代表作「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」が新パスポートや2024年度から使用される千円札のデザインに採用されるなど長くにわたり愛され続けるアーティスト、葛飾北斎。19世紀にヨーロッパでジャポニズムブームを巻き起こし、マネ、モネ、ゴッホ、ゴーギャンなど数々のアーティストに影響を与え、西洋近代絵画の源流となった彼の知られざる生涯を初めて描く映画『HOKUSAI』が2021年5月28日(金)に公開される。北斎の青年期と壮年期を演じるのは柳楽優弥、老年期を田中泯。さらに北斎の才能を発掘した蔦屋重三郎を阿部寛、戯作者の柳亭種彦を永山瑛太と錚々たる名優らによって、北斎を中心としたアーティストたちの表現への飽くなき追求、幕府からの弾圧を受けながらも表現をすることをやめなかった有りようを鮮烈かつ骨太に映し出す。何のために表現するのか、誰のための表現か、表現は世界を変えるのかーー現代にも通底するテーマに挑んだ本作について、柳楽優弥に聞いた。
――以前、想像できる幅がないと演じるのが辛いとおっしゃっていましたが、今回の北斎は実在の人物とはいえ青年期に関しては謎が多く、オリジナルストーリーというところもあり、やりがい、演じ甲斐のある役だったのではないでしょうか。
柳楽「調べれば調べるほど本当に謎が多くて、特に青年期については情報がないんです。最初は“天才”だということと“波の絵”のイメージが強かったんですが、生涯で描いた枚数が3万点ととにかく多いんです。さらに老年期のイメージの方が強く、売れるようになったのも老年期になってからのことなので、かなり長いキャリアを積んでいます。そうしたエピソードから、実は生まれながらの天才ではなく大変な努力をした人なのではないかと想像し、演じていきました。アーティストとして生きにくい時代に、『自分はもっとできる』という強い信念で、何があっても諦めずに描き続けた努力の人。この話は“努力の人”北斎のサクセスストーリーだと捉えました」
――目や手、背を含めての身体的な表現も素晴らしかったです。藝大の先生から絵師の身体の動きを学ばれたということですが、その中でも特に覚えていること。そしてご自身が実際に気をつけられたことがあれば教えてください。
柳楽「以前、『アオイホノオ』というドラマに出演させていただいたときに漫画を描く練習をしていたのですが、今作では筆や描く絵が違うので、描く練習にはしっかりと取り組みましたが、やはり難しかったです。北斎っぽい描き方、(東洲斎)写楽っぽい描き方、(喜多川)歌麿っぽい描き方というものがあり、それぞれ全員違っているんです。絵を描くというのは派手にな動きがあるわけではないので、シンプルな動きの中でも、北斎の貪欲さや荒々しさを出すというのは難しかったです」
――自分の絵を見つけるきっかけとなった海のシーンは圧倒的です。演じている時はどういう心境で海の中に入っていかれたんでしょうか。
柳楽「この時の北斎の感情として監督と共有していたのは“自分への絶望”。アーティストは、作品が批判されることで自己批判してしまうので、ずっと自己肯定することはできないんです。海のシーンでは、北斎はその辛さ、難しさをより深く感じるのではないかと監督と話し合いました。そうした中でもやり抜いたからこそ“自分の絵”を見つけることができたのだと考えながら演じていました」
――北斎同様、既存のダンスにとどまらない表現を実践され続けている田中泯さんが老年期を演じられていますが、繋がりなどは意識されましたか。
柳楽「泯さん、とても格好良かったです。泯さんが演じられた北斎はもの凄く説得力がありましたし、本当にこういう人だったのだろうと思わせられました。北斎のキャラクターとしての癖のようなものは少し意識しましたが、監督とも相談した上であえて繋がるように考えて、キャラクター設定をすることはありませんでした」
――映画自体も絵のように美しく、中でも色の移り変わりは見事でした。墨、紅、緑、錦絵の多色づかいにベロ藍。時代を表す色でもあり、北斎の人生の出来事ともリンクしているようでした。特に印象深い色はありますか。
柳楽「北斎と言えばやはり波の絵や藍色の印象が強いですが、若い頃は意外と人物も描いてたり、試行錯誤があった。アーティストといえど、自分で全てを作り出しているわけではなく、最初は模倣や練習がある中で段々と自分のアイデンティティが見つかっていくという過程があって、青年期はまさにそのときだったと思うんです。多彩な色もあるけど、僕は、その試行錯誤でいろんな絵を描いていたということのほうが印象に残っています」
ーー北斎を演じて、絵への興味が沸いたりということはありましたか。
