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text by Daisuke Watanuki
photo by Shuya Nakano

「壊れやすい僕らの人間関係は手のひらの中に」平成テレビ史から読み解く、恋愛とケータイの遷移

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2000年代後半、ドラマとケータイの関係はとても密になっています。この頃、人気ドラマには、携帯キャリアがスポンサーや撮影協力として付いていたのです。まさにドラマの世界はケータイ販促のショールーム。登場人物のほとんどが自分のキャラクターに合った色とりどりのケータイを使います。


恋の第一歩は「メアド教えて」


2005年放送の『電車男』(伊藤淳史、伊東美咲)※は、アニメとゲームを愛するアキバ系オタクの電車男こと山田(伊藤淳史)と、貿易会社勤務のOL・エルメスこと青山(伊東美咲)が、インターネット上の巨大掲示板「Aちゃんねる」により結ばれる物語。2人の仲を取り持とうと、ネット住人たちが「毒男スレ」で電車男にアドバイスを行います。ネットとケータイがなくてはこの恋は誕生しませんでした。注目はネット民が宅急便の伝票から電話番号を確認させ、電話をさせるやり取り。


ネット民:電話しろよ!→電車男:できないよ→ネット民:お礼の電話だと思えば? 悪い印象はないと思うよ→ネット民:覚悟を決めて電話しろ→電車男:ケータイ片手にしているが、ダイヤルできないよ! 手はびしびしするし、顔は熱いし心臓はばくばくだし!→ネット民:相手の女性はひとりだが、お前にはみんながついている→電車男:これから電話します!→ネット民:23時過ぎ、カップルタイム キタ━(゚∀゚)━! ということで震えながら電話する電車男。最初は留守電で、メッセージを残し、ケータイを握りしめて眠りにつきます(ナイス描写)。ケータイ=好きな人の権化という描写はこの頃の鉄板です。そして翌朝、エルメスたんから折り返しTELが。どうしてもしどろもどろになってしまう電車男に対し、ネット民はメアド交換するよう説得します。電車男「電話もいいんですけど、文字も悪くないって。つまりあの、ケータイには話すという機能のほかに……」。そして無事、エルメスたんのメアドゲット。電話ではなく、メールの方が恋愛初期には最適なんですよね。話し下手でも文字なら安心。テキストコミュニケーションのおかげで、非モテもモテに転ずることができる! そう、2000年後半は電話よりも、メール時代なんです。


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絵文字ないけど、怒ってるの?


「絵文字は苦手だった」「返事はすぐにしちゃだめだって」とYUIがケータイメールに恋心をのせて歌っていた2007年に放送されたのが『ホタルノヒカリ』(綾瀬はるか、藤木直人)※です。職場では有能な仕事ぶりを発揮する一方、私生活では干物女の雨宮蛍(綾瀬はるか)と高野部長(藤木直人)とのひょんなことから始まる同居生活は、ロンバケを思わせる初期設定! 雨宮は最初、マコト(加藤和樹)という同僚を好きになりますが、恋愛からあまりにも遠ざかっていたため、先輩の山田姐さん(板谷由夏)に恋愛指南を受けます。例えばこんな。


「相手によって着信音も変えたりしてね」「(絵文字を)たっぷり使いすぎるとバカっぽいからやめなさい」「(気になる彼からのメールは)疑問系で返すのよ! 問いかけのメールを出して、返事がくるように仕向けるの!」蛍はいつも素っ気ない簡潔なメールしか送りませんが、それではNG。もはや恋愛を成就させるためには、メールテクは不可欠なのです。


