“サプライザー(Surpriser)”とは、大いなる想像力を持つ者たち。人々を驚かせ、その世界を変える者――フランスで人気を誇るバンド、ディオニソスの主要メンバーにして、作家、映画監督、さらにはボリス・ヴィアンらが愛したLes Trois-Baudetsの美術監督として、多方面にわたる芸術活動で知られるマチアス・マルジウ監督が、自身の芸術に対する思いや人生哲学を込めて作り上げた『マーメイド・イン・パリ』が2月11日(木・祝)より全国公開。人魚とパフォーマーの恋というファンタジーをベースにしながらも生身の体験や感情を共有する物語、さらにディオニソス による美しい音楽や微細にまでこだわられた美術などの職人技で世界観を強固にすることで、まさに人魚の歌声のように観る者を引き込み、虜にする本作について監督に話をうかがった。
――冒頭の“サプライザー”の定義にとても感銘を受けました。これは監督御自身が芸術家として常に考えていることを記されたのでしょうか。
マチアス・マルジウ監督「まさにその通りです。私のアーティストとしての人生哲学でもありますし、アルティザン (職人)としての人生哲学とも言ってもいいでしょう。そして私の人間としてのあり方にも関わってきます。サプライザーであるということ、それはうまくいっていないときにその問題や現実に対して抵抗するやり方でもあります。例えば現在コロナの感染危機で我々は様々なものから自由を奪われていますが、それに抵抗するやり方でもある。このマーメイドの物語に関していえば、実は私は失恋をして、その恋を葬らなくてはいけなかった。それに対する抵抗の仕方でもあったわけです。もちろん自分の人生がうまくいっているときにもサプライザーであることにこだわらなくてはいけません。その方が人々に対して大きなサプライズをもたらすことができます。どんな時にもサプライザーになること、これが私の人生哲学です」
――この作品は人魚が登場するということでファンタジーの要素はもちろんベースにありますが、先ほどの失恋のお話や脊髄移植での長年の入院、曽祖母が営まれていたお店、Les Trois-Baudetsの芸術監督としての立場、また2016年のセーヌ川の氾濫、そう言った監督の実際的な体験やそれに伴う感情も多く含まれているように感じました。
マチアス・マルジウ監督「おっしゃる通り、それがこの映画の課題です。私の目的はファンタスティックな映画を作ることだったのですが、人魚を登場させることによって現実から離れようとしたのではありません。人魚の存在はストーリーを語るという機能を付与してくれましたが、同時にこの話は現実的でありながらも遊び心に満ち、かつ私的なものでなければいけないと思ったのです。私自身は難しい恋愛を葬ったところであって、2年間病院にいて、そのうち11ヶ月は無菌室の中に閉じ込められていました。そして、パリはテロを経験しました。ですから、再びパリに魔法をかけて魅力的なものにしたかった。そしてこの映画を通して私自身が素晴らしいと思う力、この映画の現場で実際に撮影に参加している人たちの力、観客がファンタスティックなものを観て素晴らしいと思う力、それらの力を強大なものにしたいと思ったのです。そうした素晴らしいと思う力を強くするためには、作品が現実に根ざしていることが重要で、現実にもあるような感情が込められていなくてはいけない。
全てが夢であるというような安易な道を辿ろうとは思いませんでした。夢を描くにしても、それが現実に根ざしていてコントラストが強い夢の方が力を持つのです。そのために、私自身をなるべく多くこの映画の中に入れようと思いました。私の価値を高めるためではなく、自分自身に正直に、登場人物たちを生きたものにするために自分の感情を入れようと思ったのです。この人魚はその歌声で人を殺してしまいますから、自分が好きだった人が歌手だったことを象徴的に表しているかもしれません。もっと現実的に、素晴らしい歌手である恋人を見つけたという現実的な描き方をして、人魚を登場させないやり方もあったのかもしれません。しかし人魚にした方がよりポエティックで、夢やイマジネーションがあると思ったのです。人魚は一種のメタファーであると考えてもいいでしょう。人生で愛した、恋の相手としては不可能に思える、手が届かなくてこわいから惹かれる人――そのような対象や感情に向き合うことこそが冒険であり、危険であり、人生ではないでしょうか」
