カンヌにて脚本賞とクィアパルム賞を受賞、ゴールデン・グローブ賞、英国アカデミー賞の外国語映画賞にノミネートされたほか、世界の映画賞で44もの賞を受賞した『燃ゆる女の肖像』が12月4日(金)にいよいよ公開される。セリーヌ・シアマ監督は、18世紀のブルターニュ孤島で、差し迫った結婚を拒む貴族のエロイーズ(アデル・エネル)と、その肖像画を描くマリアンヌ(ノエミ・メルラン)との愛の物語で、物語の中心から置き去りにされがちな女性やクィアの人々の視点、生活、歴史を描いてみせた。ラブストーリーであると同時に階級やジェンダー、中絶について考察を促す多層的な作り、デジタルカメラを使用しながらもキャンドルの炎で照らされているように見える光の調整の技術点(撮影監督もまたクレア・マトンという女性であることは大きなポイント)など、本作の素晴らしさを語り尽くすことは到底できないほどのマスターピースだ。何より印象的なのは本作はカメラを通して女性がお互いを見る眼差し。私はこのような眼差しを他で見たことはない。けれどもこれは映画で描かれることがなかっただけで、現実に女性たちがお互いを見つめる眼差しを具現化されたものなのだ。眼差しが物語るのは互いへの想いだけではなく、もちろんかつてアートにおいて女性はモデルとしてのみ存在し、主体ではなかったことの示唆でもある。こうしたFemale Gazeは今後、ますます映画界においても各界においても重要になるだろう。
NeoLではマリアンヌ役のノエミ・メルランに、役作りについて、セリーヌ・シアマ監督、そして監督の元パートナーでありエロイーズを演じたアデル・エネルとの共同作業について話を聞いた。
ーーまず、役作りのプロセスについて教えていただけますか。
ノエミ・メルラン「画家を演じるための準備は、本作で重要な点でした。劇中に登場する絵画を描いたエレーヌ・デルメ-ルに付いて、彼女をよく観察し、画家のまなざしを参考にしました。ディテールやコントラストを見極めようと一点に集中しつつ、同時に全体像も見ようとする鋭い、時に魅惑的なエレーヌのまなざしと、セリーヌ・シアマ監督の芸術家のまなざしを組み合わせようとしたのです。また、キャンバスに三歩歩み寄っては、三歩下がるといったダンスのようなジェスチャーやリズムも参考にし、自分なりのダンスを見出そうとしました。
当初はエロイーズに気付かれないように描いているため、その肖像画に命は宿っていません。感情が抑制されているわけですから、着ているドレスもきつく、笑顔も見せない。ジェスチャーもあまり大きなものとせず、心が閉ざされたかのようでありながら、それでも瞳の奥に静かに燃える炎があると感じられるようにということを意識しました。
マリアンヌは後に再びエロイーズを描くのですが、生き生きとした、よりエロイーズらしい絵となっただけでなく、画家として、女性としてのマリアンヌ自身をも象徴するものでした。ただ、あの絵を実際に描いたのは私ではないのです。私が描くと、ピカソやフランシス・ベーコンの絵みたいになってしまう(笑)」
ーー(笑)。アデル・エネルと初めて会ったときのお互いの印象と、それが撮影を通してどう変化していったのかについて知りたいです。
ノエミ・メルラン「アデルとはオーディションでちらっと会っただけで、2人でのリハーサルは一切やりませんでした。私は初対面の人と話ができるようになるまでに、少し時間がかかる方なので、最初は相手のことをよく観察するのですが、今回はマリアンヌとしてアデルの一挙一動を目で追っていました(笑)。撮影が始まり、役者同士のコラボレーションを通して、お互いを徐々に理解し合うようになるのと並行して、エロイーズとマリアンヌの関係性を築いていったのです。
演技の仕事が大好きだという点でも、私たちは波長が合いました。実は必ずしもそういう役者ばかりではないのですが、私たちの場合は、仕事に真摯に取り組み、セリフもしっかり覚えますし、何度テイクを重ねても、決して疲れることなどないのです。また、あるシーンで私に想定外のまなざしを向けるというアデルの提案が、私にはあえて知らされていなかったため、驚いてそれに反応したということがありました。そんな風にいつも私のことを驚かせてくれたので、常に新鮮でした」
