NeoL

開く
text by Nao Machida

“フランスでは1年間に1万7000人の生徒が退学処分を受けています” 『12か月の未来図』 オリヴィエ・アヤシュ=ヴィダル監督来日インタビュー

12months_main


いじめや学級崩壊など、日本でも学校における事件が頻繁に報じられているが、その内情を知ることは容易ではない。4月6日に公開される映画『12か月の未来図』を手がけたオリヴィエ・アヤシュ=ヴィダル監督は、フランスの中等教育の実情を知るべく、2年間にわたって郊外の中学校に通って取材を行った。そして完成した映画では、エリート校から教育困難校に派遣された厳格な教師と、移民や貧困、親の無関心など、さまざまな問題を抱えた生徒たちの一年間が、まるでドキュメンタリーのように描かれている。公開を前に来日したオリヴィエ・アヤシュ=ヴィダル監督に話を聞いた。



――本作はパリ郊外の中学校を舞台にした作品ですが、まずはフランスの中等教育について映画を撮ろうと思った理由を教えてください。


オリヴィエ監督「フランスの教育というと、どちらかというとグランゼコール(註:各分野のエリート養成を目的に設立された、フランス独自の高等教育機関の総称)などエリート校の方がクローズアップされて、もてはやされがちです。でも僕自身は、フランスの教育の中でも少しおざなりにされているような、郊外の中等学校の生徒たちをフィーチャーしたい、少しアクセントをつけて提示したい、という思いがありました。そのような世界に自分が身を投じて、どっぷりと浸ってみて、そこで何かを発見したいと思ったのです」


――以前はフォトジャーナリストとして活動されていたそうですが、ドキュメンタリーではなく、あえてフィクションでこの物語を伝えようと思ったのはなぜですか?


オリヴィエ監督「実は小さい頃からフィクションの映画を作ることにすごく興味があったのです。フォトジャーナリスト/ルポルタージュ作家として世界中をまわり、いろいろな文化を発見していったわけですが、その中でカメラを通してどのような映像を撮るか、どのような構図にするか、その画を通してどのようなストーリーを語るかということを覚えました。ルポルタージュ作家時代は、映像を通して物語を伝えるということを学んだのです。自分には、写真や映像と言葉を組み合わせてストーリーを語るという体験が必要だったのだと思います。それを経てこそ、ようやく自分のストーリーを映像で語れるようになるのではないでしょうか。ドキュメンタリーも一つの選択肢としては可能だったのですが、でもやっぱり自分自身の物語を書いて、それを映像化するほうが、僕自身としてはワクワクさせられることだったんですよね」


12months_sub1


――本作を撮るために、実際に2年間を郊外の中学校で過ごしたそうですね。大人になって思春期真っ盛りの中学生の中に飛び込むなんて、大変そう…と思ってしまいました(笑)


オリヴィエ監督「僕にとっては、中学校に戻るのは快感でした(笑)。授業を教える必要もなかったですし、単なるオブザーバーだったので、劇場にいるような気分で気楽に参加しました。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』みたいな感じで、とても楽しかったです(笑)。オブザーバーとして受け入れられたので、特権的なポジションでした。こっちを見たり、あっちを見たり、つまみ食いをしながら、4、50人の先生の授業を見学させてもらいました。しかもパソコン持ち込みOKだったので、授業を聞きながらシナリオの一部を書いたりしていました」


――2年間にわたって中学校を取材した中で、特に驚いた発見はありましたか?


オリヴィエ監督「いろいろ思うことはありましたが、とりわけ指導評議会は驚きました。劇中の(問題を起こした生徒の処分について話し合う)指導評議会のシーンは、実際に僕自身が体験したことです。指導評議会の中には、それは不当だろうと思うようなことがたくさんあります。それによって生徒が退学させられると、その子の人生は本当に台無しになってしまうのです。それについては、僕自身ももっと深く掘り下げて知りたかったので、あえて今回の作品にも取り入れました。こういうことが現場で行われているという事実を、観客に提示したいという思いもありました。調べていく中で、フランスでは1年間に1万7000人の生徒が退学処分を受けていることがわかりました。そのような現状がある中で、評議会で退学に賛成する先生もいれば、復学させるべきだと考える先生もいるのも事実なのです」


――日本だと公立中学校で生徒が退学処分を受けることはないのですが、フランスの義務教育は何歳までなのですか?