柳楽「昔は絵についてあまりよくわからなかったんです。本作では、クライマックスの絵を描くシーンで、藝大生の方が描いてくれた絵を見て、その凄まじいパワーに圧倒されたり、今回の役を通して絵の魅力に気づけたと思います。パワーが湧いてくるというか、気分が上がりませんか? 今、北斎の茅ヶ崎の波の絵に、版画の先生が『北斎 柳楽優弥』と刷ってくれたものを家に飾っていて、毎日北斎を見てるんです。家の中がものすごく明るく感じます」
――柳楽さんも役者という表現者ですが、同じ表現者として改めて北斎という人物をどのように思いますか。
柳楽「青年期から老年期までずっと同じことをやり続けることができたのは羨ましいです。今はコロナ禍で延期になる映画もあったり、以前に比べて難しいことも増えて、時代は違いますがアーティストとして生きづらいという点では北斎が生きた頃と少し重なる部分があるのかなと思いました。そういう中でも諦めずに、辛抱強く、ひとつのことだけをやっていくのはすごいモチベーションだと思うんです。その“ずっとできている”ということは一番羨ましいですね」
――では、北斎が「何のために絵を描くのか」と問われたように、「何のために演じるのか」と問われたらどのように答えますか。
柳楽「10代で色々な映画祭に出て賞をいただいた、その過去を超えたいという思いはずっとあります。自分の過去が常に意識の中にあるので、そこから脱したいという思いで頑張っていました。演じる時に子どもの頃のような楽しい感覚を思い出したいのですが、やはり大変なことの方が多いですね。これまで、『いい作品だね』と言っていただけた作品は、安心感に包まれ楽しい雰囲気の現場よりも、不安を感じたり怖いなと悩んだものの方が意外と多かったんです。バランスだとは思うのですが悩んだり考えるということも大事なことであると思います。考えすぎても仕方がないし、僕自身も31歳になるため、もう少し自分に合うやり方を見つけていきたいです。コロナ後には僕自身も改めて再出発するような気持ちで、一つ一つ勉強して習得していけたらいいなと思っています」
――「絵で世界は変わるのか」というのも本作のテーマの一つですが、アート、映画で世界は変わるのかとも言い換えられると思います。表現の自由について考えさせられることが多い今、北斎のみならず歌麿や種彦、蔦谷など、己の命、人生をかけて表現を貫いた人々のありようを描いた本作を通し、北斎を演じた柳楽さんがこの作品から感じたことを教えてください。
柳楽「北斎はまったく良い子ではないんです。むしろ、ちょっとグレてる。そういう風に、良い子になりすぎずに『それは駄目だ』と言われても自分の意志を貫いていくということは大事だと思いました。そういう方が人として面白いですよね。人生が映画になるような人は面白いんです。人を惹きつけるというか、普通はできないようなことを成立させるから影響力があるのだと思うし、夢がある。だから僕もいい意味でグレていこうと思いました(笑)」
photography Kusano Yudai
styling Nagase Tetsuro (UM)
hair&make-up Satori Asako
text & edit Kuwahara Ryoko
『HOKUASAI』
2021年5月28日(金)全国ロードショー
hokusai2020.com
出演:柳楽優弥 田中泯
玉木宏 瀧本美織 津田寛治 青木崇高
辻󠄀本祐樹 浦上晟周 芋生悠 河原れん 城桧吏
永山瑛太/阿部寛
監督:橋本一
企画・脚本:河原れん
配給:S・D・P
©2020 HOKUSAI MOVIE
公式SNS:@hokusai2020
ハッシュタグ:#映画HOKUSAI #HOKUSAI #北斎
<STORY>
腕はいいが、食うことすらままならない生活を送っていた北斎に、ある日、人気浮世絵版元(プロデューサー)蔦屋重三郎が目を付ける。しかし絵を描くことの本質を捉えられていない北斎はなかなか重三郎から認められない。さらには歌麿や写楽などライバル達にも完璧に打ちのめされ、先を越されてしまう。“俺はなぜ絵を描いているんだ?何を描きたいんだ?”もがき苦しみ、生死の境まで行き着き、大自然の中で気づいた本当の自分らしさ。北斎は重三郎の後押しによって、遂に唯一無二の独創性を手にするのであった。ある日、北斎は戯作者・柳亭種彦に運命的な出会いを果たす。武士でありながらご禁制の戯作を生み出し続ける種彦に共鳴し、二人は良きパートナーとなっていく。70歳を迎えたある日、北斎は脳卒中で倒れ、命は助かったものの肝心の右手に痺れが残る。それでも、北斎は立ち止まらず、旅に出て冨嶽三十六景を描き上げるのだった。そんな北斎の元に、種彦が幕府に処分されたという訃報が入る。信念を貫き散った友のため、怒りに打ち震える北斎だったが、「こんな日だから、絵を描く」と筆をとり、その後も生涯、ひたすら絵を描き続ける。描き続けた人生の先に、北斎が見つけた本当に大切なものとは…?
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