こんにちは。歌代ニーナです。
今までスタイリストや編集の仕事を始め、クリエイティブ系のことをやっている人間として生きてたのですが、ちょっと最近飽きてきた模様です。中堅特有の職業ブルースですかね。
というわけで、今までの生活とは全て縁を切り、転職ってやつを試みてみました。この度、2019年7月より1年間、羽田空港の入国審査員の仕事に就くことになりました。オリンピックに向けて日本に対する注目が大きくなっているにあたって、日本を出入りする人が増えていくと思います。私は入国/出国審査のゲートに立ち、不審者がいないか、異物を持って国境を越そうとする人がいないかを全身全霊で見定めています。
空港は不思議な場所です。様々な場所からきた人、そして向かう人の集合場所であり、様々な強い感情が辺りいっぱいに充満しています。旅行気分にウキウキ胸を躍らせている人、旅行帰り特有の憂いがかっている人、ひたすら疲れている人、イライラしている人、誰かの到着を楽しみに待っている人・・・。人間観察の宝庫です。
入国/出国審査のゲートで出会った不審者たちのMVPを各月に1人選出し、ここに記録として残そうと思います。本当に世の中には色々な人たちたちがいるもんで。
Vol. 03 BETHANY GANDALF 様 / アメリカ合衆国よりご入国
2019年11月13日の夜。入国審査ゲートのシフトの日。
週のド真ん中水曜日なのに空港が混んでいます。ロサンゼルスのLAX空港前でデモが起きたことにより昨日の便が全て欠航してしまったらしく、みんな自分の旅が遅れたことを空港スタッフにやつあたりしまくっています。辺りは”イライラ”臭の空気で充満していて、なかなか居心地が悪いです。そんななか、入国審査ゲートに立って私はいつも通りに仕事をしようと、ロボットのように次々と入国者の審査を進めていたのですが、列の奥の方でなんか騒いでいるのが聞こえました。
GANDALF 様「ちょっとどいて!私が誰だか知らないの?%&#$¥@*%&#$¥……..」(英語で)
知らねーよ。
バタバタと人混みの中を突進してこっちに来るサングラスをかけた全身ヒョウ柄の人が見えます。なぜか前に並んでいる日本人たちはムスッとした顔をしながらも素直にどいて彼女を通していました。どうやら年齢不詳の白人の女の人のようです。狐の毛皮のロングコートを着ています。機内持ち込みするのには非常に不向きなかさばりそうなコートです。
騒がないでよめんどくさいな・・・。
私「お客様、列に並んで順番通りにお進みください!」(英語で)
GANDALF 様「・・・。何ですって?」(英語で)
コワ。
彼女はサングラスを外してギロッと私の目を見て睨んできました。
もおーそんなことされたら怒らなきゃいけないじゃん。
警備員に目で合図をして、彼女を囲わせました。
私「お客様、こちらにお願いします。」(英語で)
GANDALF 様「うるさいわね。急いでるの!何なの?この人たち」(英語で)
酔っ払ってんのかな。もしくはただのわがままな金持ちババアか。
とか思いながら彼女の方に歩いていったら、それはそれはご立腹でして、頭から湯気が出ているように見えました。やはり飛行機内でお酒を飲んだようで、お酒の匂いがあたりの空気に充満していました。
この手の成金金持ちってほんと品がないわ。毛皮着てても化けの皮は剥がれてるけどね。
私「パスポートと搭乗券の提示をお願いいたします。」(英語で)
GANDALF 様 *無言で乱暴に差し出す*
マジか!まさかのエコノミークラスのチケットじゃん!この態度と服装で普通にエコノミー乗ってきたんだ!やば!そうだよね。金ない奴ほど見栄張るよね。
と心の中でつぶやきながら、笑いそうになるのを必死に噛み締めて、
私「ありがとうございます。」(英語で)
と言って搭乗券とパスポートを彼女に返しました。彼女は私の手から一式を奪いとり、ムスっとしています。
何でこんなに怒ってるんだろ。ストレスたまってるのかな。ヨガでもやったらいいのに。
