台湾ニューシネマの系譜を受け継ぐ俊英・シャオ・ヤーチュエン監督による台湾・日本合作映画『オールド・フォックス 11歳の選択』が6月14日(金)より全国公開。バブル期の到来を迎えた台湾を舞台に、他人に優しい父と、他者を切り捨てる“腹黒いキツネ”と呼ばれる地主との間で揺れ動く少年の心を丁寧に描いた作品となっている。今回はシャオ・ヤーチュエン監督と、本作が台湾映画初出演となる門脇麦の両名にインタビュー。作品に対する思いをそれぞれに伺った。
──本作は1989年の秋から1990年の台湾を描くということに大きな意味があったと思います。監督の口から改めてその年代を描いた理由をお聞きしたいです。
シャオ・ヤーチュエン「ポイントの一つとして1989年〜90年というのは、台湾において貧富の差が一番激しくなる時期だったという点が挙げられます。それはやはり台湾の戒厳令解除と非常に大きな関わりがあったと思います。それによって投資のあり方が自由になった。金融システムに変化が生まれ、貧富の差がいきなり開いてしまった。そのとき、民衆は心の準備なんてできていなかったと思います。当時の人々の動揺みたいなものを含めて、他者を思いやるという話を描くのにぴったりな時期だと思ったからです」
──シングルファーザーと息子という親子の姿を通して、変化していく社会を描こうと思ったのはなぜですか?
シャオ・ヤーチュエン「 あの時代で、11歳の男の子を主人公にしようとまず決めました。そしてその子に影響を与える二つの価値観を持つ人物をそれぞれ設定しました。一人は家主で、もう一人は父親。ここに母親がいたら、家庭の中の価値観が複雑になってしまう。シンプルに二つの人物の価値観の狭間にいる主人公を撮りたかったからというのが理由です」
──『オールド・フォックス』のタイトルが示す地主は、一見善良な父親の対局にいる存在のように見えますが、わかりやすい悪者には見えなかったです。そこは意識されたのでしょうか。
シャオ・ヤーチュエン「おっしゃる通りです。一つの作品の中で、この人は悪者、この人は善い人とわかりやすく出すのは、映画として非常に中身が薄いものになってしまうのではないかと僕は思います。なぜかというと、僕が実際に生きているこの世の中はそんなふうには分けられていないから。これは、ある意味で選択の問題だけじゃないかと思ったんです。家主も子どもの頃はとても貧乏だったという設定にしているのは、そのためです。この家主の場合は、どういうふうに自分の人生を選択したのだろう。そういうことを考えていたので、善悪でこの人は悪い人だという書き方はしていません」
──私たちが生きる現代も「不平等な世界」なので、家主が話す言葉には納得できる部分も多かったです。
シャオ・ヤーチュエン「台湾の時代的な設定自体も特別なことではなくて、それぞれいろいろな国や社会の中で、同じように出てくる問題です。そしてこれは常に繰り返されている」
──「同情を断ち切れ」という家主の教えがあったように、「同情」という言葉は本作のキーワードの一つだと思います。しかし本来、人間性を誇りとする台湾の人々にとって、思いやりや共感を断つことを実践することは、実は容易なことではないと感じました。
シャオ・ヤーチュエン「同情心や思いやりは、断つと決めてしまえば簡単です。逆にそれらを持ちながらどうやって生きていくかを考える方が難しいはず。僕の理解ですが、他人に対する思いやりや同情心というのは、ある境界線を超えて相手と接するか否か。たとえば誰かが苦しんでいるのを見ないのは簡単です。だけど、他者の苦しみを自覚して共感してしまうことがある。それは時に負担になります。家主がリャオジエ(主人公)に向かって伝えた、同情を断ち切る教えの方が、実はシンプルなんです。父親のリャオタイライがリャオジエに伝えた優しさの方が、本当は難しいと思います」
──校内のいじめや、暴力にさらされる女性の描写、結局弱いままでは何もできず、勝ちたいならば強者側に回らなくてはいけないと思わされる苦しいシーンでした。私たちは弱者のままで戦うことは可能だと思いますか?
シャオ・ヤーチュエン「僕は可能だと信じたいです。善良な人がその善良さで残酷な社会に向き合っていく方法があると思いたい」
──門脇さんは日本の映画の現場との違いを感じた部分はありますか?
門脇「スケジュールに余裕があったことです。だからなのか、時間の豊かさを感じました。 食事時間も1時間半くらい取っていただけてありがたかったです」
──ケータリングはどうでしたか?
門脇「冷たいごはんを食べた記憶がなくて、いつも温かい食事をいただきました。『監督の友達からです』と北京ダックが丸々1羽届いたり、できたてのごはんがレストランから届いたり。あと、制作の方がアヒルのお鍋を炊き出しで作ってくださいました」
──休憩中は周囲とどのようなコミュニケーションを取られましたか?
門脇「みなさん配信コンテンツで日本の作品を観てくださっていて、私の作品を観たよと話してくださったり、私も共演したリウ・グァンティンさんの作品を観ていたので、感想を伝えたりしました」
──監督から演技についての助言はありましたか?
