“I just am”exhibition photography Takayoshi Nonaka
9月に東京で開催されたファッションの合同展示イベント「rooms」。その中でアイデンティティの自由を推進するクリエイターたちが、 社会的テーマと共にクリエイションを発表するプロジェクト「I just αm(私はただ私)」が発表された。次世代に向けて、クリエイティヴな視点で「多様性(インクルージョン)」を伝え教育することで、共感のコミュニティを広げるというこのプロジェクトに参加したデザイナーたちに、このテーマについてのそれぞれの思いやアイデンティティを見つける過程について問うた。参加者の一人、Tomihiro Konoは美容師としてキャリアをスタートさせ、独自の視点で作られたウィッグを制作。現在はNYを基点として『Vogue』誌などに参加するほか、ジュンヤ ワタナベ・コム デ ギャルソンやジル・サンダーなどとのコラボレーションでも知られるヘア界のイノベーターである。
――まず、今回のエキシビションのテーマ“I just am”と聞いて、思い浮かんだことを教えてください。
Tomihiro Kono :自分がウィッグを展示するとき、ノーメークアップで髪型だけ、それも後ろ姿だけでそれぞれのアイデンティティを引き出すということをやっているんですね。「ペルソナ」というテーマを設けているのですが、この言葉には「多面性」「マスク」という意味があり、「人それぞれにいろいろな顔がある」というメッセージも込められています。このペルソナが“I just am”というテーマにしっくりきたし、自分がやりたいことと一致すると感じました。また、このエキシビションの中で僕だけが唯一の日本人なのでアジア的な視点で捉えられるだろう、それも面白いんじゃないかと思いました。
――現在はこうしたウィッグが中心の作品制作をされているんでしょうか。
Tomihiro Kono :ヘッドピースを作ったり、頭や髪に関するほとんどのことをやっています。その中でもウィッグというのはとても深いものなんです。人にはいろいろな人種があり、髪質も様々です。髪を変えることはメイクを変えるようには簡単にはできないですが、ウィッグはそこに変化をもたらしてくれる。その奥深さに魅了されています。
――通常は天井からウィッグを吊り下げるスタイルでの展示されていますが、その様は一種の異次元にきたような感覚をもたらしてくれますし、圧巻です。
Tomihiro Kono :この吊るす見せ方は今までにない手法で、他に誰もやっていないんです。簡単に見えて、実は難しい。運んだ段階でウィッグはペタンコなんですが、そこから人間にやるようにスタイリングをし、ワイヤーを使って頭の形状を出すようにしたり、手間もかかるし技術も必要です。アートとしてはすごくシュールな展示方法ですよね。人がたくさんいるように見えたり、髪の毛はそれ自体にパワーがあるから存在感も感じますし。ひとつひとつのウィッグにキャラクターがあるので、マネキンを通して見せるよりも、よりニュートラルなオブジェクトとしての感覚で見ることができるという良さがあります。なので、この見せ方は今後も続けていきたいと思っています。ウィッグという一つのオブジェとしての美しさや、どのように作ったのか中まで細部が見れるような点を大切にしているとともに、ここで展示しているウィッグは基本的にはセルフィーを撮れるようにしていて、自分に起こる変化を楽しんでもらえるようにしているんです。
展示を通して、若い子たちからもウィッグが欲しいという声も高まったため、2019年9月1日に”fancy wig”というセカンドレーベルを立ち上げて、原宿のvintage store OTOE(https://www.instagram.com/otoelogy/)で販売もするようになりました。モヒカンのウィッグをニット帽子のようにかぶったりしてくれたり、普段できないような派手な髪色のウィッグでテンションが上がっている様を見るのはとても楽しいですし、自分が考えもつかなかった用途作品を楽しんでいるお客さんを見るのがすごく面白いですね。もっとこうやってヘアもクイックチェンジができるようになるといいなと思います。僕はインタラクティヴなものに興味があって、ショーケースに入れて「僕が作ったアートはこれです」というより、人がどう反応するかを見たいんですよね。
――制作に関して、ひとつのウィッグを作るのに50時間かかるそうですね。3年分のアーカイブを収めたブック『HEAD PROP studies 2013-2016』も拝見したのですが、展示や『HEAD PROP studies 2013-2016』で開示されているウィッグの中側やデザインの原型などが非常に細かく驚きました。
Tomihiro Kono :そう、作業室でひたすら作っています。『HEAD PROP studies 2013-2016』は僕がどのような形でプロポーザルしたかが詰まった本です。ウィッグの設計は、とても小さな紙で模型を作って、実験を何度も重ねて試行錯誤した上で、さらに試作品を作って実際の素材を何にするかを決めていくという過程を踏んでいます。また、ヘアスタイリストの間ではどんな素材を使うかという競争になるんです。素材を重視しすぎると誰かと被る恐れもあるし、キリがない。だからどういう原理で「もの」を作っていくかにフォーカスして、ヴァリエーションが無限に作れるデザインを目指すようにしています。僕の作品は、どんな素材を使っても最終的に髪の毛に見えるんですが、そこは自分の美容師という基盤に繋がっているという感じです。
――先ほどのインタラクティヴに反応を楽しむ姿勢もそうですし、いつも実験を試みられている印象です。ヘアスタイルが人格にどう影響するかに着目し始めたのはいつ頃からですか?
