NeoL

開く
text by Shiki Sugawara

韓国現代文学特集:クオン 金承福(キム・スンボク)インタビュー“伝えたいことば”/The power of “K”literature Issue:Interview with Kim Seungbok

IMG_20190404_142627


韓国の優れた文学作品を精力的に紹介している出版社、クオン。アジア語圏の作品では初のマン・ブッカー国際賞受賞作ハン・ガン『菜食主義者』を皮切りとして2011年にスタートした”新しい韓国の文学シリーズ”は現在19作品を取り扱うシリーズとなり(20作品目の作品も決定)、多くのフォロワーを生み出している。またクオンが出版と並行して行う事業、ブックカフェ・チェッコリは2015年のオープン以来、日本語の本はもちろん日本国内で珍しい韓国語原書を取り扱うほか、韓国からゲストを招いてのトークイベントや韓国の伝統楽器の演奏会、ポジャギ(韓国の伝統的な手芸作品)のワークショップなど年間100本ほどのイベントも開催し、様々な形で韓国文化を広める場となっている。今回は韓国文学と日本の読者をつなぐまさに架け橋的存在・クオンの経営者キム・スンボクに、同社シリーズの大きな契機となった作品『菜食主義者』をはじめとした日本に伝えたい韓国文学の魅力についてきいた。



――キムさんがハン・ガン『菜食主義者』を読んだときの所感はどのようなものでしたか?


キム「出版社としてシリーズを立ち上げるにあたり第一弾となる作品はとても大事に選ぶ必要がありましたが、新しい韓国の文学シリーズの皮切りとして、私が普段より付けていた読書ノートのリストから迷うことなくこの『菜食主義者』を挙げました。小説として実にクオリティが高いですし人間の普遍的なものを抱えている作品ですので、小説が好きな日本語圏の読者にも届けたいという思いがありました。当時すでに彼女の作品は韓国国内の小説が好きな人たちに知られていましたが、その名前が一般読者にまで広まったのは『菜食主義者』がマン・ブッカー賞を獲った2016年からです」


――『菜食主義者』のブッカー賞受賞は、韓国文学の作家に大きな影響を与える出来事だったのではないでしょうか。


キム「自分たちも世界で受け入れられる可能性があると希望を得たでしょうし、韓国語で書いた作品は韓国語圏の人たちだけのものではないとも感じたと思います。『フィフティ・ピープル』の著者チョン・セランさんも最近のインタビューで“自分の作品が日本語訳されて不思議な心地になると同時に、読者は韓国にいる人たちだけじゃないことが分かった”とおっしゃっていました。チョン・セランさんもおっしゃるとおり、今の韓国人作家たちは自分の作品が言語を超えて読まれていることを実感している人が多いです」


――圧倒的かつ全く新しい言語表現という点はハン・ガン作品の大きな特徴だと感じます。


キム「彼女の文体は本当に独特ですし、織りなすような物語構成が作品の深みをもたらしていると思います。文学が好きな人にとってたまらない要素を持った作家なんですよね。また、読者の共感を得るために書いているわけではないという彼女の姿勢が伝わる文章も魅力のひとつです。そして、その良さを皆が感じ取っているというのが、彼女の評価が高い現状へと繋がっている。良いものは読者によって見抜かれるし、広まっていきますから」


――クオンという社名を“(良いものは)永く続く”という思いを込めて付けたとおっしゃっていましたが、まさにそれを象徴する作家ですね。


キム「はい。この会社が、という意味ではなく“良いものは永く愛されるもの。私たちもそうありたい”という意味ですよね。『菜食主義者』を、日本の皆さんに届けることができて本当に嬉しく思っています。これほど存在感のある作品を第一弾として出すのは挑戦でしたし、日本の読者に寄せるために無難にいこうとしていたら出来なかった選択でしたが、それくらいのパワーがないと日本で出す意味がないと考えていました」


IMG_20190404_141706


――ハン・ガン作品のみならず多くの韓国文学作品の言語表現は和訳されたものを読んでもハッとさせられるものが多いですが、そこにあたり出版社として翻訳者の選定は非常に大きなポイントになるかと思います。


キム「クオンを立ち上げる前に勤めていた広告代理店でアウトソーシングの経験を積み重ねてきたのですが、その結果“一緒に仕事をしてみないと適性はつかめないな”という結論に至りました。なので色々と小さな依頼をさせてもらうなかで、その翻訳者に合った作品ジャンルや文体をはかっていくことが私のやり方です。この方法の一番の成功例は、キム・オンスさんの『設計者』という最近世界中から評価されているミステリー作品ですね。これを訳したのはオ・スンヨンさんという韓国の方で、ネイティブスピーカーではないのにも関わらず日本語で長編小説を書かれていたのです。その試作を読んだとき、彼女の作品は物凄いパワーがある反面、小説としての仕掛けが足りない部分があると感じました。そして彼女がこの先小説を書き続けるためには、仕掛けの多い小説を訳してみる経験が必要なのではないかと考え、翻訳の依頼をしたのです。はじめは“自分は書き手だから翻訳家はできない”と、すぐに断られて(笑)。こちらも”あなたは書き手として足りない部分がある”とは言えないので“とりあえず一度読んでみてください”と『設計者』の原書を渡しました。するとすぐに連絡が来て“やりたい”と。彼女は小説的な仕掛けがたくさんあるこの『設計者』を読んだことで、なぜキムさんが自分に翻訳の依頼をしてきたのか分かったと話していました。翻訳って創作ですから、一つの作品を訳すことは小説一本書くことと同じだけ創造的な作業なんです。そのように、仕事の相手を“選ぶ”のではなく、一緒に仕事をする上でお互いがうまくいくにはどうしたらいいのかを考えるのです」


――なるほど。それでは、新しい韓国の文学シリーズ作品の選定にはどういった基準がもうけられていますか?


