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text by Shiki Sugawara
photo by Ryoko Kuwahara

韓国現代文学特集 : イ・ミンギョン インタビュー”世界の見方を変えることば” / The power of “K” literature Issue : Interview with Lee Min-Gyeong

Min-Gyeong


”あなたには自分を守る義務がある”――『私たちにはことばが必要だ フェミニストは黙らない』で語られるこの言葉により、初めて自分の内なる苦しみに目を向けた読者は多いのではないか。私たちが今まで気づくことのなかった”他者との対話の中で生まれる苦しみ”の存在を指摘し、その構造をいちから見つめ直し、まるで外国語の対話マニュアルのように一例の解を与える一冊。著者イ・ミンギョン自身、ある事件がきっかけとなり「それまでとは同じようには生きることができなくなった」という。彼女がなぜ本書で自分を守ることの重要性を説いたのか、自身に起こった認識転換の経緯をきくとともに話してもらった。


――本書はどのような経緯で出版するはこびになったのでしょうか。


イ・ミンギョン「江南駅殺人事件(2016年5月17日ソウル江南駅近くの男女共用トイレで当時23歳の女性が何ら面識のない男性に突然殺害された事件。犯人は”女性を狙った”と供述、女性嫌悪による事件と韓国社会の注目を集めた)のニュースを見て、怒りが抑えきれない状態になったことがきっかけです。私の中で何か行動を起こしたいという気持ちが芽生え、怒りの感情を抱いたまますぐFacebookに本書の構想を書いて、それを手伝ってくれる人の募集を呼びかけたところ、同じように怒りの感情を持った4人が声をかけてくれて。その日のうちに集まって、出版チームを組むことになりました。当時韓国ではフェミニズム運動とクラウドファンディングが結びついた動きがあったので、私たちもクラウドファンディングを使って出版しようと思い至ったんです。なぜ、韓国でフェミニズム運動とクラウドファンディングが連携していたかというと、ただお金が集まるだけではなく、そこに皆の力が集まるということが目に見えるシステムだから。皆の力が集まることを韓国語では火力(화력、ファリョク)というのですが、まさにその火力を集めるために利用したわけです」


――ミンギョンさんはクラウドファンディングを利用して本を出版されたわけですが、他の方はどのようなかたちでフェミニズム運動に還元していったのですか?


イ・ミンギョン「”Girls do not need prince(女性は王子様なんて必要ない)”とプリントしたTシャツを作っていた人たちがいます。その人たちは、ネット上での論争からミソジニーの人たちから訴えられていて、その裁判資金を確保するためにTシャツを販売していました」


――行動力が日本で見られるものと大きく違っているように感じます。ミンギョンさん自身も、事件が起きてすぐに呼びかけて人を集め1か月で本を書きあげたと。


イ・ミンギョン「5月17日に江南駅殺人事件が発生して19日に本の構想をまとめ、21日にFacebookの書き込みをして、それから9日間で執筆し3週間で本にしました」

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――たった9日間で書きあげた本だったのですか! 凄いスピードで動かれていたのには、”今すぐにこの本を出さなければ”という思いがあったからですよね。



イ・ミンギョン「江南駅殺人事件は、私の中であらゆることの認識を大きく変えました。この本の執筆は認識の変化をそのまま言葉に置き換えるだけの作業だったので、それほど時間はかかりませんでしたね。もともと自分の中にあった問題意識が、事件をきっかけにはっきりと形作られたという感じでした」


――ミンギョンさんは事件によって今まで積み重ねてきた問題意識が形成されたということですが、本特集でお話をきいたイ・ランさんの場合その認識の転換によって”それまでの自分は性別と関係のない生き物だと思っていたのに、周りから見れば自分は紛れもない女性だったんだと分かって混乱してしまった”とおっしゃっていました。


イ・ミンギョン「そのお話はとても重要なポイントだと思います。この事件以降、”江南駅世代”という新しい言葉が生まれました。このように一つの事件が世代を括る言葉になったのは、この事件そのものが”災難”だからだと思うんです。なぜこの事件を災難と呼ぶかというと、自分を中性的だと思っているかどうか、男友達と仲がいいかどうか、というその人の考えや状況に関係なく、女性という性別目がけてふりかかった事件だったからです。どうやっても女性である限り避けられない悲劇。江南駅以前のフェミニズムというのは韓国でも欧米でも、それぞれが”私がこう行動すればいい””こんなふうに考えればいい”と選択する主体性を謳って動いていたのですが、事件によって“選択する主体性すらない”ということが明らかになったわけです。殺されたくないと思っていても、被害者は女性というだけで生きる選択肢を奪われたのですから」


