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text by nao machida

『メグレと若い女の死』パトリス・ルコント監督インタビュー




『仕立て屋の恋』(89)や『髪結いの亭主』(90)など情緒豊かな恋愛劇で世界中の映画ファンを魅了してきた、フランスの名匠パトリス・ルコント監督の新作『メグレと若い女の死』が3月17日より全国順次公開される。『暮れ逢い』(13)以来、8年ぶりに制作された本作は、『仕立て屋の恋』の原作者でもある、ベルギー出身の作家ジョルジュ・シムノンのミステリー小説が原作。彼の代表作<メグレ警視シリーズ>の中でも人気の高い、1954年に発表された「メグレと若い女の死」が映像化された。メグレ警視といえば、日本を含む各国の俳優が演じてきた人気キャラクターだが、本作ではフランスを代表する名優ジェラルド・ドパルデューが、身長180センチ、体重100 キロという原作に描かれたイメージ通りのメグレを見事に演じている。待望の日本公開を前に、パリ在住のルコント監督にリモートで話を伺った。


――本作の原作は、作家ジョルジュ・シムノンの代表作<メグレ警視シリーズ>の中でも人気の高い、1954年に発表された「メグレと若い女の死」です。『暮れ逢い』以来となる監督作の題材として、なぜこの物語を選んだのですか?


パトリス・ルコント監督「まず私はジョルジュ・シムノンという作家が大好きなのです。シムノンの作品は若い頃から読んでいて、メグレのシリーズもたくさん読んでいました。過去にもシムノンの『仕立て屋の恋』を映画化しましたが、あの作品もシムノンの世界観に再び浸りたいと思って撮ったものです。本作については、共同脚本家のジェローム・トネールと<メグレ警視シリーズ>をあらためて読んでみようという話になり、2人で分担して小説を読んだ上で、自分たちなりのメグレ像を映画で表現できたらいいな、と考えました」


――多くのミステリーとは違って、メグレが犯人よりも被害者の捜査に心を注いでいるのが印象的でした。それによって、より深く感情移入することができたような気がします。


パトリス・ルコント監督「実は原作も同じような形で描かれているんです。私もメグレの捜査方法は面白いな、と非常に感銘を受けました。こういった映画では、普通は犯人にスポットライトを当てると思うんですよね。被害者に注目するところがとても興味深いし、感動的だなと思いました」 


Maigret et la jeune morte – Un film de Patrice Leconte, d’après le roman éponyme de Georges Simenon – Scénario et Patrice Leconte et Jérôme Tonnerre – Avec Gérard Depardieu (Maigret), Jade Labeste (Betty), Mélanie Bernier (Jeanine), Bertrand Poncet (Lapointe), Aurore Clément (la mère de Laurent), Pierre Moure (Laurent-, Clara Antoons (Louise), Jean-Paul Comart (Janvier), Hervé Pierre (Dr Paul), Loudia Gentil (logeuse immeuble Louise), Anne Lioret (Mme Maigret), Elisabeth Bourgine (Irène), Philippe du Janerand (le jude), André Wilms (Kaplan) – Yves Angelo DOP




――メグレ役のジェラール・ドパルデューさんが素晴らしかったですが、彼をキャスティングした理由は?


パトリス・ルコント監督「ジェラール・ドパルデューとは直接の知り合いではなかったのですが、もちろん、彼は偉大な役者ですので、いつか一緒に映画が作れたらいいなと思っていました。本作では最初にドパルデューにメグレ役をオファーしたところ、すぐに快諾してくれたんです。彼もシムノンのファンだったそうで、メグレという人物についても、すでに彼なりの解釈がありました。そして、お互いの考えていることが同じ方向だとすぐにわかったのです。ほとんど余計なことは言わずに合意できたので、彼も快く引き受けてくれました」


――メグレが自宅のバスルームで髭を剃りながら、リビングでの会話に耳を傾けるシーンでのドパルデューの演技が、特に心に残りました。メグレという人物を作り上げていく上で、現場ではどのような話をしましたか?


パトリス・ルコント監督「メグレの人物像を作り込む上で、ドパルデューと話し合うことはありませんでした。監督によっては、俳優に各シーンにおける心境などを事細かく説明する人もいますが、私は俳優の感受性を信頼しているので、そういうことは一切しません。髭を剃っているシーンは私自身もとても気に入っています。妻とベティの会話を聴きながら髭を剃っていたメグレが最後に少し微笑むのですが、あれは私が指示したわけではなく、自然に出てきた演技なんです。ドパルデューがあのシーンを理解してくれて、自然とこぼれた微笑みだったので、私も本当に感動しました」


――世界中で映像化されてきた人気キャラクターであるメグレ警視は、帽子とコートとパイプがトレードマークですが、本作では冒頭にメグレが医師から禁煙を言い渡されるのがユニークですね。


パトリス・ルコント監督「おっしゃる通り、メグレ警視のトレードマークは帽子とコートとパイプです。これまでの映像作品でもお約束のように、パイプに火をつけて吸いながら捜査するシーンが頻繁に描かれています。でも、個人的にはパイプの存在が彼の動きを少し制限してしまうように感じたのです。そこで、私は逆にパイプなしで描こうと決めて、あのシーンを思いつきました。そのおかげで、ドパルデューもメグレ役を演じるにあたって、『パイプを手にしなくて済むぞ』と言っていましたし、すごくシンプルな形になって、とても有効だったなと思っています」





――ベティ役のジャド・ラベストさんも、とても魅力的でした。彼女のことはどのようにして見つけたのですか?


