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text by Shiki Sugawara

“The Conquest of Happiness” 映画『パターソン』にみるラッセルの幸福論 1/7



最近、「自分にとって幸せとはなんだろう、と考え生きること」の重要性を感じる。​
しかし「幸せ」それ自体がアンビバレントなものである、ということは問題だ。つまり、自分自身の力で定まらない答えを追求しつづけなくてはならない、そのため私たちはいとも簡単に見失うのである。
けれども、ほかの誰かに「幸せとはこういうものです。こんなとき、こうしたら幸せになれるよ」と精神論で説かれたところで、うさんくさいなぁと思ってしまうのもまた事実。
およそ90年ものあいだベストセラーとなっているイギリスの哲学者Bラッセルが書いた本に、『幸福論』というものがある。
著者は数学者であり論理学者でもあるゆえに、そこには「不幸/幸福な人とは何か」ということが実に明確に•具体的に提言されている。ここにあるあくまで実現可能な幸せのヒントは、まるで腰痛を治すストレッチ法のように論理的で「ちょっとやってみようかな」という気にさせるのがポイントだ。​
さて、90年前にラッセルが提言したこの幸福論の中で説かれている内容を体現するキャラクターたちが昨年公開された映画『パターソン』の中に登場する。主人公の名前はパターソンで、彼の住む街もパターソン。バスの運転手で詩人でもある彼の生活を1週間見つめた作品である。​そこで描かれるのは特筆する出来事もない判で押したような単調な1週間なのだが、不思議とこれ以上ないほどの幸せな毎日に見える。
今回の特集ではラッセルの幸福論の見出しから、パターソン自身の実際の行動を例に幸せとは何かを、7つのシークエンスから読み解いていこう。​


『幸福論』二部第十章「幸福はそれでも可能か」
”現存の数学者の中で最も高名な一人は、自分の時間を数学と切手収集に二等分している。(略)古い陶器、嗅ぎタバコ入れ。ローマのコイン、矢じり、石器などに思いを馳せるとき、どれほど広大な陶酔の世界が想像の目に開けてくるか、考えてみるがいい。”


二部第十五章「私心のない興味」
”不幸や疲れや神経過労の原因の一つは、自分の生活において実際的な重要性のないものには何事にせよ、興味を持つことができないことである。
十分な活力と熱意のある人は、不幸に見舞われるごとに、人生と世界に対する新しい興味を見いだすことによって、あらゆる不幸を乗り越えていくだろう。
幸福の秘訣は、こういうことだ。あなたの興味をできるかぎり幅広くせよ。そして、あなたの興味を惹く人や物に対する反応を敵意あるものではなく、できるかぎり友好的なものにせよ。”



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パターソンはマッチを集めている。わざわざ赴いてというよりもむしろ気づいたら集まっていた、といった具合だ。そしてそれらを眺めては楽しんでいる。その中でも、「目下 お気に入りの銘柄は オハイオ印のブルーチップ でも以前は ダイヤモンド印だった」。それは私たちにとっては何の変哲もないただのマッチ箱なのだが、彼にとってはその薬頭の青色や柔らかなマツの芯がなによりも素晴らしく、そしてメガホン型のロゴが「これが世界で最も美しいマッチだ、と叫んでいるようだ」と映り、こよなく愛する。
また彼の妻ローラの趣味は毎日変わると言っていいほど移ろい、それぞれに対して一日中没頭する。私たちが見るたった一週間のうちにもオリジナルのカーテンや洋服作りに絵描き、ギター、オリジナルレシピ作り、マフィン作りと多岐に渡る。そして、それらを心から楽しむローラを夫であるパターソンは肯定している。
ここにおいて二人に共通する点は「執着のない趣味への没頭」である。


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ラッセルは幸福論の中で、「主義主張を信じる事と趣味に熱中することは等しく尊重されるべき」としている。ラッセル自身も切手収集や川下り(彼はこれを世界中の川の収集、と呼んだ)に熱中した。「私心のない趣味」、つまり仕事や家庭などの人生の根底をなしている中心的な事とは別の副次的な興味は、「おしなべて気晴らしとして重要であるだけでなく、ほかにも種々の効用がある。まず第一に、こういう興味は、釣り合いの感覚を保つのに役立つ。もう1つは、物事がうまくいかないとき、心配の原因以外の何かに興味を寄せることによる気晴らし」としている。つまり、趣味に没頭するということは避けられない悲しみや苦労から自分を遠ざけ安定させること、そして自分の関心•熱意を外の世界に向けることに繋げるということである。


また、ラッセルはこうも言っている。「多すぎる興奮になれっこになった人は、コショウを病的にほしがる人に似ている」。人間は現状と理想を比べて退屈を感じ、興奮を求める生き物である。しかし興奮にはキリがないために幸福から遠ざけてしまう。いかに退屈を楽しむか、それは何の変哲もないマッチ箱に思いを馳せ心を動かす事の出来るパターソンにも見える。
そして、「前もって、切手収集に夢中になれたら、幸福になれるんだがなあと自分に言い聞かせ、ただちに切手収集にとりかかるようなまねをしてはならない。なぜなら、切手収集なんかてんでつまらない、と思うことだって十分ありうるからだ。本当にあなたの興味をかき立てるもののみが、あなたの役に立つのである。」とも。つまり、ローラのように始めから的を一つに決めず心や熱意のままに趣味に夢中になれば、たちまち本物の客観的な興味が芽生えてくるのだ。


『パターソン』

自分らしい生き方をつかむ手がかりは日々の生活にある
“パターソン”に住む“パターソン”という名の男の7日間の物語。
【物語】 ニュージャージー州パターソンに住むバス運転手のパターソン。彼の1日は朝、隣に眠る妻ローラにキスをして始まる。いつものように仕事に向かい、乗務をこなす中で、心に芽生える詩を秘密のノートに書きとめていく。帰宅して妻と夕食を取り、愛犬マーヴィンと夜の散歩。バーへ立ち寄り、1杯だけ飲んで帰宅しローラの隣で眠りにつく。そんな一見変わりのない毎日。パターソンの日々を、ユニークな人々との交流と、思いがけない出会いと共に描く、ユーモアと優しさに溢れた7日間の物語。
【監督・脚本】ジム・ジャームッシュ
【出演】アダム・ドライバー/ゴルシフテ・ファラハニ/永瀬正敏/バリー・シャバカ・ヘンリー 他
【 2016/アメリカ/英語(日本語字幕)/デジタル/1時間58分 】
Photo by MARY CYBULSKI ©2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.
提供:バップ、ロングライド 配給:ロングライド
©2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.



上映情報
目黒シネマ OFFICIAL SITE
3/17~3/23 一週間アンコール上映


リリース情報
パターソン [DVD] Amazon.co.jp
[Bru-lay]Amazon.co.jp


引用:Bラッセル『幸福論』 堀 秀彦訳(KADOKAWA; 新版 2017/10/25)
Amazon.co.jp


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text by Shiki Sugawara

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