――事件以降SNSで盛んに使われた”#生き残った”という言葉の意味は、まさに殺されたのは私だったかもしれないという女性たちの思いですね。そのような全てを揺るがす出来事を受けてミンギョンさんが書きあげた本書ですが、まず男性との対話マニュアルというスタイルをとっている点が面白いと感じました。


イ・ミンギョン「本書を書くうえでフェミニズムではなく実用言語のアプローチをとったのは、私がもともとフランス語の専門だということが大きく影響したと思います。フランス語を学び始めたとき”韓国語を母国語としている私がどうしたらフランス語を喋れるようになれるだろう?”と考えていました。特に通訳をする上では、とっさに言葉が出てこなければいけません。それは、江南駅事件以降の女性の立場においても同じで、フェミニズムについて話していて論争になったとき、とっさに対応しなくてはならない場面がいくつもありました。当時韓国で出ていたフェミニズム関連の本というのは、例えて言えばいわゆる文法書スタイルのものばかりで、すぐに実践できる知識というよりアルファベットや文章の構成の仕方などを解説するものだったのです。なので、実生活の中で女性が経験している苦しみとはかなり乖離している内容でした。私は、日常で無礼な物言いをされている女性たちがいるのに、文法書の知識では対応できないだろうと考えたのです。私自身がフェミニズムを専門としていないからこそ、本書のようなスタイルになったのではないかと思います」


――フェミニズムを専門としていない人たちもフェミニズム問題について考え本を出版するというこの現状は、事件が与えた影響の大きさをうかがわせます。


イ・ミンギョン「フェミニズムと他の学問には大きな違いがあります。いまフェミニズムと向きあっている人というのは、その時点ではまだ答えが出ていない自分自身の個人的な日常の問題を解決しようとしているだけ。現在フェミニズムにおいて学術的な知識と呼ばれているものは、かつてそれぞれが個人的な問題について考えていたものが、時代を経て人々に振り返られることによりお定義づけされたものなのです。だとすれば、いわゆる専門家ではない人たちが自分たちの問題について考えるという状況自体、知識を作っていることだと言えます。なので、そういう人々は今の時点では専門家でなくとも、将来専門家と呼ばれることとなります」



――先ほど触れた実用言語的アプローチとともに、本書の”男性とフェミニズムについて対話する際、相手の姿勢を見て対話するかしないかを見極めることで自分の心を護る(護心術)”というミンギョンさんの主張も、フェミニズムの知識と定義づけされていくものだと思います。反論されて上手く返せなかったことで自分を責め、傷ついたり疲弊している女性は本当に多いですね。


イ・ミンギョン「そうなんです。女性は自分の心を自分で護ることによって、自分には意思があることに気づくことができると思うんです。そうして自分の中にある意志を感じとることによって、男性とフェミニズムについて対話するときに”頑張って分かってもらおう”と思うかわりに”仕方ないから相手してあげよう”というスタンスでいることができます。そういうスタンスになって初めて、”実はその対話そのものをしないという選択肢があったんだ!”と気づくことができます。また、いかに今まで自分が求めるような状況で対話できていなかったかということにも。対話するかしないかという選択の自由を奪われた状況のもとで対話をすること自体、自由ではありません。まずはその状況が不平等であると認識することが重要なのです。今までのフェミニズムの考え方は、女性が頑張って男性を説得しないと本物のフェミニストじゃないというものでしたが、今は話し合える人と話してどんどん輪を拡げていくという考え方になっています。この考え方の転換が、韓国でフェミニズムのムーヴメントが大きくなったひとつの要因だと思います」

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――なるほど。そのほかに韓国のフェミニズム運動の活発化した要因として、さきほどの”#生き残った””江南駅世代”そして”女性嫌悪”も一例としてあるように自分たちの言語で新しい言葉を作り出し、皆で共通するひとつのイメージを持ったという動きも大きいのではないしょうか。日本の”#MeToo”など海外で使われている言葉を輸入してそのまま使っている状況とは大きく違う点だと感じます。


イ・ミンギョン「女性嫌悪という言葉自体は、実は上野千鶴子さんが書かれた本『女ぎらい:ニッポンのミソジニー』の韓国版タイトルが『女性嫌悪を嫌悪する』だったことから韓国で使われはじめた経緯もあり、全て自分たちで作りだした言葉ではないのですが。一番大事なのは、自分の日常の中で、自分の感性で共感の絆を築いていくということだと思います。フェミニズムって、今までは大学で専門的に学ぶ、日常から遠い存在のように思われがちでしたが、自分たちが実際に過ごしている日常の中に問題意識を見つけることが一番重要ですね。それは、言葉に関してもそうだと思います」


