日本でも日常的にニュースのヘッドラインに登場するドメスティックバイオレンス(家庭内暴力)だが、フランスでは実に3日に1人の女性が暴力によって命を失っているという。1月25日に公開されるフランス映画『ジュリアン』は、DVをテーマにした衝撃のサスペンスだ。両親が離婚し、共同親権を持つ暴力的な父親から母親を守ろうとする11歳の少年を主軸に、日常生活につきまとう暴力におびえる家族の苦悩を臨場感たっぷりに描いている。本作が長編デビューとなったグザヴィエ・ルグラン監督と、タイトルにもなった少年ジュリアンを演じたトーマス・ジオリアに話を聞いた。
——本作はアカデミー賞短編部門にノミネートされた『すべてを失う前に』(2012)に続く作品として作られたそうですが、ドメスティックバイオレンスを題材に映画を撮ろうと思ったのはなぜですか?
グザヴィエ・ルグラン監督「非常に重いテーマですが、現代社会においてはとても重要なテーマだと思っています。ずっと前から存在している問題なのに、実際には何も変わっていなくて、私はそういった現状に非常に不満を感じていました。フランスでは3日に1人の女性が暴力によって亡くなっていて、そのような現状に男性として何か異を唱えたいと思ったのです。映画を通して何か伝えることはできないかと考えて、本作でこのテーマを扱うことにしました」
——幼いジュリアンの恐怖心がとてもリアルに伝わってきましたが、ジュリアン役にトーマス・ジオリア君をキャスティングした決め手は?
監督「今回のキャスティングではたくさんの子役に会いましたが、トーマスに会った時、非常に珍しい才能の持ち主だと直感的に思いました。彼には聴く力や感性、俳優としてやっていきたいという成熟した感性がありましたし、逸材だと思っています」
——現在は15歳になって、映画の頃から20センチも身長が伸びたそうですが、キャスティング当時はおいくつだったのですか?
グザヴィエ「キャスティングは撮影の一年前で、トーマスは12歳でした」
——トーマス君は映画初出演だったそうですね、おめでとうございます。
トーマス・ジオリア「ありがとうございます!」
——初めての映画撮影で、大変だったことやうれしかったことを教えてください。
トーマス「映画に出演するのは初めてだったので、いろんなことを学べたのがとてもうれしかったです。僕は俳優の仕事が大好きで、情熱を注いでいるのですが、映画の現場では新たに学ぶことがたくさんありました。つらかったことは…特にないです」
グザヴィエ「正直に話していいよ(笑)。あったじゃないか。撮影の最終日、すべてが終わってみんなとお別れする時に、共演者たちともう会えなくなっちゃうと大泣きしていたよね?撮影期間は6週間だったのですが、きっとその最後の日が彼にとって一番つらかったのではないかと思います」
——ジュリアンが父親と一緒にいるシーンからは、恐怖感や緊迫した雰囲気が手に取るように伝わってきました。父親役のドゥニ・メノーシェとの共演はいかがでしたか?
トーマス「ドゥニ・メノーシェはとても大きいので威圧感はあったのですが、本当はすごく優しい人で、安心感を与えてくれました。すごく演技力が高い俳優さんなので、演じている時は本当に怖かったです。でも、撮影が終わったらとても優しくて、本当に良い思い出です」
——本作では音楽がほとんど使われておらず、静寂の中で役者の息づかいや視線がクローズアップされて、より臨場感が伝わってきました。なぜあえて音楽をなくしたのですか?
グザヴィエ「ホラー映画では音楽が効果的に使われることが多いのですが、裏を返せば、それは非常に説明的で描写的だと思うのです。音楽が観客に恐怖や危険を知らせるのは、とても丁寧で親切かもしれないですが、私だったら恐怖や危険を自分で察知したい。音楽に影響されたくないので、本作ではわざと音を排除して、リアリティーを尊重するようにしました。ただし、静寂の中には様々な音が含まれています。そこには必ず日常音や危険を知らせる何かがあるので、そういった要素はとても大切にしました。
——音楽がないという中で、俳優陣にはどのような演技指導をしましたか?
グザヴィエ「音響については、シーンごとに必要であれば事前に録音した音を現場で流しました。それによって、俳優たちができるだけ演技に没頭できるように、そして役になりきれるようにしたのです。普通は編集段階で加える音を現場で流して、俳優がそれを聴きながら演じられるようにしました。ジュリアンの姉のジョセフィーヌの誕生日パーティーのシーンでは、あえて音楽を大音量で流しています。若者が集うようなダンスパーティーでは、叫ばないと会話が聞こえないと思うので、観客に臨場感を味わってもらえるようにしました。
——あの誕生日パーティーのシーンでは、劇中の唯一の音楽として、ジョセフィーヌが「Proud Mary」を歌います。なぜあの曲を選んだのでしょうか?
