1988年のソウルオリンピック、1993年の大田国際博覧会(万博)など国際的なイベントを成功させ、グローバリゼーション真っ只中にあった1995年のソウル。高度経済成長を迎えながらも学歴やジェンダーでの差別はまだ根強い時代、大企業サムジン電子に勤める高卒の女性社員たちは優れた能力があっても明確に線引きされ、お茶くみや書類整理など、大卒社員のサポート役しか与えられていなかった。結婚したら強制的に退職させられるような職場で、TOEIC600点を超えたら得られる「代理」という肩書を頼みに、英語の勉強に勤しむ日々。そんな中、ジャヨン(コ・アソン)は会社の工場から汚染水が川に流出しているのを目撃。証拠を隠蔽しようとする会社に、ジャヨン、そしてセクハラを受け秘書課を追われたユナ(イ・ソム)、数学の天才ながらその才能を使う機会を得られないシム・ボラム(パク・ヘス)の3人は力を合わせて告発のために奔走。劇中のセリフにあるように“tiny tiny”=ちっぽけな存在の彼女たちは、やがて連帯し、大きな波を生み出す。1991年に起きた斗山電子のフェノール流出による水質汚染事件をモデルにし、当時の様々な時代背景を組み込み、ユーモアやサンスペンスで味付けし、韓国版『エリン・ブロコビッチ』とも称され、韓国で動員157万人を突破した本作の日本公開に先駆け、イ・ジョンピル監督に話を聞いた。
―本作は実話が元になっているということでしたが、その実話を知ったきっかけ、そこからどのように脚本家のホン・スヨン、ソン・ミさんと話を組み立てていったのか教えてください。
イ・ジョンピル監督「90年代の韓国は、映画の中で描かれているのと同じように、グローバリゼーションの波が押し寄せた時代でした。とにかくどこに行っても英語が重要視され、みんなが英語を学ぼうとし、企業でも高卒の社員向けに英語講座が開設されていました。脚本家のホン・スヨンさんは、当時実際に企業の英語講師のアルバイトをされていて、その経験をもとに初稿を描かれたんです。初稿では社会を告発する内容が非常に色濃かったのですが、私ともう一人の脚本家であるソン・ミさんは、告発の部分は活かしつつも、より楽しく愉快なものにして間口を広げたい、さらに主人公たちが勝利するような姿を描きたいと思い、ミステリーを入れるなど工夫してこのような形になりました。実際の時代背景を基にし、実際の事件をモデルにしていますが、登場人物たちのモデルを特定しなかったため、所詮フィクションだと思われるかもしれません。しかし、私はこの人物たちはどこかに存在していた、存在していると信じて物語を描いていったのです」
―それが数多くの「ミス・キム」(フルネームや肩書きで呼ばれる男性たちに比べ、結婚して退職することを前提に、シングル女性であることを指すミスを名字の前につけて呼ばれた、差別待遇を受けていた女性たち)たち、つまり本作で重要な役どころを担う高卒の女性たちですね。彼女たちの実情を映し出すためにリサーチされた中で印象的だったことは?
イ・ジョンピル監督「制作にあたり、90年代に高卒で会社に入り、長い間勤めていた女性たちが書いた文章や手記を読みました。その中で彼女たちは、自分たちだけがコーヒーを淹れ、掃除をしなければいけないということももちろんだけれど、それ以上に、会社に勤めていて仕事をしたいと熱望しているにもかかわらず、会議に参加できないということが一番辛く悔しかったと述べていたのです。それがとても心に響きました。その時代を過ごした、1968年くらいの生まれの方たちが今どうしているのかも気になって、個人的に様々な会社や公的機関などへ出向いて、その黙々とした仕事ぶりを観察したりもしました」
―そのような待遇にいた3人の行動が多くの人々を巻き込んだ大きな連帯になっていく様は本当に感動しました。「私」が「私たち」の物語になることはとても重要だったと思うのですが、1人ではなく3人という主要人物を設けたのはなぜでしょう。
イ・ジョンピル監督「一概に判断するものではありませんが、この3人は社会的に弱者とされる立場にいます。そんな彼女たちが大きなものに立ち向かうときに、友達というのは必ず必要なもの。立ち向かうものより弱い立場にいる人たちが勝利するには連帯が必要だからです。けれどただ単に主人公の友達というのではなく、一人ひとりが主人公であってほしいと思いました。だからこのように一人ひとりが主役で、誰もが主役で、その人々が連帯していく姿を描くことは必須だったのです。
