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text by Daisuke Watanuki
photo by Shuya Nakano

「すれ違いもできない恋愛なんて」平成テレビ史から読み解く、恋愛とケータイの遷移

NeoL_tokyolovestory1| Photography :  Shuya Nakano


すれ違いもできない恋愛なんて……


時は21世紀。僕たちの恋愛に、もはやケータイは不可欠です。というか、ケータイの所有が当たり前の今、それなくして恋愛を成し遂げる術を持ち合わせないといっても過言ではなさそう。まずステップとして大事なのは、意中の人のLINE IDを聞きだすこと。そこからコツコツと画面のなかで距離を縮めていきます。会いたくて会いたくて震えるケータイのバイブレーション。スタンプのセンス、メッセージの分量、ラリーの回数、相手に質問というパスを投げる「?」の使い所などなど、ケータイにおけるコミュニケーションスキルは、そのまま恋愛スキルに直結します。人間関係はリアルな生活よりもむしろケータイのなかに集約され、接続されているのです。そんな自分の手元に人間関係が集中している画は、見た目としてはとても地味。テレビドラマのように映像で楽しむメディアにおいてこれは致命的すぎる。だって、手の指だけ動かせば恋愛は成立してしまう。そんなのどう考えてもドラマチックにはならない……。


2014年、当時フジテレビの社長だった亀山千広氏が会見のなかで、退潮気味の恋愛ドラマについてこんな持論を展開しました。「ケータイが普及した結果、“すれ違い”や“思い違い”が起こりにくくなり、それをもとにした恋愛ドラマが作りづらくなっている」と。亀山氏といえば90年代に『若者のすべて』『ロングバケーション』『踊る大捜査線』など数々のヒットドラマをプロデュースしてきた功労者。がっつりそれらのドラマを見ながら育った僕からしたら、亀山氏の言いたいこともよくわかる(社長が作りづらいとか言ったらおしまいだが!)。たしかに近年のドラマを総じてみると刑事モノや医療モノ、社会派モノ、はたまたもっと特殊な職業の人、あるいは現代社会に生きづらさを感じる弱者が主人公のドラマが多く制作されていて、登場人物の多くを平凡な一般人が占める、THE 恋愛ドラマはどんどん縮小傾向にある。ただの恋愛だけを主軸にするだけでは、もう画やネタが持たない。やはり恋愛ドラマにとって、すれ違いや思い違いはとても大事な展開要素なのです。


待ち合わせの場所で会えない、悲しみにくれ雨の中で傘もささずに歩く、タクシーが渋滞にハマり途中で降りて空港まで走る、などの大切なベタ要素は、すべて文明の利器が作用されない場面だからこそ起きてきました。便利な世の中ではこれらのベタ要素は不自然と捉えられるかもしれません。しかし、どうしようのなく不条理で不自由な場面にこそ、人間の本質が垣間見えるもの。それらを見るとどうしても胸がきゅっと締め付けられます。心が叫びたがります。そんなジタバタでドタバタだった、“あの頃”の恋愛ドラマが恋しい……。


とは言っても、もちろん便利になることは素晴らしいし、今ケータイがない生活なんて考えられません。もうケータイが普及して20年以上。未だに『ドラえもん』の声はやっぱり大山のぶ代じゃないと……、なんて言うのはもはやナンセンスなのと同じように、今の恋愛ドラマも受け入れなくてはいけません。でも、未だにあの頃のドラマがいいと思ってしまうのはなんでなんだろう。みんなが憧れていた恋愛ドラマは、実際ケータイの出現によってどう変わっていったんだろう。それによっていったい僕たちのコミュニケーションはどう変化していったんだろう。そこを今回、平成のテレビドラマにおける恋愛の描かれ方を通して考えてみたいと思います。これはテレビっ子による、壮大な自由研究(になる予定)です!


NeoL_tokyolovestory2| Photography :  Shuya Nakano


心のアンテナをバリ3にしなきゃはじまらない!


1980年代にスタイルが完成し、1990年代に大きな花を咲かせた恋愛ドラマというジャンル。1991年に放送された『東京ラブストーリー』(織田裕二、鈴木保奈美)※や『101回目のプロポーズ』(浅野温子、武田鉄矢)※は、見たことはなくてもさすがにタイトルは知ってるよね。描いているのはこれぞ月9〜!と叫びたくなる王道のラブストーリー。1990年放送の『すてきな片想い』(中山美穂、柳葉敏郎)※を含めたこの三作は「純愛三部作」と呼ばれていて、まさに恋愛ドラマの基盤とも言えます。


