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『幻滅』 バンジャマン・ヴォワザン来日インタビュー




フランスの文豪オノレ・ド・バルザックが19世紀に発表した小説を映画化し、2022年のセザール賞で最優秀作品賞を含む7冠に輝いた、グザヴィエ・ジャノリ監督作『幻滅』が4月14日に全国で公開される。主人公は文学を愛し、詩人を夢見る、田舎の純朴な青年リュシアン。貴族の人妻と駆け落ちして憧れのパリに上京した彼が、社交界で笑い者にされ、目的を見失って欲と虚飾と快楽に溺れる姿を描いた映画は、19世紀を舞台にした物語にもかかわらず、現代人の心に深い余韻を残す。リュシアン役を演じたのは、フランソワ・オゾン監督の『Summer of 85』(2020)で世界中の映画ファンを魅了したバンジャマン・ヴォワザン。本作では少しずつ目の輝きを失い、闇に堕ちていく、純粋な青年を見事に演じ切り、セザール賞の有望新人男優賞を受賞した。昨年末に開催されたフランス映画祭2022横浜で初来日したヴォワザンに、豪華キャストとの共演も話題の本作での経験について聞いた。



――日本へようこそ。今回は初来日ですか?


バンジャマン・ヴォワザン「初めてです! まだ仕事しかしていないのですが、10日間ほど滞在する予定なので楽しみにしています」


――日本のファンも来日を心待ちにしていたと思います。フランス映画祭では、大学生を対象にしたセミナー形式のトークイベント「マスタークラス」で、『あのこと』で主演を務めたアナマリア・ヴァルトロメイさんと一緒にお話しされたそうですね。


バンジャマン・ヴォワザン「とても幸せに思っています。こんな日が来るなんて想像もしていませんでした。マスタークラスでも、きっと教室には2人くらいしかいないだろうと思っていたのですが、たくさんの方が来てくださって驚きました。外国で作られた映画をこんなにも熱心に届けようとしてくださる、主催の皆さんにも感謝しています」


――『幻滅』は19世紀のフランスが舞台ですが、現代に生きる私たちの心にも強く響く作品ですね。


バンジャマン・ヴォワザン「そう言っていただけて胸が熱くなります。今回は監督が衣装や時代背景といったプリズムを通して、原作の小説を映画化したわけですが、田舎から一人で出てきた若者が都会から排除されるという現象は、昔も今も変わらず続いています。実際に僕の周りにもそういう友人が15人ほどいました。ですので、今の時代にも非常に共鳴する部分があるし、まるで鏡で自分たちを見ているかのような作品になりました」





――『Summer of 85』(2020)のダヴィド役の印象が強かったので、時代劇である本作ではまったく異なる表情が見られて新鮮でした。主人公のリュシアン役に決まったときは、どう思いましたか?


バンジャマン・ヴォワザン「オーディションを受けたのは火曜日の午後でした。その夜、グザヴィエ・ジャノリ監督から電話があり、『明日カフェで少し話がしたい』と言われたんです。僕らは翌日に再会して、3時間も話しました。その数日後に自分がリュシアン役にキャスティングされたことを告げられたのですが、飛び跳ねるほどうれしかったです。そして、出演が決まってから少しずつ、監督に『共演者はヴァンサン・ラコストとジェラール・ドパルデュー、それにセシル・ド・フランスで…』と告げられたんです」


――ものすごく豪華なキャストですよね。


バンジャマン・ヴォワザン「快感でした。自分にちゃんと才能が備わっていれば、これだけ才能豊かな人たちと共演しても心配ないし、良い演技ができるはずだと信じて挑みました」


――本作には監督としても活躍するグザヴィエ・ドランも出演しています。共演してみていかがでしたか?


バンジャマン・ヴォワザン「素晴らしかったです。彼は本当に天才的ですよね。監督としても天才的で、30代前半にして10数年のキャリアを誇り、カンヌ映画祭に何度も出品しています。本作には役者として参加したわけですから、監督業より経験値が少ないわけですが、だからこそ、自分を投げ出すように、守りに入ることなく作品に没入している姿を目撃しました。撮影中はできるだけ近しい存在であろうと務め、彼が語ってくれたエピソードも忘れないようにしようと思っていました。そして、僕自身も彼に楽しんでもらえるように、演技の上で努力しました」





――19世紀を舞台にした本作では、衣装から所作まですべてが今とは異なりますが、そのためにどのような準備をしましたか?


