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text by Daisuke Watanuki

Can’t live without Books:Daisuke Watanuki “The 5 Independent Bookstores”/書店特集:綿貫大介 「5軒の本屋を巡る冒険 」


LVDB BOOKS Photo:中村寛史


僕が子どもだった頃、僕の生まれた町には本屋がなかった。なので、必要があれば自転車で農道を10分かけて進み、隣町の本屋を目指す。そこでことたりなければ親に車を出してもらい、30分かけて市内の大型書店へ。それはもう、ひとつの娯楽だった。今だったら買いたい本があれば家でポチればいい。本屋に行くなんて、ただの苦労話として扱われてしまうかもしれない。
でも、人はそれでも本屋に行くべきだ。だって本屋は本をただ売っているだけの場所ではないから。本屋は知の集積場であり、セーフスペースであり、文化を守る場所としてこの世に存在している。そんなことを気づけたのは、僕がちゃんといい本屋に出会えたからだ。いい本屋は、建前上本を売りながらも、本当は人や文化を育てることを商いにしている。それがどれほどすごいことか想像してみてほしい。だって政治家が焚書のように不利な書類をシュレッダーにかける今のこの国で、文化を守ることは決して容易ではないはずだ。
今回紹介する本屋は5軒だけど、全国にはまだまだ素敵な本屋はたくさんある。だからあなたの住む街でもそういう場所を見つけてほしい。自分を守り育ててくれる本屋に、みんなも出会えますように。





東京 【SNOW SHOVELING】





雪が滅多に降らない東京で、ずっと雪かきを続けている書店がある。雪かきとは、「煩わしいけど誰かがやらなくてはいけないこと」の比喩。ハルキストだったら『ダンス・ダンス・ダンス』に出てくる「文化的雪かき」という言葉にピンとくるかもしれないし、比喩じゃない、そこはメタファーだろ、と言うかもしれない。店名「SNOW SHOVELING」はまさしくその「文化的雪かき」を意味している。


はじめてお店に伺った際、ドアの前で少し緊張感が走った。入り口がガラス扉ではなく、外から中の様子が見えないから。そわそわする。見慣れない客が入り、カウンターの常連が怪訝そうな視線を送ってくる喫茶店のあの気まずさがふいに頭によぎる。キルケゴールの『死に至る病』を毎日少しずつ読むのを日課にしているような物静かな男の、冷たく鋭い眼差しが自分に向けられているイメージが、勝手に脳内に再生されてしまう。……いかんいかん! 漫画みたいに左右に首を振ることで想像を払い除け、ふと目の前のドアをまじまじ見るとそこには英語のメッセージが貼られていた。「Don’t be afraid. Because it’s safe here.」


勇気を振り絞り、ドアを開けると。なんだろう。ここ、どこだろう。まるで夢の中でとりあえずしつらえたような、嘘みたいな架空の世界に迷い込んだみたいだった。映画のセットのように完成された空間なのに、古くから知っている友人の家に遊びに来たような感じ。そして友人の家に遊びに来たのなら、当然僕はそこで置いてある友人の本棚を覗き、その人の普段見えない嗜好や人柄を推察しなくてはいけない。そのように、店内にある本棚を興味深くざーっとさらった。そしてこの本棚をつくる人のことは信用できるし、好きでいられるとすぐにわかった。


ドアに貼ってあったメッセージに偽りはなかった。『注文の多い料理店』みたいに入り口で優しく誘い、最終的に食われてしまうようなことはもちろんない。安心してみんなドアを開けてほしい。世の中大変なことがたくさん起こるけど、ここにいれば安全だ、と思わせてくれるものが、この店にはたしかにある。ソファに座ってくつろいだり、実際に店主の中村さんと話していると、強くそれを感じられるから不思議だ。


中村さんにジャネット・ウィンターソンの『灯台守の話』をおすすめしてもらったことがある。なんの話をしていたんだっけ、たぶん、愛についてとか、物語ることについての話をしていたときだったと思う。購入したその本を入れてくれたクラフト紙の角底袋には、マッキーでラフに一言、メッセージが添えられていた。「LONELY BUT FABULOUS」って。ああ、そうだ。僕は言葉が欲しくて本屋に行ってるんだ。これきっと、僕が誰かに言われたかった言葉だ。





