イ・ランは問いの人だ。シンガーソングライター、映像作家、コミック作家として活動する彼女の作品、そしてエッセイ集『悲しくてかっこいい人』には驚くほど多くの問いにあふれている。”なぜ?””どうしたら?”でいっぱいの本書を読むうちに、彼女が世界に対して投げかける問いは、私がどこかで抱きながらも投げ忘れていた問いであると気づく。「同じ時代を共に歩み、変えようとしている」、そんな感覚が胸に迫った人たちから国を超えて支持されているのだろう。今回は多岐にわたる表現活動で日本でも大きな注目を集める彼女に、問いを投げかけた。
――『悲しくてかっこいい人』は出版から3年ほど前の2015年頃に執筆を始められたんですよね。日本でのお仕事も多くなって、当時から生活の変化もあったかと思いますが今はお休みの日はありますか?
ラン「全然ないので、すごく辛いです。イ・ランがもう一人欲しい。日本に行って仕事をしているあいだは、韓国での仕事の連絡が出来なくなっちゃうからメールが溜まってめちゃくちゃになってしまいます。返事をしないと危ない連絡がブワーっと増えちゃって、帰って時間をかけながら返事して……”あぁ~”となっちゃう(ため息)。どうすればいいのか。前はお父さんのことが嫌いで話もしなかったけれど、社会人になって仕事がとても辛くなったとき、“お父さんはそんな辛いことをずっとしてきたんだ”と思って。電話して”いつまで仕事しないとダメなの?”と聞いたら”多分、いまからずっとだよ”と言われて、”じゃあ何のために生きているの? 仕事するために生きているのか?”って……。でもみんなそうだと思いますね。いまって仕事をしないと自分がどんな人かもわかってもらえないから、そのために仕事をするのかな。あと、仕事がなければないでまた不安で、幽霊みたいに誰にも見えない人になった気がしてしまうからそれもまた辛い。そんな状態にならないように、頑張ってまた仕事探して、をずっと繰り返しているんですね」
――よくわかります。どうしたらベストなバランスになるんでしょうね。
ラン「私の友達はみんなすごく頑張っているんだけれどお金がないから、頑張っている人の問題じゃなくて、(社会の)システムの問題なんだと思う。前までは”年をとって色々な仕事を頑張ればプロフィールに書けることが多くなっていくから、そうなるとギャラも上がるだろうし頑張ろう”と思ってやってきたけれど、全く上がらない。昨日、いま使っている作業室の家賃を2万円上げると言われて、原稿料は上がらないのに何で家賃や物価は上がるのかと思って。トロフィーを売ったときも(2017年韓国大衆音楽大賞授賞式で最優秀フォーク・ソング賞を獲得した際、舞台上で受け取ったトロフィーをオークションにかけた)、賞は”これから頑張ってね”と言われたという意味で嬉しいことだったけれど、”じゃあ頑張るために、トロフィーを作るお金をそのまま私にください”という気持ちだった。賞のイメージでお金になる仕事が来るようになるんだったら良いけれど、結局いまも状況は同じ。だから、私はトロフィーを売った後からインタビューも全部”お金をもらいます”と口に出して伝えるようにしたけれど、そんなことを言ったら仕事が来なくなっちゃうんじゃないかと怖くて言えない人もいる。私は授賞式で気持ちを発表する機会が持てたけど、機会がない人は確かに言うことができないよね……。私は私だけがお金もらったりしてもイヤだから、普通にみんながそうなってほしい。本当にどうすればいいのか……(ため息)」
――今のシステムは、お金が神様になっていると以前おっしゃっていました。