バンジャマン・ヴォワザン「今回の衣装はすべてオーダーメイドで作られたのですが、クランクインの3ヶ月前に受け取ることができたので、撮影前からコルセットを着用して、どのような姿勢になるかなどを検証しつつ慣らしていきました。あとは、さまざまな本を読みましたね。バルザックはもちろん、ジョアシャン・デュ・ベレーという16世紀の詩人の本も読みました。それから、ロマン主義の展覧会に足を運んで、14歳から16歳の若者たちがどのように描かれているかを観察しました。肩パッドが入っているような大人っぽい服装で描かれていたのですが、目にはあどけなさが残っていて、そういう部分もリュシアンを演じるための役作りのインスピレーションとなりました」


――衣装や所作が現代とは異なる一方で、劇中でジャーナリストのエティエンヌ・ルストーが発した「俺の仕事は株主を裕福にすることだ」というセリフにハッとさせられました。SNSで自分をプロデュースするなど、たくさんのイリュージョンに囲まれて生きている現代の私たちと、何も変わらないなと思ったんです。


バンジャマン・ヴォワザン「それは劇的に、悲しいほどに、真実です」


――原作者のオノレ・ド・バルザックの「幻滅の後、何かを見つけなければならない人々を思う」という一文は、現代の私たちにも深い余韻を与えますが、あの文章から何を感じ取りましたか?


バンジャマン・ヴォワザン「編集の妙なのですが、本作はリュシアンがアングレームの森を歩いているシーンから始まり、最後はまた森に帰っていく姿を描いています。つまり、都会を経て再び森に帰っていく若い青年の話なんですよね。“幻滅の後に何かを見つけなければならない”と書いたバルザックの気持ちは、どちらかというと“がんばれ!”という気持ちだったのではないかと思います。幻滅し、純真さを失った後、もう一度イリュージョン、つまりは夢を持つということは、一度目覚めてしまった以上、決して容易ではありません。バルザックはそういう人間に対して、もっと美しい言い方で鼓舞しているのだと思います」 





――フランスを代表する文豪であるバルザックの小説を映画化した本作は、ご自身のキャリアにおいても重要な作品となったのはないでしょうか?


バンジャマン・ヴォワザン「確かに、まだ若い僕がこのような作品で主演を務め、これだけ評価され、ヒットを記録するということは、プロデューサーにとっては願ったり叶ったりのことです。そういう意味では、僕のキャリアは加速していくのではないかなと想像しています。今後は選択肢も増えるだろうし、演じる役を自分で選べるようなポジションにたどり着けたかなと思います」


――本作から得た一番大きなものは?


バンジャマン・ヴォワザン「役者として人物を演じる上で、人物像の最も私的な部分や親密な部分を掘り下げることができたら、それは自分のことをよりよく知ることにつながります。つまり、(演技を通して)自分探しをしているようなものなんです。妥協することなく、自分が美しいと思う表現を自分なりにやり通すことができて、さらには自分探しができたことが、一番の収穫だと思います。そこで得たものが失われることはないので、少し安堵感を覚えています」


――今後は役者としてどのように成長していきたいですか?


バンジャマン・ヴォワザン「将来的に目指す役者像は、まだ明確にはないんです。ただ、20年後に自分が俳優をやっていて、『ああ、20年前になりたいと思っていた大人になれたな』と感じられたらいいなと思っています」





photography Yudai Kusano(IG
text nao machida



『幻滅』
2023年4月14日(金)全国ロードショー
https://www.hark3.com/genmetsu/

脚本:グザヴィエ・ジャノリ
撮影:クリストフ・ボーカルヌ – AFC SBC 編集:シリル・ナカシュ 美術:リトン・デュピール=クレモン – ADC
キャスト:バンジャマン・ヴォワザン セシル・ド・フランス
ヴァンサン・ラコスト グザヴィエ・ドラン
2022年/フランス映画/フランス語/149分/カラー/5.1chデジタル/スコープサイズ/原題:Illusions perdues
字幕:手束紀子 配給:ハーク 配給協力:FLICKK  R-15
© 2021 CURIOSA FILMS – GAUMONT – FRANCE 3 CINÉMA – GABRIEL INC. – UMEDIA

STORY
舞台は19世紀前半。恐怖政治の時代が終わり、フランスは宮廷貴族が復活し、自由と享楽的な生活を謳歌していた。文学を愛し、詩人として成功を夢見る田舎の純朴な青年リュシアンは、憧れのパリに、彼を熱烈に愛する貴族の人妻、ルイーズと駆け落ち同然に上京する。だが、世間知らずで無作法な彼は、社交界で笑い者にされる。生活のためになんとか手にした新聞記者の仕事において、恥も外聞もなく金のために魂を売る同僚たちに感化され、当初の目的を忘れ欲と虚飾と快楽にまみれた世界に身を投じていくが…。

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