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text by nao machida

『ボストン市庁舎』や『リトル・ガール』など、今観ることができるドキュメンタリー映画




知らなかった世界を知ることができて、フィクションとは異なる感動や学びの機会を与えてくれるドキュメンタリー。『アメリカン・ユートピア』(https://www.neol.jp/movie-2/106249/)や『リル・バック ストリートから世界へ』(https://www.neol.jp/movie-2/108336/)、『ドーナツキング』』(https://www.neol.jp/movie-2/110273/)など、今年もたくさんの興味深い作品に出会うことができた。ここでは、最近観た中で特に印象に残ったドキュメンタリー映画を紹介。ただひたすら市役所の仕事を記録した超長編や、幼い少女の心に寄り添った作品など、テーマもアプローチの方法も多彩なラインアップをお届けする。





『ボストン市庁舎』


御年91歳の伝説的ドキュメンタリー作家、フレデリック・ワイズマンが、「人々がともに幸せに暮らしてゆくために、なぜ行政が必要なのかを映画を通して伝えるため」に製作した最新作。分断化がアメリカを覆っていた2018~19年当時、「一つの都市が変われば、その衝撃が国を変えてゆく」と語るマーティン・ウォルシュ市長(※2021年3月よりアメリカ合衆国労働長官に就任)を主軸に、ボストン市庁舎で働く人々の仕事を見つめた。映画は、住民の問い合わせに対応する電話窓口の様子から始まり、市長と警察の会議や、高齢者や退役軍人への支援、同性カップルの結婚式、さらには、大麻ショップの出店申請に関する意見交換会など、ありとあらゆる業務を捉えた映像を次々と映し出す。監督の作品の特徴は、ナレーションや音楽、インタビューやテロップでさえも一切ないということ。何を感じ、どう判断するかは、すべて観客に委ねられているのだ。「ボストン市庁舎はトランプが体現するものの対極にあります」とワイズマン監督。上映時間274分(休憩有り)と聞くと気後れしそうだが、なぜかずっと観ていられる不思議な面白さがあり、一つの街の市政を通して、アメリカ民主主義の根幹が浮かび上がってくる。ちなみに、ボストンでは先日、市長選が行われ、台湾系の市議ミシェル・ウーが当選した。ボストン市長選で女性が当選するのは史上初。非白人の当選も初めてだという。


公開中
公式サイト: https://cityhall-movie.com






『リトル・ガール』


フランス北部で暮らす7歳のサシャは、学校でもバレエ教室でも女の子として扱ってもらえない。生まれたときに割り当てられた性別が“男性”だったからだ。映画は、不寛容な社会の中で、ただ自分の望む性別を生きたいという当たり前の願いを叶えるために闘う、サシャとその家族の日々を見つめたドキュメンタリー。セバスチャン・リフシッツ監督は、トランスジェンダーのアイデンティティが思春期ではなく幼少期に自覚されることについて取材を進める中で、サシャの母親カリーヌに出会ったのだという。母親を傷つけまいと多くを語ろうとしないサシャが、小児精神科医の前で流す涙。ベッドに横たわった彼女が見せる、幼い少女とは思えないほど悲哀に満ちた横顔。カメラは、そんなサシャの表情だけでなく、娘が性別違和に苦しむのは自分のせいなのではないかと悩むカリーヌの葛藤や、娘/妹の幸せを守ろうとする家族の強い絆も見守っている。


公開中
公式サイト:https://senlisfilms.jp/littlegirl/






『ワタシが”私”を見つけるまで』(原題:Found)


赤ちゃんの頃に中国から養子に出され、アメリカで育てられた3人のティーンエイジャー、リリー、セイディ、クロエ。映画は、23andMeという遺伝子診断サービスで従姉妹同士だと発覚した3人が、出生の地を訪問する旅に密着したドキュメンタリー。背景にあるのは、中国で1979年から2015年まで実施されていた一人っ子政策。その間、多くの子どもが海外へ養子に出され、その大半が女の子だったという。いずれもアメリカ人の親に愛され、大切に育てられてきた少女たちだが、自らのアイデンティティに複雑な思いを抱いており、3人で記憶のない故郷に“帰る”ことを決意する。現地では、自らも親に手放されそうになった過去を持つリサーチャーが彼女たちをサポート。生物学的な親に会いたい、もしくは会いたくないという本人たちの揺れる心や、娘を大切に育ててきた親の気持ち、我が子を手放さなければならなかった中国の人々の苦悩を通して、一つの国策が与える深刻な影響が映し出される。映画『フェアウェル』の製作陣による本作の監督は、クロエの叔母でもあるアマンダ・リピッツ。一人っ子政策の実態は、2019年のサンダンス映画祭でグランプリに輝いたドキュメンタリー『一人っ子の国』にも詳しく描かれている。


Netflixで配信中
https://www.netflix.com/search?q=found&jbv=81476857






『SAYONARA AMERICA』


音楽活動50周年を迎えた細野晴臣のドキュメンタリー映画。メガフォンを執ったのは、2019年の『NO SMOKING』も手がけた佐渡岳利。2019年に初めてアメリカで開催されたソロライブの貴重な記録と、新型コロナウィルスによって世界中の人々の生活が一変してしまった2年後の映像を交えて、”In Memories of No-Masking World”(マスクがなかった世界を偲んで)製作された。映画はニューヨークとロサンゼルスで行われた公演から、計17曲のライブパフォーマンス映像をフィーチャー。同じ場所に集まって感動を共有することが当たり前ではなくなってしまった今だからこそ、ファンの歓声や熱気に包まれた会場で、自由に軽やかに演奏する細野の姿を、大きなスクリーンで観ることができるのはうれしい。あれから2年経った今、細野は何を思い、何を語るのか。過去と現在を行き来して描かれる、幸福感と高揚感に満ちたライブドキュメンタリー。


公開中
公式サイト:https://gaga.ne.jp/sayonara-america/






『ダ・ヴィンチは誰に微笑む』


それはニューヨークのとある美術商が、たったの13万円で落札した名もなき絵画だった。一般家庭に飾られていたこの作品が、レオナルド・ダ・ヴィンチが救世主を描いたとされる消えた絵「サルバトール・ムンディ」だと考えた彼は、ロンドンのナショナル・ギャラリーに接触。ダ・ヴィンチの弟子による作品だという意見もあったものの、専門家の鑑定を経てダ・ヴィンチの作品として展示され、世界中から関心を集めることに。そして2017年、「サルバトール・ムンディ」は史上最高額の510億円で落札されるのだが…。映画は、美術商、学芸員、専門家、研究者、ジャーナリスト、マーケティングのスペシャリスト、さらには、ロシアの新興財閥や、とある国の王子まで、一枚の絵画を巡る複雑で滑稽な人間関係と、そこに渦巻く欲望を生々しく描き出す。先の読めないスリリングな展開が楽しいユニークなドキュメンタリー。


11/26(金)公開
公式サイト: gaga.ne.jp/last-davinci/


text nao machida

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