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藤代冥砂 小説「はじまりの痕」 
#6「WALKER」




 歩く、ということ。
 走る、登る、泳ぐ、でもなく、歩く、ということ。
 わたしは知床岬へと一歩一歩進みながら、歩くことの意味について考え続けた。

 
 北海道東部、羅臼町から北東へ車で太平洋沿いを進み、道が尽きる相泊から先の知床岬までは、いよいよ自分の足で歩くしかない。 
 相泊から日本最東北端の知床岬までは直線で結ぶと往復25㎞ほどだが、複雑な海岸線に沿ってゆくには、その倍の50㎞ほどになるだろう。道は険しく、基本的に不安定な石の上を歩き続くことになり、時に海に浸かったり、絶壁をよじ登らなくてはいけない。
 もともとトレッキングは好きだったが、会社の先輩に誘われたのをきっかけに知床岬までの行程を調べてみると、やはり簡単なものではないことが窺い知れた。海抜数メートルを主に歩くので標高的にはなんでもないが、、わたしの経験に照らせば、それは冒険といっても良さそうなルートであった。知床半島の先端部は人が住まず、世界有数のクマの密集地でもあり、携帯の電波も入らない場所である。事故やトラブルにあっても自力で戻るしかない。だが、困難さよりも好奇心がまさり、先輩に同行させてもらうことにした。

 
 そんな決断を、相泊から歩き始めて二時間もしないうちに後悔するはめになろうとは。
 ちょっと先を歩く優子先輩は、すでに知床岬へのトレッキングを二度経験済みである。最初はグループで、二度目はソロである。女一人で知床岬まで往復した人ってそうそういないはずよ、と優子さんが微笑みながら言ったのは昨夜の民宿での夕食時。その時は、この人がいるから安心だと感じたが、それも遥か昔のことのようだ。
 なぜこんなことになっているのだろう?わざわざ苦労して作った休暇を、なぜこんな修行みたいなことに費やすはめになったのか?自分の軽率な好奇心を小さく呪いつつ、転倒しないように、次に踏む石を選ぶことに集中した。
 先々週に参加したマインドフルネスのワークショップで習った「ひとつのことに集中することで身も心もすっきりする」を思い出し、努めて心に微笑みを浮かべ、次の石を瞬時に見つけ、足を運び、置き、体重移動して、次の足を持ち上げる。この一連の動作に専念しようとした。

 


 
 イチ、ニッ、イチ、ニッ、とリズムを一定にすることで、足取りが軽くなることに気づき、それも忘れずに、慎重かつ軽快に歩くことにした。
 何かを習うということは、初心の時こそ新鮮で楽しいものだ。いつゴトリと動くかもしれない浮石を予測して避けながら歩くことは、最初は確かに楽しかった。イチ、ニッ、イチ、ニッ、と。
 それでも、時々浮石を踏み、バランスを崩すことも少なくなかった。転ぶまいと踏ん張り、持ち直すことを何度か繰り返すと、かなり疲れるし、足首やその周辺の筋肉は結構なダメージを受ける。失敗した時や、しそうになる時には、精神的にも削られる。向ける先のない不満や怒りは、じわじわと内臓あたりに溜まっていく。
 先をゆく優子先輩はあまり振り返ることもなく、淡々と前を進み、その差が30メートルも開くこともあった。そういう時は、怒りの矛先は彼女の背中になる。もちろん、全体の所要時間を考えてのペース配分だと理解しているのだが、感情はもろく暴れやすい。顔を時々あげて優子先輩の水色のザックの膨らみに鋭い視線を何度も刺した。
 そんな悪感情を断ち切ってくれるのは、人間以外の存在に意識を向ける時だ。
 先輩が時々先方に向かって鳴らすホイッスルを聞くたびに、全身がビクリとして立ちすくむ。そうやってクマにこちらの存在を知らせるのだ。「クマは基本的に臆病な動物だから、鉢合わせで驚かせたりしなければ、あっちから去っていくものなの。だからこうやってホイッスルを使って私たちの存在に早めに気づいてもらうわけ」優子さんはそう説明して、遠くを見つめる。「ほら、150メートル先の茂みとビーチの境目にいるでしょ?」確かに黒い岩のようなものがあった。しばらく見つめていると藪の中へと消えていくのが分かった。
 生まれて初めて見る野生のクマに多少の興奮を覚えたが、案外冷静でもあった。ちょうど高原の牧場で牛を見るのと似ている。そう先輩に伝えると、彼女はなぜか受けて大笑いをした。「そう、そんな感じ。クマは牛みたいなもの。牛だって驚かせたら暴れるでしょ?そういうこと」
 私たちは、その後も何頭かのクマを見つけた。ほとんどが遠くに見えていたが、一頭は20メートルぐらいの距離で視線さえ合った。その時は、恐怖よりも美しいものを見たという感動の方が強く、随分と自然の奥深くまで歩いてきたものだと思った。





