10月2日(金)より全国公開される『フェアウェル』は、“Based on a true lie”(本当の嘘に基づいた作品)という言葉と共にスタートする。映画は中国系アメリカ人のルル・ワン監督と彼女の家族が実際についた一つの嘘から生まれたのだ。主人公のビリーはニューヨークで暮らしているが、中国に住む祖母のナイナイと日常的に連絡を取るほど仲が良い。ある日、ナイナイががんを患い余命3ヶ月を宣告されたことが発覚。しかし、一家はナイナイに事実を隠すことを決め、親族全員が怪しまれることなく最後に会いに行けるよう、ビリーのいとこの偽の結婚式を計画する―。
気鋭のスタジオA24が贈る本作は、アメリカ育ちのビリーと中国の親族との価値観の違いをユーモラスに捉えながら、家族の在り方や人生観について丁寧に描き、国内外の映画祭で高い評価を得た。主演を務めたのは中国系アメリカ人の父と韓国系アメリカ人の母を持つラッパーで、『クレイジー・リッチ!』(2018)や『オーシャンズ8』(2018)での演技も話題を呼んだオークワフィナ。祖母に真実を伝えるべきだと訴えるも、悲しませたくないという親族からの反対を受けて葛藤するビリーの複雑な心情を細やかに演じ、第77回ゴールデン・グローブ賞ではアジア系の女優として初めて主演女優賞を受賞した。
『フェアウェル』は当初4月に日本上陸する予定だったが、新型コロナウィルスの感染拡大により公開が延期となっていた。ここでは、ロサンゼルスで自宅待機中だったルル・ワン監督が3月にリモートで応じてくれたインタビューを紹介する。自ら脚本も手がけた監督が、作品への想いや製作秘話を語ってくれた。(→ in English)
――東京でお会いできるのを楽しみにしていたのですが、こんな状況になってしまって残念です。大変な時期に取材に応じてくださってありがとうございます。
ルル・ワン監督「本当に! 私も日本に行けなくて、とても悲しいです。また別の機会に行くことができるといいなと思っています」
――すでにたくさんの人から言われたと思いますが、劇中の主人公ビリーがまるで自分自身を見ているようでした。大切な物語を共有してくださって、どうもありがとうございます。
ルル・ワン監督「そう言ってくださって、ありがとうございます」
――私的な経験をもとに映画を制作するのは決して容易なことではないと思うのですが、なぜこの物語を伝えようと思ったのですか?
ルル・ワン監督「可能な限り真実に近づけながら、家族にも敬意を払った上で最高の映画を作る方法を考える必要がありました。家族のことは敬意を持って描いたつもりです。ですので、確かに難しかったのですが、どんな作品でも映画製作は難しいものですから」
――最初に家族に本作のアイデアを伝えたときは、どのような反応でしたか?
ルル・ワン監督「家族はとても協力的でしたが、父は『観たいと思う人がいるのかな? この物語を気に入ってくれる人がいるのかな?』と言っていました。だから実際に映画が受け入れられて、とても喜んでいました」
――監督にとっては、本作の制作はどのような道のりでしたか?
ルル・ワン監督「この映画は家族と一緒に制作することができたので、本当に美しい経験となりました。彼らは企画の段階から参加してくれたのです。劇中には私の大叔母も出演しています」
――実際に故郷の町に帰って撮影を行ったそうですね。現地での撮影はいかがでしたか?
ルル・ワン監督「最高でした! 人はよく“自分が知っているものを作るべきだ”とか、“自分が知っていることを書くべきだ”と言いますよね。だから私はその言葉に従って、自分がとても大切に思っていることについて書きました。故郷で家族と過ごしたあの時間は、とても素晴らしいものでした」
――先ほどおっしゃったように、映画には監督の大叔母さんが本人役で出演しています。大叔母さんは演じることを楽しんでいましたか?
