スティーヴン・キングも影響も受けたと言われる作家シャーリイ・ジャクスン。その伝記や配偶者で文芸評論家でもあったスタンリーとの数百通の手紙などをもとに、現代的で斬新な解釈を加えた『Shirley シャーリイ』が7月5日(金)に公開される。奇才ジョセフィン・デッカーが監督を務め、マーティン・スコセッシが製作総指揮に名乗りをあげた本作では、『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』で知られるエリザベス・モスが圧倒的な演技力でもってシャーリイを演じている。
デッカー監督は、シャーリイ・ジャクスンについて「私的なレベルにとどまりつつ政治を意識していた。だからこそ彼女の作品は今でも響き続けるのだ。彼女の作品は非常に人間的だから時代を超えて読まれている。シャーリイは非日常的な設定、心理描写、あるいは潜在意識に訴える巧みなリズムを使って人種差別、階級差別、性差別と闘っていたのだ」と語る。本作もまた同様。幻想的なカメラワークに引き込まれながらスクリーンの内と外の境目が消えていくような体験をもたらす本作を作り上げたジョセフィン・デッカー監督に、制作の背景を聞いた。
―本作でもこれまでも、あなたはSNSを筆頭に「共感/Like」に溢れている世の中で、容易に共感できない人物や目を背けたい部分を追って作品を作り上げています。その理由を教えてください。
ジョセフィン・デッカー監督「私は長い文章で書いていく散文がとても好きなんですが、そこは今残っている中で唯一、非常に複雑で多面的な人物を描ける場所だと思っています。オンラインの世界ではわかりやすさが求められますが、あるキャラクターについて、好きじゃなかったり同意できない部分がありつつも感嘆せざるをえない部分もあったりという多面性を、散文だから描けるところがある。私にとってはそのような散文的な表現がとても大切なんです」
―シャーリイ・ジャクスンもまた、内在しているけれど隠したいと人々が思うような部分をあえて描く作家です。シャーリーの作品に出会ってどのようなアーティストになるべきかの地図を得たとおっしゃっていますが、最初に彼女の小説に出会ったときの感想と、手に入れた地図についてもう少し詳しく教えていただけますか。
ジョセフィン・デッカー監督「最初にシャーリイ・ジャクスンの作品に出会った時、すごくホッとしたんです。アメリカの高校では教科書で『くじ(The Lottery)』 を扱っていることが多いので、私も高校生の時にその作品で初めてシャーリイ・ジャクスンを知りました。その後に『ずっとお城で暮らしてる(We have always lived in the castle)』という小説を読んで、解放されたような気持ちになりました。作品内に登場するキャラクターたちは、残忍なところがあったり、悪魔的でもあると同時に豊かな人間味に溢れています。私には簡単に共感できるような人物よりそうした複雑な人の方が理解できるし、そのようなキャラクターや表現に出会えたことにホッとしたんです。シャーリイ・ジャクスンの作品は特に、女性のキャラクターの複雑さを描いています。この映画の脚本家でもあるサラ・ガビンズもそうです。女性のキャラクターを最もうまく描くことができるのはシシャーリイ・ジャクスンとサラ・ガビンズだと思っているので、この両者と仕事ができる機会が得られたのは本当に光栄でした。
ロードマップについて言うと、シャーリイ・ジャクスンの小説というのは、時代を超えていて、神話的なところがあり、壮大な雰囲気も持ちつつ、状況はとてもシンプルだったりします。例えば、ある女の子が誰かの家に行って楽しんでいるんだけれど、気がついたらその家から出られない状況になっているというように。そこにはある種のマジック・リアリズム、そしてアメリカ的なフェミニズムがあると思います。ラテンアメリカのマジックリアリズムに、もう少し泥臭い、女性の直感から出てきたようなマジックが加わったものが感じられるんですよね。それが、自分にとっての表現の地図になったんです」
―なるほど。そうした複雑な人物描写を見事に体現したエリザベス・モスの演技には度肝を抜かれました。彼女とはシャーリイの人物像をどのように話し合ったのでしょう。
ジョセフィン・デッカー監督「私たちにはリハーサルをする時間があまりありませんでした。その限られた時間の中で、身体に特化したクリエイション・ワークショップを行ったのですが、その後にエリザベス・モスが『きっとシャーリイはあまり動かない人だよね』と言ったんです。『シャーリイは1つの場所にじっとしていて、パートナーのスタンリーがちょこちょこ周りを動いている。シャーリーが惑星で、周りの人たちは惑星を中心に回っている衛星みたいな感じ』と。彼女は本能的に必要なことをキャッチできるし、それを表現できる人なんだと感銘を受けました。実際にエリザベスの演技は本当に素晴らしくて、キャラクターのレベルをぐっと持ち上げてくれました」