門脇「現場ではなかったと思います。ただ、現場に行く前にお手紙をいただきました。私が今回演じたヤンジュンメイという役は外省人(台湾光復以降、中国大陸各地から台湾に移り定住している人々)なのですが、台湾の時代背景と、外省、本省のこと、それから格差のことなどを含め、細かい履歴書みたいなものを頂戴しました」
──台湾の歴史について勉強されたんですね。
門脇「そうですね。ただ、私は時代劇を演じるときにいつも思うのですが、 違う時代の史実などを勉強しておくことは必要なものの、具体的に何を表現するかは別の問題。大事なエッセンスだけを受け取って、それを自分に置き換えて、自分が持っている感情からうまい糸口を見つけて演じることが大事だと思っています」
──ヤンジュンメイをどのように演じようと思われましたか?
門脇「コロナやスケジュールの問題で日本に衣装を送っていただいて衣装を合わせたのですが、それは私が思っていたよりも高貴でゴージャスなものでした。こんなに美しい洋服を着て、宝石をつけていて。この孤独な人の寂しさは計り知れないなと感じました。そのとき、自分の中ではもう何かを考えるまでもなく、演じられると実感しました。衣装を着て、彼女の抱える孤独を痛感したんです」
──台湾映画がお好きと伺いました。魅力はなんだと思いますか?
門脇「混沌としているけどシンプルなところ。 それに色彩が豊かですよね。どこを切り取っても画になる。 でも、たぶんですけど、台湾の方が日本に来て撮っても豊かな画になるんじゃないかと思います。私たちが見たことのない日本になる気がします」
──土地というより、人の力でしょうか。
門脇「もちろん土地もそうですし、 映画に関するまなざしもそうだと思います。 すべてのまなざしが私たちにとっては温かく、どこか懐かしいんだと思います」
──撮影時、記憶に残ったエピソードはありますか?
門脇「あまりの現場の多幸感に何度も泣きそうになるぐらい、ぐっときました。監督のまなざしや、空気感。それにスタッフ一人ひとりの制作に対する魂の純度の高さみたいなものに対して。言葉が通じない部分があるからこそ、余計に五感が働いていたんだと思います」
──完成した作品をどう鑑賞されましたか?
門脇「私はリャオジエのように家が欲しいとか、たとえばほかに車が欲しいとか、そういう向上心のあるような空気に触れず生きてきた世代だと思うんです。子どもが生きるということに対して、こんなにがむしゃらで必死なことが、妙に羨ましくなりました。そして良い悪いではなく、選択の問題として捉えることの大事さ。今回、台湾について知って思ったのが、いろんな国の統治を経た歴史から、いろんな人々が集まってできた国であるということ。だからいろんな価値観の人が当たり前にいる。そういうまなざしのもとで生きてきた人たちが撮る映画だからこそ、一人ひとりの人物に対しての温かみを感じました」
──最後に、監督について伺いたいです。
門脇「私の泣きそうになった瞬間の一つとして覚えているのが、シャオ・ヤーチュエン監督が本番の直前までは私たちキャストのそばにいて、目を見て『OK、いくよ』と言って本番がスタートしたとき。これだけで役者って多くのものを受け取ることができるんですよ。お互い言葉はわからなくとも、まなざし一つでいろいろなものをいただけた監督でした」
photography Yudai Kusano(https://www.instagram.com/yudai_kusano/)
text Daisuke Watanuki(https://www.instagram.com/watanukinow/)
hair&make-up Yuko Aika(W) /Mugi Kadowaki
style Keiko Watanabe(KIND) /Mugi Kadowaki
『オールド・フォックス 11歳の選択』
6/14(金)新宿武蔵野館ほか全国公開
https://oldfox11.com/
出演:バイ・ルンイン リウ・グァンティン アキオ・チェン ユージェニー・リウ 門脇麦
監督:シャオ・ヤーチュエン
プロデューサー:ホウ・シャオシェン、リン・イーシン、小坂史子
原題:老狐狸/英題:OLD FOX/2023年/台湾・日本/112分/シネマスコープ/カラー/デジタル/字幕翻訳:小坂史子
配給:東映ビデオ
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<STORY>台北郊外に父と二人で暮らすリャオジエ。コツコツと倹約しながら、いつか、自分たちの家と店を手に入れることを夢見ている。
ある日、リャオジエは“腹黒いキツネ”と呼ばれる地主・シャと出会う。優しくて誠実な父とは真逆で、生き抜くためには他人なんか関係ないと言い放つシャ。
バブルでどんどん不動産の価格が高騰し、父子の夢が遠のいていくのを目の当たりにして、リャオジエの心は揺らぎ始める。
図らずも、人生の選択を迫られたリャオジエが選び取った道とは…!?
Mugi Kadowaki
Dress ¥27,500/DOUBLE STANDARD CLOTHING(FILM)
necklace ¥12,100、bracelet ¥3,780/ABISTE
ABISTE 03-3401-7124
FILM 03-5413-4141