『すてきな片想い』は俊平(柳葉敏郎)に片想いする圭子(中山美穂)のドタバタな展開が見もののラブコメ。圭子と女友達とのやりとりでは、ケータイなき時代の格言が放たれます。俊平に対してアンテナを張っていると言う圭子に向かって、友達がこんなセリフを言うんです。「圭子、パラボラアンテナにした? 心の奥は、衛星放送なの。普通のアンテナじゃ、映らないんだよねぇ〜」。相手のことをがんばって探れたとしも、その人の胸の内や恋愛感情までを知ることはなかなかできません。それゆえに起こってしまう気持ちのすれ違い、掛け違い……もう愛しすぎる……。ネットもWi-FiもSNSもない頃、みんな自分自身で好きな人が発する電波をキャッチしなければならなかったのです。そのために感性を研ぎ澄まし、自分の心のアンテナをバリ3(これも死語……)にして好きな人とコミュニケーションをとっていました。受信感度を上げるためには自分に正直になり、感受性を全開することがポイントです。その結果、感じる喜びも2倍になりますが、もちろん受ける悲しみもつらさのダメージも2倍に……。好きな人に思い切りぶつかることで生まれる、オーバーなほど表情豊かな恋愛がそこに生まれていたのです! 紆余曲折あって傷つきながらも、最終回、クリスマスツリーとイルミネーションをバックに「俺、君が好きだ!!」とギバちゃんがミポリンを抱きしめるシーンはもうシチュエーションを含めて最高。すてきな片想いがすてきな両想いになった瞬間、拍手を送りたくなります。あっぱれです!(冬ドラマはこうであれ!) 


当時の連絡手段は固定電話か公衆電話。連絡できないなら、動物的な勘や直感力、メンタルの強さだって重要です。「あそこに行けば、きっとあの人に会える!」と思って懸命に走る。恋敵に妨害されて待ち合わせ場所に行けない状態になる。待ち合わせに来ない相手に悶々としていたら偶然、通りかかった場所で意中の人が恋敵と会っているのを目撃してショック! などのハラハラ・ドキドキなすれ違いを重ねながらも、最後は「ああやっと会えた!」という感動のクライマックスを迎えられたなら、それはもう奇跡。ケータイなき時代の恋愛にはたしかに「あの日あの時あの場所で君に会えなかったら」……と思わせる奇跡のドラマ性(=運命)がしっかりと存在していました。『東京ラブストリー』でここぞというときにおでんを持ってきて、カンチ(織田裕二)をリカ(鈴木保奈美)に会いに行かせない恋敵の「おでん女」ことさとみ(有森也実)は当時世の女性から大バッシングだったけど、障害あってこその恋愛。それを乗り越えてこその奇跡をみたくなるのです!



NeoL_tokyolovestory3| Photography :  Shuya Nakano


「14106」はあいしてるのサイン


1993年、携帯電話の契約数は200万人を突破。この頃の恋愛ドラマにも携帯電話が出てくる作品はあるけど、まだあくまでトレンディドラマに登場する、時代の最先端アイテムとして。恋愛に影響するものではなく、小道具の域をまだ出ません。というのも、この頃の携帯電話は全部レンタル制。契約をするには保証金10万円と新規加入料が必要で、さらに回線使用料と端末レンタル料、そして通話料が別途かかります。まだ個人所有の時代ではありませんでした。この年を象徴するドラマは『ポケベルが鳴らなくて』(緒形拳、裕木奈江)※。タイトル通り、主人公同士のおもな連絡手段はポケベルで、物語の中で極めて重要な役割を果たしています。この作品で描かれる恋愛は、不倫。ポケベルの普及に合わせて作られたドラマは、まっとうな恋愛ではなく、道ならぬ恋でした。


この頃、好きな人と連絡を取り合うには自宅に電話をかけなくてはいけません。そこには電話口に家族が出てしまうというリスクが生じていて、その気まずさを乗り越える必要がありました。そしてそこに彗星のごとく現れたポケベル。許されない恋に揺れる2人をつなぐ、不倫関係を取り持つ回路としてポケベルは力を発揮します。ポケベルは単純に言えば、少ない文字データ(当時は数字)を受信できるだけの端末。連絡は一方的にしかできず、呼び出されるのを「待つ」しかできないアイテムです。これをドラマに取り入れるには、不倫という形がキャッチーで描きやすかったのでしょう。相手と自由に連絡が取れない、相手の呼び出しだけが頼りの待つ恋愛は、ちょっと暗い。ちょっとさみしい。ちょっとつらいものだから。


このドラマの企画は秋元康氏。まだポケベル浸透期だった当時にドラマの主題として「ポケベル」を投入する手腕はさすがすぎる……。93年から巻き起こった女子高生ブームで、女子高生たちの間で流行りだしたから、やはり若い女の子たちの動向をみてイケる!と思ったんだろうか。ドラマと同名の主題歌「ポケベルが鳴らなくて」の作詞も担当しているあたりも抜かりがない(2000年代にはガラケーをモチーフにしたホラー作品『着信アリ』の企画原作もしているし、通信機器から時代を読むのが好きなのかも)。あと、緒形拳と作中で不倫関係になる役を演じた裕木奈江がのちに『TV.Bros.』の取材で記者の「ポケベルは今も使われていますか?」の問いかけに対して「私、実はポケベル、使ったことないんですよ」と衝撃告白していたことも追記しておきます!