キム「このシリーズのコンセプトは、2000年以降に書かれた韓国で評価の高い作品です。キム・ヨンスさん、パク・ミンギュさんといった韓国で何十万部を売り上げる作家たちは、本来ならクオンのような小さい出版社ではなく大手で出したがると思うのですが、彼らの作品も取り扱うことが出来ています。それはシリーズとして見せることでこちらの目線や本気度を示すことができるからだと思います。ラインナップを揃えるまでには簡単にいかないこともありましたが、自分が本当に良いと思った作品を届けたいので、沢山の本を読んだうえで、自分の読後感を一番大事に作品選びをしています。でも、他社さんも同じだと思います。実は『春の宵』というクォン・ヨソンさんが書いた素晴らしい本がありまして、是非ウチで取り扱いたいと思ったのですが既に書肆侃侃房さんから出ることが決まっていたということがありました。クオンの文学シリーズに入れることはできませんでしたが、良い作品が次々といろいろな出版社から出ることが私はとても嬉しいです」


――このシリーズで初めて韓国の文学に触れたという読者は多いですね。2000年以降の作品から選定されているのは、それ以前の韓国文学と作風の違いがあるからなのでしょうか。


キム「はい、それには社会の大きな変化が影響しています。私はハン・ガンさんやキム・ヨンスさんと同年代ですが、私たちの世代は幼いころに反共産主義やナショナリズムの教育を受け、大学進学したあたりの1988年に韓国社会の民主化が実現し、それ以降は海外からの影響を強烈に受けたわけですね。自分たちが今まで受けてきた教育と実際の世の中は違うんだ、と大学時代に知ることになったのです。恐らく作家である彼らは、そんな気持ちを作品で表現しているのだと思います。またその後の世代のチェ・ウニョンさんやチョン・セランさんといった作家たちは、更に自由になっている気がします。安定していた日本と比べ、韓国は大きな社会的な変化が大きいので、世代ごとに書くテーマや訴えるメッセージが大きく変わる。韓国を表すときによく“若い国”といわれますが、動きや変化が多い国だからこそ事件や事故もドラマも多い、そして作家はそれを書くわけですね。私たちは、そこをちゃんと届けたいと考えています」


IMG_20190404_142654


――その思いは、最近になり多くの書店で韓国文学のコーナーが出来始めている現状に繋がっていますね。


キム「私たちがシリーズを始めたのは2011年からですが、当時は書店の本棚に差し込む“韓国文学”と書かれたプレートを自ら持ち込んで営業するところからはじめました。また韓国の本を紹介するガイドブックを作り、出版関係者を集めて説明会を開くなど、より多くの韓国文学作品が日本で紹介される機会を創り続けてきました。“クオンだけが出版を続けていてもマーケットは広がらないので長くは続かないだろう、だからみんなでやろうよ”と考えたのです。そのときから私は、現在のように日本で沢山の読者が増える日が来ることを信じていました」


――今回の特集でみなさんのお話から“団結”“連帯”みんなでやろう”といった姿勢を強く感じました。


キム「みんなを巻き込むことで自分たちも向上していける。私たちも当初は周りから“わざわざなんで競争相手を作るのか理解に苦しむ”というご指摘をいただいたのですが、結果的にこのやり方は正解でした。昨年から出版社合同の韓国文学フェアが開催されていますが、今年は更にたくさんの出版社が集まって、よりパワーアップしたフェアになります。昨年末に刊行された『82年生まれ、キム・ジヨン』が大ヒットし、『私たちにはことばが必要だ』、『娘について』、『ヒョンナムオッパヘ』など、韓国のフェミニズム関連本にも次々と注目が集まっています。そして、防弾少年団のジョングクの愛読書として話題になった『私は私のままで生きることにした』も売れています。刊行から1か月で累計5万部に達したそうです。このようにメディアのジャンルを越えた影響がおよび、そのことで作品がより多くの目に届くのは韓国文化の面白いところですね。私たちは出版社としてこれからも素晴らしい作品を生み出す作家に感謝し、それを応援する読者を大事にしていきたいです」

text by Shiki Sugawara


『菜食主義者』
著 ハン・ガン
訳 きむ ふな
0527204339_574832ebe149b
ご購入はこちら


『設計者』
著 キム・オンス 
訳 オ・スンヨン
クオンcover0422+


ご購入はこちら


クオン公式ページ


チェッコリ
OPEN 営業時間:12:00~20:00 定休日:日曜・月曜
〒101-0051 東京都千代田区神田神保町1丁目7−3 三光堂ビル
チェッコリ公式ページ

RELATED

LATEST

Load more

TOPICS