そんなことを思いながら彼女のことを見ていたらなんだか哀れに思えてきました。なんだか自分でいるのが居心地悪そうというか、一体誰に何を見せつけたくて自分を偽っているのだろう、というか、、。
私「お客様、列に並んで順番通りに進んでいただかないと困ります。」(英語で)
GANDALF 様 「何で並ばなきゃいけないの?私そんな時間ないわ!飛行機も欠航になるし、なんなの!」(英語で)
分かる、分かるよ。でもお前別に特別じゃないから。みんな同じだから。
GANDALF 様 *タバコを取り出して火をつけようとする*
私 「空港内は喫煙エリア以外禁煙です。入国審査後に喫煙エリアでお願いします。」(英語で)
GANDALF 様 「あんたたちが私のことを引き止めるかららいけないんじゃない。さっさとゲートで審査してちょうだいよ」(英語で)
私「同じく待っているお客さまがたくさんいらっしゃいます。列の最後尾に並んでください」(英語で)
と言ってみたものの、埒があきそうにないです。かれこれ10分くらいこれが続いています。周りの警備員たちを見ると、なんとも説明ができない目で私の方を見ています。
あ。なるほど。並ばせないで審査しちゃってほしいんだ。めんどくさいもんね。
周りを見渡すと、さっきからこの女がバカ騒ぎしているせいで空気が静まり返っていて、他のお客様たちが冷ややかな視線でこちらを見ています。しかもこの女も全く持って折れる気配がありません。
これはさっさと審査して空港外に出てもらう方が楽だわ。みんなに迷惑だし。
私「お客様、こちらにお願いいたします。」(英語で)
GANDALF 様 「どこに連れていくつもり?変なものなんて持ってないし、何も悪いことしてないじゃない!」(英語で)
私「静かなところで入国審査させていただく。別室にご案内します。」(英語で)
GANDALF 様「%&#$¥@*%&#$¥……..」(英語で)
抵抗しながらも別室についてくる彼女の後ろを警備員たちが追うように歩いています。この状況を見ている他のお客様たちはヒソヒソとこちらを見ながら何か耳打ちしあっているようです。別室内についた瞬間、彼女が私に言いました。
GANDALF 様「何か水とかないの?喉が渇いて死にそうだわ」(英語で)
コップに水を入れて彼女に渡しました。
私「こちらで入国審査を進めたいと思います。」(英語で)
GANDALF 様「早くしてちょうだい。」(英語で)
私「アメリカ合衆国からの入国とのことですが、滞在目的は何ですか?」(英語で)
GANDALF 様「観光です」(英語で)
入国審査は問題なく進みます。1週間滞在するようで、日本へは初めていらっしゃったみたいです。
私「職業は何をされていらっしゃいますか?」(英語で)
GANDALF 様「女優よ」(英語で)
エコノミークラスで飛んでるってことは売れてはない、ってことね。
GANDALF 様「映画と映画の撮影の間に1週間やっと休みがとれたから、旅行にでも行こうかと思って」(英語で)
はいはい。
一応荷物検査もしたのですが、特に警戒しなければいけないものは入ってませんでした。いわゆる普通の女の人が持ち歩きそうなものばかりです。パスポートもチェックしたので出口のゲートまで連れていくことにしました。一応警備員たちにもついてきてもらいました。出口に到着したところで彼女は言います。
GANDALF 様「最初からこうしてくれたら時間も無駄にならずに済んだのに」(英語で)
まだプンプン怒っています。特に返す言葉もないのでぺこりとお辞儀をして見送りました。堂々と肩で風を切って歩く彼女の背中を見ているとなんだか胃がソワソワしはじめて、なんとなく後味の悪さを感じました。
力ずくで意外と何でもいけちゃうのね。すごいバカにしてたけど、なんか、なんだろう、負けた気がするわ。
creative direction and photography PETRICHOR
fashion and text NINA UTASHIRO
graphics TAPPEI
model BETHANY GANDALF