進路に悩む高校生の春乃(吉田美月喜)は、崇拝している幼馴染の愛美子(横田真悠)がパパ活をしているという噂にも胸を痛めていた。ある日、愛美子と偶然街で出くわした春乃は彼女が飼っているというペットを見せてもらうことにーー。
学校と家族が大きな存在を占める学生時代、身近な存在が自分と世界の見方を変えるドアになり主体性を取り戻すという、願いにも似た15分の短編『Petto』。少女の揺らぎの見事な表現とともに、一気に引き込まれるフィクションとしての映画の力を用いて人や社会を鋭く描いた本作について、枝優花監督と主演の吉田美月喜に構想から込めたメッセージに至るまでを聞いた。
――15分の中に春乃の心の中の変化とともに社会の変化を望む監督の気持ちも感じました。監督が変化というテーマを聞いてから本作に辿り着くまでの過程を聞かせてください。
枝「最初は全く違う物語を考えていたんですが、ちょうど脚本を考えているときにテレビをつけたらとある政治家が女性差別発言で炎上していて、SNSでもその政治家の話題ばかりになっていたんです。それを見ていて、内容について怒るのはもちろんわかるんですが、私の中ではその人はもう20年間くらい価値観が更新していない化石のような人というイメージだったので、みんないま気づいたかのように叩いてるけれど、そういう人をあの位置に置き続けてきたのは自分たちでもあるじゃないかと不思議な感じもして。そしてそのニュースを観ている傍らに飼っている犬がいたんですが、その犬が散歩も嫌いだし、食べて寝てるだけで本当に何もしないんですよ。でも可愛いから可愛いがるじゃないですか。私は脚本を書かなきゃいけないのに、そういう生活をずっとしているのは楽でいいなあと思っていて。テレビでは政治家が謝罪のようなことをしていて、一方でグウタラしてる犬を見たときに、ペットと自分たちが近いと感じたんです。この犬は誰かがいないと生きていけない弱い存在だけれど、人間は犬じゃないから自分の意思でいろんなことができるし、お金も稼げるし、政治家だって自分で選べる。それなのにちゃんと選んでこずに放置しながら、結果だけを怒っている。そういうふうに国民をペットのようだと感じたのが本作の着想のきっかけのひとつです。
さらにそのとき実家に帰っていて、幼馴染みについてふと思い出したことがあって。小学3年生くらいのときに、幼馴染みに友達を紹介したいと言われて、友達って誰だろうと思って尾いていったら、15分くらい歩いて川の下にたくさんダンボールがある場所に着いたんです。幼馴染みが『ここで待ってて』と走っていって、『鈴木さーん!』って呼んだらおじさんが出てきた。それがアンハウスド(unhoused/家がない)の方だったんです。私には衝撃だったんですが、2人はすごく仲良くしていて、幼馴染みは家でつくってきたおにぎりをポケットにいっぱい入れていて、鈴木さんにあげていたんです。幼馴染みは多分アンハウスドというものを知らなくて、ただ友達として、本当に心を通わせて喋っていた。私は最初それを異常だと思ったけれど、その自分の方が異物に感じて2人の輪に入れず、帰り道でも映画と同じように一切そのことに触れないで普通に学校の話をして、じゃあねと家に帰って親にも言わなかったんです。親に言ってしまったら、2人の中で成立している対等な関係でも他者から見たときには優劣があるような状態だから、幼馴染みは多分あの友達を失ってしまう。だから言えないと思って言わずにいて、そのまま20年くらい忘れていた。それを全部思い出して、こういう話を書こうと始まったんです」
――そこまで実体験だったんですね。春乃の心の中の揺らぎには、監督自身の映画の専門学校ではなく4年制大学に進まれたときの心情も反映されていると思いました。これまでの作品でもご自身の体験や感情を下敷きとされていますが、やはりそうした自身の体験は必要不可欠な要素ですか。
枝「今のところはそうですね。わからないことはどうしても演出ができないというか、薄っぺらなくなってしまうので。クライアントワークのようなものだったらもう少し知らないことにも挑戦してみることもできるんですが、今回の企画は自由にやっていいということだったので、なおさら手応えがある状態で確実に自分の作品と言えるものをつくりたかった。だから春乃は本当に自分の中学や高校時代を投影してつくっています」