この質問をいただいて思い出したのですが、本作を手がけるにあたり、90年代のソウルの写真を大量に見たんです。その中で、ソウルの街中を歩いている20代の3人の女性の姿が目に止まりました。その3人はそれぞれにスタイルが違っていて、とても活気に満ちた様子で写真におさまっていました。1人はトムボーイ風でスーツパンツにベルトを締めていて、1人はバーバリーのコートにミニスタートとブーツ、もう1人は会社員なのか高校生なのかわからないような純朴な格好。そんなそれぞれ違った3人が颯爽と肩を組んで歩いていた姿が、自分の中で本作の3人のイメージに結びついていったのです」
―確かにファッションやヘアメイクは見ていて楽しく、かつ時代を語る上でとても重要な働きをしていました。主演のコ・アソンは母親の服を再現して時代にマッチしようと試みたそうですね。監督は当時の衣装を再現するにあたり、スタイリストやヘアメイクらとどういう打ち合わせを行いましたか。
イ・ジョンピル監督「正直に言うと、私は90年代の女性のファッションに関して全く詳しくありません。そのぶん、俳優や衣装監督、メイク監督、そのスタッフたちが頑張ってくれました。制作の方たちも90年代に会社勤めを経験されていたので、現場でそのみんなが『こういうものが流行っていた』『これじゃない』など大騒ぎしながら、楽しみながら用意してくれて、私ときたらそれを見物していただけでしたね(笑)。衣装のチームの人たちが言っていたんですが、当時は腕時計を服の上からはめるスタイルもあったということで、そうしたディテールにわたるまで真剣に考えてくれました。俳優陣も本当に努力してくれて、母親や親戚の当時の写真を見てメイクやアクセサリーを考えてくれましたし、イ・ソムさんはカモメ眉を描くために自分の眉を剃ってくれたんですよ」
―本作では英語も大きな意味を持っています。TOEICで自分の技能を示し、会社の規定をクリアするというだけでなく、グローバリゼーションの象徴、さらに弱者とされている主人公たちが相手の言葉が理解でき、対等に話せるようになることで起きることの伏線となっていると思いました。
イ・ジョンピル監督「この映画の日本タイトルは『サムジンカンパニー1995』 ですが、韓国語のタイトルでは『サムジングループ 英語TOEICクラス』。だからまさに英語は一つのモチーフとなっています。英語が重要視された1995年前後に私自身も英語を習って、I like an appleから始まって色々学びましたが、果たして英語とは何か、どういう位置付けなのかというのは私自身もいまだによくわからないのです」
―本作を観て、正しいことをするということもそうですが、「人のことを想像する余地を持つこと」について考えさせられました。思考停止するのではなく、自分から見た相手について考えることで差別や隠蔽などがなくなる。パンデミックで人々の気持ちが不安定な時期に、本作からどのようなことを感じ取ってほしいですか。また、監督自身が本作を経て得たことは。
イ・ジョンピル監督「相手のことを考えることができる力を韓国では共感能力と言うのですが、今回の主人公は共感能力がかなり優れた人と設定しました。このパンデミックの時代、段々共感能力が落ちてきている気がします。人と人との距離が離れていっていますし、距離を保つことが大事だと言われているので、他人という存在が実存するものではなく、一つの現象のように思えたり、一つのデータに見えたりしてしまっているような気がするんです。でも私はどんな形であれ人と人は繋がっていると思います。メッセージと言うと大袈裟かもしれませんが、観てくださる方には、大きなことでも小さなことでもとにかく何かを解決することが大切だということを知ってほしい。昔だったら自分も問題にぶち当たったら逃げていたり、ただ単に困り果てるだけだと思うんですが、今だったら解決したいし、解決しようとするように変わってきています。この主人公たちもそうしています。そのように、何かをしたら何かが変わると伝えたいですし、希望を決して失わないでほしいと思います。私自身はこの作品を経て“楽しさ”を得ることができました。このような作品を撮ることができて、改めて映画を作ることが楽しいと思えるようになったのです」
text & edit Ryoko Kuwaharam(T / IG)
『サムジンカンパニー1995』
7月9日(金)シネマート新宿ほか全国順次ロードショー
samjincompany1995.com
脚色/監督 イ・ジョンピル
出演:コ・アソン、イ・ソム、パク・ヘス、デヴィッド・マクイニス、キム・ウォネ、チョ・ヒョンチョル、ぺ・へソン、キム・ジョンス、ペク・ヒョンジン、パク・クニョン、イ・ソンオク、イ・ボンリョン、タイラー・ラッシュ
脚本:ホン・スヨン ソン・ミ
2020年/韓国/カラー/110分
原題:삼진그룹 영어토익반 (SAMJIN COMPANY ENGLISH CLASS)
レイティング:G 配給:ツイン
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