グザヴィエ「いくつか理由があるのですが、まずは私が大好きな曲だということ。あとは、原曲を歌ったティナ・ターナーが文章にも残しているのですが、この曲はとても優しくて抑え目なトーンの歌い出しから始まり、最後は過激で動きのある終わり方をします。それが本作のリズムとよく似ていたので、取り入れたいと思いました。それから、ティナ・ターナー自身もDVの被害者ですので、彼女へのオマージュも込めました。さらにこの曲は奴隷の歌でもあり、強制的な環境から解放される状況を歌っています。ジョセフィーヌが18歳になって、家族という殻の中から自由に旅立っていく姿を、象徴的に表したかったというのも理由の一つです」
——トーマス君は本作で大きな注目を集めていますが、今後はどのような役者に、またどのような大人になりたいですか?
トーマス「どのような役をやりたいかはまだわからないけれど、母とエージェントと相談して、自分が挑戦したい役であればオーディションを受けてみようと思っています。受かればもちろんうれしいけど、落ちたとしても、セラヴィ(それが人生さ)(笑)」
——憧れの俳優はいますか?
トーマス「『フォレスト・ガンプ』が好きで、トム・ハンクスに憧れています」
——最後のシーンでは、観客の視点が別のところに置かれる演出が印象的でした。監督はあのシーンを通して、本作から観客に何を感じてほしいですか?
グザヴィエ「本作は1時間半の長さがあるのですが、リアルな時間の経過と真実に近い日常音などを通して、観客は役に感情移入し、テンションの高い恐怖を味わうことになります。判事が判決を下す冒頭のシーンには、家庭の外である社会からの目がありますよね。そこから中に入っていって、映画の大半は家庭の中で展開します。最後に再び視点を変えることで、観客の皆さんがそれまでのストーリーを落ち着いて、客観的に考えてくださればうれしいです」
photography Shuya Nakano
text Nao Machida
edit Ryoko Kuwahara
『ジュリアン』
2019年1月25日(金)よりシネマカリテ・ヒューマントラストシネマ有楽町他全国順次公開
OFFICIAL SITE
2017年ヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞受賞。フランス映画界の新星グザヴィエ・ルグラン監督、衝撃のデビュー作。長編初監督作品ながら、卓越した演出力で俳優から素晴らしい演技を引き出し、ヴェネチア国際映画祭をはじめ、世界各国で拍手喝采! 2013年フランス映画祭で上映されたルグラン監督の短編『すべてを失う前に』がアカデミー賞短編部門にノミネートされるなど実力はかねてから評価されていた。今作は同じテーマを長編化した念願の1作。第65回スペイン・ンセバスチャン映画祭の観客賞部門では、アカデミー賞受賞作品『スリー・ビルボード』に次ぐ第2位の高評価を得て、アメリカの映画批評サイトRotten Tomatoesでは94点を獲得。フランスでは40万人を動員しロングランするなど快進撃を続けている。身近な物音や暗闇などを効果的に使い、観客の想像力を最大限に引き出す手腕は見事。サスペンスを超えるドラマが誕生した。
【ストーリー】
両親が離婚したため、母ミリアム、姉と共に3人で暮らすことになった11歳の少年ジュリアン。離婚調整の取り決めで親権は共同となり、彼は隔週の週末ごとに別れた父アントワーヌと過ごさねばならなくなった。母ミリアムはかたくなに父アントワーヌに会おうとせず、電話番号さえも教えない。アントワーヌは共同親権を盾にジュリアンを通じて母の連絡先を突き止めようとする。ジュリアンは母を守るために必死で父に嘘をつき続けるが、それゆえに父アントワーヌの不満は徐々に溜まっていく。家族の関係に緊張が走る中、想像を超える衝撃の展開が待っていた。
監督・脚本:グザヴィエ・ルグラン 製作:アレクサンドル・ガヴラス 撮影:ナタリー・デュラン 出演:レア・ドリュッケール ドゥニ・メノーシェ トーマス・ジオリア マティルド・オネヴ
2017年/フランス/93分/原題:Jusqu’a la garde/カラー/ 5.1ch/16:9ビスタ/日本語字幕:小野真由子 配給:アンプラグド 後援:在日 フランス大使館 / アンスティチュ・フランセ日本 © 2016 – KG Productions – France 3 Cinéma