――同時にフィクションの力も存分に発揮されています。既存の価値観を逆転させる構図からはナオミ・オルダーマンの『パワー』や松田青子さんの『持続可能な魂の利用』を想起しました。制作中にパワーをもらった書籍や音楽、映像などはありますか。
枝「私は基本的に皮肉が好きなんです。SFも好きで、本作の制作時に限らず藤子・F ・不二雄さんの短編集はよく読んでいますが、ある視点から別の視点に移ったときに自分は愚かだと気づかされるようなところが大好きなんです。人間の愚かさや可笑しさを描いた作品が好きなので、そういう本はよく読んでいますね」
――なるほど。吉田さんは春乃と年齢も近く、中学生で役者を志したご自身の境遇と重ねても気持ちが理解しやすかったのではないでしょうか。
吉田「そうですね。キャラクターで言えば、私は絶対にめっちゃん(愛美子)ではなく春乃だと思いました。私は中学3年生の終わりくらいから事務所に入って演技をはじめて、オーディションになかなか受からずとても気分が落ちていたり、どうしたらいいか全くわからないというときもあって、頑張っているつもりだけど何も動いていない現実だとかそういう悩みは春乃と似ている部分としてあって。めっちゃんに対しても、学校にそんな子がいたら周りが批判や陰口を言っていてもきっと心の中では自分らしく生きている姿に憧れるだろうなと思います。なので、今回は自分のそのままの感情で演じていました。実際にめっちゃん役の横田(真悠)さん自身が凛としていて神秘的な雰囲気を持ってらっしゃる方だったので、現場でも憧れの気持ちで話しかけにいったりして。外見はもちろんですけど、持っていらっしゃる雰囲気も綺麗で格好よくて、話したくなる方なんです」
――おっしゃるように横田さんは本当に“めっちゃん”そのものでしたし、渡辺哲さん演じる総理の林為三にも驚愕しました。
枝「哲さんとは衣装合わせのときに政治のことを1時間くらい話し合ったんです。哲さんは政治に詳しく、さらに以前に田中角栄を演じたことがあったということもあって、いまの政治家について言及していて、それに対して私が質問をして…あとは自分がこの映画に対して掛けている思いを緊張しながら話したんですが、若造の話を真面目に聞いてくれて本当に嬉しかったです。哲さんは控え室にいてもいいというのに、『ここでいいんだよ』って、ずっとロケセットのなかにいて役の準備をされていましたね」
――あの役を演じられたことですっかり渡辺さんのファンになりました。監督は感情に嘘をつかない俳優と組みたいとおっしゃっていましたが、吉田さんを起用されたのもそうした理由からですか。
枝「そうですね。いろんなとっかかりはあるんですが、ラストシーンを絶対にあの表情で終わらせたいと思っていたので、あの目を持ってる人をずっと探していました。だから初めのとっかかりはこの黒目です。黒目と横顔を見て、この子だと思いました。そして意思がなさそうな表情から意思を持った表情ができるところ。それでキャスティングして、衣装合わせで会ったときに、性格も春乃っぽいなと思いました。すごく真面目で気遣いができて、いろんなことが見えているんだけど、自分のこととなると不安になって自信がなくなったりしている部分がすごく似ている。この似ている部分を現場で活かしていこうと思いました。ちゃんとやろうとするから、『ちゃんとやらないで』とずっと言ってたよね(笑)」
吉田「はい(笑)。しっかりしなきゃとすごく強く思ってしまうんです。もっと力抜けばいいのにとよく言われます。いま聞いて、あのときにそこまでバレてたのかってドキッとしました」
枝「バレるよ(笑)。彼女はすごく芯があるんだけど、等身大に悩んでる部分もすごく大きい。でもみんなを不安にさせたらいけないとか、主演としてしっかりしなきゃということを考えて、芯の部分をより一層ある風に見せるんです。私はその部分を抜きたかったんですね。お客さんをダマせちゃうくらい芯がないように演じるのも上手いんだけど、実際に芯を抜きとった、私はこれでいいのかというような不安な状態でいさせたかったので、芯を叩いて叩いて抜く作業を2日間していました」
吉田「脚本をいただいたときに、何が起こっているかわからないし、この作品は何を伝えたくてどう演じたらいいのかもわからなくて、すごく色々考えたんです。でも現場で監督に『わけわからないことが色々起きるけど、深く考えずに目の前で起きてることを素直に受け取って。そのままでいていいよ』と言っていただいたことで気を抜くことができて、リアルに『これはなにが起きてるんだろう』という風に演じていました。監督のその一言のおかげで、深く考えすぎないというのも大切なんだなと気づくことができましたね」
