NeoL

開く
text by Meisa Fujishiro
photo by Meisa Fujishiro

藤代冥砂「新月譚 ヒーリング放浪記」#52 ことば

_DSC9909

 人に、愛情や感謝を伝える時、人はまず美しい響きを音のプレゼントとして相手に与えようとするのではないか。求愛する鳥が美しくさえずるように。
 それと同様に世界を肯定する言葉にも、相手ばかりでなく発した自分をも幸福にするエネルギーがある。「綺麗」とつぶやけば、心の中に、綺麗が生まれ、世界がその言葉が届く範囲で、綺麗へと彩られる。
 そしてそれは、響きによる効用だけでなく、それを用いる時の心の姿勢にも影響を与える。丁寧に言葉を選べば、雑が薄まり、折り目の正しさが芽生え、その心地よさが心だけでなく身体の隅々まで行き渡る。つまり、それはセルフヒーリングになるのだ。


 世界は美しい。私たちは、そのあまりもの美しさに時にだじろぎを覚えるけれど、その中に言葉とともに入ってしまえば、その美の波長と共に、自分自身が美の一部として暮らせると思う。美の中へ入っていく。同調していく。肯定していく。そのためには、暗い言葉、傷付いた言葉を、口と心に浮かべることなく、日々を送ることだ。
 表象と内側を二重画像にしないこと。美しい言葉を用いて自分をひとつにまとめ、心の張りを失うことなく、すべてを初めて見る物事にすること。驚きと喜びと共に、深い呼吸を時折混えながら、新しい1日を迎え続けること。一人の夜の深ささえも、恐れではなく、美しい宇宙の闇として捉え、純粋な世界の始まりを観察するように過ごすこと。これらの始まりのひとつは、美しい言葉を内部に響かせることから始まる。


 話は中程に戻るが、万葉集にこんな歌がある。
 本音とタテマエも、恋ならば、美しく歌うならば、私たちをすっと柔らかく浮かべてくれる。


 あしひきの 山より出づる 月待つと 人には言ひて 妹待つわれを


 山から出る月を待っていると、人には言ったけれど、本当は君を待っているのだ。



※『藤代冥砂「新月譚 ヒーリング放浪記」』は、新月の日に更新されます。
「#53」は2018年4月16日(月)アップ予定。
 

1 2 3 4

RELATED

LATEST

Load more

TOPICS