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text by Shiki Sugawara
photo by Kenichi Sato

韓国現代文学特集 : チェ・ウニョン インタビュー “世界を捉えるまなざし” / The power of “K” literature Issue : Interview with Eunyoung Choi

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チェ・ウニョンのデビュー作『ショウコの微笑』は、高校の文化交流で日本から韓国へやってきたショウコと主人公ソユの約十年にわたる交流を描いた表題作をはじめ、ほか六編を収録した短編集だ。家族など普遍的な存在を純朴な語り口で描く本作は、時代や文化背景の異なる社会の内面を深部まで覗かせるような引力をも秘める。読むうちに、物語と一緒に呼吸をしているような感覚に陥る作品だ。2016年発表当時、まだ名の知れていなかった新人作家のデビュー作にもかかわらず韓国国内で12万部販売という驚くべき記録を打ち立てた本書の著者に、書くことについて、表現者としての彼女が対峙する世界の見え方について話してもらった。



――チェ・ウニョンさんが”書くこと”を志したのは、どんなことがきっかけでしたか?また、志された当時の愛読書をおきかせください。


チェ・ウニョン「私は幼い頃から神経質で、同年代の友だちと仲良くできない子どもでした。仲良くするのが嫌だったというより、どうやったら仲良くなれるのか、よくわからなかったのだと思います。一人で本を読み、考える方が、私には気楽で楽しかったんです。本を読んでいると、世の中のあらゆる傷や刺激から守られているような気がしました。本は私にとって安らぎを感じられる避難所でした。そうしているうちに、この世界に進みたいと思うようになり、一人机に向かって文章を書くのが好きになったのだと思います。小説を書き始める前から。
中学生のときに『アラバマ物語』を読んだのが強烈な読書体験として残っていて、高校時代にウン・ヒギョンの『새의 선물(鳥の贈り物)』、梁貴子(ヤン・グィジャ)の色々な作品に触れたことで小説を書くようになりました」


――一度は小説出版の夢が遠のき”私はダメなのだろう”と考えた時期もあったそうですが、表題作『ショウコの微笑』で表現者として行くべき道が見えなくなっていく主人公ソユの姿はご自身のかつての姿でもありますか?


チェ・ウニョン「はい。主人公のソユの姿は、私とほぼ一致します。私も色々な小説で公募展に応募しましたが、落ち続けるという経験をしました。当時、20代後半でした。自分は現実的な性格ですし、働かなければお金が稼げないわけですから、小説家を夢見るのは根拠のない愚かなことのように思えたりもしました。挑戦するには遅すぎたとも考えましたし。何よりも小説を書きたいという私の欲が本当に純粋な思いなのか、病んだ自我の固執なのか、確信が得られなくて苦しかったのかもしれません」

――収録されている7つの物語全てに、1人の人間(女性)に内在する国や文化、歴史を感じさせるテーマが貫かれています。このような手法にしたのはどのような意図からですか?


チェ・ウニョン「私は何かを意図しながら文章を書くのではなく、思い浮かんだイメージやセリフ、人物を使って書き始めます。そうすると自然に物語が作られていくんです。できるだけ意図を排除し、意識的に書かないよう努力しています。無意識に、流れるように書いた文章の方が自然で完成度も高いという経験をしてきたからです。どんな意図をもって書いたのかという質問に対しては、普段から特別な意図はないと答えています。ただ、無意識に書いていても、私が関心を持っている事案や、世の中に対する私の観点が含まれるのは事実です。世間が人間に科する暴力に対し、自分は高い関心を持っている方だと思います。ここ数年に韓国社会で起きた辛い出来事、そのすべての瞬間に接さなければならなかったことが、物書きである私に影響を与えたのだと思っています」


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――女性が主人公である作品が多いのは”女性の物語は面白く好きだから”ときいていますが、女性がストーリーテラーを担う物語の魅力は何だと考えられますか?


チェ・ウニョン「強者に比べ、弱者の方がより多くのものを目にすると思います。資本家よりも労働者の方が、異性愛者よりも同性愛者の方が、愛情の薄い人よりも愛情深い人の方が、傷つける人よりも傷つけられる人の方が、たくさんのものを見ています。弱者の方がより深く、異なる視点を持てるというのが私の持論です。私は人間の内面を奥深く覗きこむような小説が好きなんです。女性の視線で、女性の声で具現化した世界に関心があるのは、そうした思いとつながっています。男性中心の社会では、マイクを与えられる人間のほとんどが男性だったり、女性だけど男性の声を体現したりしている人たちでした。こういう状況の中で、一度も自分の置かれた状況を吐露することができなかった女性、ましてや自分の言葉さえ持つことができなかった女性の立場で、私は世の中を見たいですし、物語を具現化したいという欲求があります」


