すり足には、大腰筋が大きく関係するのだが、ここはとても鍛えにくく、普段からすり足だった着物時代の人なら使えても、現代人には、それがどういう場所にあるかすらも想像できないだろう。
大腰筋に関しては、能楽師・安田登さんの著作「身体能力を高める和の所作」「和の身体作法」などに詳しいので参照していただきたい。すり足の行い方なども詳しい。それを練習していく中で、室町時代から続く、能の真髄をちらりとでも感じられたら。能に見られるようなすり足を完璧にこなすのは、かなり難しいだろう。
また、能は見るのもいいが、実際やってこそ楽しいとよく聞く。実際稽古を通してそれを実感した。
千駄ヶ谷にある国立能楽堂では頻繁に舞台があるので、気軽に見る事ができる。その永遠に続くかのようなゆったりとした動作を見つめていると、眠くなっても来るのだが、そこを乗り越えて、さらに見ていると、舞台に立つ人との同期が起こり、能楽師の心身の調和が見ているこちらの心身にも移って、癒されていくのが分かる。
ああいうのは、同じ場所で、同じ時を、遅々として過ごさないと起こらない現象かもしれない。
能は、武士の嗜みとして、武士が伝えてきた芸能でもある。室町からの武士の魂がそこに宿っていて、それと同期するというのは、かなり刺激的なことだ。突き詰めれば、基本にあるすり足こそが鍵である。八十歳を過ぎた能楽師が若々しく飛び跳ねる。あの身体能力は、すり足から始まっているのではないか。能の動きが集約されたすり足を学ぶことによって、先代に同期し繋がる。そして心身の調和を生み出す。
それなりの修練は必要だが、まずは能をひとつのヒーリングとして捉えて、そこから和の所作のエッセンスを見出し、自身の健康に役立てていくという作業は、実にスリリングだと思う。
是非、能楽堂へ。同期しに。
※『藤代冥砂「新月譚 ヒーリング放浪記」』は、新月の日に更新されます。
「#43」は2017年6月24日(土)アップ予定。