活字での恋愛といえば、平安時代は短歌、以降は文通という手法がありました。そしてパソコンが登場し、PCメールで恋愛ができるようになった。なんて言うと技術による恋愛の革新的進化のように聞こえるけど、パソコン登場当時はネットにつなぐためにはいちいち電話回線に接続しなくてはならず、メールも接続時にまとめて一気に受信するというもの。まだ文通にもPCメールにも「待つ」という恋愛の不安やドキドキ感を膨らせる仕掛けがちゃんとあったんです。「待つ」間に、妄想し、想像し、恋を育てたのです。しかしモバイルインターネットの恩恵を受けたケータイメールの登場で「待つ」状態が減った。「いつでも」「どこでも」連絡ができる状態は、恋愛しやすい環境をつくったかもしれないけど、恋愛の大切な醍醐味をいつのまにか奪っていたのです! そこで人類は、自分と相手の恋愛感情をゆさぶる新たな仕掛けとして、いつしかメールテクニックを覚えました。私たちはYUIが歌ったように、絵文字で特別な気持ちを表現したり、返事のタイミングを図ったりと、さまざまなテクを駆使することで恋愛感情を盛り上げることに成功したのです! メールはお互いの関係を深くするための大切なツール。何も考えないで、速攻返信しているようでは、恋は生まれません。


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壊れやすい僕らの人間関係は手のひらの中に


2008年『ラストフレンズ』(長澤まさみ、上野樹里)※では、ケータイの闇が如実に描かれます。旧友だった美知留(長澤まさみ)と瑠可(上野樹里)は偶然再会し、さっそく「ケータイの番号と、メアド教えるね」というやりとりをはじめます。密かに美知留のことが好きな瑠可。後日、メールを送ろうとします。「TELしていいかな。私ね、」書きかけたまま、ケータイを折りたたむ瑠可。メールを送る、送らないを煩悶する瑠可の表情には、なんともいえない切なさが……。瑠可は文面を変えて美知留にメールします。「おつかれ まだ仕事? このまえは会えて嬉しかった。」。美知留はこのとき、彼氏の宗佑(錦戸亮)と同棲をスタートしたばかり。しかし、朝起きると宗佑は美知留のケータイを勝手にチェック中。怖すぎ! 「何見てんの?」。宗佑は瑠可のことを男だと思い込み、瑠可が送ったメールについて問つめます。宗佑はDV男だったのです! その後美知留は、宗佑のマンションを飛び出しますが、美知留のケータイは宗佑からの着信履歴や留守電でいっぱい。ケータイがある限り、人間関係は消せません。その後、宗佑の待つ部屋に戻った美知留はまた元のDV生活に逆戻り……。宗佑は「新しい携帯電話を買うから」と美知留のケータイを取り上げてしまいます。ケータイを奪われるということは、今までの人間関係を消される、交友を絶たせるということ。完全に他者から美知留を引き離し、自分だけのものにしようとする宗佑。強い執着心と異常な独占欲から恋人を監視します。このドラマは、ケータイの影の部分をしっかり描いてくれました。ケータイの中身を見れば、その人の交友関係はすべて丸わかり。そこにすべて集約されているんです。人と人との絆は本当にはかなくて、愛は淡雪みたいに壊れやすい。なんだかホラーみたいな話になったけど、このドラマはテーマも主題歌もタイトルバックもすべてがすばらしいので観たことない人は観て!


また、2008年放送、ケータイ小説のドラマ化『恋空』(水沢エレナ、瀬戸康史)※では、意中の人の目の前で元カノの番号を消すことで、昔の人間関係を断ち切ったことをアピールするシーンが出てきます。この頃からいかにケータイが人間関係管理ツールになっていたかがうかがえます。メアド変更の際、誰にまで教えるか悩んで、その都度人間関係を整理していたあの頃……。メアド変更メールのめんどくささすら、もはやなつかしい思い出です。


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カップル専用のホットライン、出番なし?


ケータイと恋愛ということだけに言及なら、2008年頃から流行したウィルコム(PHSの「ウィルコム定額プラン」は基本料金2900円で、ウィルコム同士の通話が無料になるというものです念のため)も言及しなきゃね。常用のケータイとは別に、恋人との通話専用に追加契約するユーザーが多く生まれたいわゆる「2台持ち」。お互いの連絡先のみ登録して1人にだけつながれる、恋人専用のホットライン。しかし、ドラマだと恋人用に2台持ちをしている登場人物は見かけません。これはドラマのスポンサー(ケータイキャリア)への配慮からでしょう。