――本作には”母”という立場を担う女性が何人か登場します。以前”母らしさ”を強要することの暴力性について触れられていましたが、ウニョンさんが考える”母らしさ”を取り巻く問題点をおきかせください。


チェ・ウニョン「母性愛は近代が作り出した虚構のイデオロギーです。にもかかわらず、未だに子どもを産んだ女性が”良いお母さん”だという厳格な規範に基づいた世界で、常に罪悪感を持ちながら生きています。女性の幸福は結婚をして、子どもを産み育てることにあるという考え方が、どれほど多くの女性の、多様な生き方の可能性を抑圧してきたのでしょう。良い夫、良い父親になることはとても簡単なのに、良い母親になることはほぼ不可能に近いでしょう。韓国では”ママ虫”という造語が生まれるほど、子どもを育てている女性に対する嫌悪感が蔓延したりもしています。同じ親なのに、どうして母親が負担すべき役割と、父親が負担すべき役割の比重が異なるのか、どうして”母親になること”が女性に罪悪感を強要するメカニズムになるのか、とても興味があります」


――”フェミニズムを知れば知るほど、自分について考える時間が増えていく”と考えているウニョンさん自身、フェミニズムについて知る中で自身のどのような側面を発見しましたか?


チェ・ウニョン「フェミニズムとは愛を目指す心だと思っています。自分を愛せない者は、他人も愛せないという言葉があります。私はフェミニズムに触れることで、どれほど自分自身を嫌悪しながら生きてきたか自覚できました。私は息子を望む家の娘に生まれ、幼い頃から女の子としての外見を評価されながら育ちました。女性ならば男性に配慮すべきだろう、家事ができなきゃ、という話を聞きながら育ちましたし、社会的に判断すると美しくない容姿の、男性より劣っていると言われる、幼い女性である自分を愛するのは難しいことでした。家父長制というものが私の内面に及ぼした害悪を理解したことで、自分自身を愛そうと決心しましたし、今も努力しているところです。また、自分以外の女性を見つめるときも、個々人が持つ個性とエネルギー、素晴らしさについて感嘆するようになりましたし、女性を簡単に断罪するようなことはしなくなりました」


――作家として文章を使うことで、現実世界にどのような影響を与える存在でありたいと考えられていますか?


チェ・ウニョン「私の小説を読んで、人を愛する気持ちが強まってくれたらと思っています。まずは、自分自身を愛するようになってくれたらと願っています。あるがままの自分を、です。どんな職業の、年収がいくらで、誰に愛されていてといった条件付きの愛ではなく、そのままの自分を愛せるきっかけになってくれたら嬉しいです。どんなに弱くて、傷ついて、世間から毎回のように拒絶され、断罪されたとしても、あなたはそのままの姿で完全だし、愛されるに値するのだと感じてくれたら。自分を憎みすぎないでください。こんなことを伝えたいと思っていますし、自分の弱さと悲しみを記憶して共感することが、自分との和解、自分への愛のスタートになるのではないかと思いを巡らせています。私の文章が、そうした過程に役立つことを願っています」


――日本ではいま、本書も含まれているクオン”新しい韓国の文学シリーズ”などによって韓国文学に注目が集まっています。ウニョンさん自身が最近読んで良かったと感じた韓国文学は?


チェ・ウニョン「ハン・ガンさんの『少年が来る』という作品が大好きです。それから、クォン・ヨソンさんの『春の宵』という小説も素敵なので、ぜひ読んでみてください」


――最後に、今後の執筆における構想としてどのようなテーマを考えていますか?


チェ・ウニョン「雑誌『文学トンネ』の秋号から長編小説を連載します。一年間の連載を終えたら、修正を加え、長編小説として刊行する計画です。よろしくお願いします」



photography by Kenichi Sato(books)
text by Shiki Sugawara


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チェ・ウニョン
1984年、京畿道生まれ。高麗大学国文科卒。2013年に『ショウコの微笑』で『作家世界』新人賞を受賞し、デビュー。翌年には同作で第5 回若い作家賞を受賞。2016年にホギュン文学作家賞、2017年に『その夏』で第8回若い作家賞をそれぞれ受賞している。「その夏」も収録した短編集第2作『私にとって無害な人』は、2018年に第51 回韓国日報文学賞を受賞した。静かで端正な文体でつづられた作品は、長く濃い余韻をもって読者の心を動かすと支持されており、今後の作品に期待が高まる、注目の若手作家の一人である。韓国フェミニズム小説集『ヒョンナムオッパヘ』(白水社刊)にも、短編「あなたの平和」が収録されている。


チェ・ウニョン『ショウコの微笑』
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梁貴子『ウォンミドンの人々』
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ハン・ガン『少年が来る』
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クォン・ヨソン『春の宵』
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『ヒョンナムオッパヘ』
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