島本理生の直木賞受賞作『ファーストラヴ』が堤幸彦監督のもと待望の映画化。2月11日(木・祝)に全国公開される。アナウンサー志望の大学生が父親を刺殺、「動機はそちらで見つけてください」という容疑者の言葉通り、事件の真相に迫るうちに自身の<ある記憶>も暴かれていくという主人公の公認心理師・真壁由紀(まかべ ゆき)を演じるのは北川景子。その由紀の義理の弟で、由紀と共に、事件の真相に迫る敏腕弁護士・庵野迦葉(あんの かしょう)には中村倫也。由紀の夫であり、迦葉の兄・真壁我聞(まかべ がもん)に窪塚洋介。父親殺しの容疑者・聖山環菜(ひじりやま かんな)には芳根京子と、実力派の役者たちが複雑なキャラクターを見事に演じきった。女性の直面する問題や幼少期の心の傷、それらがもたらす影響について浅薄でなく真摯に、しかし閉じることなく描かれた実に秀逸な作品であり、親子や男女を含めた様々な愛について改めて問いかけるような本作。血の繋がらない兄弟役を演じた中村倫也と窪塚洋介は自身のキャラクターや物語をどのように理解し、感じたのか。
――まずそれぞれが演じた人物をどのように捉えたのか教えてください。中村さんが演じる迦葉は複雑な過去を持つエリート弁護士という役どころでしたが、ご自身ではどのような人物だと捉えましたか。
中村「この作中の迦葉は言葉を飲み込んでいるところが多くて、弁護士として環菜に向き合いつつも、由紀に対する思いだったり、由紀と我聞に対する思いだったりを、直接的な言葉で言うともしかしたら傷をえぐってしまうかもしれないので言葉に出せずに見守ってるようなところもあって、そういうことを踏まえると実は繊細で優しい奴なのかなとやっていて思いました。だからこそその言葉になっていない部分をしっかりと持っていないといけないと思って、ちょっとした目線や行間というもの、その場所で会話して生まれたものなんかを繊細に汲み取れるように自分の心の中にアンテナを立てる必要があったかなと思います」
――窪塚さんは我聞という、由紀を支える夫であり戦地を巡ってきた写真家という役どころでした。
窪塚「堤監督と最初にお話した時に『寺に行ってきます』と言ったんですよ、それくらいしないと演じられないほど我聞は達観していて心の深い人。それが結果、迦葉や由紀に対しての毒というか刺激になっている部分はあるのかなと。狙いもせずにそこにいることで由紀が怒鳴ってしまうような存在だから何もしないでくれと監督には言われたんですけど、何もしなくてもいいくらいの境地に届いてしまっているような奴なのかなと思いました。ただ実際に現場で何もやらないでいることは結構大変で。今まで狙うというか、何かをするためにそこに来てたから、何もしないことに慣れてなくて難しいなと思うことが結構あったんです。でもそれでハマっちゃうのもなと思って、その場の我聞のリアクションに委ねてみようと。監督が見ていてくれて、周りで芝居している演者も素晴らしいから、委ねていいだろうとやってみたんですけど、出来上がった作品を観て、今まではこうやってやろうとかこうなるだろうなと思っていたような芝居だったのが、今回は『あ、こんなことしてるわ』と自分自身が予期していないような動きやセリフの言い方がたくさんあったので、それが感知の幅なんだなと。由紀が何か思いの丈を話そうとしていることに対して緊張して、すっごい瞬きしてたりするんですよ。我聞も超人ではないから、怒鳴られたらヒーッとなるだろうし、褒められれば嬉しいだろうし、一番シンプルな状態が大きいという感じで、なんかそういう風な芝居になっていたことが多々あったのがすごく新鮮で面白かったです」
――中村さんが演じる迦葉に対する影響ということで、私は包み込むような存在なのかなと感じていたので、毒、刺激という表現を使われたのはなぜか気になります。
窪塚「包み込むとか支えるということはもちろん大前提にあるんですけど、もうちょっと掘り下げたところでの表現だったかもしれないですね」
――なるほど。中村さんは堤監督とどのようなお話をされましたか。
中村「一番印象的だったのが回想のところで、台本では由紀と迦葉が海に行くデートで」
窪塚「あそこ、よかった!」
中村「(笑)。台詞もなくて、ト書きしかなかったんですよ。そのホテルに行くまでのところを、ギュッと原作の分量を脚本に落とし込んだ中でどういう風に描くのかが読んでいても分からなかったんです。でも実際に現場に行って、最初にバスに乗っている二人のところから撮っていて、監督からは『あ、海見えてきたよ』というように指をさして、迦葉は由紀の方にちょっと席を近づいて行ってくれというディレクションがあって、その時になるほどと思いました。ああいうちょっとこっぱずかしいというか、由紀と迦葉という色々あった二人のキラキラした青春の面も、ダラダラやらずに限られた中でガガガガッと見せていくというのがその一言をもらっただけでわかったんです。それは北川さんも一緒で、それでえびせんで顔を隠したりしたんですけど、なんかそういうところが印象的でしたかね。それがこの作品を作る上での一番覚えている、なるほどと思った瞬間です。ああいうちょっと恥ずかしいけどいいじゃんって言えるような二人の過去があると、大人になった時にどうなっているのかというところでも歴史が見えてくるなと思って。その回想時代の時間を得られたのは大きかったですね」
――共演シーンは多くないものの、信頼し合っている兄弟という役柄を演じるにあたってお互いに話しあったことなどありますか。
中村「ありましたっけ?」
窪塚「俺はね、初日から本当に彼の佇まいとかお世辞抜きですごいなと思うことがたくさんあったんですよ」
――例えば?