――冒頭にもクラウドファンディングや火力のお話もありましたが、韓国では人々の結束力がとても強く見えます。


イ・ミンギョン「少し前まではそんなことなかったんですよ。韓国語では”キムチ女(デートや恋愛、結婚における経済的な負担を男性に依存する女性と卑下して指す言葉)””概念女”(キムチ女に対し、常識のある女という意味で使われる言葉)という新語が生まれました。そういった言葉によって女性同士を結びつけるのではなく、女性を二項対立させる動きがあったんですね。いわば、言葉による抑圧です。しかし、江南駅事件以降、女性たちの中で”キムチ女、概念女のような区分けの強迫観念ってそもそも誰が作ったの?”という疑問が沸き起こったんです。誰かによって作られた強迫観念に従い、女性同士がお互いににらみ合うのっておかしくないか? と思い始めた。そういう疑問から今までの区分から抜け出して外から眺めてみて、女性と女性の対立構造ではなく、実は男性と女性の対立構造があったんだと分かった。”私はああいう女じゃないから男と結婚できる”、そんな対女性的な考え方から、女性同士で結束して女性同士で帰属意識を感じることが可能になったのです。それを可能にしたのは、お互いに”結束しましょう”と一緒になったのではなく、事件によってそれぞれが”自分は女性なんだ”というアイデンティティを自覚させられたことだったと思います。なぜなら江南駅殺人事件の時に、例えば概念女がトイレにいたら生き延びていたのか? キムチ女だったら? と考えたとき、どんな女性でも女性なら殺されていたからなんですよね。でも、男性だったら殺されていなかった。その状況下では女性であるかぎり、努力や選択の余地がなかったのです。だからこそ、あらゆる女性が一緒に結束して動かなければならないという考えに至ったのだと思います。そんなふうに、実は女性はいままで男性と同じ見方をしていて、自分が女性だということを忘れていたから、女性同士で結束しあうことが難しかったんです」


――それはとても大きな認識転換ですね。


イ・ミンギョン「江南駅殺人事件が韓国女性に与えたトラウマは、それだけ大きかったんです。それからSNSでも女性同士で力を合わせようという声も多く上がりましたし、事件の前後では韓国で”優しい言葉でフェミニズム運動をしよう”という動きもありました。正義とか倫理という言葉で説明できることもあるけれど、それよりも自分の身の回りのささいなところを突いてくるような苦しみがみんな沢山あって、それが積み重なっていって少しずつ変わってきているのだと思います。今回日本に来たら、本書のトークイベントにも沢山の方がいらっしゃっていたし、『82年生まれ、キム・ジヨン』も沢山売れている。皆さんがなにかを期待をしている、そんな印象を受けました。その期待というのは、これから何かが起きてほしいという気持ちなんですよね。そういった思いは、膨らめば膨らむほど実際に何かを起こすのです。日本では今、何かが起こる直前なんだと思います。1人が踏み出した小さな1歩がたくさん集まったとき、それは大きな1歩になる。韓国での場合、小さな水の1滴1滴が瓶に溜まり、今まさにあふれそうというぎりぎりのタイミングに、江南駅殺人事件という1滴が加わったことが今の大きなムーヴメントを生み出しました。ですから、”何かやりたいけれど、いま私はこれしかできない”ということをちょっとずつやっていくことが大事なのです」


――ミンギョンさんが影響を受けた言葉とはなんですか?


イ・ミンギョン「レベッカ・ソルニット(環境問題、人権問題、反戦運動などをテーマとした著作の多い作家)の”Mansplaining”(『説教したがる男たち』に登場する言葉。”man”と”explain”を掛け合わせた混成語で、男性が女性を見下すあるいは偉そうな感じで何かを解説することを意味する)。何かに名前を付けることの大切さを知らせてくれた言葉です」


――では、最後の質問です。今後の執筆のご予定は?


イ・ミンギョン「いま、“脱コルセット”というテーマで本を書いています。韓国では “外見的なコルセットを外していこう”、つまり、社会が求める美しさを拒否する“脱コルセット”運動が起こっています。次作では、この新たな提案を言葉にして伝えていきたいと考えています」


text by Shiki Sugawara


プロフィール:イ・ミンギョン(Lee Min-Gyeong )
韓国延世大学校仏語仏文学科・社会学科卒業。韓国外国語大学校通翻訳大学院韓仏科で国際会議通訳専攻修士学位取得。現在、韓国延世大学校文化人類学科修士課程在学中。女性の新しい生き方の可能性を模索している。著書に『私たちにも系譜がある:さびしくないフェミニズム』『失われた賃金を求めて』、共著に『大韓民国ネットフェミ史』『フェミニスト先生が必要』など。


『私たちにはことばが必要だ フェミニストは黙らない』
イ・ミンギョン 訳 すんみ・小山内園子(タバブックス)
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