『キリクと魔女』や『ディリリとパリの時間旅行』などで知られる、フランスを代表するアニメーション監督ミッシェル・オスロによる待望の新作『古の王子と3つの花』が7月21日より全国順次公開される。キャリアを通して自由と平等を追求してきた監督は本作で、自分を信じることで運命を変えて幸福をつかむ、3人の王子の物語を描いた。2022年夏にルーブル美術館で開催された「二つの土地のファラオ:ナパタ王家の叙事詩」展のために制作された第1話「ファラオ」、美しい自然に恵まれたフランスのオーベルニュ地方が舞台の第2話「美しき野生児」、そして、東洋と西洋が交差するトルコが舞台の第3話「バラの王女と揚げ菓子の王子」という、時代も都市も異なる3篇を通して、唯一無二の創造力で観客を古の世界へと誘う。ここでは、日本公開を前に来日を果たしたオスロ監督にインタビューを行い、映画の見どころやアニメーション映画への想い、次世代へのメッセージなどを聞いた。
――ストーリーテラーに導かれて時代も舞台も異なる3つの物語が展開する、とても素敵な作品ですね。2018年の前作『ディリリとパリの時間旅行』から、どのように思いを重ねていって、この作品まで至ったのですか?
ミッシェル・オスロ監督「作品を作るときは、いつも同じ気持ちなんです。私の使命は皆さんにアニメーション映画を届けること。それ以外のことにはあまり興味がないですし、他のことをするつもりもありません。『お金がたくさんあったら何に使いますか?』と聞かれたら、私は恐らく、『アニメーション映画を作る』と答えるでしょう。『週末は何をされていますか?』と聞かれたら、やっぱり、『アニメーション映画を作っている』と答えるでしょう。私にとってアニメーション制作はそれほど自然なことで、観る人に楽しい時間を味わっていただきたいという気持ちが大きいのです。そして、できれば観終わった後に『楽しかった!』で終わるのではなく、余韻としてその楽しさが続くことを望んでいます。また、観ている間はリラックスして、楽しいな、この地球に生きていてよかったな、やっぱり良いこともあるな、と前向きな気持ちになってもらえるとうれしいです」
――監督は世界の現状に思いを寄せて作品を作られている印象があります。本作の3つの物語は時代も舞台も作風も違いますが、その根底には「非暴力で世界を変える」「自分の信じていることで幸福をつかむ」という共通のテーマがあり、今の時代を生きる私たちに気づきを与えてくれるように感じました。現在の世界情勢について、監督はどのような思いをお持ちですか?
ミッシェル・オスロ監督「この映画に重ねてお答えしますね。第1話の『ファラオ』は古代エジプトの物語ですが、戦わずに問題を解決していこう、という姿勢を強調しました。あの時代はエジプトが統一したわけで、史実に忠実な部分はあるのですが、実際には戦争が起こりかけていたんです。兵士たちが内紛という形でお互いと戦うという局面を迎えようとしていたのですが、若い王様が『そんなことは無意味だ。僕は家臣たちを無駄死にさせたくない。戦いはやめよう』と言って、戦争をしませんでした。そして、みんながそれをとても喜んだのです。私自身は、殺し合いはしないでおこう、というメッセージを強調したつもりです。
第2話の『美しき野生児』で悪を体現しているのは、身勝手なことを言う非合理的な父親です。息子はそんな父親の姿勢を反面教師として、逆の生き方を貫きます。ただ、彼は父親を許すこともできるんですよね。悪の循環を繰り返さないためにも、許すということが大事なんです。
そして第3話では、若き王子と王女が周囲に決められた運命に甘んじることなく、自分たちの望む生き方を貫こうとします。とはいえ、私はメッセージを届けるために物語を伝えているわけではありません。ただ、物語を伝えることが好きで、お話を聞いて、楽しい、面白いと思ってもらうことが大事なんです。だからこそ、第1話と第2話に比べて、第3話はみんながより気軽に楽しめる内容になっています」
――第1話の『ファラオ』では、博物館などでしか見たことのなかったフレスコ画がカラフルにアニメーション化されていて、とてもワクワクしました。ルーブル美術館の古代エジプト部門長とお話しされた上で制作したそうですが、その過程で何か面白い発見はありましたか?