SNOW SHOVELING
〒158-0081
東京都世田谷区深沢4-35-7 2F-C
営業時間:13:00頃〜19:00頃 定休日:火曜、水曜
TEL:03-6432-3468
HP:http://snow-shoveling.jp/
ちなみに沢尻エリカ主演『母になる』というドラマ(感動作!)で、書店員の沢尻エリカが働くお店のロケ地がここです。


京都 【誠光社】





「京都の大学生」という甘美な響きに憧れた時期が僕にもある。学友たちと勉学に励み、第二のキャンパスである鴨川で起こるあんなことやこんなことを、青春という言葉の中に回収してみたかった。実際は山梨の田舎の大学でも青春としか言いようのない最高のドラマはあったんだけど、京都という言葉を思い浮かべるとき、勝手に架空の大学生活を妄想してしまう。鴨川デルタは若者たちに優しい。飛び石を渡り、石切りをして、爆破予告で休講になったら、遊ぶ。誰といても、ひとりでいても、可能性はつぶされない。そんな京都の大学生活を送ってみたかった。そしてそこでの、自由や自治、対話についての葛藤の日々を豊かにするのは、良質な書店の存在だと思う。京都で学生生活を送ることに憧れを持てた理由のひとつが、そんな書店が京都にはとても多いというところだ。


その日の京都の気温は40度に迫っていた。午後3時を過ぎても気温が上がり続けるうだるような暑さで、ちょっと歩くだけで汗が垂れてくる。神宮丸太町駅から目指すは「誠光社」。お店の佇まいや内装が素敵なのはもちろん知っていたから、入店してみて、想像と違う雰囲気に驚いた。SNSで「自称本屋好き」を公言していそうな人が集まりそうな空気が支配していない(とりあえずインスタ用に写真撮っとこう!みたいな)。それどころか、まるで「あなたは本当に本が好きですか?」と試されているかのようでしびれた。実際、棚にある本すべてを指差しながら眺めたくなる。だって、何の本のとなりに何を置くか、ということがしっかり計算されているのがわかるから。大きさや高さが揃っていない本が並んでいる姿が愛おしく、その中からリトルプレスとエッセイ本を選び購入した。


店から出て少し歩くだけで鴨川に突き当たる。春先だったら本を片手に川沿いの読書を楽しみたいところだけど、ときは盛夏。しかし、幸いこの日の僕の格好はシャ乱QのTシャツに、スイムショーツだった。そうなると、もちろん川は眺めるものでも渡るものではなく、入るものになる。スニーカーと靴下を脱ぎ、バックパックを放り投げ、そのまま鴨川に入った。こんなに外は暑いのに、流れている水はちゃんといつまでもちゃんと冷たい。


「誠光社」店主の堀部さんが書いた『90年代のこと 僕の修行時代』という本がある。僕も90年代が好き。堀部さんとは年齢は違うし、同じ体験をしているわけでもない。それでも、子どもなりに僕も同時代を生きていた。それだけで読んでいて同志のような気持ちが湧いている。時代はどんどん流れる。世の中を見ていると「あの頃」はよかったと思うことばかりだ。それでも「あの頃」と「今」のよさはきっと地続きだと信じたい。せめてスマホを置いて本を読んでいるときだけは。





誠光社
〒602-0871
京都市上京区中町通丸太町上ル俵屋町437
営業時間:10:00〜20:00 定休日:無休
TEL:075-708-8340
HP:https://www.seikosha-books.com/



大阪 【LVDB BOOKS】





東京に住んでいると、わざわざ他の大都市に行こうと思う機会が少ない。都市部はどこもだいたい東京にあるものが揃っているんだから。どうせ目指すなら東京ではなかなかお目にかかれないような、自然豊かな場所に行きたくなる。でも、大都市にもわざわざ行かなくてはいけない理由はたまに出てくる。「LVDB BOOKS」は僕にとって、大阪にわざわざ行くべき理由になってしまう場所のひとつだ。どんな場所か簡単に説明すると、長屋をリフォームしたシックな外観の素敵さと、その中に広がる小宇宙にくらくらしてしまう、そんな店。足場材で組まれた本棚には、アート関連、哲学書、カルチャー本、小説などがびっしり。それらを見ていると、ここにある本たちは、広い宇宙を漂流したのち偶然このお店にたどり着いたんだ、という気持ちに不思議となってくる。あるいは海の底から。あるいは鉱物を割った中から。そういういろんなところから集まったものでできた本屋だ。


