マイク・ミルズ監督が主演にホアキン・フェニックスを迎えた待望の新作『カモン カモン』が絶賛公開中。自身と父親との関係をモチーフにした『人生はビギナーズ』(2010)、そして、母親との関係をモチーフにした『20センチュリー・ウーマン』(2016)に続く、新たな家族の物語だ。ミルズが子どもをお風呂に入れているときに思いついた作品だといい、自身が子育て中に経験した数々の想定外の出来事もインスピレーションとなった。フェニックスが演じるのは、突然9歳の甥っ子ジェシーの面倒を見ることになったラジオジャーナリストのジョニー。映画は、慣れない子育てに戸惑っていたジョニーが、ひとりの人としてジェシーと向き合ったときに生まれた奇跡のような瞬間を、モノクロの美しい映像で描き出す。日本公開を前に監督へのリモートインタビューを行い、映画の製作秘話や作品への想いを聞いた。(→ in English)
――日本公開おめでとうございます。監督のお父さんの物語である『人生はビギナーズ』(2010)と、お母さんの物語である『20センチュリー・ウーマン』(2016)に続く本作では、子どもが主軸に描かれています。なぜ今、このタイミングでこの映画を撮ろうと思ったのですか?
マイク・ミルズ「理由の一つとしては、これが親になった今の僕の現実だからです。僕は自分がよく知っている、観察することができて、愛していて、そして、自分を混乱させるような人たちについて書くのが好きなんです。それによって正直な作品が生まれ、ある種の緊迫感や現実性が加わるような気がします。他のフィルムメーカーによるそういった作品も大好きなのですが、どことなく実在の人物が感じられるんですよね」
――本作の制作はいつ頃から始めたのですか?
マイク・ミルズ「脚本は2016年の大統領選が終わった後に書き始めました。今もそうですが、当時はアメリカが本当におかしくなり始めた頃だったんです。だから、とても私的な世界における親密さを描いて、それをアメリカに放り出したいと思いました。そこで、親密な関係にある2人がアメリカを歩き回る姿を描いたわけですが、それはトランプや彼にまつわるすべてに対する反動でした。また、子どもたちの声を通して(※劇中には全米各地の子どもたちのインタビューがフィーチャーされている)、彼らから見たアメリカの現状や、アメリカでの生活を映し出したかったんです。つまり、これはすべて、現在アメリカで起こっている変化に対する反応なのです。リベラルな人間にとって、それはある意味、とても怖くて困惑させられる状況です」
――『20センチュリー・ウーマン』は非常に私的な作品でありながら、同時にアメリカの歴史も描かれていました。本作もまた、とても親密な作品でありながら、より大きな世界観につながっていますね。
マイク・ミルズ「僕はすべての作品でそうしてきたような気がします。『人生はビギナーズ』はゲイだった僕の父の物語ですが、ゲイであるということは、政治的であり、歴史的なことなんですよね。だから、ハーヴェイ・ミルクをフィーチャーしたり、彼とアメリカのLGBTQ史の関係を見せたりしました。『20センチュリー・ウーマン』は僕の母の物語ですが、それは1925年に生まれたジェンダー・ノンコンフォーミングの女性の歴史を紐解く物語でもあるんです。僕は個人がいかに政治的か、あるいは、個人がいかに歴史的かということに、とても興味があります。それさえあれば、映画を制作して多くの見知らぬ人たちと共有したり、日本に届けたりする価値があると感じられるのです。本作もある意味、より大きな世界とつながっています。アダム・マッケイの『ドント・ルック・アップ』とは違うけどね(笑)。あからさまに政治を描いているわけではないけれど、僕にとって、本作の中心には政治と歴史が深く織り込まれているんです」
――主演のホアキン・フェニックスの演技が素晴らしかったです。いつ頃から彼にジョニーを演じてほしいと考えていましたか?
マイク・ミルズ「ホアキンには、僕の作ったすべての映画に出てもらいたかったくらいです(笑)。脚本を書いているとき、友人たちに『あなたに似た役は誰に演じてもらうの?』と聞かれたので、『ホアキン・フェニックス』と答えたら、誰もが『何それ!? ありえない!』という反応で。僕にとっては、それが良かったんです。最高のアイデアだと思いました。僕はとても優しくて親切な人というイメージを持たれているのですが、ホアキンはそう思われていないわけですよね。でも僕はホアキンのことを、とても賢くて楽しい人だろうと思っていて、実際にそれは当たっていました。彼はありふれたものや常套手段を使うことを嫌い、最高レベルで観客を魅了することを目指しています」
――ホアキンの出演はどのようにして決まったのですか?