ーー脚本を初めて読んだとき、どう思われましたか。
ノエミ・メルラン「脚本を読んで感じたのは、自分がそれまで知らなかった物語だということ。セックスシーンにしても、堕胎のシーンにしても、これまで映画で語られることのない物語だったのです。2人の愛の物語が脚本の段階ですでに生き生きと描かれており、ディテールが実に見事だったので、演じられることに心躍る思いでした」
ーーセリーヌ・シアマ監督を含む3人の共同作業についてはいかがでしょう。
ノエミ・メルラン「劇中の関係に近いもので、コラボレーションが尊重されました。優しさ、尊敬の念に溢れた、平等な環境を作ってくれたのです。監督のヴィジョンに合わせなければならないというのではなく、一緒にヴィジョンを作っていくのが可能でした。“フィメール・ゲイズ=女性のまなざし”による映画という新たなコンセプトを意識するようになりましたね。お互いが対等な立場に立ち、1つの作品を共有していると実感できるーーそれこそが、より興味深い作品を作るのに相応しいやり方だと思いました。そのお陰で、徐々に自分自身の声に耳を傾け、自分を信じることを学んだのです。映画制作だけでなく、女性としての世界観も共有し、私たちの間には深い絆が生まれました。役者として自らの演技に驚いたのですが、監督にとっても驚きだったと思います」
ーー印象的なセリフと、まなざしによって紡がれる作品ですが、演じられてみていかがでしたか。
ノエミ・メルラン「セリフに忠実でなければならないといった制限は、その中で描くことの出来るフレームのようなもの。アデルはよく、スポーツに例えるのですが、途中の障害物を躱しながら、スキーで滑り降りて行くのに近いものです。同じセリフでも、その読み方は何通りもありますから、しっかり覚え、自分のものにしさえすれば、自由に出来ます。本作にはそういったセリフの制限があったので、どこを目指していけば良いかは分かっていました。時には、制限がある方が、演技上の自由をより感じられるということがあるもので、フレームからはみ出さないようにしながら、その内側を演技で埋めていくのです」
edit Ryoko Kuwahara
『燃ゆる女の肖像』
公式サイト:gaga.ne.jp/portrait/
12月4日(金) TOHOシネマズシャンテ、Bunkamuraル・シネマ 他全国順次公開
監督・脚本:セリーヌ・シアマ「水の中のつぼみ」 出演:アデル・エネル「午後8時の訪問者」、ノエミ・メルラン「不実な女と官能詩人」
原題:Portrait de la jeune fille en feu/英題:PORTRAIT OF A LADY ON FIRE/2019/フランス/カラー/ビスタ/5.1chデジタル/122分/字幕翻訳:横井和子 <PG12>
(c) Lilies Films. 配給:ギャガ
公式Twitter:@portraitmoviejp 公式Instagram:@portraitofaladyonfire_jp
18世紀、フランス、ブルターニュの孤島。望まぬ結婚を控える貴族の娘と、彼女の肖像を描く女性画家。結ばれるはずのない運命の下、一時の恋が永遠に燃え上がる。画家のマリアンヌはブルターニュの貴婦人から、娘のエロイーズの見合いのための肖像画を頼まれる。だが、エロイーズ自身は結婚を拒んでいた。身分を隠して近づき、孤島の屋敷で密かに肖像画を完成させたマリアンヌは、真実を知ったエロイーズから絵の出来栄えを否定される。描き直すと決めたマリアンヌに、意外にもモデルになると申し出るエロイーズ。キャンバスをはさんで見つめ合い、美しい島を共に散策し、音楽や文学について語り合ううちに、恋におちる二人。約束の5日後、肖像画はあと一筆で完成となるが、それは別れを意味していた──。