 日本最後のウィルダネス。知床は枕詞のようにそういう言葉が添えらるが、それに嘘はないと思った。
 とはいえ、それは美しくも人間には厳しい大自然を意味してもいた。
 歩けど歩けど、ゴロゴロした石の浜は続き、おまけに両手を使わなくては越えられない巨岩地帯まであり、始終うつむき続けるばかりで、これじゃあ地元の川辺を上流に向かって歩いているのと変わりない、と何度も不満が脳裏を往復するのだった。美しい景観に目を奪われていたいのに、その時間は僅かだった。
 崩れ浜、観音岩を過ぎると、疲れもピークに達し、そんな私の様子を見て、午後4時にはその日の行動を終えようと優子先輩が決めてくれた。
 こんなにも藁にもすがるような気持ちになったことは、これまであっただろうか。肩と腰にくいこんだバックパックを浜に置くと、優子先輩を見習って、そそくさとテントを設営した。スリーピングマットを膨らまし、寝袋を広げて羽毛を立たせ、ブーツを脱いでサンダルになった。
 この時になって、わたしはようやく安堵した。1日無事に歩き通せた自分を労い、導いてくれた先輩に、ありがとうございました、と素直な感謝が口をついて出た。
 今日、わたしがしたことは、歩くこと。そう、歩きに歩いただけ。たった、それだけなのに、誇らしさがあった。わたしは歩ける人間なのだと思えたからだ。
 歩くなんて、二足歩行をする動物である人間として当たり前なのだが、こんなにしっかり意識して歩いたことなんてなかった。きっとこの感動は人に伝えづらいだろうと思いながら、わたしは何遍も反芻した。
 それから夕食までの間は、思い思いに過ごした。優子先輩は、近くの沢へ魚を釣りに出かけた。わたしも誘われたのだが、正直疲れ果てていたし、何かをしようという気になれなかった。じゃあおかずを釣ってくるね、と爽やかに言い残して先輩は去っていった。クマに気をつけてね、と冗談にならない台詞まで残して。
 会社の人事部では、かなりしっかりした人物として通り、背も170センチと高く、肩幅もしっかりあるが、実は隠れ美人で密かに憧れている男性社員は少なくないだろう。だが、なんとなく規格外な人物像として近寄りがたさもあり、浮いた話は聞いたことがなかった。

 


 
 日もかなり傾いた頃、空腹を覚えたわたしは、ガスやクッカーを取り出して、アルファ米からチーズとマッシュルームのリゾットでも作ろうかと考えていた。そしてふと背後の山の斜面を見ると、中腹あたりで一頭のクマがのっそりと下りてきているのが見えた。
 優子先輩は、声が届かないくらい離れた所にいるだろう。その姿は目視できなかった。クマとの距離は直線で100メートルに満たない。わたしはゆっくりとテントに戻り、バックパックに下げていたホイッスルを外して手に取り、元の位置に戻った。クマはさっきの位置からあまり変わらない場所で、なおも下りてこようとしている。
 わたしは少しだけ躊躇した後で、ホイッスルを高く鳴らした。クマは反応しない。再度思いっきり鳴らすと、クマは平然とこちらに視線を向けて、なんだか不思議に感じたような面持ちを見せた。ちょうど客を見つめるパンダのようなユーモアさえ漂わせつつ。
 優子さんは、まだ姿を見せてくれない。まだ釣りに夢中になのだろうか?だが、ホイッスルは聞こえていないのだろうか?だとしたら、彼女はクマよりも遠くにいることになる。
 自分でどうにかするしかない。生まれて初めてクマと対峙しているのだ。
 わたしは、意を決してホイッスルを鳴らした。クマは動じない。わたしは不思議と冷静で、クマを安易に刺激しないように、ホイッスルの音色を優しく注意を促すようなつもりで吹いた。こっちに来ても楽しいことはないですよー、といった感じで。
 クマは文字通り重い腰を上げて、くるりと背を向け、一度も振り返ることなく斜面を登り去っていった。
 しばらくして戻った優子さんはオショロコマを5匹携えていた。
 その釣果は夕食を豪華にしてくれた。ちいさなフライパンでソテーされた野生の味が忘れられない。
 わたしはクマのことをなぜか言い出せず、結局その夜は、内緒にしてしまった。なぜだかは分からない。なんとなく人に言うべきことではないかのように感じたのだ。あのクマとわたしとの間の、個人的な出来事にしたかったのかもしれない。
 お酒を飲まない二人の食後の語らいは短く、疲労もあって、さっさとテントに引っ込んだ。おやすみの声を掛け合う前に、優子さんが言った。「肩書きを自由にできるなら、私は会社員でもなく、クライマーでもなく、ウォーカーにしたいの。歩くのWALKね。ただ歩く人」
 わたしは、明日からの行程の過酷さを想像して、ちょっとひるんだ。だけど、知床岬への往復が無事済んだら、わたしもWALKERと名乗りたくなるのだろうか。





#1 裏の森
#2 漱石の怒り
#3 娘との約束
#4 裸を撮られる時に、百合は
#5 モルディブの泡



藤代冥砂
1967年千葉県生まれ。被写体は、女、聖地、旅、自然をメインとし、エンターテイメントとアートの間を行き来する作風で知られる。写真集『RIDE RIDE RIDE』、『もう、家に帰ろう』、『58HIPS』など作品集多数。「新潮ムック月刊シリーズ」で第34回講談社出版文化賞写真部門受賞。昨年BOOKMARC(原宿)で開催された、東京クラブシーン、そして藤代の写真家としてのキャリア黎明期をとらえた写真集『90Nights』は多方面で注目を浴びた。小説家として「誰も死なない恋愛小説」(幻冬舎文庫)、「ドライブ」(宝島文庫)などがある。

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