パトリス・ルコント監督「ベティ役を決めるにあたって、キャスティング担当の女性に何名か俳優を紹介してもらいました。監督によっては、それぞれの候補者と実際に撮影してみたりするのですが、私はそういうことは一切せず、事務所に面談に来ていただきました。30分くらいの面談を通して、果たしてこの俳優はベティという人物になりきれるのだろうか、と自問したのです。その結果、ジャド・ラベストが非常に素晴らしいな、と思いました。そして、面談を終えた彼女が私の事務所を出て、エレベーターに乗って帰っていく姿を見たときに、彼女だと確信してベティ役が決まりました」


――本作には、残念ながら昨年お亡くなりになった、『仕立て屋の恋』で刑事役を演じたアンドレ・ウィルムさんも出演されています。


パトリス・ルコント監督「本作では、『ワンシーンしかないのだけれど、ぜひとも君にこの役を演じてほしい』とムッシュー・カプラン役をオファーしました。でも、最初は『やりたくない』と断られてしまったんです。彼に会いに行ったのですが、再会して抱き合ったときは、歳を取ったなと思いました。そして、なぜやりたくないのか聞いてみると、『今は病状があまり思わしくなくて、体調が良くないので、撮影に臨む勇気がない』と。そこで、『とにかく一日だけでもいいから、できたら出演してもらえないかな? 何かあったときには私たちが守るから』とお願いました。そして最終的に、『本調子ではないけれど、それでもよければ』と承諾してくれたのです」





――本作の舞台は1950年代のパリですが、地方の貧しい女性たちが搾取されるという現実は、今の時代も変わらないなと感じました。この物語と現代に共通すると感じた部分はありますか?


パトリス・ルコント監督「大都会を素晴らしい場所だと信じて、パリに行けば幸せになれる、あるいは、それがニューヨークであったり、シカゴであったり、東京であったり、とにかく大都会に行けば幸せになれる、という夢を持つ若者が多いのは、今も昔も変わらないと思います。ただ、私自身は必ずしも大都会の生活の質が高いとは思っていません。私は地方出身者として、地方の生活ならではの良さである、そのリズムや静けさ、落ち着いて暮らせるというところなどを、もう少し見直すことができればいいなと思っています。パリに住んでいると、心配なことや大変なことの方が多いと感じるんです」  


――本作でドパルデューが演じたメグレ警視に、夢中になるファンは多いと思います。原作の小説は70話以上あるそうですが、今後シリーズ化する予定はありますか?


パトリス・ルコント監督「実は撮影の後、ドパルデューから『また違うメグレの作品を作ろうよ』と言われたのですが、私は『これ以上、メグレで何を表現するの?』と答えました。というのは、今回この映画の題名をシンプルに『メグレ』(註:原題は“Maigret”のみ)としたのは、『私が描くメグレはこれだ』という意思表示なのです。ですので、『メグレと〜』という作品を続ける予定は、今のところはありません」





――監督はこれまでにもさまざまな作品を手がけてこられましたが、今一番興味のある題材や、次に伝えたい物語の構想はありますか?


パトリス・ルコント監督「いくつかやってみたいプロジェクトはあるのですが、次の映画がいつできるのか、まだ具体的に決まっていない段階です。そして、映画というものを作ること自体が非常に難しくなっています。予算面も含めてとても厳しいので、まだ今後については不確定な状況です」


――映画以外にも小説を書かれるなど、とても精力的に活動されていますが、常にクリエイティブであるための原動力を教えてください。


パトリス・ルコント監督「私はとにかく好きなことをやっているんです。シナリオを書くことも、小説を書くことも、映画を作ることも、すべて好きでやっているので、非常に面白いですし、情熱を持つこともできます。常に想像力を大切にして、とにかく前に進もうと努めています」





――次世代のクリエイターに、若いうちにやっておくべきことなど何かアドバイスがあれば教えてください。


パトリス・ルコント監督「私は地方からパリに上京してきたとき、”実現できない夢はない”と自分自身に言い聞かせていました。若い世代の皆さんにも、とにかく夢を持ってがんばってほしいと思います」


――最後に、『メグレと若い女の死』を楽しみにしている日本の映画ファンに伝えたいことはありますか?


パトリス・ルコント監督「この映画は日本で3月17日に公開されるのですが、ヨーロッパで3月17日は聖パトリスの日なんです。私の名前でもある”パトリス”の祝日なので、本当にその日が私にとってもお祝いの日になることを心から願っています」


text nao machida



『メグレと若い女の死』
3月17日(金)より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開
https://unpfilm.com/maigret/index.html
原作:ジョルジュ・シムノン「メグレと若い女の死」
監督:パトリス・ルコント「暮れ逢い」「髪結いの亭主」「仕立て屋の恋」
脚本:パトリス・ルコント、ジェローム・トネール「暮れ逢い」「ぼくの大切なともだち」「親密すぎるうちあけ話」
撮影:イヴ・アンジェロ「伴走者」「再会の夏」  音楽:ブリュノ・クーレ「エヴァ」「ソング・オブ・シー 海のうた」
出演:ジェラール・ドパルデュー「シラノ・ド・ベルジュラック」、ジャド・ラベスト、メラニー・ベルニエ「タイピスト」、オーロール・クレマン「パリ、テキサス」、アンドレ・ウィルム「ともしび」
2022年/フランス/ 89分/カラー/シネスコ/5.1ch/原題:Maigret/日本語字幕:手塚雅美

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