ラン「はい。さっきこの場所に来るときも荷物がすごく重くて、ロッカーに入れて来たんです。ロッカー代が千円で”高いなあ!”と思ったけど、千円でここまで重い荷物を持たずに自由に歩けるんだとも思えて。荷物を入れたあと、一緒に来てくれた友達に”お金、最高~!”と言いました(笑)。私はお金について日本の友達にも詳しく尋ねます。家賃がいくらか、ギャランティがいくらか。日本ではそういう話すると友達の仲でも“え……”って感じになっちゃいますね。でも、そういう話をしないと”頑張らなきゃね”ってだけで全部が曖昧になってしまう。韓国ではみんなではないけれど、私の周りの人たちはお金の話をよくしてる。みんなのお金事情がわかれば計算ができるから、解決する方法もみんなで考えられる。生活って具体的な問題だから、具体的に考えなきゃダメだと思う。私の友達には家具を作っている人がいて、必要なものを作ってくれたりする。それも、私たちが具体的な話をしているから、ただの想像じゃなくて私に何が必要か具体的に知ってくれているからできる。そんな形になるのが、お互いに役に立てて良い。最近、韓国でKTという通信会社が火事で、そこのサービスが1~2日間ダメになった。突然、携帯もインターネットもTVも使えなくなったから怖くなって、お店でご飯を食べながら周りの人の会話を聞いて何があったか知ろうと思って外に出たんだけど……すごく怖かった。そのとき、戦争になったらどんな感じになるんだろうと想像したんです。まず、友達の家はどこにあるのか知っているから、歩いて行って生きているか確認しようって。これもさっきの曖昧とか具体的とかの話だけど、”この子の家は高円寺にある”というのは曖昧すぎて不安です。私は友達の家がどこにあるかを脳の中の地図に描いて全部覚えています。戦争がなくても、みんな生活が不安だから心配だし。KTの火事のあとに友達と話して”次またあったら誰の家に待ち合わせよう”と決めました」
――曖昧だとすれ違ってしまうから。具体的にというのが何においてもとても重要ですね。日本では具体的な話がしにくいということで、ランさんが初めて日本に来た時、綺麗で静かな場所だと感じたと同時に”こんな静かなところで、もし泣きたくなったらどこで泣けばいいの?”と思ったというお話を思い出しました。泣ける場所がないというのは確かにその通りで。
ラン「うん、日本はそういうところは韓国と違うなと感じる。日本でライヴをやるときも(会場が)すごく静かに感じて辛いんです……(笑)。でもサイン会の時はみんなすごく明るい!笑顔だし、いっぱい話してくれて嬉しいんだけど、ライヴとのギャップがすごくあるなと思う。会場にいっぱい人がいるのを感じるのに、音は無いというのがすごく怖い。韓国はみんなライヴの写真を撮るから、客席から”ポン!ポン!””カシャ!カシャ!”って音が聴こえるし、自由な感じで笑ったり泣いたり話したりするから人間対人間って感じ。だから、あなたたちも頑張ってここまで来たので私も頑張りますってやることができるんだけど……。お金を出してチケット買ったなら何か持って帰ってほしいなと思う。そうじゃないと、私だけがアイドル……歌手の方のアイドルじゃなくって、拝むほうのアイドル(偶像)になったような気持ちになる。今回のライヴで着た服もネットで買った1500円くらいの偽ベルベットだったんだけれど、サイン会のときファッション業界の人が”その服バレンシアガですよね!”って(笑)。全然バレンシアガじゃないよ! ライヴのときはみんな、神様を見てるみたいに私を見る。だからバレンシアガみたいに見えてしまう。私は人間だし、バレンシアガじゃないのに……それがすごくイヤです。やっぱり、権力関係じゃない関係性を作りたいから。いま、この時間に私は歌って、あなたは聴いて、一緒に感じるという関係が嬉しい。でもこれは練習の問題だから、国民性と言ってこれを終わりにしたくない。だから、練習するための方法はないかな?って考えてる」
――確かにみんな自分の気持ちを表に出したり意見を言ったりすることに慣れていないから、練習するのは良いかもしれない。
ラン「Twitterでイ・ランの検索したら”イ・ランは疑問に思ったことをちゃんと声を出して言う人。でも、私にはそれができないからこの人を応援しなきゃ”って書いてあったのをいくつか見たんだけど、それすごく悲しかった。なんでできないって決めたの?練習すれば、できるよ。ピアノ弾きたい人はピアノの練習をするでしょう?」
――ちょっとずつ練習したり、挑戦することで人は変われる。でも問題はシステムであって。そうやって人が少しずつ変わっていくことで、大きなシステムも変えていけると思いますか?
