ミヒャエル・ハネケに師事し世界が注目する気鋭監督ジェシカ・ハウスナーが、ミア・ワシコウスカ(『アリス・イン・ワンダーランド』)を主演に迎えた映画『クラブゼロ』が、12月6日(金)より新宿武蔵野館ほかにて全国公開。
名門校に赴任してきた栄養学の教師、ノヴァク。彼女は“意識的な食事/conscious eating”という、「少食は健康的であり、社会の束縛から自分を解放することができる」という食事法を生徒たちに教える。無垢な生徒たちは彼女の教えにのめり込んでいき、事態は次第にエスカレート。両親たちが異変に気づきはじめた頃には時すでに遅く、遂に生徒たちはノヴァクとともに【クラブゼロ】と呼ばれる謎のクラブに参加することになる――。生徒たちが最後に選択する、究極の健康法とは? そしてノヴァクの目的とは? 物議を醸すテーマ設定と鮮烈なビジュアルで強いインパクトを放つ作品を次々と発表し話題を集める気鋭監督、ジェシカ・ハウスナーに、本作の背景、そして込められたメッセージを聞いた。
――本作は「ハーメルンの笛吹き男」が原型となっているそうですが、笛吹き男役となる教師ノヴァクを女性にしたのはなぜでしょう。『リトル・ジョー』では男性のイメージが強い科学者という職に女性の科学者を可視化させたり、母親というだけでない女性のあり方が描かれていましたが、本作でもそのような意図が働いていたのでしょうか。
ジェシカ監督「意図してというより、自然に物語の主人公は女性になるんです。なぜなら、それが私の人生観だから。『リトル・ジョー』にしても、わざわざ自分が男性の科学者を描く理由がないから女性になりました。ただ現代を生きる女性たちというのは、やはりより複雑な人生を歩んでいるわけで、『リトル・ジョー』の場合は科学者でもあり、同時に母親でもありましたが、私自身も映画監督でもあり、母親でもあって、どちらもたくさんのものを要求されるんですよね。社会の中に存在する、それぞれの『これが理想の姿だ』というビジョンをある程度満たしながら、どうやって良き母親でもあり、良いキャリアを持つことができるのかということは考えざるをえない。それが自然に反映されていると思います」
――カルトへの入り口を食事にした理由は?
ジェシカ監督「食ではなく他のものに置き換えてもこの物語は成立するんですが、食というのはとても実在主義的な存在だと思うんです。私たちが生きていく上で欠かせないものであり、身体に直接取り込むので、親密なものでもあります。そして、社会性もある。
社会性ということでは、家族や他のグループでもなんでもいいんですが、一緒に食べることが『集団』の一部になってしまって、避けにくいということが挙げられると思います。そして、かねてよりハンストが行われてきたように、親に対してでも政治家に対してでもいいのですが、ある種の交渉や脅迫としても使えるという側面があります。さらに、ファスティングという行為の意味づけがあります。いろんな宗教において断食が見られますが、食べることを拒むことでより神に近づけるような感覚があるわけです。つまり、食べないことで身体性が失われ、スピリチュアルな部分で超越した悟りに近づけるーーそういう考え方が宗教では脈絡とあり、それを標語してきたわけです。そういうことから食を入り口に選びました」
――社会性という意味では、食事は経済格差が最もあらわれやすいものの一つですよね。本作でのその意図的な描き方も興味深かったです。
ジェシカ監督「おっしゃる通りです。エルサが部屋に閉じこもって親に対して言うことも、まさにそれなんです。『なぜそんなに食べないんだ』と言われて、彼女は『これが食、その業界に対する抵抗なんだ』と言います。実際に、そんなに裕福ではない層は、安いけれど栄養面は良くないファストフードを食べることも多い。裕福な家庭ではオーガニックで作られたズッキーニのリゾットのような、高いけどヘルシーなものを食べている。そうしたことへの抵抗でもあるわけです」
――なるほど。これまでの作品でも、宗教や母性、サービス業など、社会的に信頼が置かれているものの暗部が描かれています。本作では学校、親子関係、意識的な食事などがそれに当たりますが、意図的に社会的イメージとのギャップを挿入しているのでしょうか。