特に国内にあまり流通していない海外のZINEやアートブックがあるのが嬉しい。ずっと気になっていた台湾のZINE『精少壞一族』を最初に見つけたのもここだった。日本をはじめとしたアジアのカルチャーをおもしろおかしく扱っていて、個人的に最高にツボな作品。作家とインスタでやり取りをしたことはあるけど、台湾に行く機会がなく、実物のZINEを手に入れらずにいたところを……。まさか大阪で入手できるとは! 


昨年は香港のZINE『香港美不美?』をおすすめしてもらい購入した。これは香港が中国に返還される際の返還記念式典が行われたゴールデンバウヒニアスクエアを訪れる、中国本土の観光客たちの様子を記録したフォトZINE。このときの僕は、自分たちの命を危険にさらしてまでも、未来のために抗議する香港市民の自由を願っていた時期だった。だからタイトルにもある”HONG KONG IS BEAUTIFUL, ISN’T IT?”という言葉の重みも、それをZINEという形で表現した作家の気持ちも胸にずっしり突き刺ささるものがあった。こういう、自分の生活の半径から遠く離れたものを、しっかり世界から集めてきてくれる人の存在は心強い。


店主の上林さんとは同世代で、会えばフランクに話ができる。でもその一方で僕は上林さんをこの小宇宙の創造主として尊敬している。だってわざわざこんなに覚えづらく書きづらい名前を屋号にしてしまうような人だ。普通じゃないに決まっている!(愛せる!)店名の由来、本のセレクトの基準、お店に関しても気になることばかり。でも謎は謎のままの方が美しいから、あえて聞かない。意味を知ることに価値はないし、小宇宙はただ存在しているだけで素晴らしいから。





LVDB BOOKS
〒546-0031
大阪市東住吉区田辺3-9-11
営業時間:13:00〜19:00 定休日:火曜、水曜
HP:http://lvdbbooks.tumblr.com/
(Photo:中村寛史)



香川 【BOOK MARÜTE】





海なし県に育った僕が瀬戸内海に魅了されるまで、時間は全然かからなかった。香川県は、海が果てしなく怖い存在ではなく、その先に人の営みが想像できる優しいものだと知ることができた場所だった。そして当時旅行というものに一切興味がなかった僕に、移動の楽しさを教えてくれた場所でもある。港から海を見ているだけで最高なんだけど、そのまま海沿いを10分ほど歩くと、海辺の古い倉庫街・北浜alleyにたどり着く。そこのガレージから階段を登ると出現する、こじんまりとしたお店が「BOOK MARÜTE」だ。


置いてあるのは写真集やアートブックが中心で、よく見ると店内のいたるところに写真家のサインが書かれている。今では高松のカルチャーを牽引する存在となっている同店で、僕が最初に買った本は岡本仁『ぼくの香川案内』。これを読んで僕もいち旅行者として高松と友好な関係を築くことができそうだと思った。旅のはじまりの書を、旅先で買うのも本屋の楽しさのひとつ。本の情報はもとより、そこから出会う人々に土地のおすすめを聞いては自分の行動範囲を広げていった。その土地の人達が愛している場所や人や建物や芸術や食べ物を知るのは楽しい。しるの店「おふくろ」、洋食屋「おなじみ」、カフェ「三びきの子ぶた」、疲れたら「仏生山温泉」。そうやって香川との関係は拡張していった。


