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text by Ryoko Kuwahara
photo by Yudai Kusano

「タイムリミットを意識することで、逆にもっと自由に心や身体を伸ばせるようになった」芳根京子『Arc アーク』インタビュー




21世紀を代表する世界的作家ケン・リュウの短篇小説「円弧(アーク)」(ハヤカワ文庫 刊)。ストップエイジングによる不老不死が可能となった世界で、その施術を受けた世界初の女性の一生を描いたこのマスターピースを、『愚行録』『蜜蜂と遠雷』で国内外より注目される石川慶が監督、脚本を務め映画化。『累 -かさね-』『散り椿』で日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞し、新作『ファーストラヴ』での熱演も話題となった芳根京子が主人公・リナを演じた。リナの師となるエマに、寺島しのぶ。エマの弟で天才科学者である天音役を岡田将生。さらに、物語の重要なカギを握る人物を、倍賞千恵子、風吹ジュン、小林薫という名優たちが固めた。様々な感情や愛情、どう選択して生きていくかという問いなど、現代の私たちにも通じる問題を、不老不死という未来を描きながら逆説的に見せてくれる本作。一人の女性の10代から100歳以上をスクリーンで生きた芳根京子はそこから何を受け取ったのか。


――人類初の不老不死の女性という、アダムとイヴのイヴのような役割を担ったリナを演じられています。リナは選ぶ側であり、動く側として存在しますが、声や歩き方など、そのペースが前半と後半では変化していきますね。ダンスやボディワークスなど、周りの静に彼女のエネルギーが際立たせられる前半、娘であるハルや自然の動きに彼女の落ち着きやゆとりが浮かび上がる後半。それぞれにどのように考えて演じられましたか。


芳根「計算や逆算などはあまりせず、その瞬間その瞬間に、その年代のその時のリナはどうあるべきか、どういうリナであってほしいかを懸命に考えながら組み立てていきました。香川が撮影現場だったんですが、ほぼすべてが現場に行ってからふと芽生えたり、生まれたりしたもので、そうしたものを監督と共有して形にしていったんです。
現場より前はとにかく環境を整えることに専念していて。台本を読んで、自分でちゃんと提示できるものは持っていかないといけない。例えば30代だったらみんながついて来てくれるリナでありたい。じゃあどういう人についていきたいかなとたくさん想像して、こういうリナにしたいというイメージを膨らませる。それで現場に行って初めて声に出して言葉を発した時に、『こういう声か 』と自分でも気づくんです。思っていたものとやってみたら違う形になって出てくることが多いので、そこに瞬時に一生懸命に対応していくというか。だからあまり頭で決めすぎていかないようにしていきました。いろんな点と点が合わさったら自然とそういう形になったというのが、自分なりの役の作り方かなと思います」





――ベースは作るものの、即興的な部分も大きかったと。ベースの部分といえば、ダンスから連なるボディワークスは前半の根幹を成すものだと思いますが、ダンスに挑戦されていかがでしたか。


芳根「これまでにダンス経験がなかったので、台本を読んだ時にそうお伝えしたら、監督がそんなに心配しないで大丈夫だとおっしゃって。それが蓋を開けたらあんな本格的で、これは大変だと思ったんですけど、振付を担当された三東(瑠璃)さんからの指導が想像していたダンスとは全く違っていたんです。『ダンスは感情表現です。まず感情で身体を動かしてみましょう。振り付けがあるわけでもなく、決まりもない。ただこのフロア内で好きなように動いてください』というところから始まったのですごく楽しかった。自分の中のダンスの概念が崩れて、そうか、ダンスも感情表現だとしたらお芝居の延長線上だと感じられて、それならどうにかなるかもしれないという希望をもらって頑張れました」


――ダンスという身体表現を得たことで、ご自身に何かフィードバックがありましたか。


芳根「悩んだり苦しい時って、内に内にと入っていってしまいますよね。それを外に出す、身体で表現するということに打ち込んでいたんですね。あの時期は他の現場もあったり、色々煮詰まっていた時期だったのですが、ため込まず、負の感情を発することができたのはとても良かったです。そして今はあの頃よりも健康体なので、今この瞬間の私がやっても多分ああいう表現にはならない。あの時、あの瞬間の自分だからああいう風になったのかなと思います」





――なるほど。役づくりにおいて、石川監督とはどのような話し合いを持たれましたか。


芳根「いつもは監督と役者というものは向かい合っているイメージだったんですけど、今回は監督と二人三脚で横並びで歩くという感覚が一番近かったです。お互いに、こうしたい、こう見えたらいいねというのを言い合って、でも『話してもわかんないねえ、じゃあ当日やってみてまた話しましょう』という感じで、感覚でつくっていくことが多かった。石川さんはこう見せたいという意図を強要してくることがないし、私が台本を読んで咀嚼して掲示したものを絶対に否定をしないでベースを任せてくださる。そのうえで、じゃあそこにこれを足してみようか、こうしてちょっと変えてみよう、と調整する作業がすごく丁寧で上手で、なるほどと毎回思わせられるんです。『これは何を撮っているんだろう?』と撮影中に疑問に思うような場合でも、実際に繋がるととても納得できるということが多いので、誰も文句を言わない。制作陣みんなが石川さんを信頼していて、石川さんが言うならそうなんだな、大丈夫だ、というスタンスだったので、すごくアットホームで魅力的な現場でした。お芝居の楽しさを常に感じながら現場にいることができましたし、本当に素敵な時間でしたね」