――コントラストという部分で、本作では実写だけでなく、冒頭、人魚のルラが観ている映像、エンディングにアニメーションが用いられていますが、どのような効果を期待して使用されましたか。
マチアス・マルジウ監督「途中でルラが観ている映画には、私の前作 『ジャック&クロックハート 鳩時計の心臓をもつ少年』の中に出てきた人魚が登場する映像を使っています。メリエスが作った『ロミオとジュリエット』のジュリエットのところの代わりにあの人形を置いて作っているわけです。それから最初のクレジット場面のパペットアニメですが、あの人形が出てきて、その後にガスパール(主人公/パフォーマー)の部屋の中にいる人形が出てきています。あれは第二次世界大戦のときにレジスタンスが作っていた人形という設定で、ガスパールはこの人形を家族全員分持っている。このように最初に登場人物たちのいわばアバターが出てくることで、どこかにサプライザーが実際に存在していて、人形が生きたものになるというような暗示をしているーーそういうクレジット場面を作るアイデアがとても気に入りました。さらに、その後ガスパールがステージに登場して帰宅したら、その家に人形たちがいるということで、彼が空想と現実という二重の世界を生きているということも示しています。このように映画を始めたからには同じ終わり方をしたいと思い、エンドクレジットの部分がああなったわけです。
ガスパールは二つの世界を生きていると述べましたが、この作品では本当の感情があって、それが現実にも繋がるようなおとぎ話になっていく。私自身、ガスパールのような部屋に住んでいますが、実生活で船を買って、それに“フラワーバーガー”(*映画に登場するレストラン&バーの名前)と名付けました。次に住むところはそのフラワーバーガーです。まさに繋がっているんですよ」
――とても素敵なお話をありがとうございます。部屋自体も、人形もそうでしたが、人魚の尾びれなど本当に細かなところにまで職人としてのこだわりが見え、それが世界観を完璧なものにしていました。美術の方たちとはどのような話し合いをもたれましたか。
マチアス・マルジウ監督「まず美術の人に私の自宅に来てもらいました。彼が家にあったものをいくつか持っていって、それを参考にし、延長させていくことで全体を作りました。フラワーバーガーは、あたたかくて隠れ家のようなところ、禁じられていると同時に魔法のような場所にしてほしいと伝えました。ガスパールの部屋は、フラワーバーガーの付属のような場所にしたかった。夢が続いていてクリエイションを行うような場所で、バブルの中にあり、祖母や母の喪失、失恋といった、様々な喪失に対して抵抗できる場所。あたたかいくぼみの中に、自分が小さくなって閉じこもれるような所。それはまた現実に抵抗をして、自分自身が優しさを作るための場所ややり方でもあります。隣人のロッシの部屋は80年代の(ペドロ・)アルモドバルの映画にふさわしいような雰囲気で、彼女の服装にも似た赤やピンクの多い部屋。私は、自分の部屋や家が自分の頭や心の中で起こっていることに近いのが好きなんです。映画の登場人物にしても同じで、彼らの話し方や歌い方だけでなく、インテリアデザインにも彼らの精神を映し出しているものであってほしいと考えました」
――『ジャック&クロックハート 鳩時計の心臓をもつ少年』でも音楽は大きな要素となっており、本作でも音楽が命を吹き込んでいます。ご自身で作曲もされていますが、ディオニソスのバンドメンバーには曲を作るにあたり、どのようにアイデアを共有されましたか。