ルル・ワン「すごく楽しんでいました。大叔母は演技することが有意義だと考えたそうで、とても楽しんでくれて、今後もまた演じたいそうです。最高でした」
――劇中で特に印象的だったのが食事のシーンです。アジアならではなのかもしれないですが、私の家族は常に「愛しているよ!」と伝え合うわけではありません。でも、実家に帰ると必ず美味しい手料理で出迎えてくれて、親からの愛を感じるんですよね。
ルル・ワン「(食事は)間違いなく愛情表現ですよね。私にとっても家族の中で食事は愛情表現なのですが、だからこそ、故郷に帰ったときに食べないわけにはいかなかったんです。すごく悲しいときって食欲を失うじゃないですか。でも自分たちは目の前のおばあちゃんに嘘をついているので、おばあちゃんに気づかれないためには、何の問題もないように振る舞わなければならなくて。だから、私たちは無理にでも食べなければなりませんでした。本作ではそういった内なる葛藤を描く上でも食事のシーンを使いました」
――2019年のアワードシーズンは、『フェアウェル』やポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』などアジア系の作品が高く評価されて話題となりました。10年前だったら、アジア系の女性監督がハリウッドで成功することは難しかったと思われますが、このような注目を浴びている現状をどう感じていますか?
ルル・ワン「そうですね。私はアメリカで苦労するアジア系アメリカ人と、国際社会におけるアジア系のフィルムメーカーは異なる存在だと思っています。でも、それがアジア人であれアジア系アメリカ人であれ、人々が様々な物語に耳を傾けるようになったのは素晴らしいことだと思います」
――監督にとって、本作に対する観客からの意外な反応はありましたか?
ルル・ワン「多くの人から“映画を観て泣きました”とか、“劇中の家族と自分の家族を重ねました”とか、“ナイナイは自分のおばあちゃんみたいでした”と言われたのですが、彼らは必ずしもアジア系アメリカ人やアジア人というわけではありませんでした。彼らもまた、ビリーを自分の分身のように感じたんだなと思うと興味深かったです」
――映画の大半が中国語ですが、脚本も中国語で書いたのですか?
ルル・ワン監督「私は今でも中国語を話せるのですが、読み書きができません。ですので、英語で書いてから中国語に翻訳していただく必要がありました。翻訳の過程で(重要なことが)失われないように、母にも手伝ってもらったんです。私は中国語が読めないので、母に中国語の翻訳を読んでもらって、より口語体になるように修正してもらいました」
――映画を観る前と観た後で、タイトルの印象が違ってくるのがいいですね。なぜタイトルを『フェアウェル』にしたのですか?
ルル・ワン監督「まさにそれが理由の一つです。エンディングを観ると…わかりますよね(笑)。あとは、この物語はいろんなこととの別れなのです。ナイナイとの別れだけではなくて、子ども時代との別れ、郷愁との別れ、無邪気さとの別れなど、ビリーの記憶の中にある、あらゆることとの別れを意味しています」
――ところで、監督がおばあちゃんと家族についての映画を撮っていたことを、おばあちゃん自身は気づいたのですか?
ルル・ワン監督「気づいたのだけど、どれだけのことを知っているか、もしくは知らないのかはわかりません。COVID-19のせいでまだ中国に帰れていないのですが、早く会いに行きたいです」
text Nao Machida
『フェアウェル』
http://farewell-movie.com/
10月2日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
NYに暮らすビリーと家族は、ガンで余命3ヶ月と宣告された祖母ナイナイに最後に会うために中国へ帰郷する。家族は、病のことを本人に悟られないように、集まる口実として、いとこの結婚式をでっちあげる。ちゃんと真実を伝えるべきだと訴えるビリーと、悲しませたくないと反対する家族。葛藤の中で過ごす数日間、うまくいかない人生に悩んでいたビリーは、明るく愛情深いナイナイから生きる力を受け取っていく。ついに訪れた帰国の朝、彼女たちが辿り着いた答えとは?
監督・脚本:ルル・ワン 出演:オークワフィナ、ツィ・マー、ダイアナ・リン、チャオ・シュウチェン 水原碧衣
2019/カラー/5.1ch/アメリカ/スコープ/100分/原題:THE FAREWELL
配給:ショウゲート
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