窪塚「細かい話ですけど、そこでそんなに眉毛が動くんだとか。ちゃんとわかってやってるんだなと、ケツを叩かれるような気持ちになって。しかも現場でもすごく飄々としててポーカーフェイスだから、それがそのまま役にもフィードバッグできて、何の無理もなく血の繋がっていない弟と思えました」
中村「僕自身、兄がいるんです。ホテルで由紀にお兄ちゃんのことを嬉しそうに喋ってる迦葉がいて、『いつも負けるくせに将棋をやりたがる』というようなセリフもあったんですけど、自分の実の兄との関係もそんな感じなので想像しやすかったです。ただ相手が窪塚さんというので、自分がこんな世界に入るとも思っていなかった学生時代から観て多大な影響を受けて憧れがある方で、しかも堤さんとの『池袋ウエストゲートパーク』とか最たるものなので、そこは恐れ多かったですね」
――由紀や環菜との関係についてですが、彼女たちは男性から受けた傷があり、迦葉は母という女性からの傷があるという点で、ある種の鏡のような役割を持っていたように思いました。
中村「うーん、鏡……。親ですからね、迦葉には母親からも父親からも傷があるでしょうし、由紀も父親のことを言ってきたのは母親だというのもあるので、一概に男性女性ということではないのかなと思います。由紀との関係という意味では、本当にパズルのピースが噛み合いすぎる二人だったんだと思うんですよね。ちょっとしたズレでいろんな遺恨が残ったというか、すれ違いがあったんだと思うんですけど、迦葉にとってはホテルでの由紀を傷つけた一言というのは、もしかしたら最上級の愛してるの言葉だったかもしれないな、なんてやりながら思っていて。だからいろんな人の力を借りてだと思うんですけど、この物語を通じてなんらかの変化が二人の間に起こったというのはよかったなと思いますね」
――男女ではなくもっと俯瞰で見られていたんですね。
中村「もちろん被害という意味では違うけど、もっと深いところでのラヴというか。だからきっと窪塚さんも寺に行くとおっしゃったんじゃないですか」
――その目線だと『ファーストラヴ』というタイトルの意味がまた変わってきますね。
中村「ラヴも恋愛だけじゃなく、もっと深いところでの慈愛などいろんなことがあるので。この物語の最後が、それぞれの中に根付いたラヴのスタート地点だったりもするのかなという気持ちでバトンの受け渡しをやったつもりです」
――その視点に到達されたのは原作を読まれてすぐだったんですか。それともやっていく中で?