マチアス・マルジウ監督「『ジャック&クロックハート』ではシーンごとの曲を書いており、ほとんど西部劇的な音楽の作り方でしたが、今作はそれぞれの登場人物の歌を書くところから始めました。ガスパールの歌に至っては、ディオニソスのアルバムの中には人魚に出会う前の歌すら入っています。最初にガスパールが登場した時にステージで歌う曲では、有刺鉄線のような女の子との愛が終わり、もう誰も愛さないということを語っています。私はこのように登場人物の歌を作って、ディオニソスの編曲をしているオリヴィエ・ダヴィオーに聴かせました。彼は、『ラビの猫』などの映画監督であり漫画家でもあるジョアン・スファールの作品などに関わった人物です。人魚の歌は、魔法であると同時に不安を掻き立てるものにしてほしいと伝えました。ウクレレでこのように作曲し(ウクレレを弾き始める)、これを声にしてほしい、魔法にかけるように惹きつけられる、けれどもこわいような曲にしてほしいと頼んだのです。ウクレレの陽気さと消えていくような儚さを併せ持ち、しかもそれを聴いて、好きになってしまった人を殺してしまうような力を持っている曲。ガスパールの曲の方はもっとロックンロールで地に足がついた生のもの、いわばアメリカ型のフォークの西部劇のようなところが欲しいと伝えました。それがおとぎ話の中に入るわけですからかなりのズレがあります。そうしたズレが面白いと思ったんです」
――生の演奏を聴かせていただき感動しました。最高の時間をありがとうございます。最後に、『マーメイド・イン・パリ』には続編があるそうですが、今はその執筆に取り組んでいらっしゃるのでしょうか。
マチアス・マルジウ監督「続編というより、スピンオフのような話です。この作品にも少しだけ出てきたシルヴィア・スノウというガスパールの祖母の話をはっきりと語ろうと思っています。第二次世界大戦中の人物で、サプライザーのはじまりの部分なのですが、本当に私の父に起きたことを結びつけて小説にしています。私の父は幼い頃に母を亡くしました。第二次世界大戦中にフランスはドイツ軍に占領されていた部分と自由フランスの部分との二つに分かれていましたが、幼い父は干し草の車の中に隠れて分割線を渡って祖母の家に行って育ててもらうようになりました。納屋の中に誰かが隠れている、その人は感情の面での教育を教えてくれて、レジスタンスやレジリエンスを教えてくれるーーそうした小説になっています。また同時にアニメ映画も用意していますが、自主で撮るとなったらおそらくこの小説の話になると思います。この小説を書くのは私にとって新しいことで、初めて超自然的なものが出てこない、写実主義的な小説を書いていますが、第二次世界大戦中で自分を守らなくてはならないという状況を描くために、より大きな空想力を使っているとも言えるかもしれませんね」
text & edit Ryoko Kuwahara( https://www.instagram.com/rk_interact/)
『マーメイド・イン・パリ』
2月11日(木・祝)より全国公開
https://mermaidinparis.jp/
恋の都パリ。セーヌ川に浮かぶ老舗のバーでパフォーマーとして働くガスパールは、ある夜、傷を負い倒れていた人魚を見つける。ルラと名乗る人魚は、美しい歌声で出会う男性を虜にし命を奪っていた。ルラは、ガスパールの命も奪おうとするが、過去の失恋で恋する感情を捨て去ってしまったガスパールには、その歌声が全く効かなかった。ルラを懸命に看病するガスパールの献身的な優しさに、ルラは次第に心惹かれていく。しかし、彼女は2日目の朝日が昇る前に海に帰らねば命を落としてしまうという。と同時に、ガスパールの体に異変が起こる。胸がギュッと締め付けられるように苦しいのだ。パリで出会ったふたりは、無事に恋を成就させることが出来るのかー?
出演:ニコラ・デュヴォシェル、マリリン・リマ、ロッシ・デ・パルマ、ロマーヌ・ボーランジェ、チェッキー・カリョ
監督:マチアス・マルジウ
原題:Une sirène à Paris 2020/仏/102分/G