それでも、2008年 KDDIがスポンサーをしていた『コード・ブルー』(山下智久、新垣結衣)※ではウィルコム端末が登場していました。山PがSportioと呼ばれるauのスポーツ向けモデルを使用するシーンがありますが、ドラマの舞台はほとんどが病院内。医療機器に影響のあるケータイは使用できず、実際にあまりauのケータイが登場するシーンはありません。その代わりに、病院内の内線PHSとしてウィルコムの端末が頻繁に登場します。もちろんウィルコムで恋を育むシーンはないけどね……。


恋人や友人との長電話は、90年代のドラマでは鉄板の演出でした。ここにきてドラマにおける電話文化再び!と期待したかったけど、そうもいかず……。ケータイがモバイルインターネット端末としての機能に尖り始めて、みんながパケ死の危機に瀕していた時代に、原点回帰・電話で恋人たちを取り持つ「通話無料」を打ち出したウィルコム、ありがとうだよ……。


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センター問い合わせで恋心が爆発!


この頃のドラマでは、メールを送るために思い悩み、考え抜き、懸命に伝えようとする姿勢がコミカルに描かれます。例えばケータイを両手に包み、胸に大事そうに抱えられたり、ケータイにキスしたり、正座しながら2本の指で大事そうに心をこめてメールを打ったり、左右の親指を重ねて送信ボタンをプッシュしたり。過剰なほどの身体描写はもちろんドラマだからだけど、ガラケー世代はきっとその身体描写が、リアルな心理描写でもあると理解しているはず。だって経験あるでしょ? 好きな人にメール一通送信する指の重みを。恋人専用のメールボックスを。夜中に送って後悔した長文メールを。デコメールを。電波を探してケータイを振る行為を。返信が来なくて、何度も試すセンター問い合わせを。恋は、自分に手間隙をかけてくれる人へと求心しながら吸い込まれていくもの。みんな、ケータイで時間をかけて、悩んで、必死に恋愛してたよね。


電話という通信メディアは、つながることの喜び、つながらないことの悲しみをいつの時代もドラマの中で描いてきました。でも、ケータイが「いつでも」「どこでも」他者と「つながる」潜在能力を発揮した時点で「待つ」苦しさや「つながらない」ときの不安や孤独感は、変化していきます。ケータイの出現でドラマがつまらなくなった論争のポイントは、実はその辺りにある気がしてきます。次はいよいよ黒船iPhoneが襲来。ドラマの恋愛コミュニケーションはスマホでどう変わるのか、そして恋愛ドラマは本当にオワコンなのか、考えたいと思います。


direction/text Daisuke Watanuki
photography Shuya Nakano(TRON)
hair Takuya Kitamura(assort tokyo)
make-up diceK
model haru./Daisuke Watanuki
edit Ryoko Kuwahara



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※『電車男』……アキバ系オタクの電車男(伊藤淳史)と、お嬢様OLエルメス(伊東美咲)によるインターネット電子掲示板から生まれた純愛物語。脚本は武藤将吾ら。主題歌はサンボマスター「世界はそれを愛と呼ぶんだぜ」。
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hotarunohikari
※『ホタルノヒカリ』……外ではがんばる社会人、家では干物女の蛍(綾瀬はるか)の恋愛をコミカルに描く。続編や映画化もされた綾瀬はるかの単独初主演作。脚本は水橋文美江。主題歌はaiko「横顔」。
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lastfriends
※『ラストフレンズ』……DVやセックス恐怖症、性同一性障害などの問題を真正面から捉えた作品。シェアハウスでの共同生活を通し、自分らしく生きる人間模様が描かれている。脚本は浅野妙子。主題歌は宇多田ヒカル「Prisoner Of Love」。
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koizora
※『恋空』……映画化もされ話題だったケータイ小説のドラマ化。壮絶な恋愛模様は女子中高生を中心に話題に。放送回数は全6話と短め。脚本は渡邉睦月。主題歌は福井舞「アイのうた」。
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codeblue
※『コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-』……現在3rd seasonまで放送され、映画化もされたヒット作。ドクターヘリに関わる若者たちの奮闘と葛藤を描いている。脚本は林宏司。主題歌はMr.Children「HANABI」。
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2005_2006
2007_2008
2009
 
 
☆携帯電話の加入契約数の推移に関しては、総務省情報通信統計データベースを参照しています。

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