オリヴィエ監督「フランスも16歳までは義務教育です。一つの学校で退学処分を受けて、3週間~1か月ほどブランクを空けると、別の学校に入れられます。でも戻らない子もいますし、戻ったとしても『退学になって来たやつだ』ということで仲間外れにされることもあるので、一度退学処分を受けた子どもの人生は容易ではありません」


12months_sub4


――本作では、実際に舞台となったバルバラ中学校の生徒たちが出演しています。演技経験のない彼らから、どうやってあのような自然な演技を引き出したのですか?


オリヴィエ監督「キャスティングが要(かなめ)です。その子が持っている役者としてのポテンシャルを見抜ければいいので、プロの子役である必要はありませんでした。演技ができる素質さえあれば、それですでに条件は満たしています。しかも、今回は普通のどこにでもあるようなクラスというリアリティーを持たせたかったので、少し騒がしい子もいれば、おとなしい子もいて、代表的な子どもたちを選びました。重要なのはカメラが回っていても臆することなく、リラックスして自然体でいられる子であるということでした。生徒たちのリハーサルは、長期休暇の間に集中して行いました。何をするのかを予告する形で、初めて映画に出る彼らがクランクインしたときにびっくりしないよう、理想的な状況を作ってあげて、自然体の演技を引き出すことができました」


――子どもたちにとっても、人生を変えるような経験になったのではないでしょうか。


オリヴィエ監督「僕にとって、リサーチの段階で日常的に見ていたバルバラ中学校の子どもたちを起用するというのはとても重要なことでした。僕自身もそこで体験させてもらったわけですから、今度は子どもたちにも、同じように映画を通して、自分たちにとって大切な体験をしてもらいたいという気持ちでした。複数の中学校の生徒たちを寄せ集めにするよりは、バルバラ中学校をメインにキャスティングすることがロジカルだと思ったのです。それに中学生くらいのプロの子役はあまりいないので、僕にとっては、とても自然な形でバルバラの子どもたちを起用しました」



――エリート校から郊外の公立中学校に出向するフランソワ役のドゥニ・ボダリデスは、本当にこういう先生はいそうだなと思いました。エリート校から着任した日のとまどった表情など、程よくコミカルで絶妙でした。まったく演技経験のない子どもたちの中での演技は、彼にとっても特殊な体験だったのではないでしょうか?


オリヴィエ監督「ドゥニ・ボダリデスは名優ですし、俳優としてだけでなく、人としても知性を持っているんです。ドゥニとは『フランソワはこういう人なんだよ』という人物像を中心に、彼がどのように進化していくかを話しました。シーン自体もしっかりと描かれていたし、それほど難しいシーンではなかったので、それを一緒に読みながら各シーンの意味などを伝えました。本番になったら、ドゥニはまるで本物の教師のようにやって来て、教科書もちゃんと覚えていました。子どもたちもリハーサルの段階でシチュエーションを理解していたので、お互いが知り尽くして役柄を演じるという感じでした」


12months_sub7



――フランソワが1年間派遣されたことで劇中の子どもたちが変わっていったように、監督自身もバルバラ中学校で2年間を過ごしてみて変わったことはありましたか?また、子どもたちに変化はありましたか?


オリヴィエ監督「僕がオブザーバーとして参加する中で、僕自身が触媒的に子どもたちに何か変化を及ぼしたということはなかったです。でも、子どもたちは撮影を通して映画製作について知ることができましたし、映画祭に出品された際には何人かの子どもたちを連れて行きました。家族で一緒に本作を観に行って、とても誇らしく思った子もいましたし、俳優になりたいと思い始めた子もいます」

――日本でもいじめ問題のニュースなどを観ていると、教育委員会による理不尽な対応が見受けられることが少なくありません。しかし、その内情は外からは見ることができないので、本作で監督が2年間も公立中学校に通って取材ができたことに驚きました。


オリヴィエ監督「僕は監督になる前にフォトジャーナリストやルポルタージュ作家として活動していたので、入っていけそうにないところに入っていくコツを知っているんです。最初は正攻法として国民教育省に申請を出していたのですが、ずっと返事がなくてらちが開かないので、直談判でそれぞれの中学校の校長に掛け合いました。実はバルバラ中学校に行き着くまでに、2、3ヶ月かけて5つか6つの高校や中学校に打診したのですが、その中でも『現実を描いてほしい』と言ってくれたのが、このバルバラ中学校の校長先生だったんです。だから、本当だったら外部の者を入れることのない指導評議会にも、『入りたいかい?』と声をかけてくれました。実は前任の校長先生はためらっていたのですが、ちょうど校長先生が代わったのでラッキーでした」