ミッシェル・オスロ監督「実は発見はなかったんです。私は中学1年の時に古代エジプト文明と出会い、それ以来、ずっと恋をしているので、黒人がファラオになったことや、アフリカ系の王朝があったということも、すでによく知っていました。大きな発見はなかったのですが、知っていたからこそ、あの美しさをアニメーションとして届けたいなという気持ちがあったんです。また、小学生の頃はアフリカで読み書きを覚えたので、素晴らしく幸せなアフリカでの幼少時代の記憶と、思春期に抱いた古代エジプト文明への憧れという、自分の中の2つのワクワク感を本作で合体することができました」
――監督の作品は、小さい子どもから大人まで多くの人の心を動かしています。幅広いオーディエンスに向けて物語を語る上で、何か意識されていることはありますか?
ミッシェル・オスロ監督「私はただ、最も美しい作品を作ろうと心がけており、自分が今、一番ワクワクするテーマを扱っています。映画監督をやってきて本当にラッキーだなと思うのは、常に自分が語りたいテーマを貫き通すことができたこと。キャリアのスタート時点から、子ども向けにアニメーションを作ろうと思ったことは一度もないんです。自分はヴィクトル・ユーゴーと同じ作家だと思っていましたから(笑)。
長編ではないのですが、最初に作った『三人の発明家』という作品は哲学小話で少し難しい内容でした。自分としては大人向けに作ったのですが、子どもにも受け入れられて、皆さんから認知されたんです。そのときに、アニメーションというだけで子どもにも見せるものなんだな、と気づいたので、子どもが観ても傷つかないということは、とても意識して制作しています。シリアスなテーマを扱っていても、子どもがショックを受けたりしないような語り方を心がけているんです。私としては大人向けに作っているつもりですが、子どもたちも作品を気に入ってくれるのは、彼らを赤ちゃん扱いしていないからだと思います」
――最後に人生の先輩として、そして、クリエイターの先輩として、次の世代に何かアドバイスがあればお聞かせください。
ミッシェル・オスロ監督「アドバイスを与える立場にはないよ、私みたいな人生を送らない方がいいんじゃないかな(笑)。でも、もし私にクリエイターとして、人間としての長所があるとすれば、それは正直さだと思います。私は決して嘘をつかないし、すぐに壊れてしまうような安っぽいことはしないように心がけているので、それが作品として人々の心を動かすのではないかと思うんです。それは『キリクと魔女』への反響を見たときに明らかでした。企画の段階では、アフリカを題材にした作品なんて絶対に売れないと、みんなから反対されたんです。でも、私は自分のやりたいことをやり遂げました。自分に嘘をつかなかったからこそ、みんなが認めてくれる作品が作れたのだと思います。つまり、アドバイスとしては、“正直であれ”ということ。ただ、正直であるだけでは食べていけないのも事実です。それがこの世界の法則の一つだから、やりたくてもできないこともある、ということは知っておいた方がいいね。とはいえ、たとえ自分がやりたいテーマではなく、依頼された仕事であったとしても、丁寧に、正直に作ることはできるからね」
――今日はありがとうございました! これからもご活躍を楽しみにしています。
ミッシェル・オスロ監督「次は20代から30代の子たちが主人公の作品を予定しています。まだ書いている段階なのですが、ちょうど今の20代から30代の若者は、『キリクと魔女』を子どもの頃に観た人たちなんですよね。大きくなった彼らと会うと、『ありがとうございます』と言ってくださることが多いんです。ですので、次回作はその世代の若者を主人公に、彼らに向けて語りかけているような作品にする予定です」
text nao machida
『古の王子と3つの花』
7月21日(金)よりYEBISU GARDEN CINEMA、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて全国公開
https://child-film.com/inishie
監督・脚本:ミッシェル・オスロ (『ディリリとパリの時間旅行』『キリクと魔女』)
声の出演:オスカル・ルサージュ クレール・ドゥ・ラリュドゥカン(コメディー・フランセーズ) アイサ・マイガ
2022年/フランス・ベルギー映画/カラー/1.89:1/5.1ch/83分
原題:Le Pharaon, le Sauvage et la Princesse 日本語字幕:橋本裕充
配給:チャイルド・フィルム 後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ
©2022 Nord-Ouest Films-StudioO – Les Productions du Ch’timi – Musée du Louvre – Artémis Productions