マイク・ミルズ「僕たちは出会ってすぐに意気投合したのですが、『この役はできないと思う。作品のテーマはどれも本当に興味深いけど、自分の演じ方が見出せないんだ』と言われました。でも、僕らはウマが合ったので、ずっと交流は続けていたんです。『自分には無理だ』と言っていたホアキンですが、翌日には作品についての質問が送られてきたので、まだ話は終わっていないんだな…と思いました。笑い合ったり、家族や姉妹や兄弟や子どもなどについて話したりするようになって、そんな会話がいつまでも続いて、今に至るという感じです」
――ジョニーの甥のジェシー役を演じたウディ・ノーマンも素晴らしかったです。とても自然体で、演技をしているようには見えなくて。現場ではどのような演出をしたのですか?
マイク・ミルズ「彼は本当に素晴らしかったから、あまり話をする必要がありませんでした(笑)。僕の仕事は、ウディが自由に感じられて、心配事はないと思えるようにすること。そして、役に対する自分の意見に自信を持ってもらい、遊び心あふれる楽しい現場を保つことでした。それはまさにホアキンが好む仕事のやり方で、ギャビーも同じでした。みんな奇妙なほどに、本当によく似ているんです。彼らは家族みたいな関係だったので、ある意味、僕のキャスティングは天才的だったのかもしれないな」
――素晴らしかったです。
マイク・ミルズ「僕とホアキンは、できるだけウディの好きなように、彼のやり方でやらせようと考えていました。ウディは自由を与えれば与えるほど良くなりました。彼が何か行き当たりばったりのことを言ったり、僕らが想像していなかった演技をしたりすると、とても説得力があるので、ホアキンはウディのことをXファクターと呼んでいました(笑)。ちゃんと意見を持っているし、とても強い人で、僕たちはウディのそんなところが大好きなんです。ベッドでホアキンが『オズの魔法使い』を読み聞かせているときに、ウディから『どうして結婚していないの?』と聞かれるシーンがありますよね。あれはすべて脚本に書かれていたのですが、僕とホアキンは撮影の直前にウディがいる前で話し合って、『あのやり取りはカットして、読み聞かせだけにしよう』と決めました。ちゃんと話を聞いていなかったのか、それとも彼の思いつきだったのかはわからないのですが、カメラが回ったら、ウディが聞く予定のなかった質問をしたんです! ホアキンは『えーと…』という感じで、よく観ると彼が本当に驚いているのがわかるはずです(笑)」
――ジェシーとジョニー、そして、ジェシーの母親であるヴィヴの間にある親密さが、とてもリアルに感じられました。それぞれの役を演じたウディとホアキンとギャビー・ホフマンは、どのように仲を深めて、お互いに対する信頼関係を築いたのですか?
マイク・ミルズ「実は彼らは何もしなかったんです。僕は普段だと(役者の仲を深めるために)いろんなことをするのですが、ギャビーとホアキンそれぞれから、『(事前に)会うべきではないと思う。顔合わせはジョニーが訪ねて来るシーンにするべき』と言われました。ホアキンとウディに関してはオーディションのときに会っていたのですが、それは撮影の何ヶ月も前の出来事だったので、準備期間中は会わせないようにしました。撮影中は、撮影以外でもたくさんの時間を一緒に過ごしました。本作は長い時間をかけて、すべて時系列に沿って撮影したんです。ロサンゼルスで撮影して、それからニューヨーク、そして、ニューオーリンズへ。ニューオーリンズに着く頃には、ウディとホアキンは最高の友だちになっていました。2人の間には、僕と彼らにはない関係性があります。ある意味、それは意図していたことでもありました。僕はそういうことが起こるような世界観を作り上げるのが好きなんです」
――『20センチュリー・ウーマン』の母親やアビーなど、監督の作品には印象深い女性たちが登場してきましたが、本作のヴィヴも素敵でした。特に彼女が息子に対して抱いている複雑な感情について、ジョニーに打ち明けるシーンが印象的でした。
マイク・ミルズ「ヴィヴの人物像は、僕が大好きな3、4人のママ友を組み合わせたものです。ギャビーはとても(ヴィヴと)似ていて、彼女自身も母親だし、世界観も似ています。でも、あのシーンはホアキンのアイデアだったんです。彼は子どもがいる女友だちから、あのシーンでヴィヴが話したようなことを聞いたそうで、女性が母親として背負わなければならないものが、いかに男性とは比べものにならないほど強烈で異なるものなのか説明してくれました。それは、まるで別世界なのです。僕たち男2人は、その違いに愕然として、ただひたすら語り合い、理解しようとしていました。ホアキンの友だちは複雑な感情を抱えて悩んでいたけれど、会話の終わりには母親にしかできないような、素晴らしい育児のアドバイスをしていたそうです。『プロテインを与えれば大丈夫だよ』とかね。僕は『今の全部、映画で使っていい? 書き留めていいかな?』と聞きました(笑)。だから、すべてはホアキンが話してくれたことで、それを僕が脚本に書き、ギャビーが演じています」