――社会の抱える問題を織り込んだフィクションを観ることによって、観客は疑似体験ができて、少なからず他人事ではなくなると思います。それによって、現実世界で報じられるニュースに耳を傾けるようになるかもしれないですし。本作を観て、改めてフィクションに社会問題を取り入れることの意義を感じました。


オリヴィエ監督「まさにその通りです。映画にはさまざまな役割がありますが、それもその一つだと思います。社会の問題を映画で語ること、現実の出来事を組み込むことによって、人々の心を揺り動かすことが大切です。観客が劇中の出来事をまさに自分のことのように感じることによって、その問題について親身になって考えるようになり、それが記憶の中に組み込まれていくというプロセスがあると思うんです。そういう意味では、単に情報を与えるだけでなく、感情を揺さぶることが映画の一つの役割なのかなと思います。そして、フィクションでは一つの自分の視点を持てますよね。自分が語りたいことも表現できます。そこにはちょっとマジカルな部分があると思うんですね。それによって観客を感動させ、興味を持ってもらうわけですから、ひょっとしたら映画監督には、ちょっとマジシャンみたいなところがあるのかもしれません(笑)」


――次回作のテーマは?


オリヴィエ監督「ガストロノミー(美食学)です。三ツ星レストランの家族の話をフィクションで描こうと思っています。日本人のパティシエも登場しますよ。シェフになる人たちは決して高学歴ではなく、15歳くらいから見習いとしてお店に入って、そこから才能を発揮してミシュランで星を取れるようになるじゃないですか?そんな中で、家族経営のレストランでは、子どもが後を継いでくれるかどうかが大きな問題です。ガストロノミーの世界を描きながら、親から子への継承の話を語ろうと思っています。今はそのためにいろいろなところをまわっている段階です。だから、最近は学校の食堂よりも美味しいものを食べられる日々なんです(笑)」



text Nao Machida
edit Ryoko Kuwahara





『12か月の未来図』
2019年4月6日(土)より岩波ホールほか全国ロードショー
公式サイト:12months-miraizu.com
<STORY>フランスが誇る名門アンリ4世高校の教師フランソワはある日突然、パリ郊外の教育困難中学に送り込まれる。いわゆる“生粋のフランス人”を相手にしてきたフランソワにとって、移民など様々なルーツを持つ生徒たちの名前を読み上げるのも一苦労。カルチャーショックに打ちのめされながらも、ベテラン教師の意地で問題児たちと格闘していく。そんな中、お調子者のセドゥが遠足で訪れたベルサイユ宮殿でトラブルを起こし退学処分になってしまう。フランソワはこれまで感じたことのなかった使命感から、彼の未来を守るための戦いに挑む。
監督・脚本:オリヴィエ・アヤシュ=ヴィダル 出演:ドゥニ・ポダリデス「最初の人間」(12)、レア・ドリュッケール「ジュリアン」(19)
2017年/フランス/フランス語/107分/シネスコ/5.1ch/原題:Les Grand Esprits/英題:The Teacher/日本語字幕:岩辺いずみ/G/提供:ニューセレクト/配給:アルバトロス・フィルム
© ATELIER DE PRODUCTION – SOMBRERO FILMS -FRANCE 3 CINEMA – 2017  


11A_2660 - copie


オリヴィエ・アヤシュ=ヴィダル監督
1969年、フランス・パリ生まれ。広告代理店でクリエイターとして働いた後、1992年、フォトジャーナリストとなる。ユネスコのミッションに参加し、世界中を取材した経験を持つ。2002年、初の短編映画「Undercover」(未)を監督し、モントリオール映画祭で最優秀賞にノミネートされるなど、世界の映画祭で好評を博した。続いて監督した短編映画「Coming-out」(未・05)では『最強のふたり』のオマール・シーが主演している。2012年には、ガド・エルマレとアリエ・エルマレ主演の短編映画「Welcome to China」(未)を脚本・監督。中国で撮影され、主演のエルマレ兄弟が本人の役を演じている。本作『12か月の未来図』で長編監督デビューを飾り、アメリカ、カナダ、ブラジル、アルゼンチン、メキシコ、ペルー、イタリア、スペイン、台湾、ナイジェリア、セネガル、コートジボワールなどの世界各国で上映が決まっている。

RELATED

LATEST

Load more

TOPICS