口承、書物、インターネット、様々な形式はあれど、人々は昔も今も“物語”を求めている。物語は人々の糧や指針、支えとなり、時に孤独を癒し、時に憧れや憎しみを生みながら、人々に寄り添い続けてきた。現在のSNSも自分の物語を語り、また人の物語もまた指先一つで瞬時に覗き見ることができるツールとして爆発的に広がりを見せたと言えるだろう。『真夜中の物語』特集ではそうした中でも、私たちが自分の内なる深遠さを覗き込む真夜中という時間に生まれる物語、真夜中に寄り添う物語などに焦点を当て、人との関わりから離れた時間にこそ浮かび上がる自分自身を見つめ直す。ひいては他者との関係に終始晒されている現代において、自分の時間をもち、思考、想像、創作する大切さを改めて考えたい。
日々の生活や偏愛するドラマからインスパイアされ、独自の繊細な言葉を紡ぎ出した著書たちで、読むものにエモーショナルさや衝動を与えるエディター/ドラマっ子の綿貫大介。彼が思う真夜中と朝、闇と光の関係について文章とドラマの選定を寄せてもらった。
「涙の数だけ強くなれるよ」というメッセージソングが流行ったのは1995年。岡本真夜の名曲「TOMORROW」は阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件で傷ついた日本中の人々を励ました。みんなが口ずさんだ。みんなが強くありたいと願った。歌ってすごい。歌うってすごい。歌詞を実際に口にしてみると、本当に涙の数だけ強くなれる気がしてくるから不思議だ。
そして時は流れ2019年。NHKのドキュメンタリー番組を観ていたら、川崎のラッパー少年がこんなリリックを披露していた。「涙の数だけ強くなれるなら俺はとっくに最強だよ」。大災害や人災によって、当たり前の日常があっけなく崩壊した世界のなかでみんなが希望を見出すために歌った言葉は、あっさり否定されていた。あの頃は現状に不満があったとしても、未来はきっと明るいものだって楽観視できていたし、まだ夢を見られていた。でも、絶望がデフォルトの現代、不満のある状況はあきらめて受け入れるしかないし、これから先の将来なんてさらに悲観視するしかない。希望なんてもう、見つけようがないのかもしれない。
なんで急にそんなことを考えてしまったかって、すごい単純なんだけど、「真夜中」という言葉から岡本真夜を連想してしまったから。岡本真夜のデビューシングル「TOMORROW」はもはや定番のメッセージソングだけど、実はこの歌、とある真夜中のできごとが歌詞のもとになっている。
深夜、友人から突然「会いたい」という連絡が入ることからこの歌の物語ははじまる。夜をひとりで超える力がないということは、相当のことがあったんだろう(まぁ恋愛がらみかな……)。会ってみると、その子は冗談っぽい明るさは持っているんだけど、その笑顔はちょっと悲しみを帯びている。その様子をみて、歌の主人公は一生懸命に希望の言葉を使って友人を励ます。「泣いてもいいよつきあうから」「思い出とかプライドとか捨てたらまたいいことあるから」「自分をそのまま信じていてね」「明日は来るよ君のために」。その言葉たちは間接的に、悲しい夜を過ごす僕らへ向けられたメッセージでもある。
真夜中という力はすごい。人を弱く悲しくさせて、押しつぶそうとする、真夜中の魔物の力。おそろしい。僕らはいつも、そんな真夜中を、毎夜毎夜、ひとりで乗り越えているんだからすごい。
僕は真夜中が嫌いだ。感情がコントロールできなくなるのがとても怖い。実際、思いがあふれまくって真夜中に書いた手紙で後悔したことだってあるし。そう、真夜中はアウトプットの質がとても乱れてしまう。どうしても感情的になってしまうから。感情の中でも、とくに感傷の方。昼間必死になって戦っているときに装備している鎧も、真夜中になると全部とれて、とても無防備な状態になってしまっている。だから昼間ならどうでもないことも、つい「深刻」に受け止めてしまう。この「深刻」というのが実に厄介なんだ。というか、深刻になっていいことなんてこの世にひとつもない。何かを考えるときは、明るくてきれいで花なんか咲いていて空気が澄んでいて広々とした場所で考える方がいい答えが出せるに決まっているんだ。たとえば生きることに絶望して死にたいと思ってしまった人は、決して人生を粗末に扱おうとしているわけでもなく、努力を怠っているわけでもない。人生を深刻に重要視してしまっただけだと思う。深刻に考えて出した答えなんて、正解にしてはいけない。
だから僕は極力、真夜中は何かを深く考えたり、表現したり、アウトプットしないようにしている。というか、疲れていてあまり頭を使いたくない。その上、深刻になったり感傷的になったりしていては、表現がそっちに引っ張られすぎてしまうし。そういう自分のことも好きじゃない。普段の僕は夜になったら、できるだけ読書をするとかテレビを観るとか、インプットを中心にするよう心がけている。くだらないバラエティ番組は心を明るくしてくれるから助かるし、夜の静寂は読書をはかどらせる。ドラマを真剣に見て、そのなかからなにか大切な気づきを得ることだってもちろん最高。そこで今回は、真夜中に観るのにおすすめのドラマをご紹介します!(イントロダクション長め!そして突然の展開!)