中村「やる前からそんなイメージはありました。すみません、深いんです(笑)。でも観た人それぞれにこのタイトルの意味だったりこの作品の中での感想だったりが出てくることが正解だと思うので、僕はそんな風に思いましたという一つの例えです」
――我聞と由紀についてですが、由紀や環菜は男性の視線を恐怖と感じています。カメラは視線の延長でもありますが、我聞の写真作品はむしろ由紀の心を癒すものとなっていますね。彼の「欲望ではなく、被写体に寄り添い、かつ核を明確に映す」という作品は彼そのもののあり方のように思えました。窪塚さん自身も写真を撮られていますが、写真家としての我聞の視線や佇まいにご自身の体験や感覚を投じられた部分はありましたか。
窪塚「そうですね。何の役をやるにしてもそうだと思うんですけど、自分が経験してきたことだったりをどう使ってこの役をやるか、この役だったら自分のその時間をどう使うかと思うので、そこはどうしたって出てくるところではあると思います。我聞は人や世界の本質を捉えてるから、あの場所で満足して本当に幸せを感じながら穏やかに豊かに暮らすことができているんですよね。由紀はこんな場所でこんなことしてていいのって言い方で心配してくれていたんだけど、多分我聞は『えっ、何言ってるの?』って感じで。彼は世界の果てまで行って、そこで自分の家の隣人に会うような気持ちがしたんじゃないかと思うんです。そこは例えば、ハリウッドに行って大きな仕事をしてみたいって気持ちはもちろん俺もあるしそれも分かるんだけど、でも自主制作のような映画でだってそれを超えるような瞬間に出会ったり、同じような気持ちでやることもできるということに似ているのかもしれない。そういう風に役者の感覚を活かしての想像もできますよね。あと、我聞の幸せや夢の基準、価値観は桁外れにズレてるように見えるけど、みんなが共有できたら本当に素敵な世の中になるのになとも思います」
――原作のあとがきで、作家の朝井リョウさんが「島本作品は自分とは異なる肉体が歩む道を想像するスイッチを授けてもらえる」とおっしゃっていて、私もまさにそう思いました。本作を通じてお二人に、現実でも何かセンシティヴになったり変化があったということがあったら教えてください。
中村「不思議だったのが、この作品を読んだ後に、自分はあの中に出てくる人たちのような経験はしてないんですけど、でも過去にあった瘡蓋のようなものを癒してもらった感覚があったんですね。作品にそういう力があるのかなと思いましたし、この物語をやったことを通じて、優しくなりたいなと思いました。現場とかでも後輩増えてきてるんで。うん、優しくなりたいと思いましたね」
窪塚「全く一緒です」
中村(爆笑)
窪塚「嘘です。すごくいい意見、いい思いですね。そうだなあ、ちょっと頑張ろうと思いました。この現場は北川景子さんと中村くんとの芝居がほとんどだったんですけど、二人の芝居を見ていて役者という仕事を改めてしっかり楽しんでやっていきたいなと思ったし、堤さんが演出で芝居させてもらってということでも改めて思ったし、正直言ってそれが一番デカいです。作品を観てというところでは、こういう経験をする人が少ない世界であってほしい。でももし同じような境遇の人がいるのであれば作品を観て希望を持てるようなものであるといいなと思うし、中村くんの話じゃないですけど、観た人が人に優しくありたいと思えるようなものであってほしいと思います」
――最後に、それぞれにご自身にとって役者という仕事の魅力を教えてください。
中村「うーん、なんですかね……お恥ずかしい仕事だなと思うんですよ、子どもの頃の人形劇を大人になっても大真面目にやってるような。ちょっとお恥ずかしいなとちょくちょく思うんですけど、豊かだなと思うこともあって。自分の役や登場人物を精一杯理解して受け入れて、100パーセント理解はできないにしろ、寄り添う努力をするじゃないですか。特に作品に出てくる人物なんて何かを抱えていたり何か欠落していたりするので、そういうところを許容していく作業であったりもする。そういう面では豊かだなと思います」
窪塚「一言で言うのは難しいんですけど、自分のことが好きで、他の人のことは好きじゃなかったらやっていられない仕事だと思うんです。役者でい続けるというのは、他の人を好きでい続けるってことだから、自分の人生にとっても自分の周りの人たちにとっても豊かなことになっていくという面はあると思います」
photography Yudai Kusano(IG)
style Akihito Tokura(holy.) – Tomoya Nakamura
hair&make-up Emiy – Tomoya Nakamura / Syuji Sato(botanica)- Yosuke Kubozuka
text & edit Ryoko Kuwahara(IG / T)
『ファーストラヴ』
2月11日(木・祝) 全国ロードショー
公式サイト:firstlove-movie.jp
<あらすじ>
川沿いを血まみれで歩く女子大生が逮捕された。殺されたのは彼女の父親。
「動機はそちらで見つけてください。」
容疑者・聖山環菜の挑発的な言葉が世間を騒がせていた。事件を取材する公認心理師・真壁由紀は、夫・真壁我聞の弟で弁護士の庵野迦葉とともに彼女の本当の動機を探るため、面会を重ねるー。二転三転する供述に翻弄され、真実が歪められる中で、由紀は環菜にどこか過去の自分と似た「何か」を感じ始めていた。そして自分の過去を知る迦葉の存在と、環菜の過去に触れたことをきっかけに、由紀は心の奥底に隠したはずの「ある記憶」と向き合うことになるのだが…。
北川景子
中村倫也 芳根京子
板尾創路 石田法嗣 清原翔 ・ 高岡早紀
木村佳乃 窪塚洋介
監督:堤幸彦
脚本:浅野妙子
原作:島本理生『ファーストラヴ』(文春文庫刊)
音楽:Antongiulio Frulio
主題歌・挿入歌:Uru「ファーストラヴ」「無機質」(ソニー・ミュージックレーベルズ)
製作:『ファーストラヴ』製作委員会
制作:角川大映スタジオ/オフィスクレッシェンド
配給:KADOKAWA
公式Twitter @firstlove2021
公式Instagram @firstlove2021
#ファーストラヴ
Ⓒ2021『ファーストラヴ』製作委員会