――演じやすいように年齢順に撮影されたということもお聞きしました。


芳根「はい。前半ブロックと後半ブロックで分かれていて、前半ブロックはちょっと入り混じっていましたけど、10代から始められたのは大きかったです。ただ、撮影が始まる前は10代のリナが大人になっても、その前の時代のリナを引っ張ってしまっていたんです。そしたらどんどん枠が小さくなっていってしまって。リナとしての核は持っていかなくてはいけないけど、入れなくてはいけないものを持って歩いて進んでしまうと、無理にその点を巻き込まなきゃいけなくて、どうしても形が歪になるというか。こんなに窮屈で歪になるようなら、もういっそ全部切り離そうと。リナを18歳、30歳、90歳という3ブロックに分けた時に、それぞれに1から役づくりをしようと思ったらすごく楽になりました。それで10代を演じている時に、30代のリナはゼロから作りますと石川さんにお伝えしたら、いいと思うよとおっしゃっていただいて。演じてみて思ったのは、どの年齢の時もリナはすごく自分を大切にしているということ。表現の仕方はその時々で違うけれど、そう思いました」


――確かに。原作でもその年齢年齢で「人生を置き去り」「はじまりばかりの暮らし」というような表現もあり、切り離していって新しい生を得るというのは符合しています。


芳根「そうですね。原作は終わった後から読んだんですよ。原作は短篇で、映画の方はオリジナルな部分も多く設定も色々変わっているので、一度新しい作品として見てみたかった。それで撮影が終わってから読んで、自分でもスッとしました」





――師匠であるエマに寺島しのぶさん、そのほか大切な鍵となる役所を倍賞千恵子さん、風吹ジュンさんと、リナの人生に大きく関わる名優たちとの共演はいかがでしたか。


芳根「お名前を口頭では聞いてたんですけど、台本を見てキャストの名前を開くたびに震えました。とても豪華なキャストで、その一番前に自分の名前があるということに非常に大きな責任を感じました。撮影中も定期的にキャストの欄を見るようにして、よしっと気合入れて毎日撮影していて。もちろんお芝居でもいろんなことを教えていただいたし、たくさん吸収させていただいたんですけど、それ以上に人としての現場での居方をたくさん学ばせていただいたと思います。もし自分がこの作品に出る側じゃなく観る側だったら、年齢がハマれば自分がここにいれたかもしれないんだとすごく悔しいだろうなと思ったので、そういう方が観ても『芳根京子だったら許せる』と思わせられるくらいのものではなくてはダメだと思いました。そういう意味でも自分が想像してなかったような馬鹿力というか、そういうものが出てきた瞬間はたくさんあったんだろうなと思います。追い詰められると意外と人間はできるというか、追い詰められるからこそ出てくる力みたいなものがあるんだなと感じられました」


――「選ぶのはあなただ」と30歳のリナはこともなげに言いますが、同時に作中には選べなかった方たちの声も多く出てきます。生死に加え、貧富など様々な問いを投げかける本作を経て、得たことや考えたことがあれば教えてください。


芳根「日々生活をしていて、今ここでお話をしていて、『生きてる』と思うことってなかったなと思って。当たり前すぎて当たり前とも思わないくらいにそれが日常になっていたのが、今この瞬間というものがどれだけ貴重かを感じられるようなりました。今の時代では人間の生にはタイムリミットがあるのだから、一層毎日を大切に過ごそうと思うようになって、毎日を楽しい気持ちで終わりたいと思うようになって、極端かもしれないけど明日死んでも後悔がないように生きようと思えるようになった。タイムリミットを意識することで時間にとらわれているように思われるかもしれないけど、私は逆に心に大きな余裕をもらったと感じています。リナを演じたことで、もっと自由に身体や心を伸ばせる。当たり前とも思わないくらい当たり前だった生や世の中が当たり前じゃなくなったという不思議な感じ。この年齢でそう思えたことはすごく大きいと思います。この作品と出会えたことは、役者としてだけでなく人としての発想や価値観を広げてくれたし、新しい世界を見せてくれた気がして、映画って面白いなと改めて思いました」


photography Yudai Kusano
text & edit Ryoko Kuwahara



『Arc アーク』
6月25日(金)全国ロードショー
HP:http://arc-movie.jp/
出演:芳根京子、寺島しのぶ、岡田将生、清水くるみ、井之脇海、中川翼、中村ゆり/倍賞千恵子/風吹ジュン、小林薫
原作:ケン・リュウ『円弧(アーク)』(ハヤカワ文庫刊 『もののあはれ ケン・リュウ短篇傑作集2』より)
監督・編集:石川慶
脚本:石川慶 澤井香織
音楽:世武裕子
製作:映画『Arc』製作員会
製作プロダクション:バンダイナムコアーツ
配給:ワーナー・ブラザース映画
(c)2021 映画『Arc』製作委員会 2021 年/日本/127 分/スコープサイズ/5.1ch

Twitter:@Arc_movie0625

 #Arcアーク
<ストーリー>
舞台はそう遠くない未来。17歳で人生に自由を求め、生まれたばかりの息子と別れて放浪生活を送っていたリナ(芳根京子)は、19歳で師となるエマ(寺島しのぶ)と出会い、彼女の下で<ボディワークス>を作るという仕事に就く。それは最愛の存在を亡くした人々のために、遺体を生きていた姿のまま保存できるように施術(プラスティネーション)する仕事であった。エマの弟・天音(岡田将生)はこの技術を発展させ、遂にストップエイジングによる「不老不死」を完成させる。リナはその施術を受けた世界初の女性となり、30歳の身体のまま永遠の人生を生きていくことになるが・・・。

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