今や深夜ドラマというジャンルも定着しているから、夜中にドラマを普通に観る、という人も多いと思います。制作側の自由度が高くて、ゴールデンタイムの作品とは違った魅力がそこにはあります。飯テロモノ、ちょいエロモノ、深夜という時間帯にフィットする作品は多いけど、今回は深夜ドラマというジャンルにこだわらず、単純に眠れない夜に観たいドラマをピックアップしました。基準はひとつ。深刻になる必要がなく、明日への活力になるような、ちょっとだけ人生が楽しくなる素敵なセリフ(メッセージ)を受け取ることができること。だって、夜は満ち足りて眠りにつき、朝は希望で目を覚ましたいからね。
1『すいか』
脚本:木皿泉 出演:小林聡美、ともさかりえ、市川実日子、浅丘ルリ子、小泉今日子ほか
人生行き詰まりの信用金庫職員が、売れない漫画家や大学教授など風変わりな人が住む下宿「ハピネス三茶」での出会いや出来事を通して成長していくドラマ。考え方や性格なんてみんなが違って当たり前だから、「風変わり」なんて枕詞をわざわざ使いたくないんだけど、常識や固定概念はまだ社会につきまとうもの。変わり者でも普通の人でもいい。あなたはあなた。僕らに当たり前の肯定感を与えてくれる作品。「人に嫌われたっていいんですよ。矛盾している自分を許してあげなきゃ。ズル休みもOK」。
http://www.ntv.co.jp/suika/
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2『泣くな、はらちゃん』
脚本:岡田惠和 出演:長瀬智也、麻生久美子、丸山隆平、忽那汐里、薬師丸ひろ子ほか
舞台はちょっとノスタルジックな田舎町。鬱々とした日々を送るヒロインが、鬱憤を晴らすために描いている漫画のキャラクターが実体化し、現実の世界に現れるファンタジー作品。切なくもあたたかく、大人も思わずほろっとしちゃうストーリー。観るとはらちゃんに会いたくなる!「自分と両思いになってください。世界と両思いになってください。自分が相手を好きにならないと、両思いになりませんよ」。
http://www.ntv.co.jp/harachan/
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3『高嶺の花』
脚本:野島伸司 出演:石原さとみ、峯田和伸、芳根京子、千葉雄大、戸田菜穂ほか
華道の名門の令嬢と、商店街の自転車屋。ただの格差恋愛ストーリーかと思いきや、トラウマと魂の再生を描いている奥深い作品。主題歌のエルビス・プレスリー「ラブ・ミー・テンダー」が流れるなかで石原さとみが涙するシーンが毎回あり、そこにもぐっとくるポイント。人生のいかなる場面にも、きっと人間性回復のチャンスはあると思わせてくれる作品。「人の悪口だけは言うな、口に出さなければそのうち思わなくなる。そしたら心にある池が透き通る。そんなことだけで人は半分幸せになれる」。
https://www.ntv.co.jp/takanenohana/
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違う脚本家の作品を3つピックアップしてみました。どれも真夜中に寄り添ってくれると思います。観ていて優しい気持ちをくれます。
真冬の真夜中に職人によって延ばされているそうめん。
終電後の限られた時間の間に行われる渋谷の再開発工事。
真夜中は確実に存在して、真夜中という時間だからこそ生まれるものもたくさんある。真夜中としっかり向きあえる人はすごい。僕にはまだ無理かもしれない。
僕は朝が好きだ。朝は希望しかない。希望っていうのは、絶望がなければ見えない景色らしい。夜の暗く乱れた気持ちがあってこその、美しい朝だ。ねぇ、現代にも希望は存在するよ。まだ希望なんて見たことがないという人は、一度ちゃんと朝日が昇る瞬間を見てみるといいと思う。僕たちは涙の数だけ強くなれるし、明日は来るよ、君のために。
photography Yudai Kusano
text Daisuke Wtanauki
edit Ryoko Kuwahara
綿貫大介/Daisuke Watanuki
編集者。2016年に編集長としてインディペンデントカルチャーマガジン『EMOTIONAL LOVE』を創刊。近著に『もう一度、春の交差点で出会う』『ボクたちのドラマシリーズ』。そのほか安易な共感に頼らないものを精力的に制作している。
https://watanuki002.stores.jp/
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