1933年から45年にかけて、ヒトラー率いるナチス・ドイツはヨーロッパ各地で美術品を略奪した。彼らに弾圧され、奪われた美術品は約60万点にのぼり、ピカソ、ゴッホ、フェルメールなどの名作を含む10万点以上が、今もなお行方不明だという。4月19日に公開される『ヒトラーVS.ピカソ 奪われた名画のゆくえ』は、歴史家や美術研究家、さらには略奪された美術品の相続人などの証言を交えて、美術品に固執したヒトラーの謎に包まれた歴史に迫るドキュメンタリー映画だ。本作が監督デビュー作となったイタリア出身のクラウディオ・ポリ監督と共同脚本家のアリアンナ・マレッリに話を聞いた。
——モニュメンツ・メン(ナチスに奪われた膨大な数の名作を救出した連合軍の調査部隊)について描いたハリウッド映画『ミケランジェロ・プロジェクト』は観たことがあったのですが、ナチスと美術品にまつわる歴史を詳しく知らなかったので、とても興味深く拝見しました。本作は映画監督デビュー作だそうですが、なぜこの題材を選んだのですか?
クラウディオ・ポリ監督「イタリアのミラノを拠点にする私たちの制作会社のディレクター、ディディ・ニョッキからの発案でした。彼女はジャーナリストで、長年にわたって歴史や芸術について調べていたのです。グルリット・コレクション(ヒトラー専任の美術商ヒルデブラント・グルリットと家族が戦後もひた隠しにした約1500点の絵画)やローゼンベール家(ナチスから芸術品を奪われた画商)の歴史に関する書物を読んでいて、このテーマを発見したそうです。それから私たちは、同じテーマの展覧会がヨーロッパで4つも開催されることを知りました。それぞれスイス、ドイツ、フランス、オランダで開催され、いずれもナチスによって奪われた美術品を展示するとのことでした」
——それはいつ頃のことですか?
クラウディオ・ポリ監督「ナチスが1937年に大ドイツ芸術展と退廃芸術展を開催してから80周年にあたる、2017年のことです。大ドイツ芸術展と退廃芸術展は、ナチスが美術品に関わる始まりとなった展覧会でした。そこで私たちは、本作を作るのに完璧なタイミングだと考え、大規模なリサーチを始めたのです。大人数であらゆる書物や記事を読んだり、アーカイブされている歴史的な資料を調べたりして、そのリサーチを元に、ディディ・ニョッキとサビーナ・フェデーリ、そして今日ここに同席しているアリアンナ・マレッリが脚本を書きました」
——膨大な量のリサーチが必要だったと思われますが、まずはどこから着手していったのですか?作品を完成させるまでにどれくらいの時間を要したのでしょうか?
アリアンナ・マレッリ(脚本)「リサーチにはたくさんの人が参加して、約1年を費やしました。それぞれが個人的に調査を行い、チームとなって情報を収集しました。略奪された美術品の相続人たちからも様々な話を聞いたのですが、本作のテーマに合うものを選んで、一番良い形にまとめました。私たちがリサーチを始めた段階では、まだグルリット・コレクションの展覧会は始まっていなかったので、準備段階の舞台裏なども見せていただきました」
——戦争の影で有名画家たちによる作品がこんなにもたくさん略奪され、今もなお行方不明のものが多くあることはもちろん、ヒトラーとゲーリングが競い合うように作品を入手していたことなど、驚くような発見がたくさんありました。監督自身が本作の制作を通して最も驚いたことは何ですか?
クラウディオ・ポリ監督「リサーチと撮影を通して驚かされた最も興味深かったことは、このストーリーにまつわる曖昧さや矛盾の数々です。たとえば、ナチスは退廃芸術の存在を隠し、破棄したがっていたわけですが、同時に金のためにそれらの作品を売却していました。実際には破棄せずに利用していて、中には退廃芸術とされる作品を個人的に収集する者までいました。また、ナチスは実際には芸術品を略奪していたにもかかわらず、表面上はすべてが合法であるように見せかけ、普通の美術市場のビジネスのようなイメージを保とうとしていました。歴史上のいかなるドラマティックな事件がそうであるように、この物語にも矛盾や偽善行為や曖昧な部分がたくさんあって、とても興味深かったです」
アリアンナ・マレッリ「私はまず何よりも、(芸術品を奪われた人々の)相続人たちのお話に感動しました。たとえば、芸術品を取り戻すまでの過程を本(「The Orpheus Clock: The Search for My Family’s Art Treasures Stolen by the Nazis」)にまとめたサイモン・グッドマン氏は、お祖父様が亡くなった強制収容所を訪問したことや、アウシュビッツで亡くなったお祖母様についてなど、私的なお話を聞かせてくれました。また、私たちは実際にシュトゥットガルトの博物館に行って、(グッドマン家がナチスに奪われた)ルネッサンス期の置き時計を見せていただいたのですが、言葉にならないほど素晴らしいものでした。芸術品そのものを見ただけでも感動するのですが、その裏にある物語について考えると、さらに心を動かされました」
——ヒトラーが画家を目指していたというエピソードもありましたが、ヒトラーやゲーリングはなぜあんなにも美術品に固執したのだと思われますか?