ラン「当然ですよ。みんなの意見で何かが変わるのを私は見た。韓国は大統領も変えたし。システムだってトロフィーだって最初は人が考えて始めたことだから、変えるのも人。私は、人は話せば変わるんだと思っている」
――逆に、人の話を聞くことでランさん自身が変わったことはありますか?
ラン「うーん、これすごく複雑な話なんだけれど……韓国でフェミニズムについて話す人がすごく増えたんです。それまで私は頑張って性別が関係ない生き物として生きてると思っていたけど、周りの女の人の話を聞いていたら、どれも自分にも当てはまるから“周りは私のことを女として扱ってたんだ”とわかってちょっと混乱して。私は知らないうちに名誉男性(男性社会にあるとされる男尊女卑の価値観を持った女性)だったんだとわかって…今更そういうことを感じたからビックリだった。気づいて、名誉男性はもうやめた。映画の世界は男性主義が強いんだけど、私も映画の監督をやってたときは男性の真似を知らないうちにやっていたなと思って、それがイヤになっていまは映画を休んでいる。やっぱり人は権力を持ってる人の真似をしちゃうから、それが名誉男性を作っちゃうんだと思う」
――無意識でやっていたことに、話を聞くことで気づいたんですね。
ラン「そうです。話ができなくなっちゃった人もいる。韓国の男性インディーズミュージシャンはセクハラなどで活動中止になっちゃった人が多くて、その中に以前の友達もいるけれどもう連絡しないようにしている。でも昔は私もその人たちと一緒になってやってたんだと思うと、どうすればいいのかという気持ちになる。その時は一緒になって私も一部の女性たちを馬鹿にしていたのに、私は女性だからいまセーフなの?って。それで、私はいまその人たちと会わないようにしているのもなぜなのか、とか。私の考え方が変わったいま、この問題について改めて一緒に話したいとも思うけれど、やっぱり何回話してもその男性たちはわかってくれない。だから、関係をやめた」
――話してもわかってくれない場合、どうすればよいのか。
ラン「最近、久々に会った友達の男の子と話していて、韓国のミュージシャンがセクハラ問題で活動中止になったと言ったら”男はそんなもんだよ”って……そんなもんじゃないよ! いま、”そんなもんじゃないよ”ってすごく頑張って話してる人がいっぱいいるのに。『82年生まれ、キム・ジヨン』もいっぱい売れているのに。男性の問題を、当事者の男性が考えるのをやめたらフェミニストは女性だけになっちゃう。フェミニズムは女性だけの問題じゃないし、女性だけのユートピアを作ればいいわけじゃない。話し合わないと、分断になっちゃう。いま、私は私でいままでの自分についての反省もたくさんあるし、うわーって混乱もしているのに……”そんなもんだから”なんて言わずに、一緒に考えてください!って。もう、脳の中が忙しいです」
――”一緒に考えてください!”と言うこと自体、エネルギーがいることですよね。
ラン「一番イライラするのが”もうちょっと優しく説明してくれよ”という男性の言葉。私はものすごく考えて疲れたから、あなたが私に優しくしてくれよと言いたい。私に任せるのではなく、まず自分でわかろうとしてほしい」
――全部”わからないから”で他人事のようなスタンスだと話ができなくなってしまう。それはジェンダーに限らず、先ほどのお金の問題にも通じる問題です。
ラン「そう。私、前に『ヘル朝鮮ガイドブック』っていう韓国のヘル(地獄)なところを紹介する本を作ろうとしていたんですけれど、やめたんです。”ヘルだから、ヘルだから”で全部を片付けるのは良くないと思って。ヘル朝鮮という名前でみんな笑ったり、そうだよね~と言って盛り上がることはあったけれどそれは何年か前のことで、今はもっと具体的にこの問題について考えていこうとなってる」
――では、今はどんなテーマで本を書かれているのですか?
