最大の白人地域であったが、その後の急速な人口膨張によりアメリカ最大規模のマイノリティとなったヒスパニック系の人々がLAに多く流入した。『ワサップ!』の主要キャラクターであるラティーノのスケータークルーが暮らすのもLA南西部サウスセントラル。そこはかつてより黒人コミュニティとして知られる地域で彼ら独自のブラック・カルチャーが育まれていたが、80年代以降ヒスパニック系を筆頭とした新たな移民の台頭によってその人口比率は徐々に変化していき、本作が制作された2000年代に入ってからはヒスパニックの人口が黒人を上回ったことで彼らの間に文化の軋轢が生じはじめた。
この作品に登場するのは、銃声が響く貧困地域におけるヒップホップを主流とした黒人の若者コミュニティの中で異彩を放つラティーノの少年によるスケーター・コミュニティ。ラモーンズスタイルの長髪にスキニージーンズ、パンクロックやスケートボードといったスタイルを守り貫こうとする彼らは、その地における文化的マイノリティである。
90年代よりストリートのティーンエイジャーコミュニティを題材に退廃的な若者像を描いてきたラリー・クラーク監督によるこの作品、しかし『KIDS/キッズ』(1995年)では麻薬、『BULLY』(2001年)では銃、『ケンパーク』(2002年)ではセックスといったそれまでの彼の作品で若者たちが夢中になっていた対象と、本作でラティーノの少年たちが情熱をたむけるスケートボードは意味合いが大きく異なっている。
スケーター、ミュージシャン、グラフィティアーティストとして世界のストリートに影響を与える伝説的スケーター、トミー・ゲレロの語る「スケートボードとは、他の場所を見つけることが出来ない者のための居場所だ」「学校や生活の中にある派閥の全てからはぐれた私たちにとって、スケートボードは唯一の安全な場所だったんだ」の言葉通り、その場限りの快楽ではない“拠りどころ”としての文化的アイデンティティをスケートボードを通じて模索するマイノリティの姿が印象的だ。
その地で脈々と受け継がれる文化をアイデンティティとする黒人コミュニティと、自らの手によって新たに文化を築こうとするラティーノたち。それぞれのストリートカルチャーに根差す情熱と誇りの衝突をチカーノ・パンクのサウンドトラックをバックにドキュメンタリックなアプローチで捉えた作品である。
『ザ・ヴァンパイア 残酷な牙を持つ少女』
元々はサーフィンの亜流として白人主導で生まれたスケート文化は70年代にベニス・ビーチにてマッシュアップされ、その後80年代は映像技術の発展によりトリックと音楽が融合、またNYのグラフィティ・アートと共鳴するなど、多様な文化を取り入れた姿へと発展していったスケート文化。
2014年に公開されたこの作品に登場するスケーターは、チャドル(イスラム圏の女性が身に纏う服装)に身を包んだヴァンパイアの少女。イランにある架空の犯罪都市をスケートボードに乗って徘徊するヴァンパイア・ガールは、娼婦を殴るジャンキーたちなど女性を不幸にする男たちを片っ端から噛み殺していく。
初期のジム・ジャームッシュ作品を彷彿とさせる淡々とした展開と深いモノクロームで構成される映像は、劇中流れるイラン・ロック、マカロニ・ウエスタン風インスト曲、そしてファラーやホワイト・ライズといったUKロックバンドによるナンバーで彩られ、これまでのいかなるスケート・ビデオおよびスケーター映画とは異なるフィルム・ノアール的アプローチをとる。
全編を通してシームレスに提示されるジャンルを越えたポップカルチャーの記号、そのユニークでハイブリッドな印象を残す本作は、アナ・リリ・アミリプール監督自身のバックグラウンドが反映されているという。イラン人の両親のもとイギリスに生まれ、その後アメリカへ渡り映画を学んだ彼女は、映画監督以外に絵画、彫刻、DJやポールダンサーと様々な分野で活躍する。移民としてイギリス、アメリカで暮らした経験について彼女は「それは優しいものではなかったわ。私は自分がエレファントマンであるかのように感じたの」と語る。「私には、友達がいなかった。眉毛がつながっていて、不器用な子供だった私は、柔らかい髪にベレー帽をかぶった女の子たちと一緒に遊べなかった。それで、私はスケートボードに乗ったり、モノづくりをしていたの」
たったひとりスケートボードに乗って街をヴァンパイア・ガールが身に纏うチャドルが夜風になびく姿は、スケーターが渇望する自由、自己のアイデンティティに対する誇り、そしてクリエイティビティの際限なき多様性を現代に体現している一作だ。
『スケート・キッチン』
NYを拠点として活動する実在のガールズスケータークルー “スケート・キッチン” を題材とした本作は、実際にクルーメンバー本人たちをキャストとして迎えさまざまな人種的バックグラウンドを持つ彼女らの仲間意識や自己発見を模索するストーリーを展開するスケーター映画最新作。
17歳の内気な少女カミーユはある日、スケート・キッチンのクルーと出会うことでスケートにのめり込んでいく。仲間たちとともに追求する新たなトリックや母親の反対、他のスケータークルーに所属する青年へ抱く恋心の狭間で思い悩んでいく。
地元のスケーターたちをキャストに迎えた背景や、ストリートにおける友情と恋愛を描くストーリーは『Skaterdater』を想起させる。本作『スケート・キッチン』ではあえてオーセンティックな流れを汲みつつも題材をガールズクルーとしたことで、『Skatedaters』では男らしさの象徴として扱われていたスケートボードが女性同士のストリートコミュニティの親密さや葛藤を強調させている。これは、同じく2018年公開作品『クレイジー・リッチ!』が舞台をシンガポール、全ての主要キャストにアジア人を起用したことでハリウッドの王道サクセスストーリーの鋳型にアジア文化を流し込み、米映画史に革新を起こした手法と共通した構造である。
全編自然光のみのライティングのもと、トリックではなくあくまでクルーの少女たちの表情に焦点を当てた本作で観客に投げかけられるのは、彼女たちのスケートボードに対するこの上なくリアルな情熱と個人性。生活の中で生まれる等身大の悩みに葛藤しながら、今日もバッグパックを背負いSNSで招集をかけた仲間とNYの街を疾走する少女たちの生き生きとした姿はストリート文化のプリミティヴな本質へと回帰させながら、これまでのスケート映画で描かれてこなかったストリートにおける女性同士のつながりを映し出す。
本作の他に、イリノイ州の貧しい地域でスケータークルーを組むティーンエイジャーを追い、サンダンス映画祭で特別審査員賞を獲得しアカデミー賞にもノミネートされたドキュメンタリー作品『Minding the Gap』、90年代LAのスケーターコミュニティをきっかけに成長していく少年の姿を現代の視点からノスタルジックに描いた『Mid90s』など、昨今多くのスケーターを題材とした作品が注目を集めている。ジェンダーや人種問題と言った社会の価値観が大きく変動するに伴い、現在進行形で再構築が進められているストリートカルチャーにおいて“ルネサンス期の到来”とも呼ばれているスケーター映画から今後も目が離せない。
text Shiki Sugawara