こんな風に一気に注目を浴び、コミュニケーションツールとして時代を築こうとしていたポケベル。しかし! その後ポケベルは恋愛ドラマにおいて重要な役割を果たすことはほとんどなく、ドラマの中で2人をつなぐ恋愛ツールの定番にまで成長することはありませんでした。


NeoL_tokyolovestory4| Photography :  Shuya Nakano


電話ボックスという最高のシチュエーション


1994年の月9『妹よ』(和久井映見、唐沢寿明)※は和久井映見演じる貧しい家に育ったOLゆき子と、唐沢寿明演じる御曹司の雅史のシンデレラストーリー(『101回目のプロポーズ』のスタッフが再集結した傑作!)。連絡手段は原点回帰、お互い家の固定電話や会社の電話(この頃のドラマでは会社でも私用の電話を当たり前のように取り付いていました。時代……)でやり取りをするシーンが目立ちますが、ゆき子は公衆電話も頻繁に利用します。家には兄の菊雄(岸谷五朗)もいるので、一人になれる電話ボックスは重要な場所です。「もう少しお話してても平気ですか? あの、百円玉入れちゃったんです。だからせめて、それ、終わるまで」と公衆電話から雅士に電話をかけるゆき子のセリフはとてもいじらしい……。この頃は公衆電話の上に小銭を積み上げて電話、という光景がドラマによく出てきます。忘れがちだけど、好きな人と話すことは、お金と等価交換すべき価値がちゃんとあることなんですよ! それにしても電話ボックスは場面設定として画になる。なぜだかちょっとした寂しさや切なさがどうしても溢れ出てしまうから不思議です。雨とか夜とか、状況が重なるとさらに。


やはり一方的に受信だけできるポケベルよりも、双方でやりとりができる電話の方が展開として物語が動きやすいし、やはり健全なドラマ向きのツールだったのでしょう。ただ、ゆき子が話す後ろで、ポケベルを使いたい女子高生たちが電話ボックスに列を作っているシーンも時代の写し鏡として登場していました。大人は恋愛で電話を活用するけど、女子高生の間ではポケベルを使い、語呂合わせで意味をつけた数字をメッセージとして送る「言葉遊び」が流行する、新しいコニュニケーション文化が(14106はアイシテル、49106は至急TELなど)誕生します。そして1996年に「広末涼子、ポケベルはじめる」というCMが放送されることで、ポケベルは完全に社会人の仕事ツールから学生のものになったことが決定づけられます。「部屋で電話を待つよりも 歩いてる時に誰かベルを鳴らして!」と安室ちゃんも「SWEET 19 BLUES」で歌ってたし。でも、そんな女子高生のポケベルブームも長くは続かず。ポケベルのピークはその1996年。以後契約数は伸びませんでした。ここから携帯電話の躍進が始まります!
To be continued ……


NeoL_tokyolovestory5| Photography :  Shuya Nakano


direction/text Daisuke Watanuki
photography Shuya Nakano(TRON)
hair Takuya Kitamura(assort tokyo)
make-up diceK
model haru./Daisuke Watanuki
edit Ryoko Kuwahara


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※『東京ラブストーリー』…まじめなカンチ(織田裕二)と、自由奔放なリカ(鈴木保奈美)、保守的なさとみ(有森也実)の複雑な三角関係が見もののラブストーリー。リカが発するセリフは一つひとつが名言で「ねぇ、セックスしよ」はあまりにも有名。脚本は坂元裕二。主題歌は小田和正「ラブストーリーは突然に」。
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※『101回目のプロポーズ』…結婚式当日に事故死した婚約者を忘れられない薫(浅野温子)が、99回お見合いに失敗してきた恋愛に不器用な達郎(武田鉄矢)に少しずつ惹かれていく物語。「僕は死にましぇ〜ん!」とダンプカーの前に飛び出すシーンは名場面。脚本は野島伸司。主題歌はCHAGE&ASKA「SAY YES」。
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※『すてきな片想い』…地味なOL圭子(中山美穂)と、偶然出会った俊平(柳葉敏郎)が相思相愛になるまでを描く、コメディタッチのラブストーリー。石黒賢、和久井映見、とよた真帆、相原勇、東幹久など脇を固める俳優陣もトレンディ。脚本は野島伸司。主題歌は中山美穂「愛してるっていわない!」
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※『ポケベルが鳴らなくて』…サラリーマン誠司(緒形拳)は、海外主張中に知り合った育未(裕木奈江)と不倫関係を持ってしまう。しかも誠司の娘は育未と親友で…。一方的な連絡しかできないポケベルが不倫を盛り上げた。企画は秋元康、脚本は遠藤察男。主題歌は国武万里「ポケベルが鳴らなくて」。


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※『妹よ』……純朴で心優しいOLゆき子(和久井映見)と、大企業の御曹司の雅史(唐沢寿明)のシンデレララブストーリー。ゆき子と同居する兄の菊雄(岸谷五朗)の応援もあり恋を実らせようとするがもちろん障害はたくさんあり……。脚本は水橋文美江。主題歌はCHAGE&ASKA「めぐり逢い」。
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☆携帯電話の加入契約数の推移に関しては、総務省情報通信統計データベースを参照しています。


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