アリアンナ・マレッリ「私たちもヒトラーにはどこか復讐のような、個人的な原動力があったのだと考えています。画家になれなかった男が、自由に画家たちを支配することができる立場になったわけですから。想像することしかできませんが、それがヒトラーの原動力となったのではないかと思います。彼は故郷のリンツに大きな美術館を建設しようと考えていました。もしかしたら、ナポレオンのようになりたかったのかもしれません。ゲーリングについては、もっと複雑な人物だったように思います」
——案内人のトニ・セルヴィッロによって、作品にミステリーのような魅力が加わってさらに引き込まれました。なぜ彼を案内人に選んだのですか?
クラウディオ・ポリ監督「本作はとても複雑で、様々な物語や事実によって成り立っているので、私たちは観客が歴史を理解しやすいよう導いてくれるナレーターが必要だと考えました。それにもちろん、この物語が持つ感情やメッセージも伝えてほしかったのです。トニ・セルヴィッロは現在のイタリアにおいて、おそらく最も有名で重要な俳優ですので、私たちの第一希望でしたし最高の人選でした。制作チームが連絡を取ったところ、このプロジェクトをとても気に入ってくれたのです。喜んで参加してくださって、情熱を注いでくださいました」
——「芸術家はこの世の悲劇や喜びに敏感な政治家であるべきだ」というピカソの言葉が、とても印象的でした。
クラウディオ・ポリ監督「ピカソが語ったように、芸術とはただの美しい飾り物ではありません。政治的な価値や歴史的な価値があり、人々の自由を脅かす悪や独裁権力と戦うための武器にもなりえます。美しいだけでなく、私たちの社会や歴史の中で、世界をより良い場所にするためにとても重要な役割を担っているのです。本作は芸術の持つ力や重要性、自由との関係などについて伝えるために作った作品です」
——戦後70年以上が経っても、人種差別や宗教間の争いは絶えず、特に現在の世界は分断傾向にあります。監督が本作をこのタイミングで発表した理由を教えてください。
クラウディオ・ポリ監督「私たちは、常に権力の持つ危険性を認識しておく必要があります。だからこそ、今この物語を伝えることが重要だと考えました。人は何かの渦中にいるとき、何が起きているか理解できないことがあります。1937年の退廃芸術展に足を運んだ人たちは、作品を見て笑っていたのかもしれないですし、面白いと思っていたのかもしれません。彼らはそのとき起きていたドラマについて、気づいていなかったわけです。私たちは権力や弾圧の持つ危険性を忘れてはなりません。歴史を知ることで、常に油断せず、自分たちの時代に何が起きているのか深く読み取る必要があります」
text Nao Machida
『ヒトラーVS.ピカソ 奪われた名画のゆくえ』
http://hitlervspicasso-movie.com/
4月19日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館他全国公開
1933年から45年にかけて、ナチス・ドイツがヨーロッパ各地で略奪した芸術品の総数は約60万点にのぼり、戦後70年以上経った今でも10万点が行方不明と言われる。
ピカソ、ゴッホ、カンデンスキー、ムンクなどの名画を堕落とみなし、ナチス・ドイツは、いやヒトラーは、なぜ美術品略奪に執着したのか?その真実を紐解きながら、ナチスに弾圧され奪われた美術品のゆくえに迫る。
(C) 2018 – 3D Produzioni and Nexo Digital – All rights reserved
配給:クロックワークス、アルバトロス・フィルム
スタッフ・キャスト
トニ・セルヴィッロ(『グレート・ビューティー/追憶のローマ』『修道士は沈黙する』)
原案:ディディ・ニョッキ
監督:クラウディオ・ポリ
字幕監修:中野京子(作家/『怖い絵シリーズ』)
2018年/イタリア・フランス・ドイツ合作/イタリア語・フランス語・ドイツ語・英語/ビスタサイズ/97分/
英題:HITLER VERSUS PICASSO AND THE OTHERS
字幕監修:中野京子(作家/『怖い絵シリーズ』)/日本語字幕:吉川美奈子