ラン「今年は、エッセイ集と小説を出す予定。『悲しくてかっこいい人』を書いてた時は仕事があまりたくさんあったわけじゃないから、一人で鏡を見ながら”なんだこれ~?”と言ってるような感じの本になったけれど、次の本では今日話したような、もっと具体的なお金の話とか、仕事とか、女性のことについての話をします」
――最後に、こんなに辛いことだらけのシステムいると、自分で自分の機嫌をとることが大事なのに難しいなと思うんです。ランさんはどうやって自分の辛い気持ちを解消していますか?
ラン「自分の機嫌を直す方法、す~ごく難しいんです(笑)。私が作った方法が1個あって、それは鏡で自分を見ること。私は私の身体を道具だと思って生きているから、鏡を見て”私はこういう道具を使って世の中で生きているんだ”って確認して、自分のことを第三者的に見ながらやってきた。でも、第三者的に見ることが副作用になっちゃって、最近は精神と体の距離感が遠くなっちゃって辛い。離れすぎちゃって、精神が道具のコントロールすることの必要性を感じなくなって”身体、いらないなぁ”と思えてきてしまったからもうこの方法は使えない。でも距離感が近くなりすぎても見えてる世界が狭くなるし、落ち込みやすくなるから難しい。最近は身体だけじゃなくて名前についてもすごく距離を感じている。普通なかなかフルネームで名前を呼ばれることはないけど、アーティストとして活動しているとみんなが”イ・ラン”って呼ぶ。私の名前は二文字でちょっと珍しいし、特にそう呼ばれがちなんだけど、私にとってはフルネームで呼ばれるのは子供時代に親に怒られる時や教室での張り詰めた感じの時でーーそう呼ばれ続けると、モノになったような感じもするし、もうイ・ランって聞きたくなくて。それでどうしようって友達とか作業室の仲間と考えて、改名したいと言った。”もうイ・ランって呼ぶのをやめてほしい”って。そうしたら、みんなが頑張って”ランア”(親しい者同士の呼び方)と呼んでくれるようになったから今はちょっと安心だし嬉しい。私はそうやって気分が良くないことがあると、友達に話す。やっぱりね、なんでも話をすることが大切。話して気分が良い方に変えていきます」
photography Riku Ikeya
interview&text Shiki Sugawara
edit Ryoko Kuwahara
イ・ラン(이랑 Lang Lee)
韓国ソウル生まれのマルチ・アーティスト。シンガー・ソングライター、映像作家、コミック作家、イラストレーター、エッセイストと活動は多岐にわたる。1986 年ソウル生まれ。シンガーソングライター、映像作家、コミック作家、エッセイスト。16 歳で高校中退、家出、独立 後、イラストレーター、漫画家として仕事を始める。その後、国立の芸術大学に入り、映画の演出を専攻。日記代わりに録りためた自作曲が話題となり、歌手デビュー。短編映画『変わらなくてはいけない』、『ゆとり』、コミック『イ・ラン 4 コマ漫画』、『私が30 代になった』、アルバム『ヨンヨンスン』、『神様ごっこ』を発表(2016 年、スウィート・ドリームス・ プレスより日本盤リリース)。『神様ごっこ』で、2017 年の第 14 回韓国大衆音楽賞最優秀フォーク楽曲賞を受賞。著書に『悲しくてかっこいい人』(訳:呉永雅/リトルモアブックス)がある。かねてより交流の深い柴田聡子とのミニアルバム『ランナウェイ』を2月7日にリリースした。
Twitter: https://twitter.com/2lang2
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