「BOOK MARÜTE」も香川に来たら必ず立ち寄る。いつもはそこまで長居はしないのだけど、ある夏、はじめて奥の喫茶スペースを利用したときのこと。たしか大阪の国立国際美術館でティルマンスが展覧会をしていた年だ。時期的にかき氷があったので、ちょっと休憩することにした。出てきたのは、青く透き通ったガラスの器にほどよく不格好に盛られた白い山。ほんのり色づいた果肉入りのオレンジシナモンのシロップがかかっている。最高だ。これぞ本屋の本気のかき氷。食べながら店員の女性とちょっとした打ち解け話をした。彼女は東北出身で、高松には最初旅行で訪れたらしい。そしてこの地の魅力に惚れ込んで移住を決め、今このお店で働いているらしかった。そのとき2人しておもしろがるように「縁もゆかりもない」という言葉を言い合った。こんなの、東京のベローチェでの会話だったらすぐに忘れるような他愛もない内容かもしれない。でも、その土地で聞くからこそ今でも心に残っている。縁もゆかりもなくていい。自分が心地よくいられるところで、人は生きるべきだよなと思った。僕が高松で生きる可能性だって十分ある。タウン誌の編集の仕事とか高松にあるかな?と談笑した窓の日差しはきらきらしてた。僕と香川との縁とゆかりをつくってくれた「BOOK MARÜTE」。その後もなんども訪れているけど、彼女はもうここにはいない。きっとまた違う場所に根を張っているんだろう。





BOOK MARÜTE
〒760-0031
高松市北浜町3-2 北浜alley-j
営業時間:平日12:00~19:00、土日祝11:00~19:00 定休日:水曜
TEL:090-1322-5834
HP:http://book-marute.com/


大分 【カモシカ書店】





もし、自分が生まれた町にこんな本屋があったら、どれだけ幸福だったろうってそんなことをずっと店内で考えていた。自分の生活圏内で、ちゃんと世界とつながれる場所があるというのはとても大事なことだと思う。大分駅のアーケードの先に見える、本から生まれたガゼルのロゴ。そこにあるのが「カモシカ書店」だ。


レトロな建物に入ると、いきなり大量の古本がずらり。そして階段をみると「2階から本気です」という張り紙が。螺旋状の階段をのぼっていくと、いよいよ本気のお出ましだ。外観から想像できない広々とした空間にまずびっくりする。棚を眺めると、知っているけど手に取っていなかった古典の名作、詩集、写真集など、魅力的なセレクト。カルチャーを刺激してくれるラインナップにやられた。美しい物語だけでなく、現代生きる上で知っておくべき知識を扱う本がちゃんといくつもあった。新刊と古本の区別がなく入り交ざっていて、ところどころおすすめコメントが書かれたポップもちらほら。どうやらここの店主は、サン=テグジュペリが好きらしい。そういうことが垣間見れるのもなんだか嬉しい。奥の喫茶コーナーでチャイを飲み、ケータイを充電し、気になった本を試し読みしてそのまま購入。ここ、電源ありWi-FIありとスペースとして完璧。平日は学割があるらしく、この日は学生がたくさんいた。


「居場所」だ、と思った。自宅や学校(職場)以外の、第3の居場所。落ちついて心を休めたり、知を深めたりする場所が大分にはある。それはマックじゃない。ファミレスじゃない。本屋だ。そのことがすごく羨ましかった。大分で生活しているお店の常連の男の子に「カモシカ書店ってどういう存在?」と何気なく聞いてみたら「どこでもドアみたいな感じですかね」と教えてくれた。その比喩、最高だ……。田舎にコンプレックスを持っていた僕にはその意味が十分すぎるぐらいわかる。僕はどこでもドアを持っていなかったので、自分が望むものがある場所までずんずん進むしかなかった。だから東京に行くのは僕の人生では必然だった。でも、もしあのなにもないと思っていた地元に、外の世界とつなげてくれるドアが、自分を守れる居場所があったなら……。


別の常連の女の子とも話をした。僕が「こういう本屋が地元にほしかった……」と漏らしたら、屈託のない拍子で「作っちゃえ!」という言葉が返ってきた。そのときは気にも留めなかったこの言葉を、近頃ずっと頭の中で反芻している。そうか、ないって嘆いていたものだって、もう自分で作ることができるんだ。素直にそう思えた。もう弱い子供じゃないんだ。なんだってできるじゃないか。なんだって。





カモシカ書店
〒870-0035
大分県大分市中央町2-8-1 2F
営業時間:11:00~22:00 定休日:月曜
TEL:097-574-7738
HP:http://kamoshikabooks.com/


text Daisuke Watanuki

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