Tomihiro Kono: 元々美容師をやっていたので、ヘアカットで人は変われるということは知っていました。そこからヘアセッションスタイリストになり、メイクや洋服のオプションはたくさんあるのにヘアのオプションはあまりないということからカツラやウィッグと言われているものの概念を変えたいと思うようになりました。実際、僕が作っているものの中には、髪の毛とイヤリングが一体化していて、装着するとハイライトをしているような感覚になれるようなものもあるんです。簡単でトライしやすいということは大切にしています。
――Tomihiroさんは日本の伝統的な髪結にも師事されていましたね。そこからも得るものは大きかったんでしょうか。
Tomihiro Kono : 海外に出る前になにが日本人のアイデンティティなのかを知るために学びが必要だと思い、日本髪の十日会に師事をしていました。例えば、コム デ ギャルソン JUNYA WATANAE MEN’S COLLECTIONのアドバタイズでテディボーイという髪型と日本のまげを混ぜたスタイルを用いたものがあります。そういうトラディショナルものを崩して作っていく作品が好きなのですが、崩すには基礎が必要。ものづくりをする際にも、どう作られたかよりもアーツ・アンド・クラフトの部分を大切にしているので、ウィッグの中やタグのデザインといった見えない部分にも気を配るようにしています。そうやって作られたパワーがある「もの」には作り手の意思を感じますね。
―― ヴィンテージのヘア雑誌をよくご覧になっていたということですが、インスピレーション源にはそのようなものもありますか。
Tomihiro Kono : そうですね。ウィッグメイキングはかなり昔から存在していたんです。日本にも江戸時代くらいにはありました。18世紀頃のフランスのマリー・アントワネットがいた時代やアバンギャルドの時代にもすでに存在していたのですが、この時代からはとてもインスパイアされています。写真の技術がまだなく、絵しかなかった時代で、それが逆に自分の創作意欲を高めるんですよね。歴史に関する本を読みながらイメージを膨らませるのが好きです。ヘアのヴィンテージブックはなかなかないんですけど、見つけたらすぐ買ってしまいます。60年代にウィッグブームがあって、そこにはヴィダルサスーンの影響もあったんですが、今そのウィッグの時代が再び来つつあるように感じています。
――そのほかに創作源となっているものは?