―惑星と衛星の話にも通じますが、主軸となる4人の不均衡な関係には考えさせられるものがあります。特にシャーリイとスタンリーの関係は非常に歪ですね。シャーリイは社会的に成功しているにもかかわらず地域社会では妻として失格と見做されている、そしてスタンリーのコンプレックス。歪だけれども切れない関係であるこの二人の関係についてのあなたの考察を知りたいです。
ジョセフィン・デッカー監督「愛し合うことで繋がりができることもあれば、喧嘩をすることで繋がる人たちもいますよね。シャーリイとスタンリーは、喧嘩をしたり戦うことで絆が深まっていく関係なのだと思います。
この2人は知的な部分で互いに依存しあっていました。互いを頼りにし、互いのフィードバックを大事にし、尊敬しあってる。しかし同時に、私的な生活においては互いを拷問しあっているようなところがあった。相手を愛するのに相手を好きになる必要はないというこの複雑な関係を、サラ・ガビンズがうまく描いてくれていると思います」
―シャーリイにとって居候のローズはミューズであり、同時に過去の自分を見ているような存在です。作家と被写体、雇用者と被雇用者という不均衡な関係の中で残酷な言葉を投げかけると同時に、同じ女性として、女性が向き合わなくてはいけない現実や可能性について示唆もしています。2人のどのような関係性を描きたいと思っていましたか。
ジョセフィン・デッカー監督「シャーリイ・ジャクスンの多くの作品は、女性の友人同士の複雑な関係を描いています。互いに深く思い、互いを必要としているのに、大きなトラブルが起こり得る可能性を示している。この映画ではそこを取り入れたかったし、それが脚本家の意図でもありました。私とサラはこの2人の関係についてたくさんの話をしました。作品内でこの2人の女性の関係は進化し続け、満足できるクライマックスを迎えます。それが私たちが描きたかったことです」
―私は2人の関係を見ることで、女性の歴史の連なりの中の一部としての自分を認識し、自身を取り巻く問題についても改めて考えさせられました。作中で起こる問題は全て現代でも起こっていますが、こうしたリンクは意図的に描いたものですか。
ジョセフィン・デッカー監督「みんなが進化して、80年前にあった女性に対する問題が現在では全てなくなっていたら素晴らしいのですが、残念なことに、私たちは未だ家父長制が根強く残る社会に生きています。 そのため、当時の問題は今の私たちにも起こっているわけです。
現代社会では女性は多くの変化を遂げており、母であっても社会に出て仕事をしていますし、その仕事で素晴らしい成果をあげ、それが可視化されてきています。 けれど、多くの男性がそうした変化に適応できていない。ご飯を待つだけで家事をあまりしない、送り迎えなどの子育てに関わらない、パワーを持っている女性に対して脅威を感じるーーつまり父親と同じパターンを受け継いでしまっている人が多いという記事を読んだばかりです(笑)。またはそのような変化に対して適応できている良いロールモデルがまだいないのかもしれない。女性の変化にもかかわらず、そのことが女性の解放の妨げになっているのではないでしょうか」
text Ryoko Kuwahara(https://www.instagram.com/rk_interact/)
『Shirley シャーリイ』
7月5日(金)TOHO シネマズ シャンテほか全国ロードショー
https://senlisfilms.jp/shirley
監督:ジョセフィン・デッカー
脚本:サラ・ガビンズ 原作:スーザン・スカーフ・メレル(『Shirley』未邦訳) 撮影:シュトゥルラ・ブラント・グロヴレン 美術:スー・チャン 編集:デヴィッド・バーカー 衣装:アメラ・バクシッチ 音楽:タマール=カリ 音楽監:ブルース・ギルバート、ローレン・マリー・ミカス キャスティング:ケリー・バーデン、ポール・シュニー
<キャスト>
エリザベス・モス(『ハースメル』『透明人間』『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』)/マイケル・スタールバーグ(『ボーンズ アンド オール』『君の名前で僕を呼んで』)/ローガン・ラーマン(『ブレット・トレイン』『ウォールフラワー』/オデッサ・ヤング『帰らない日曜日』『グッバイ、リチャード!』)
2019年|アメリカ|英語|107分|アメリカン・ビスタ|原題:Shirley|字幕翻訳:橋本裕充
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配給・宣伝:サンリスフィルム