――それは役者としてすごくいい体験ですね。吉田さんはこの作品を経て、ご自身の実生活においても考えるようになったことや見えるようになったことはありますか。
吉田「最後のシーンでの横田さんの『責任持って生きている』という言葉は、春乃に似てる部分がある私自身が言えない言葉だからこそハッとして。こういう女性になりたいというひとつのヒントという風に感じられました」
――吉田さんのように、作品を通して考える人が1人でも増えるというのがこの作品の願いであり核だと思います。
枝「言いたいことはたくさんあるし、いまはSNSなどで簡単に言えるんですけど、そこでの言葉はすごい勢いで流れていくじゃないですか。でも、せっかくものをつくって届けられる立場に在れているのだから、ならば今感じているものを頑張ろうと思ってこれをつくりました。下の世代の子や同世代が観て、この作品を通してどう思ったかという話から派生して、自分たちはどうなのか、いま迷っているけどどうなんだという話ができるようなきっかけのひとつになったらいいですね」
――監督が若年層のワークショップを続けているのも主体性を持つことや未来を育てるということの一環ですよね。
枝「小学生のワークショップを毎週続けていますが、価値観がここでもうつくられているとわかるんです。例えば子どもたちはゲイやレズビアンという言葉を知らないながらも既に同性同士の恋愛に否定的な認識を持っていたりする。それはどこでつくられた価値観なのか判断して、一緒に考えてみたりします。自分たちがいる場所が一番正しいとは限らないと。本来は初等教育でジェンダーやセクシャリティ、もちろん主体性についてもしっかり教えられるべきですが、その教育がしっかりなされていない日本ではそのためにいろんな捻れや断絶が起きている。でも小学生だとものの数分で『自分たちの考えや存在が一番正しいということはない』と理解できるんです。スポンジみたいに吸収がはやい。それが子どもたちの持つ可能性の希望で、そして私にとっては緊張感のある場所です。生きている限り、私たちには責任がある。未来をつくっていくのは私たちであると思っています」
photography Yudai Kusano(IG)
text & edit Ryoko Kuwaharam(T / IG)
『MIRRORLIAR FILMS Season1』
安藤政信監督「さくら、」、枝優花監督「Petto」、武正晴監督「暴れる、女」、⻄遼太郎監督 「充電人」、花田陵監督「INSIDE」 、針生悠伺監督「B級文化遺産」、藤原知之監督「無題」、三吉彩花監督「inside you」、山下敦弘監督「無事なる三匹プラスワン コロナ死闘篇」
『Petto』監督::枝 優花 出演:吉田美月喜、横田真悠、河井⻘葉、渡辺哲
9月17日(金)全国順次公開
https://mirrorliar.com
配給:イオンエンターテイメント
2021/日本/カラー/121 分
© 2021 MIRRORLIAR FILMS PROJECT
《MIRRORLIAR FILMS(ミラーライアーフィルムズ)》はクリエイターの発掘・育成を目的に、映画製作のきっかけや魅力を届けるために生まれた短編映画制作プロジェクト。年齢や性別、職業やジャンルに関係なく、メジャーとインディーズが融合した、自由で新しい映画製作に挑戦する。
“変化”をテーマとした36名の監督による短編映画を 4 シーズンに渡りオムニハバス形式で公開。初監督多数、俳優、漫画家、ミュージシャンらが参加し、一般公募枠の12作品は、419作品の応募から選抜された。映画祭の開催ほか、多様な作品を多様な形で国内外に届けていく。
参加監督:Azumi Hasegawa/阿部進之介/安藤政信/井樫彩/池田エライザ/枝優花/GAZEBO /紀里谷和明/Ken Shinozaki/駒谷揚/齊藤工/志尊淳/柴咲コウ/柴田有麿/武正晴/⻄遼太郎 /野﨑浩貴/花田陵/林隆行/針生悠伺/福永壮志/藤井道人/藤原知之/真壁勇樹/松居大悟/三島 有紀子/水川あさみ/三吉彩花/村岡哲至/村上リ子/ムロツヨシ/山下敦弘/山田佳奈/山田孝之/ 李闘士男/渡辺大知 (五十音順)