Tomihiro Kono : 若い時に経験したことが今の仕事に生きているし、身近なものーーたとえば自分の作品を購入してくれた人たちからもインスパイアされています。歴史などを勉強していくと、それとは真逆の身近なものに面白さを見出すこともあって。あとは柳宗悦の「用の美」の考え方をヘッドデザインに当てはめて考えることもよくします。奇抜でも用の美があればなんだかしっくりするんですよ。
――ファッションブランドのコラボレーションでは服にある程度沿った内容になるかと思いますが、そうした制約も面白いと捉えられていますか。
Tomihiro Kono :ブランドの意図にもよるんですけど、今まで一緒に仕事をしてきたデザイナーたちは髪型にこだわりを持っていて、僕からのインスピレーションも待っていてくれるので、自分の好きなものを提案することができました。でも、服をもっと目立たせて髪型はノーマルで、と考えているブランドもたくさんあります。そのような場合は、デザイナー側の意見を尊重して、自分の意見とのバランスを大切にするようにしています。そのぶん個人的な活動をすることで、自由に自分の思い通りにできるような場を設けるようにしたり。『HEAD PROP studies 2013-2016』の出版社KONOMAD(http://www.konomad.com)も自分で立ち上げたんです。
――有名な出版社からも様々なオファーを受けていたのを断ってご自身で立ち上げられたとか。
Tomihiro Kono : 自分にとってピュアなものを作りたかったんです。僕がここでやりたかったのは、完全なドキュメンタリーを作ること。もし、出版社からオファーを受けてしまうと、他人の意見が入ってしまいます。例えば、本の売り上げを伸ばすための工夫をしたりね。他人のお金を借りて作るとなると、その人の意見を踏まえないといけない。そうすると自分の作りたいものは完璧には作れないと思い、始めました。フォトグラファーである僕の妻と二人で出版社を始め、彼女が撮影とブックデザインを担当しました。
“I just am”exhibition photography Sayaka Maruyama
――“I just am”ということで、もう少しTomihiroさんご自身についても質問したいのですが、学生時代は獣医やトリマーになりたかったそうですが、そこから美容師という道に入り、現在に至っていて、その“自分”が求めているものを発見する過程、どのように発見し、そのようにしてそれを研ぎ澄ましていったのか教えてください。
Tomihiro Kono : アクシデントとミステイクと出会いの繋がりですね。これに関しては答えはないと思います。若い頃に出会った人の存在も大きいかな。僕は愛媛県の田舎の牧場で生まれたのですが、その狭い世界の中で一番身近でおしゃれな存在が美容師だったんです。20歳という感受性が高い頃に、職人性のある美容師に出会ったのでそのような人に憧れたというのもあります。サロンでの勤務などで悔しいこともたくさんありましたが、それを反動に自分はどうしたいのか考えるようになって、努力して、そこから邪念も取れて、自分のゴールも見えてきたんですよね。最初はリベンジが原動力だったと思います。
――なにがきっかけで邪念が取れたんですか?
Tomihiro Kono : 自分が掲げていた目標を達成できたとき、ですかね。目標を掲げて、達成し、そのあとにまた新しい目標を掲げーーその繰り返しです。
――まさに一歩一歩の積み重ねですね。では最後の質問です。いつも朝食は何を食べていますか?
Tomihiro Kono :アーモンドミルクのバナナジュースかグリークヨーグルトかパンケーキです。朝の一杯目のコーヒーも大切にしています。
――朝ごはんはその人の習慣や、何を大切にされているかとかがわかる気がします。
Tomihiro Kono : 日課って興味深いですよね。『天才たちの日課』という本を読みましたが、すごく面白かった。 物書きや映画監督などの著名人の日課が書かれた本です。毎日近くのダイナーに行って甘いココアを飲む人とか、不眠症の人が多かったり。ルーティーンを大切にしているアーティストは多いように思います。
text Ryoko Kuwahara
Tomihiro Kono
伝統的な日本のヘアスタイリストとしてキャリアをスタート。2007年にはロンドンへ移住し、セッションスタイリングに携わりはじめ、『Dazed & Confused』『i-D』の撮影に参加。2013年にニューヨークへ移り、『Vogue』『Luncheon』などの撮影で定期的に活躍している。ジュンヤ ワタナベ・コム デ ギャルソンやジル・サンダー、フレームとのコラボレーションでもその名を知られる。2017年には初の著書『HEAD PROP studies 2013-2016』を出版。特注制作のウィッグのエキシビションも開催。2019年9月よりセカンドラインとなる「Fancy Wig」の販売もスタート。
http://www.tomihirokono.com
https://www.instagram.com/tomikono_wig/
https://www.instagram.com/otoelogy/
https://www.instagram.com/konomadinc/
Tomihiro Kono
『HEAD PROP studies 2013-2016』
Tomihiro Kono’s distinctive creations, called head props, are the subject of this fascinating book. Already established in his successful international career as a session hair stylist, since 2013 Tomihiro has ventured into new territory with his head props. This book documents the path and inspirations he has followed in his innovative efforts to make decorative designs for the human head, and gives a sense of the uncompromising approach he takes in his work. Filled with detailed sketches, development models, and finished concepts, it makes clear that Tomihiro not only attempts to produce visually striking head designs, but also focuses on functionality in the beauty of form.
230 p, ills colour & bw, 20 x 20 cm, pb, English
konomad editions No.001
http://www.tomihirokono.com/page/book.html