――本作は美しいモノクロ映像で描かれていますが、その意図は? 特にビーチのシーンが素晴らしくて、小津安二郎監督の映画で観たモノクロの海を思い出しました。
マイク・ミルズ「フェリーニの映画にも、モノクロで撮影したビーチのシーンがたくさんあるんです。ビーチでの撮影時は桟橋などもあって、まるでフェリーニの映画の中にいるような気分になりました。僕の好きな映画の多くはモノクロですし、もっとモノクロ映画が増えればいいなと思います。今回はモノクロで撮影するために周りの人を説得しました。さまざまな風景の中を歩いていく子どもと大人の姿を映し出すことで、作品の一部分を神話的に、まるで寓話のように描くことを提案したのです。子どもと大人の歩く姿は典型的な神話のイメージで、そこには何かとても良いものがあります。他にも、2人が歩いているシーンでは『月の光』を流すとか、ある種の古代神話のような雰囲気を生み出すことを提案しました。それにはモノクロ映像も一役買っていて、なぜなら、モノクロは現実ではないからです。現実を描いているようでいて、現実ではないというか」
――なるほど。
マイク・ミルズ「それに、僕は線画が大好きなんです。僕はこの映画を絵画というより線画として捉えています。バスタブに横たわる妻を描いたボナールの絵のような、とても親密だけど素早く描かれたスケッチのようなイメージです。絵画はとても壮大であり、観る人に対して壮大であることを伝えています。自分の映画については、謙虚でありながらも、実は壮大でありたいと思っています。そういう点でもモノクロ映像はいいなと思いました。さらに僕はサティのピアノ曲が大好きで、非常に大きな影響を受けています。サティの曲には奥行きがあり、音符の間を歩くことができて、とてもゆったりとしていて。そして僕にとっては、モノクロ映像もゆったりとしているんです」
――本作には全米各地の子どもたちのインタビュー映像がフィーチャーされています。彼らのインタビューから得た最も大きなことは何ですか?
マイク・ミルズ「親として、そして、子どもと多くの時間を過ごしている者として、彼らがあれだけ賢いことや、洞察力が鋭いことは知っていました。それに、子どもは自分自身の弱さをさらけ出すことも、ありのままの自分を見せることも躊躇しません。だから、作品にあのようなパワーを与えられることはわかっていたんです。僕はただ、若者がどれほど知的で洞察力が鋭いかを、他の人たちにも紹介したいと思いました。
僕がこの映画でやりたいと思っていたことは、ドキュメンタリーのパートと物語のパートをミックスすることによって、何か新しいものを生み出すことでした。過去にもそういう作品はあったので、ものすごく新しいというわけではないけれど、僕にとっては新しく感じたんです。今回は現代の現実を描きつつ、それをモノクロで撮影しているわけだしね。クルーにはいつも、『自分たちがするべきことだけでなく、したいことも探求しよう』、『神話とドキュメンタリーのような、本来なら一緒にするべきではない要素を含む、新しい形のものを探求しよう』と伝えていました。物語や映画製作のあらゆる形態は、僕たちの業界や文化、習慣が認識しているよりも、ずっと広く開かれているように感じます。僕の映画はそんなに冒険的というわけではないけれど、でも、ちょっとはね(笑)」
――これから映画を観る日本のファンに伝えたいことはありますか?
マイク・ミルズ「僕がこの映画を作ったことから得た喜び、あるいは、この映画を作った人たちのコミュニティから得た喜びの一つは、『いろいろなやり方があるんだ』という感覚でした。物事に挑戦する方法は、とてつもなくたくさんあります。すべてをあまり深刻に考え過ぎないで、自分が純粋に心を揺さぶられることをやってみてください」
text nao machida
『カモン カモン』
絶賛公開中
公式サイト : happinet-phantom.com/cmoncmon/
監督・脚本:マイク・ミルズ『人生はビギナーズ』『20 センチュリー・ウーマン』
出演:ホアキン・フェニックス、ウディ・ノーマン、ギャビー・ホフマン
モリー・ウェブスター、ジャブーキー・ヤング=ホワイト
音楽:アーロン・デスナー、ブライス・デスナー(ザ・ナショナル)
配給・宣伝:ハピネットファントム・スタジオ
2021 年/アメリカ/108 分/ビスタ/5.1ch/モノクロ/原題:C’MON C’MON /日本語字幕:松浦美奈
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