ジェシカ監督「それは『信じること』への問いと関わっているんじゃないかと思います。私たちは集約的に、つまりグループとしていろんなものを概念として信じるようになります。例えば、生きることには全く意味がないかもしれないという恐怖を忘れるために、神や愛、お金、成功、幸せなど、そういった概念を信じる。信じることによって、より人生を楽に、あるいは楽しんで生きるようになる。
私はそういった概念が全く良くないと言っているわけではないけれど、確かに私たちの社会のアイデアであり、あなたの言葉を使うとしたらイメージに対して、現実はこうであると意図的に見せている部分があります。信じられたらいいなと思いますが、やはりその先には現実が横たわっていて、その現実は残酷なものであったりしますから」
――そのような信じることと現実についての危ういバランスはまさにClub Zeroの教えの中にも出てきます。食べなくても生きていけるというのは極論だけれど、環境破壊についての発言は正しいといったように、何を信じるかを考えながら、観ていくうちに困惑しながら改めて自分自身と向き合っていくことになりました。最後に、これから観る方にどのようなことを感じとってほしいか聞かせてください。
ジェシカ「まず、これは誰かを操ること、イデオロギーについての映画です。そしてノヴァク先生が出会ったのは、カルトに取り込まれやすい年齢の生徒たちです。ティーンエイジャーあるいはヤングアダルトという年齢層は、自分なりのものの見方をし始めたばかりで、世界に対して敏感な感受性を持っていて、何か達成したいとか世界を良くしたいという理想を持っていることが多い。そんな彼らに対して、先生は意識的な食事をすれば問題は解決できるとか、あなたのゴールは達成できるなどと、理想主義を利用していきます。
最初のレッスンでは、野菜についてだったり、あるいは脂肪の多いファストフードは体に良くないなど、健康的な食事をできているかという話をしますよね。そこまでは問題ないのですが、次のレッスンから少しずつずれ始めます。話も誇張し、科学の道を外れてイデオロギーに走っていく。間違ったものを食べてしまうことの恐怖を植え付けるんです。さらに『意識的な食事をすれば、この地球上に最後に残る人たちになる』とまで言っている。科学を置き去りにして、完全に“信念の世界”に足を踏み入れてしまっています。自分だったら、この段階で警鐘が鳴っていると思います。
通常は、映画の中に『これを/この段階で危ないと感じてほしい』という作り手の考えが出てくるのですが、この映画ではそれがありません。あえてアラームを鳴らしていないのです。なぜなら、観る方に自分で決めて欲しいから。自分だったらどの瞬間で止めたり、手を引くか、自分で決めてほしいんです。カルトを売り込まれる時、相手は優しく、親しみやすく、こちらのウィークポイントも把握した上で巧妙に語りかけてきます。そのような手口を見ることもポイントの一つですし、それに対してどうするか、自分で決めることができるのが大切だと思います」
text Ryoko kuwahara(https://www.instagram.com/rk_interact/)
『クラブゼロ』
12月6日(金)新宿武蔵野館ほか全国公開
公式サイト:klockworx-v.com/clubzero/
出演:ミア・ワシコウスカ
脚本・監督:ジェシカ・ハウスナー 撮影:マルティン・ゲシュラハト
2023年|オーストリア・イギリス・ドイツ・フランス・デンマーク・カタール|5.1ch|アメリカンビスタ|英語|110分|原題:CLUB ZERO|字幕翻訳:髙橋彩|配給:クロックワークス
Ⓒ COOP99, CLUB ZERO LTD., ESSENTIAL FILMS, PARISIENNE DE PRODUCTION, PALOMA PRODUCTIONS, BRITISH BROADCASTING CORPORATION, ARTE FRANCE CINÉMA 2023